廊下から足音、そしてドアの開く音が響く。
「……そんな……ヒュンケル……どこへ?」
空っぽのベッドを見て、エイミは抱えていた花束をそっと下ろし、残念そうに呟いた。
「みんな、出て行ってしまったんだ。五日後、ダイ君たちをはじめとする戦士たちが、死の大地へ向かうことが決まってね」
「それを聞いたら、皆そろって修行に飛び出していったの。すごい敵が現れたって話だから、その対策なんでしょうね」
ベッドの横のイスに座ったアポロとマリンが、エイミが出かけていた間の出来事を説明する。
「……そう、なのね……」
「ふふっ、お目当ての人には逃げられちゃったわね」
マリンがからかうように言うと、エイミは顔を赤らめた。
そしてすぐに沈んだ表情になり、悲しげに口を開いた。
「……どうしてそこまでして戦おうとするのかしら。あの人、まだ傷も完治していないのに……まるで、戦いに取り憑かれているみたい……」
部屋に重たい空気が流れる。だから、俺は――。
「それ、ここで寝てる俺に対する当てつけだよね? お前も早く修行しに行けってこと?」
ここまで黙っていた俺だったが、空気に耐えきれずに、思わず茶化すように口を開いてしまった。
「べ、別にそういうわけじゃないわよ。ただ……ヒュンケルが無茶ばかりするから……。はい、これ。殺風景だったから買ってきたの」
てっきり「元気ならさっさと出て行け」と言われるかと思ったら、エイミは意外にも優しい。いや、これが普通なのか。
エイミは花束を花瓶に差し、ベッドで寝ている俺の枕元にそっと飾った。
「あなたも、また死にかけたんだから……ちゃんと休んでなさい」
マリンが果物を剥きながら、優しい口調で言う。……って、“また”ってなんだ、“また”って。
「そうも言ってられないよ。午後には俺も、五日後に向けて準備しないと」
《同行》も新しく作り直す必要があるしな。
「でも――」
マリンが何か言いかけたその時、部屋の入口の方からノックの音が聞こえた。
一斉に視線が向けられる。
「お取り込み中に悪いが、少しいいか?」
「ロ、ロン・ベルクさん!?」
意外な人物の登場に、思わず声を上げてしまう。
「トーヤ。あんたに、折り入って頼みがあって来た」
「な、なんですか……?」
“頼み”と言いつつ、顔が怖い。
マジで俺、嫌われてるな……。
「オリハルコン……いや、ハルモニウムと言ったか。あれを、譲ってほしい」
ああ、なるほど。そう来たか。
鍛冶師として、オリハルコンは喉から手が出るほど欲しい素材だろう。それにこの人、確か“自分の技に耐えうる剣”を作るのが夢だったはず。
本当なら、二つ返事で渡したいところなんだが――。
「すみません、ハルモニウムはあの時渡した分で全部なんです」
「なにぃっ!? ……お前さん、錬金術が使えるんだろう? なくなってもまた作れるんじゃないのか」
半信半疑といった様子で、ロン・ベルクが迫ってくる。怖い。相変わらず俺、嫌われてる気がする。
「そ、素材があれば作れますけど……。でも“竜のつの”は、この間ハルモニウムを作るときに使い切ってしまったんです」
「……ドラゴン一頭から採れるツノって、そんなに少ないのか?」
「いえ、それなりの量はあります。でも、あのハルモニウムは通常のものより品質を上げるために、精錬を何度も繰り返していて……」
ハルモニウムを作る材料は“竜のつの”“油”“金属”の三つ。
俺は品質を上げるために、ハルモニウムそのものを素材に再錬して、さらに上質なものを作っていた。その過程で“つの”を全部使い切ってしまったわけだ。
説明を終えると、ロン・ベルクは残念そうにため息をついた。悪くないのに、なぜか罪悪感がすごい。
「そ、そうだっ! “プラティーン”なんてどうです? ハルモニウムよりは劣りますが、それでもかなりの強度がありますよ」
俺の提案にロン・ベルクは黙り込んだ。腕を組み、眉間に皺を寄せたまましばらく考え込んでいる。
どうやら頭の中で素材の特性や加工法を思い浮かべているらしい。
「迷ってるなら一応持ってきましょうか? 今日は一度家に帰るつもりなので、ついでに」
なるべく軽い調子で言ってみる。
すぐには返事が返ってこなかったが、数秒後にロン・ベルクがゆっくりと頷いた。
「そうだな、では頼もうか……」
そのとき、不意に彼の視線が俺の背後へ向けられた。
