「っぐ…ぁぁ」
辛うじて立ちあがり、再び霊丸を放とうと構えをとる。
背中に負った傷は深い。すでにトーヤに残された攻撃手段はこれ以外になかった。
しかし指先にオーラは集まらず、そして蓄積したダメージに腕は震え、照準もまともに定まらない。
「やはりね。ふふふ、トドメをささずに用心していた甲斐があった。これでもう”レイガン”とやらは怖くない」
そんなトーヤの様子に勝利を確信したのか、キルバーンは構えもせずにゆっくりと歩み寄った。
「………やはり…?」
「キミはダイ君と魔法使い君の次に危険だと思っていたよ。だから絶対にボクの手で殺そうと思っていたんだ」
「…どういう意味だ?」
「おっとーー」
「っぐえ!?」
唐突に迫るキルバーンに首を捕まれ、岩壁へと押し付けられた。その拍子にトーヤの手元から何かが地面へ落ちる。
「キミのことはベンガーナの時からマークしてたんだ。どんな戦い方をするのかも、大体把握済みさ」
足元へ転がった小瓶をチラリとみた後、キルバーンはそれを踏み砕く。
トーヤは悔し気に砕かれたガラス片を一瞥し、そして思った。
先の霊丸は狙いもタイミングも完璧だった。なのに何故キルバーンはまだ動くことが出来るのか、と。
その答えは至極単純だった。霊丸は当たっていない。キルバーンの身体中に残る無数の裂傷がそれを物語っていた。
人形であるキルバーンは刃程度で再起不能などなるはずもない。従ってファントムレイザーの刃へ飛び込み霊丸を回避することはキルバーンからすれば当然のことだったのだ。
そのことに気がついたトーヤは先のキルバーンの言葉を思い出す。
『トドメをささずに用心していた甲斐があった』
確かに先ほどキルバーンはそう言った。そしてそれはある事実を示している。すなわちーー
「霊丸で迎撃することは予想済み……いや、仕向けられてたってことか」
「ご明察。ふふふ、思い込みってのは怖いよね。”刃があるからそこへは動けない”なんて人間の理屈はボクには通用しないのさ。そしてなにより”待ち伏せされてる”なんて思いもよらなかっただろう?」
「ーーっ!? 道理で……刃の数が多過ぎると思ったぜ」
最初にファントムレイザーを左脚に受けた時、トーヤにはいつ仕掛けたのか分からなかった。
だが、笛の音で感覚を狂わされ始めていたため、その瞬間を見逃しただけだと考えた。しかしそれすらもキルバーンの誘導に他ならない。
実際、笛の音で感覚を奪おうと思えばもっと早くに奪うことは出来た。しかしキルバーンはそれをしなかった。
霊丸という切り札を見知っていたキルバーンはそれを使わせるためにあえて追い込んだーー否、追い込まざるを得なかった。
そうしなければトドメの瞬間に手痛い反撃を受ける恐れがあったためだ。
結果として現在トーヤはキルバーンの思惑通りの結末を迎えつつある。
周到にして狡猾。これが死神と呼ばれるキルバーンの戦い方であった。
「ボクにかかればこんなものさ。でもハドラー君やミストが相手ならそれなりに戦えたんじゃないかな。相手が悪かった。それだけのことだよ」
首を掴む手に力を込められる。トーヤにはもはや抜け出すだけの力はない。
「相手が悪い……ハハ、確かにそうだな。マジで強いぜお前。まさか心理的な死角まで狙って罠張ってくるとは思いもよらなかったぜ」
できる事といえば、せいぜい自らの首を締めるその手を掴み逃さないことくらい。
「ん? 何のマネだい?」
「お前の言う通りだ。怖いよな、思い込みって……霊丸が1発しか撃てないなんて思い込むなんてなッーー」
「何ッ!?ーーしまッ」
気づくと同時に離脱しようとするキルバーンだったが、既に手遅れ。
至近距離で放たれた霊丸はキルバーンの首から下を呑み込んだまま海の彼方へと消えていった。
首だけになったキルバーンはトーヤの目の前に転がり落ちる。
「バ…バカな。あれだけの威力の技を連続して放てるなんて……バーン様並…だ…ねえ」
それだけ告げるとキルバーンは事切れるかのように動かなくなった。
* * *
目の前で動かなくなったキルバーンの生首をみて地面に腰を下ろす……っていうか崩れ落ちる。
あ、危なかった。キルバーンがなんか勝手に霊丸1発しか使えないと思い込んでたから助かったものの、そうじゃなければおっ死んでたぞ。
闘気基準だと何回も撃てないのが普通なのかな。
確かに霊丸は反則的に強い気もする。グランドクルス以上の威力だし(ラーハルト戦のとき横で見てた)。
そう考えれば日に4発とはいえグランドクルスを1分措きに使えるとかぶっ壊れだよな。俺が敵側ならキレる。
それに2発目の霊丸を最初に構えた時、1分経ってなくてオーラが集まらなかったのがヤツの予想の決め手になったのかもしれない。
まあいいか。お陰で助かったんだし。
首を掴んだまま固まっているキルバーンの腕を引き離し投げ捨てる。
「どっちにしろマヌケなやつだなーーっ熱ッ!?」
キルバーンの腕が落ちた拍子に跳ねた血液を払いのけ地面を転げまわる。
そういえばコイツの血液は魔界のマグマ並とか言ってたっけな。
誰もいない荒野でアツアツおでん並のリアクションをしてしまったぜ。恥ずかしい。
っていうかまだ気を抜くのは早い。キルバーンは死んじゃいない。
なんか死んだふりして目の前で転がっているけど、コイツはただの人形なんだ。本体がどこかに潜んでいるはず。
油断はできないぞ。
俺は素早くポーチから回復薬を取り出すと一気に喉に流し込み次の戦闘に備えた。
……来ないな。
てっきり畳み掛けるように襲ってくるかと思ったんだけど。
なら移動するか。早くしないとハドラーが爆発しかねないし。
その前に目の前の生首なんとかしないと。これ黒のコア入ってるからね。
どうしよう、海に沈めるか?
だけど海の底で爆発したら津波とかヤバそうだな。
うーん。放っては置けないけど、コイツをもって戦うのはかなりデンジャラスだ。
「うわッ!? な、なんだ?」
生首をどうしようか悩んでいると、突然空から無数の金属の塊のようなものが降ってきた。
その様子に俺があたふたしている内に、金属の塊は人の形を成していった。
見覚えのあるその姿形にようやく理解が追いついた頃、一番奥から喚くような不快な笑い声が響いた。
「ガ~ハッハッハッハ~、我輩は大魔宮最大最強の守護神……キング!!! マキシマム!!! おまえの命は今日ここまでよ!!」
あ~今日絶対厄日だわ。
キルバーンの敗因、ダイナミック勘違い。
一応ベンガーナでオリ主がドラゴンと戦った際に連続して撃てなかったのを目撃しているということにしています。