暗黒闘気に侵されたらどうなるんだろうか。
何故そんな疑問を抱くのか。それは俺が現在進行形で暗黒闘気に侵食されているからである。
侵食。英語で言うと……あれ、なんだっけ?
現世からコッチの世界へ来て二十余年。もはや英単語の記憶などほとんど無い。というか元から英語で覚えていない気がした。
原作において、グラス一杯分暗黒闘気を飲み干したヒュンケルは死ぬか暗黒の戦士になるかという二つが示唆されていた。
暗黒闘気は液体なのかという疑問は全力でムシするとして、栄養価的に見ても体に良くないということだけは想像に難くない。
結局ヒュンケルはどちらにもならず光の闘気で押し返したのだが、俺には光の闘気なんぞ無いのです。
同じく暗黒闘気に侵されたダイは暗黒戦士という厨二的な状況へ陥ってしまった。
バランはちょっと違うけど、同様にしてミストの操り人形と化す始末。
最強の二人が最凶の敵の軍門に下るとか冗談じゃねえ。
しかし、俺には二人の心配をしている余裕などなかった。
このままだと俺はどっちになるんだろう。
「はい、あーん」
地上が消えるとか消えないとか、そんな最大級の悩みを解決できたとしても、このままでは俺は死ぬ。
今地上で一番危機が差し迫っているのは俺なんじゃあるまいか?
リンゴをシャクシャクと咀嚼して飲み込む。
まぁ、何をやるにもカラダが資本だ。食べないことには始まらない。
よってマリンに食べさせてもらっている現状は恥ずかしいことなど何一つ無いのだ。
「……席を外した方が良いか?」
なので、そんな目で見ないでください。
冗談なのかマジなのか、ヒュンケルは少しだけ困った表情でそう進言した。
クロコダインはその後ろで豪快に笑っていたりする。
俺は赤面するほど恥ずかしいが、マリンは意外にも平然としている。
というか、追加でリンゴをフォークで刺して口元へ運んできているくらいなので、羞恥心の欠片も感じていないのは明白だった。
「これから少し修行に出る。その前に見舞をと思ったのだが……マリン殿がついていれば安心だな。ガッハッハッハ」
何がそんなに可怪しいのかと問い詰めたいところだが、それよりも気になることをクロコダインが口にした。
「修行って、今から?」
これから数日間で、魔王軍が地上を飛ばすための柱をいくつも落とすはず。
となれば修行なんてしている時間はないように思えるが……。
アバンにはちゃんとそのことを伝えているが、もしかしてアバンは彼等に話していないのだろうか。
「柱のことは聞いている。しかし世界中で六つも柱を落とすとなれば数日の猶予はある。短い時間ではあるが少しでも力をつけねばダイ達を取り戻すことなど出来んからな」
「オレは新技の開発を、そしてヒュンケルは剣技に磨きをかけるつもりだ。簡単にパワーアップが出来るとは思っていないがな」
「へぇ、新技に剣技ねえ………え、剣? だってお前には槍が――」
聞き間違いかと思った。ヒュンケルの剣技は確かに凄まじい。その実力は剣を極めたと称されるロン・ベルクにさえ匹敵するらしい。
しかし、今は剣ではなく槍で戦う。何故ならヒュンケルの使う”鎧の魔槍”は親友であるラーハルトから託されたものだからだ。
いくらバーンと戦うために力が必要でも、ヒュンケルがそれを手放すとは思えなかった。
そんな俺の疑問の答えは意外なところからやってきた。
「本来の持ち主が戻ったのなら返すのが道理だろう」
「おまえはっ!?」
いつの間にか扉に背を預け、一人の男が立っていた。
陸戦騎ラーハルト。竜騎将バランに仕える竜騎衆のひとりにして最強の戦士だ。”生きていたのか”なんて白々しいことを言うつもりはない。
そんなことは知っているからだ。ただ、ちょっと出てくるのが早すぎる気がする。
