「……ぅぅ……ぐっ」
倒れたダイからうめき声が漏れる。
大丈夫だ。不意を突かれたけど、たった一撃で戦闘不能になるほどダイは軟じゃない。
マァムは直ぐにダイの元へ駆け寄り回復呪文を唱えた。
ダイはマァムに任せておけば大丈夫だ。大丈夫、大丈夫……。繰り返し自分に言い聞かせ、俺は目の前の大魔王に集中する。
……くっ。こうして対面するとよく分かる。
しわがれた爺さんの姿をしているが、こいつは正真正銘の化け物だ。
ビリビリと肌を焦がすような威圧感に闘争心が呼応するように膨れ上がる。
あと少し。あと少しで世界は平和になるんだ。
そしたら漸く俺はこの世界で何の不安も無く平穏に生きていくことが出来るーー出来るのに目の前に立つ存在は山の様に巨大な壁となり阻もうとする。
「……ははっ。どうした? さっさとかかって来ぬか」
ひとりとして動かない俺たちを嘲るようにバーンは笑った。
まるで蟻を踏みつぶすのと変わらないとでも言いたげなその態度。どこまでも癪に障りやがる。
「余裕こいてるんじゃねぇよ!」
「待てッ! 迂闊な攻撃はーー」
バランの制止を無視して俺はバーンへ向かう。
恐怖や躊躇いをすべて怒りへ変換して一気に爆発させる。
「……ッ!?」
何も考えずに放った俺の拳は、それ故に最高の速度と最大の威力を宿していた。
想像以上の威力だったのか、光魔の杖で受けたバーンはその態勢のまま後方へ飛ばされる。
しかし驚いたのはむしろ俺自身だった。
追撃することも忘れて呆けたように飛ばされるバーンを見る。
だが流石にこの程度でダメージを受けるバーンではない。優雅に着地すると杖の矛先を俺へと向き直る。
杖を掴んでいた手を離し、そっと俺へと向けた。
さっきダイを昏倒させたのと同じーーいや、その倍以上の闘気が光となって襲いかかる。
応戦するべく構えようとして、俺は漸く武器すら抜いていないことに気がついた。
「ーーッ!? やべっ」
慌てて堅による防御へ切り替え、迫り来る闘気に身を強張らせて衝撃に備えた。闘気の奔流が一身を呑み込み、まるで濁流に流されるように前後不覚となる。
そこから先は反射に近い行動だった。空宙をとばされながら木刀を抜き、思い切り付きだした。木刀の切っ先は地面へと突き刺さり俺をその場へと繋ぎ止める。
「……ぐッ、クソ…痛ぇ」
木刀を杖にして立ち上がり舌打ちする。
「お、俺たちも往くぞ!」
ポップが叫び声が響く。
それを皮切りにヒュンケルとクロコダインが動いた。
俺の横を通り過ぎた二つの陰は瞬く間にバーンへと迫っていく。
そして更にそれを追い越してポップの呪文がバーン目掛けて放たれる。
その光弾は二人の頭上を通ると、そのままバーンへと直撃して爆発した。
土砂が舞い上がり、圧された空気が風となって拡散する。
同時にクロコダインが雄叫びを上げて斧を振るう。
「せえぇりゃああ!」
粉塵を裂いて突き進む斧の一撃は、鈍い音を響かせてその動きを静止した。
「バ、バカなッ!?」
視界が開けた先には素手で斧を受け止めるバーンの姿があった。
そのまま手を滑らせてクロコダインの手首を掴むと捻るようにして態勢を崩しにかかる。
「はああぁぁ!! ーーッ」
バーンが攻撃へ移る隙を突いてブラッディースクライドの態勢へ入るヒュンケルだったが、クロコダインの巨体をぶつけられ地面を転がった。
「喰らえ、このヤロウ!! メラゾーマッ」
二人を庇うように割って入ったポップは呪文を放つ。
その様子にバーンは口元を歪ませて爪の先から小さな火の粉を飛ばした。