「ところでお前さんの木刀、ちょっと見せてくれないか」
「え? ええ、どうぞ」
言われて少し戸惑いながらも、ベッドの横に立て掛けてあった木刀を手に取り、彼に渡す。
ロン・ベルクはそれを両手で受け取り、じっくりと観察し始めた。その目は真剣そのものだった。
「この模様はなんだ?」
木目をなぞり、重さを確かめるように軽く素振りをしてから、ロン・ベルクが訊いてくる。
「これは、オーラを流しやすくするための細工です。これがあると、通常よりも強いオーラをまとわせることができるんです」
「……やって見せてくれ」
言われるまま、木刀にオーラを流す。すると、模様の“旧文字”がかすかに輝き、木刀全体を強いオーラが包み込んだ。
そのあと――材質、模様の意味、加工法など、質問攻め。
ようやく解放されたときには、もう昼を回っていた。
……全然、休息にならなかった。
+
洞窟へ戻り、プラティーンをロン・ベルクに渡した後、俺は再び自分の作業場へと戻ってきていた。
ダイとヒュンケルは二人で剣の修行中。ポップはマトリフから呪文の伝授を受け、クロコダインはチウと一緒に必殺技の特訓に励んでいる。そしてマァムは川辺で一人、黙々と体を鍛えていた。
みんなの様子を一通り見てきたが、原作と比べても目立った違いはないようだ。
俺がハドラーたちと直接やり合ったことで多少のズレは覚悟していたが、どうやらあのとき、俺を捜索していた最中にハドラー親衛騎団のヒムと出会ったらしい。話を聞いて、胸をなでおろす。
俺は作業机の前に座り、キメラのつばさを錬金釜へ放り込むと、鼻歌まじりにかき混ぜ始めた。
「へぇ、そうやってアイテムを作っていたのね」
マリンが興味深そうに釜の中を覗きこむ。パプニカから戻る際、「怪我人なんだから」と言ってついてきたのだ。
怪我はすでに回復呪文で治っているので問題はなかったが……すでに能力やアイテムのことをある程度話してしまっている今となっては、ついて来られても特に困ることもない。断る理由もなかったので、結局一緒に洞窟へ戻ってきたというわけだ。
「まあね。簡単そうに見えるかもしれないけど、実はけっこう大変なんだよ」
「錬金術……だったかしら。いつの間にそんなこと、できるようになっていたの?」
「物心ついたときからだよ。うちはそういう家系なんだ。一応“秘術”ってことになってるから、詳しい話はできないけどね」
いつものテンプレ回答だが、だいたいこれで納得してもらえる。
案の定、マリンはそれ以上は何も聞いてこなかった。
+
どれくらい時間が経っただろうか。外の様子はわからないが、恐らくもう深夜に近い時刻だろう。
その辺にあった保存食で簡単に夕飯を済ませ、俺は調合作業を続けていた。
普段なら単調で退屈な作業だが、マリンと世間話をしながらだと不思議と時間が早く感じられる。
とはいえ、彼女は帰らなくていいのだろうか? 今ごろ外は真っ暗なはずだ。もしかして、今日は泊まっていくつもりなのか? ……ベッドは一つしかないんだが。
「あなたって、改めて考えるとすごいわよね」
突然の言葉に手を止めそうになりながら、俺は返す。
「んー、何が?」
「魔王軍が攻めてくる前から、パプニカでいろんな事件を解決してたじゃない。今だって、ダイ君たちと一緒に最前線で戦ってるし」
「経歴だけで言えば、まあ、そうかもね。でもマリンだって“三賢者”なんて言われてるし、フレイザードのときだって、かなりいい線いってたって聞いたよ。十分すごいよ」
取り留めのない会話を交わしながら、俺は釜をかき混ぜ続ける。
「ありがとう。でも……私じゃもう、今の敵には太刀打ちできないから。だからこそ、後ろでみんなを支えるわ」
「うん、俺も。ダイたちを、ちゃんと支えてみせるよ」
そう返すと、マリンは急に黙り込んだ。
少しの間が生じたあと、ぽつりとつぶやく。
「……あなたは、ダイ君たちを守るために一緒に行動してる――で、あってるのよね?」
「ん? ああ、まあ、そうだね」
「だから、五日後に向けて必要な準備をしている」
「そうだよ」
「そして、ダイ君たちをうまくサポートしたいと思っている」
「もちろんそう思ってるよ」
「でも――あなたが、大魔王を倒せるとは、思えない」
「……え?」
思いもよらない言葉に、俺は釜をかき混ぜる手を止めた。
ゆっくりと、背後の彼女を振り返った。