ダイの大冒険の世界を念能力で生きていく   作:どか0623

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70 迷い

「はああぁぁ……どうすればいいんだろぅ……。ねぇ、アバンさん」

 

 俺は机に突っ伏し、深いため息をついて項垂れた。

 

「ええ、そうかもしれないですね」

 

 なのにアバンは、気のない返事をするばかり。冷たくない?

 

 ここは破邪の洞窟の下層。”同行”のスペルカードを使ってここまでやってきたのだ。

 何かいいアドバイスをくれるだろうと思って来たというのに、アバンは背を向けたまま、何やら作業を続けている。

 

「ちゃんと聞いてますかぁ?」

「もちろん、ちゃんと聞いていましたとも。彼女とケンカしたんですよね?」

「ちゃいます。彼女じゃないし、ケンカなんてしてません」

 

 顔を上げて抗議すると、ようやくアバンは作業の手を止めて、こちらへ向き直った。

 

「あの~、地上での動向を教えてくださるのは大変ありがたいんですが、できればもう少し真面目にお願いできませんか?」

「めっちゃ真面目ですって。ハドラーのこととか、竜の騎士のこととか、死の大地のこととか、色々詳しく話してるじゃないですか」

 

「いえ、ほとんどが……マリンさんでしたっけ? 話の合間にすぐ彼女の話に戻るじゃないですか」

「しょうがないじゃないですか。マリンに『あなたが大魔王を倒せるとは思えない』なんて言われたんですよ」

 

「ふうむ。それで、トーヤくんはマリンさんに何と答えたんですか?」

「いや、別に……『ちゃんと倒すよ』って言いましたけど」

 

「それで彼女は?」

「えっと、『あなたのことが分からない』とか、『信じていたけど』とか……そんな感じのことを言ってましたね」

 

「それを聞いて、あなたはどう感じましたか?」

「んー……おそらく、マリンは俺のことを疑ってるんでしょう。魔王軍とつながってるんじゃないかとか、そう考えてる可能性が高いですね」

 

 そう考えれば、マリンの発言にも一応の説明がつく。

 マリンの視点からすれば、俺の行動には不審な点が多いのかもしれない。

 

 魔王軍がパプニカを襲撃したとき、俺は行方不明になっていたし、”同行”のスペルカードも、皆うすうす気づいていたのに、俺は黙っていた。

 錬金術のことを黙っていたのも、むしろ怪しさを増していたかもしれない。

 

 そして極めつけは、ハドラーたちとの一戦だ。

 あんな連中を相手にして生き延びたなんて、普通に考えれば不自然だし、怪しさ爆発ってやつだ。

 

 だから俺は、可能性のひとつとしてそう言っただけだったのだが、アバンの表情はどこか微妙だった。

 

「そうきましたか。あなたは少し──いえ、かなりの鈍感さんですねえ。そもそも、質問の意味を履き違えていますよ」

「はあ?」

 

 我ながらマヌケだなと思いながら、気の抜けた声で聞き返す。

 

「ところでトーヤ君。神託のことなんですが、そろそろ詳しい内容を教えていただけませんか?」

「え、ええ……いいですけど」

 

 突然話を変えられて驚いたが、俺は頷いて返事をした。

 確かにアバンには、神託の内容をかなりぼかして伝えていた。

 

 ”魔界から大魔王が現れ、魔王ハドラーを蘇らせる。そして、それに立ち向かえるのはアバンの弟子だけ”──そんなざっくりした話しかしていない。気になるのも無理はない。

 

 破邪の洞窟へ潜ってしまえば、最終決戦までアバンがストーリーに関わることはない。

 ここまで来た以上、詳細を話したところで支障はないだろう。むしろ、話しておいた方がいい気さえする。

 

 だから俺は、これから起こるであろう未来の出来事を、アバンに語ることにした。

 

 

 +

 

 

 アバンには、転生チート以外の「未来」の話をすべて打ち明けた。

 ハドラーと黒のコア。キルバーンの正体とその裏に潜む策略。ミストバーンの秘密。そして、大魔王バーンが地上を黒のコアで丸ごと消し飛ばそうとしていること。

 

 ……なんか、黒のコア多いな。

 

 冗談みたいな未来だが、今度こそ包み隠さず語った。

 そのせいか、アバンは真剣な表情で何事かを思案している。

 