火の粉はその熱量が生み出した気流により容易くポップの火炎を弾き飛ばし、そのままの勢いでポップの胸元で炸裂した。
「うわああぁぁあああーーーっ」
「ーーっああ」
「ぐあぁあッあぁぁ」
火の粉はから溢れんばかりに噴き出した炎の渦にポップと後ろにいたクロコダインとヒュンケルを瞬く間に呑み込むと竜巻のように宙へと巻き上げていった。
炎の威力が弱まると、三人は地面に勢いよく地面に叩きつけられる。
衝撃と全身に負った火傷により呻きながらも起き上がろうと必死にもがく。
本当に一瞬だった。
まだ攻撃を開始してから一分も経っていない。
それなのに俺たちの過半数は既に地に伏していた。
「あ、あんな小さな火の粉みてぇなもんで、俺のメラゾーマを弾いたってのかよぉっ……」
「今のはメラゾーマではない……メラだ。これで力の差が理解できただろう」
バーンはつまらな気に告げると、右手に炎を纏った。
「そしてこれが余のメラゾーマだ。想像を絶する威力と優雅なる姿から、魔界では太古の昔よりこう呼ぶ……カイザーフェニックス!!」
三人を守るため最大出力の堅で巨大な火の鳥を受け止めるため身構えた。
すると肩を並べるようにバランも横に並び竜闘気を輝かせる。
カイザーフェニックスが包み込むように翼を広げて目前へと迫る。
身を強張らせて衝撃に備えるーーがカイザーフェニックスは目の前で弾けるように裂けて霧散した。
……今のは?
カイザーフェニックスを吹き飛ばした正体を求めて振り返ると、そこには剣を振り抜いた姿勢で立つダイの姿があった。
「皆、あきらめるなっ。もう一息だ、俺たちなら絶対に勝てるッ!」
「ダ、ダイ!?」
深いダメージを負っているはずなのに、ダイを見た瞬間に笑顔を取り戻した。
ダイと一緒に戦うため、ポップ達は必死に立ち上がろうとする。
「直ぐに治すわ」
やや遅れてマァムがやってきて、魔弾銃を構えると三発連続して弾を撃つ。
ベホマの光に包まれ、先程までの傷が嘘のように消えていった。
「よっしゃぁ! 仕切り直しだぜ、大魔王ぉ! 降参するなら今のうち…………な、なんだよ、何とか言いやがれ!?」
「……大したものだと思ってな。お前たち人間と言う者は少し希望が見えたと思えば途端に吠えて喚き出す。それがどれ程無駄なことだとも知らずに」
「な、なんだとぉ!?」
ポップは気丈にもバーンへ言葉をぶつけるが、まるで相手にされていなかった。
しかし可怪しい。いくらバーンが強くても、この状況で変わらずに笑っていられるなんて。
カイザーフェニックスだってつい今しがたダイに防がれたんだぞ。
俺たちは確実にバーンを追い詰めているはずだ。……なのにどうして。
「しかし……どうしたバランよ。随分と大人しいではないか。もっと攻めて来い。竜魔人はどうした、ギガブレイクは? よもや怖気づいたわけでもあるまい」
……今度はバランを挑発。一体何を考えているんだ。
その不可解なバーンの言動にバランも僅かに逡巡した。
しかしそれも一瞬。雷鳴が轟き、稲光が眩く明滅した。
「傲ったな大魔王。竜の騎士力と恐怖をその身に刻んでくれるッ」
竜魔人と化したバランは、紫電を散らしながら剣を構える。
……竜の騎士が二人。そして俺は霊丸を二発残している。
ミストバーンもずっと控えたままだ。バーンが呼ばない限り動くことはないだろう。
ならば当初の予定通り、このままミストバーンに真の姿を晒させること無く一気にバーンを殺す。
最高の状況であり、俺が望んだ状況そのものだった。
だというのに、何故だろう。
心に影が差すように感じるのは。