「バラン様から賜った霊薬は元を辿ればお前の物だそうだな。一応礼は言っておく」
「お、おう。……なるほど、クスリか……」
「しかし俺がいない間にバラン様が奪われ、ご子息であらせられるディーノ様までも連れ去られるとは。挙句にその体たらくではもう役には立たんだろう。そこで寝ていろ、足手まといに用はない」
「カッチーン。なんだとテメエこらっ」
完全に喧嘩を売っているとしか思えないラーハルトの言葉についつい俺も過剰に反応してしまう。
しかし、起き上がろうにも腕に力が入らない。起き上がるどころか肘すら立たせることは出来なかった。
それを見てヒュンケルが顔を曇らせる。
「……暗黒闘気の影響というのは本当らしいな」
「マトリフ殿が言うには、お前の躰を蝕んでいるのは暗黒闘気そのものではなく、その影響を受けたお前自身の”念”によるものらしい。よって破邪呪文でも取り除くことは出来んそうだ」
なるほど。
つまり俺がカラダを治そうと思ったら、やはり俺自身の力で邪悪な心を追い出さなければいけないらしい。
「お前が心の中の正義によって打ち勝てば良いだけの話だ。俺はお前を信じている。絶対に戻って来い」
「正義の心?」
無茶言うな。
+
「で、どうしてクロコダインは残ってるんだ?」
ヒュンケルとラーハルトが勝手なことを言い残して去った後、クロコダインはだけは何故か帰るどころか椅子まで持ちだして腰を据えていた。
マリンも食器を洗ってくると席を外しているのでクロコダインと二人きりだ。
それにしても、クロコダインの巨体を支えるとは……。
この椅子を作った職人はいい腕をしている。
「うむ。少し相談があってな」
顎を指で撫でて、如何にも悩んでいると眼で訴えてくる。
クロコダインが俺に相談とは珍しい。
「さっきは修行と言ったが、確かにお前の言う通り時間が余りにもなさ過ぎる。そこで何かアドバイスを貰えないものかと思ってな」
「え? 俺が?」
クロコダインは対オリハルコン勢との戦いの折、僅か数日で”獣王激烈掌”なる技を開発している。
俺なんかがアドバイスする必要があるのだろうか。
俺が余計なことを言うよりも、自分で考えたほうが強力な技を覚えることが出来そうな気がするが……。
「”念”のことはアバン殿から聞いている。数多の技を使うお前ならば、とな」
「そう言われてもな。俺も攻撃用の技は霊丸と魔法力と念をミックスしたヤツの二つしか持ってないぜ」
「ほう。霊丸は知っているが、そのもう一つとは? 先の戦いでも見せなかったところをみると切り札ではないのか」
「いや、全然。”邪王炎殺黒龍波”っていうんだけどな、メラをオーラで強化してぶつけるんだけど…………」
一発打つと魔法力全部持ってかれるし、威力は霊丸よりやや高い程度。
タメもいるうえ制御も効かないクソ技である。おまけに黒炎じゃない(これが一番重要)。
「――要は未完成ということか」
「そうそう、そういうこと。二つの力を掛けあわせたら強くなるのは当然だと思っての試みだったんだけど、そう単純なものじゃないらしい」
「二つの力、か。そういうえばヒュンケルもミストバーンから言われていたな。光の闘気と闇の闘気、二つを持っているからこそ強かったのだと。しかしオレには魔法力も、光と闇の闘気もない。掛け合わせることなどできん」
自虐風ギャグで笑いを誘おうとするが、クロコダインは笑うどころか真面目なトーンで語りだす。
もしかして、クロコダインは自分の力の無さを悔いているのかもしれない。
元々武人基質なクロコダインだ。仲間を敵に奪われたとなれば、そのショックは相当なものだろう。他人にアドバイスなんかを求めたのもそのためか。
「戦力がヒュンケルやラーハルトと比べれば大きく劣っているのは自覚している」
