「う~っん、眠すぎる……」
ベッドの上で身をよじり、大きく伸びをする。
窓から差し込む陽射しのせいで目が覚めてしまったようだ。
もう少し寝てようかな。
ふかふかで気持ちのいいベッドに負けた俺は、再び横になると、迷いなく二度寝に突入する。
ふぅ~、いい気持ちだ。……ここがどこだかわからない点に目を瞑れば、最高に快適。
「ちょっと、目が覚めたのなら起きなさい。ベホマをかけたから、怪我はもうないはずよ」
「……あと5分」
「えいっ」
「――ぐはっ」
エルボーが脇腹にめり込み、強制的に目を覚まさせられる。
「痛いってば、ちょっと。姫様としてそれはどうかと思う」
脇腹を押さえながら、俺は恨めしげに文句を言う。
「お姫様に起こされるなんて、男の子冥利に尽きるんじゃないかしら。――それよりあなた、ずいぶん悠長だけど、状況はわかってるの?」
「状況……?」
ぼんやりとした頭をフル回転させて考える。
……。
「――っあ! バランは!? ダイはどうなった!?」
「ふぅ、ようやく思い出したのね。まあ無理もないわ。下手したら死んでてもおかしくない大怪我だったわけだし」
え、そうなのか?
攻撃が効かなくて『なん……だと……』ってなったことまでは、なんとか覚えてるけど。
ていうか、あのセリフをリアルで言う日が来るとは思わなかった。あれ、本当に自然に出るんだな……。
「俺のことはどうでもいい。ダイはどうなった!? 連れていかれた? それとも記憶喪失にでもなったか!?」
「あら? あなた、あのときまだ意識があったのね。でも安心して。ダイ君は無事よ。昨夜はあなたの看病してたくらいだもの」
……ダイが無事?
ってことは、記憶も失ってない? それはつまり――。
「あ、トーヤ。目が覚めたんだね」
「ダイ!? お前、何ともないのか!?」
部屋に入ってきたダイに思わず詰め寄る。無事をこの目で確かめたかった。
「うわっ……へ、平気だよ。むしろトーヤのほうが心配だったよ。口からドス黒い血を吐いて気絶しちゃったんだもん。レオナがベホマかけてくれなかったら、どうなってたことか……」
記憶も身体も問題なさそうだ。
……ていうか、俺そんなヤバいことになってたのか。
血を吐くって、マンガではよくあるけど、実際は内臓破裂とかでめちゃくちゃ危険だからな。普通に死ねるやつだぞ。
「どうやってバランを追い返したんだよ。あいつ、絶対に諦めそうにないタイプだったろ?」
そう尋ねると、ダイはまるで親にテストで満点を取ったのを自慢するかのような笑顔を見せた。
「へへっ、見ててよ――うおおおおおぉ!!」
気合の掛け声とともに、ダイからとてつもない量のオーラが吹き出す。
そして――その右の拳に、あの竜の紋章がまばゆく輝いた。
+
俺が気絶した後、バランは紋章の力を使ってダイの記憶を奪おうとしたらしい。
しかしダイは、額にある紋章を強靭な意志の力でコントロールし、それを右の拳へと移動させた。
その結果、ダイの記憶は無事。しかもバランは力を使いすぎたため、一旦退却したとのことだ。
捨て台詞に「必ずダイを連れ戻しに来る」と言い残していったそうで、現在はここテラン城を拠点に迎え撃つ準備をしているらしい。
「それにしても驚いた。まさか紋章の力を使いこなすなんてなぁ」
「へへへ」
外の森を散歩しながら、ダイにこれまでの経緯を聞く。
「トーヤが戦ってるのを見てたからさ。闘気を蹴りとか拳に集めて戦ってるのを見て、俺にもできるんじゃないかって」
なるほど。どうやら狙い通りに事が運んだようで何よりだ。
元々バランと戦ったのは力試しでもあったが、ダイに紋章の力を使うお手本として見せるという意味合いが強かった。
まさか初戦でここまで使いこなすとは思わなかったけど。
原作通りに話が進むかどうか不安だったからこそ、俺が戦って見せたわけだが……こうなると、むしろ困ってしまうというものだ。
この先の展開をどうするか――けっこう深刻な問題かもしれない。
……まあ、それは後で考えるとして。今、もう一つ気になっていることがある。
「バランはどうして、お前と戦わずに帰ったんだ? いくら紋章が使えるようになったからって、あいつが本気なら、力ずくでも連れて行けたと思うんだけど」
「クロコダインが言うには、トーヤとの戦いでかなり消耗してたからじゃないか、って」
消耗してたのか?
竜闘気を全開にした瞬間、俺が即気絶しさせられたから、とてもそんなふうには見えなかったけどな。
ダイの記憶を消せなかったのも、竜闘気の消耗が原因だったのかもしれない。
記憶消去に必要な力が足りず、結果としてダイに隙を突かれた――そう考えれば、筋は通る。
+
いつの間にか、俺たちは竜の伝説が眠る湖にたどり着いていた。
この間の戦いで、辺りはボコボコに荒れている。かつては静かで美しい湖だっただけに、申し訳ない気持ちになる。
そんなふうに考えていたからだろうか。ダイが心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「もしかして、落ち込んでる?」
「え? 別に落ち込んでないけど」
「だって、さっきから妙に口数少ないから……それとも、俺のことが怖い……とか?」
視線を逸らし、ダイは小さな声でそっぽを向く。
俺はそんなダイの頭をガシガシと撫でながら、笑って答えた。
「怖い相手と散歩なんかするかっての。俺が考えてたのはこれからのことだよ。バランとか、大魔王とか……あと色々なことな。それに、紋章をあんなにいい笑顔で見せてたくせに、今さら何言ってんだよ」
「だ、だって……あれは、強くなったのが嬉しくて……。それにバランのことだって……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「だって、バランは俺の父親だから……。それに、また俺を狙って襲ってくる。みんなを危険に巻き込んでる」
「そうだな。竜の騎士だとか、父親が魔王軍だとか――ひどい話だよな」
「……うん」
俺の言葉に、ダイは傷ついたように俯いてしまった。ちょっと言葉が悪かったかもしれない。
だから、俺は努めて明るい口調で続けた。
「よくある話さ」
「え?」
その言葉の意味がわからなかったのか、ダイは目を丸くして俺を見つめる。
「よくある話だって言ったんだ。貧乏とか田舎者とか、家柄でバカにされるなんてザラにある。親のせいで苦労してる子どもなんて、山ほどいる。そういう悩みは、誰にだってある。だから――気にすんな」
「……うん」
その後しばらく、他愛のない話をしながら静かな場所をぶらぶらと散歩し、俺たちは城へと帰った。
そして――その夜。
俺は誰にも気づかれないように城を抜け出し、皆の前から姿を消した。