「してやられたな、ミストよ」
バーンは怒りとも嘆息とも取れる声音で告げた。
返す言葉もない。申し開きなど尚の事。ミストはただ即座に膝をつき、バーンに頭を垂れるのみ。今この瞬間に切り捨てられようと黙って受け入れるのみ。
「良い。ダイ共々竜の騎士は我が手中。アバンが生きていたのは想定外だったが」
輝く五本の羽は、未だ煌々と五芒星を描いていた。
「ハドラーと戦った時とは比較にならぬほどの力を感じる。偽物ということはあるまい」
「私の不手際は私の手で……。バーン様、私にアバン抹殺の命を」
「要らぬ、アバンを討つ者ならばもっと適任がいるだろう」
懇願するミストをバーンは一蹴する。
適任とは一体……? 当惑するのも一瞬。すぐにそれが意味することを理解し、その言わんとする者へ顔を向ける。
アバンの使徒、勇者ダイ。
なるほど。アバンの意志を色濃く受け継ぎ、勇者の名まで冠するダイならば――否、これ以上の適任者は存在しない。
「仰せのままに。それでは時間の許す限り暗黒闘気よるダイの調整を行います」
「ああ、急げよ。地上を滅ぼすのに十日とかからんのだからな」
「――ハッ」
恭しく応じ、ミストはダイを連れてその場から消えた。
残されたバーンはこれから起こるであろう惨劇に愉悦の声を漏らし、五芒星を踏みつけた。
「ハドラーの言葉どおり、痛い目とやらを見せてくれるのだろうなアバンよ。――精々足掻くといい」
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バランの躰を奪い、ダイすらも暗黒闘気により手中に収めたミスト。
戦う術も力も使い果たしたトーヤ達の息の根を止めるため、ミストは闘気弾を放った。
その時、トーヤ達を助けるべくアバンが現れた。
アバンの力により辛くも危機を逃れたトーヤ達は、カール王国北東にあるアジトで傷ついた身体を癒していた。
それが昨日の話。
トーヤを除く者たちはレオナやパプニカ三賢者の呪文により完全回復を遂げた。
そして今、会議室で今後の作戦会議開いていた。
大魔王の目的や手段をトーヤから聞き知っているアバンは、その全貌を上手くポップ達に説明して自らの考えを伝えた。
「…………本当にこれを使えば黒のコアを無力化することができるんですか?」
まるで玩具のような吸盤付きの羽を弄ってレオナが言う。
如何にアバンの言葉でもにわかには信じ難い。
冗談としか思えないようなアイテムとは裏腹に、アバンの目は真剣そのものだった。
アバンの人柄をよく知るポップやマァム、ヒュンケルでさえ頭を抱えそうなのだから、レオナの反応も当然だった。
「これで一体どうしようって――のわっ!?」
質問をしようとしたポップに、アバンはその玩具のような羽をダーツの矢のように投げた。
羽は見事ポップの額に命中する。先端にある吸盤が額にピタリと吸い付き離れない。何事かと驚きポップは声を上げ、額の羽から出る青白い光の粒子が舞い出ていた。
「な、なんだぁ? 先生ェ、羽からなんか出てるんですけど」
「それはあなたの魔法力です。そのまま放っておけば十分くらいで魔法力が空っぽになることでしょう」
それを聞いて慌てて額の羽を掴んで外すポップ。雑に外したせいで吸盤がついていた箇所が赤くなっていた。
竜騎将バランの部下、竜騎衆ガルダンディーの羽を素材にしたこのアイテムは、取り付けた対象の魔法力を外部へ放出させる。
トーヤが知るこの世界の出来事を聞いた際に得た情報から思いつき、死の大地へ乗り込む直前にアバンがトーヤに作らせたのだ。
既に亡き者となっていたガルダンディーの墓を暴く必要があったため、トーヤは終始一貫して否定的であった。
しかし、これが地上を救う方法だと頭では理解していたため、シブシブといった具合で協力したのだった。
その時のなんとも言えないトーヤの表情を思い出してアバンは一人苦笑する。
「つい半刻ほど前、ロモスの北西にあるポルトスの町に件の柱が落とされました。その頂には黒のコアが設置されている筈です。そこにこの羽を取り付ければ無力化は容易でしょう」
「ロモスか、ならルーラで行けるぜ。俺が行きますよ」
意気込むポップにアバンは待ったをかける。
アバンとて黒のコアなどという危険物は一刻も早く何とかしたいが、それをやってしまえばバーンに勘づかれる可能性が高いのだ。
邪魔をされたバーンが別の手段を用意していないとも限らない。
ならば後手に回るが、それでも確実に対処する方がベターであるとアバンは考えた。
柱を使い六芒星を描くという関係から刻限は容易に知ることが出来る。
死の大地へ向かう前にトーヤがアポロ達に渡した袋には、この羽と黒のコアへの対処を頼むとの言付けが記されていた。