それは比べる相手が悪い。
あいつらと比べて肩を並べられる奴なんぞ世界中で数えても片手で足りるというものだ。
「今回の作戦の要のミナカトールでも役には立てんからな。オレなりに無い頭を捻らねば足手まといになりかねん」
「それって”アバンのしるし”の正義の光の話?」
大破邪呪文ミナカトールで空中に浮かぶバーンの要塞を止める。
そのためには呪文の威力を最大限まで高める必要があり、そしてそれには五人のアバンの使徒と”アバンのしるし”が必要だ。
アバンと残る四人のアバンの使徒は簡単に印を光らせることが出来たそうだ。
しかし、クロコダインやアポロ達では印を光らせることは出来なかったらしい。クロコダインが悲しそうにしているように見えた。
その気持わかるよ。俺も昔試したことがあるが光らなかったから。
自分が正義だなんて自惚れているつもりはない。
それでも割りとショックだったよ。まるで自分以外の何者かから「お前は正義じゃない」と言われているみたいで……。
だけど同情なんていらないぜ。
セルフカウンセリングにより今ではすっかり立ち直っている。結果たどり着いた俺の境地をクロコダインにも教えてやろう。
「太陰太極図って知ってる? 陰陽五行説の」
「たいいん……いんようごぎょ……? なんだそれは?」
まぁ知らないよね。この世界での話じゃないし。
クロコダインに紙とペンを取ってもらい、そこに白と黒の勾玉を合わせたような太陰太極図を描く。
陰陽五行説。簡単に言うと、世界の物事すべては”陰”と”陽”の二つで成り立っているという考え方のことだ。月と太陽。裏と表。光と闇。善と悪。二分されたこれらに優劣はなく、どちらが間違っているとか正しいとかの話ではないのだ。
「この模様のこの部分はなんだ?」
クロコダインは描かれた白黒それぞれの勾玉の部分にある小さな丸を指さした。
「良いところに気がついたね! それが重要なんですよ」
闇の中にも光はあり、光の中にも闇はある。完全なものなどなく、すべては混ざり合っているってことだ。
「……なるほどな。それでこれが一体どうしたというのだ?」
「つまり、俺たちが悪人だろうと善人だろうと、心の中に悪意も善意も持っているってことだよ。どうせ潔癖になんてなれないんだ。俺たちは俺たちのやり方を貫けば良い」
キザなセリフだと思った。
柄にも無いことをしている気恥ずかしさを紛らわせるため明るく言い放つ。
悩んでいる時、他人が少し何かを言ったからって解決することなんか稀だ。
ヒトの心ってやつはそんなに単純じゃない。むしろそんなに簡単に解決するような人間は短絡的で信用に足らないとさえ感じる。
故にこれは気休めだ。
気持ちが軽くなればポジティブになり、それが悩みの解決に繋がることもあるだろう。
「グァッハッハッハっ。もしかしてお前はオレを元気づけようとしているのか。心遣い痛み入るが、生憎とオレは落ち込んではおらんよ」
だからそれら全てが勘違いという事実に俺の羞恥心はマックスを超えてオーバーキルを果たす。
加えてせっかくの配慮を無碍にされたこともあり、俺は寝返りをうってそっぽを向ける。…………いじけている訳ではありません。
「そう気を悪くするな。お前の助言は然と受け取った。オレはオレの技に磨きをかけることにする」
「はいはい、それは良かったですねー。まぁ良いでねえの? 獣王激烈掌でも神砂嵐でも、どうぞご勝手にー」
「参考までにお前が今までにやってきた特訓内容を教えて欲しい」
「ハイハイ、イイデスヨー」
適当に返事をして布団を被り、ロボットのように機械的に質問されたことに答えることにシフトする。
しゃべり疲れた俺はいつの間にか眠りについてしまうのであった。