「ダイ君は、キルバーンの人形ごと空に消えたと聞きましたが、その後は……?」

「わかりません。"ダイの剣"を打った鍛冶師のロン・ベルクさんは生きてるって言ってました。でも……地上に帰ってきたのかどうかは」

 

 原作は、あの場面で終わっている。

 もしかしたら数日で帰ってくるかもしれないし、数十年経っても戻らないかもしれない。

 

「ですが、安心してください。……ダイがいなくなったら寂しいですからね。そうならないように、ちゃんと俺が最後はキメてみせますよ」

「そうですか。ならば、あなたに任せましょう。……帰ったら、同じことをマリンさん……いえ、ダイ君たちにも話してみては?」

「はあ? そんなの、できるわけないでしょう」

 

 一笑に付したつもりだった。

 けれどアバンの表情は崩れず、むしろいっそう真剣だった。

 

「私は本気でそう思っています。あなたは少々、“神託”に囚われすぎているのではありませんか?」

「囚われてる……?」

「ええ。神託の内容を変えまいとして、いろいろと戸惑っているのでしょうが……それは本質的に間違いです」

 

 アバンはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。

 

「あなたがその神託を知った、その瞬間から未来はもう変わっているのです」

「いや、変わってませんよ。そんなことあるわけない……俺なんかがちょっと動いたくらいで、世界が変わるわけないじゃないですか」

 

 そう――あるわけがない。

 念能力を授かっていようが、所詮はひとりの力。

 世界の歴史なんて、そんな簡単に変えられるものじゃない。

 

 実際、ところどころ違いはあれど、大筋は原作と同じ。

 俺はただ、その流れに従っているにすぎない。

 

「……もし、あなたがいなければ、パプニカで病気で亡くなっていた方々がいた。あれは神託通りですか?」

「……いいえ。違います」

 

 それは、あまり触れたくない記憶だった。

 

 数年前、パプニカで流行病が発生した。街では何百人もの人々が倒れ、次々と命を落としていった。

 俺はそれを見過ごすことができず、手を貸してしまった。

 

 未来の記憶を持つ自分にしかできないやり方で、助けてしまったんだ。

 本来なら、死ぬはずだった人たちを。

 

 それは、原作を知っている俺だからこそ背負った葛藤だった。

 誰かが生きる。それだけで、世界のあり方は変わる。

 

「所詮、一人の力だなんて言いながら――心のどこかで、自分のせいで歴史が狂うんじゃないかって、ずっと怯えていたのではないですか?」

 

 最初は些細な変化。

 助けた人たちのせいで、食料が足りなくなるとか……店の商品が品切れになるとか。でもその小さな波紋は、やがて連鎖的に誰かの人生すら変えてしまうかもしれない。

 

 職を失う人が出る。結ばれるはずだった恋人を失う。

 生まれてくるはずだった命が、存在ごと消えてしまう――そんな未来さえあるかもしれない。

 

「だけど……どうしても、見捨てられなかった。俺には、その力があったから」

「……ええ。もし私があなたの立場でも、同じことをしたと思います」

 

 アバンは優しく頷いた。

 

「だから、そんなに思いつめないでください。ずっと一人で頑張ってきたのでしょう? もう十分です。これからは、私も頼ってください」

 

 その言葉に、不意に胸がつまった。

 

「……マリンさんも、きっと同じことを言いたかったのでしょう」

 

 ――俺は、ずっと誰にも頼ろうとしなかった。

 本当は、頼りたかったのに。でも怖かった。

 

 未来が変わることが。

 俺の手に負えないことが起こることが。

 俺の身勝手で、世界を壊してしまうことが。

 

 だから、独りで戦うしかないと決めた。

 

 ふと、テランでメルルに言われた言葉を思い出した。

 

 ”あなたは、運命に縛られているように感じますが、それはきっと――”

 

 あのとき、会話は途中で途切れてしまったけれど。

 今は、その続きがなんとなくわかる。

 

 涙が頬を伝う。

 悲しいわけじゃない。辛くもない。

 けれど、なぜか止まらなかった。

 

 俺はアバンに背を向けたまま、涙を拭うこともせず、静かに流し続けた。

 

 ――ありもしないはずの運命。

 それに縛りつけていたのは、他でもない、自分自身だった。

 

 そして今、俺はようやくその運命から解き放たれたのだ。

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