つまり現状、黒のコアは恐怖ではあるが脅威ではない。
「黒のコアのことは分かった。だが魔王軍が柱を落としきるまで呑気に待つこともあるまい。俺達の方から再び攻撃を仕掛けるんだ」
力強く発言したのはヒュンケルだった。
昨日惨敗したばかりだというのに、その闘志は衰えるどころか増しているように見えた。
防衛にばかりに意識を割いては勝機を逃す。
戦士として当然の心構えであり、攻撃こそが最大の防御であると経験から理解しているのだ。
しかし、バーンパレスは遥か上空、移動も自由自在だ。
周囲はバーンの魔力に覆われているためルーラでは侵入できず、飛翔して近づくこともできない。
「その準備は既に終えています」
カール王国の王女フローラは柔和に微笑むとレオナを見る。
彼女たちも皆がバーンパレスで死闘を繰り広げている際に何もしていなかった訳ではない。
アバンと共に”破邪の洞窟”へと潜りミナカトールを習得している。
「姫さん、その”みなかとーる”ってどんな呪文なんだ?」
「”ミナカトール”はポップ君も使ったことのある”マホカトール”の上位呪文よ。敵の活動を停止させることが出来るの。これを使えばバーンパレスは止められるし、ルーラで行くことも出来るわよ」
「もっともそれを成功させるには五人のアバンの使徒と”アバンのしるし”が必要なのだけど」
レオナの言葉を補填するようにフローラが続ける。
ミナカトールはアバンですら習得できなかった伝説の大破邪呪文だ。
しかし、その大破邪呪文をもってしても、バーンパレスを停止させるには術者の他に四人の力が必要だ。
「へぇ、でもなんでそれで先生のしるしが必要なんですか? これはアバン先生の卒業の証でしょ?」
「ポップ、言うよりも実際にやってみた方が早いでしょう。”アバンのしるし”を持って、あなたが今為すべき事を思い浮かべてみなさい」
首をひねるポップにアバンがポップの胸にある”アバンのしるし”を示した。
ポップは不思議に思いながらも言われた通りに”アバンのしるし”を手にして意識を集中させる。すると”アバンのしるし”が緑色に輝いた。
「それがあなたの魂の力の色です。その印に使われている”輝聖石”は邪気を祓い、正義の心を増幅させる力があります。五人の正義の魂の力を使いミナカトールを唱えればバーンパレスを停められるでしょう」
「……待ってくれ。五人のアバンの使徒と言ったが、ダイは魔王軍に囚われている。印を持つのは俺、ポップ、マァムの三人だけだ。数が足りん」
「心配には及びません、レオナ姫にも既に印を渡してあります」
”アバンのしるし”を掲げて笑顔を見せるレオナ。
「いつの間に……。でも先生? レオナが加わってもまだ四人ですよ。残りの一人は……まさか?」
「そう! お察しの通り、この私です! これからはあなた方と共に戦う同志、戦う仲間として行動を共にします」
アバンはまるで演説でもするかのような大袈裟な身振り手振りで力強く宣言する。
「つーことは、これでミナカトールを完成させられるってことか。これで心置きなくバーンパレスに乗り込むことが……って、あれ?」
「どうしたのよ?」
「いや、だって。昨日アバン先生は俺たちを助けるためにバーンパレスに来てたよな? だったらわざわざこんな大掛かりなことしなくたって良いんじゃねえかって……」
ポップの疑問は当然と言える。
考えてみればその通りだと、周りの面々もアバンへ視線を向けた。
その疑問に答えるべく、アバンは懐から三種類の羽を取り出しテーブルへ並べてみせた。
魔法力を蓄積する”聖石”の宝玉が嵌め込まれた”シルバーフェザー”。
魔法の威力を増幅させる”輝石”が嵌め込まれた”ゴールドフェザー”。そして――。
「両方の性質を併せ持つ”輝聖石”を嵌め込んだ”プラチナフェザー”です。破邪の洞窟の地下で見つけた秘法は私の破邪呪文の威力を何倍にも増幅することが可能です。この力で私はバーンの結界を破りました」
「さっすが先生っ! じゃあやっぱりミナカトールが無くたって大丈夫なんじゃないですか」
「ええ、バーンパレスに行くだけならそうでしょうね」
「そうかっ、アバン殿。マホカトールを使おうとしておられるな」
「おっさん、どういうことだよ」
「かつてオレがロモスでブラスを人質に戦った時にお前もやったことだろう。ダイやバランが暗黒闘気や邪気に侵されているというのなら、アバン殿の呪文と秘法で同じことができよう」
この手の呪法は同じ術者がやっても意味が無い。
レオナのミナカトールでバーンパレスを停止させ、アバンの秘法でダイとバランを救い出す。そして再びダイとバランを主力にバーンを討つ。
平和を取り戻すために必要な手順だ。誰もがこの作戦に希望の光を見た。
――ヒュンケルとアバンを除いて。