「っしゃおらあっ!!!」
闇の帳が下りてから数刻。
俺は、歓声とも気合ともつかぬ叫び声をあげた。
昼間に来たクロコダインたちの言葉がヒントになった。
曰く、暗黒闘気の影響を受けた“念”のせいで、体が動かないのだという。
理屈はよく分からんが、要はオーラが邪魔しているってことだ。
ならば、“絶”でオーラを封じ込めれば動ける――そう解釈した。
無理矢理な理屈だが、結果的に俺はこうして立ち上がることができた。
寝起き特有のふわふわした足取りで、よろよろと歩きつつ、とりあえず着替えることにする。
「トーヤっ、起き上がって平気なの?」
俺の奇声を聞きつけたマリンが部屋へと駆け込んできて、心配そうに声をかけてくる。
「もち」
親指を立てて答えるが、完全に強がりだった。
なにしろ、事態は何ひとつとして好転していない。これから戦うというのに、オーラなしでどうしろってんだ。
どうしようもない。今の俺じゃスライム一匹倒せやしない。
……だが、そんなことでへこたれたりはしないぜ。
まずはパプニカの我が家に戻って、アイテムを取ってこよう。
案外、薬を飲んだら治るかもしれないしな。
ついでと言ってはなんだが、そのままマリンを連れて、深夜の森へとランデブーに出かけることにした。
あの時の告白とか諸々は、すべて有耶無耶になっているけど……向こうが何も言ってこない以上、保留ってことで。
我ながら最低だとは思うが――このままだと本気で死ぬかもしれないんだから、許してほしい。
+
というわけで、あっという間に俺たちは森の入口までやってきた。
そこには、俺の家がある。
さすがルーラ。瞬間移動呪文という名は伊達じゃない。
アジトを出てから、ものの十分程度でこんなに遠くまで来られるなんて。
本当なら“同行”を使えばもっと楽だったのだが、先の戦闘でカードが破れてしまっていた。
使えねえな、クソが。
「いつの間にルーラなんて覚えたんだ?」
「ふふ、これでも成長してるのよ」
軽く褒めてやると、マリンは嬉しそうに微笑んだ。
そして“成長”という言葉を聞いて、つい胸に目がいってしまったのは――秘密だ。
俺が見ていないところで、彼女たちは彼女たちなりに努力を積み重ねてきたんだろう。
“念”の使えない今の俺なんかより、ずっと強いのかもしれない。頼もしい限りだ。
……それにしても――。
「なんで森の入口なんだ?」
これがゲームなら、ルーラで町や森の入口にしか飛べないのも理解できる。
でも、現実のこの世界にそんな縛りは存在しない。どうせなら、森の入口じゃなくて、洞窟の前に降りればよかったのに。
「だって……まだ障害物が多い場所だと、着地に自信がないんだもの」
そう言って、マリンは顔を背けて頬を染めた。
まるで、免許取りたての若者が「バック駐車が苦手」とでも言うような口ぶりだった。
その様子が妙にコミカルで、俺は思わず吹き出してしまう。
「も、もう……! なんで笑うのよ」
「あっはっは、わりぃ。さ、急ごうぜ」
「あっ、ちょっと……!」
マリンの手を取って、俺は森の中へ駆け出した。
+
トーヤ達が出立して直ぐ、アジト内は騒然としていた。
「確認ですが、本当にトーヤ君たちはマリンさんと一緒だったんですね?」
「は、はい。間違いありません」
少しだけ語気を強めて詰め寄るアバンに、番兵は及び腰で答えた。
「ああっ、もう。彼は本当にまったく――」
「らしくねえな、お前がそんな風になるなんて」
嘆くアバンにマトリフが珍しいものを見たと笑う。しかしその実内心ではマトリフも同じ心境だった。
アジト内では半刻程前から姿の見えないトーヤの捜索が行われていた。
そして今ようやくその手掛かりを見つけたのだ。発見には至らなかったが、ひとまずこれで捜索は終了で良いだろう。
アバンは近くの番兵にフローラやレオナへの伝令を頼み、事態を収束へと向かわせた。
「彼ほど厄介な人間もそういませんよ。ヤレヤレ、自分に何が起きているか自覚がないんでしょうかねぇ」
「ホッホッホッ、それを隠したのはワシ等だからね。落ち度はこっちにもあるよ」
「それもそうなんですが……。まぁマリンさんが一緒なのが不幸中の幸いですね」
「……そりゃどうかな。いまのトーヤには襲われるという事実こそが危険だ。あの嬢ちゃんがいれば少しは緩和されるかも知れねえが、嬢ちゃんが怪我でもした場合は下手すりゃ一気に進行しかねねえぜ」
マトリフの言葉にアバンとブロキーナは口を噤んだ。
+
人間たちの――アバンの使徒達の潜伏先を見つけ、ザボエラは愉悦に口を歪めると甲高い笑い声を響かせた。
バーンパレスからポルトスの町へと柱が穿たれた後、ザボレラは悪魔の目玉を柱を探らせるため送りこんだ。そこへ人間達が現れたのだ。おそらく彼らの目的は柱の調査だ。だからその行動に不思議はなかった。
そんな中、ザボエラが目をつけたのは一人の兵士だった。一見してただの兵士であったが、その身なりが綺麗過ぎた。
世界中が魔王軍との戦闘で疲弊している中、それ程の装備を配給される者は限られてくる。故に有力な組織の一員であると結論付けるのに時間は掛からなかった。
ザボエラは送り込んでいた悪魔の目玉を使い、直ぐ様その兵士を尾行した。
結果は大成功。見事アバンの使徒のアジトを突き止めることに成功したのである。
「キィ~ッヒッヒッヒ!! やったぞい、これでワシも――なんじゃ? 小奴ら何を話している……」
悪魔の目玉を通して飛び込んできたのはバーンパレスから落とされた柱の話だった。
ザボエラはその内容に驚き目を剥いた。バーンの真の目的と黒のコア。自身の知り得ない情報に衝撃を受けつつも、彼は同時に頭の中で計算を始める。
すなわち、どうやって生き残り利を得るか。ザボエラにとってはそれが全てで、そこに情が入り込む余地はない。
「……となるとマズいのぅ。人間どもの勝ちは薄いが、万が一もあり得る。情報の出所も気になるが……ん?」
続いて目にしたのはベッドで眠るトーヤとその横で話すアバン、マトリフ、ブロキーナ等の映像だった。
アバンの口から語られたのはトーヤの持つ”念”のことだった。
曰く、”念”は生命力を用いてオーラを「強化」「変化」「具現化」「操作」「放出」など様々な特性で利用・運用する法である。
聞いたことのない能力にザボエラは興味を示し、そして何かを閃き再び狂ったように笑い出す。
「良いぞいっ!! 運が向いて来おったぁ~ッヒッヒッヒ」
手段は決まった。ならば後は実行に移すのみ。
しかし、それをするには危険を犯す必要がある。だが自らに危険が及ぶ方法など下策も良いところ。姿を隠したまま目的はきっちりと果たす、それが賢いやり方というもの。
薄暗い部屋、そこでザボエラは通信呪文の準備をする。
”全世界の愚かなる人間たちへ。我ら魔王軍は数日のうちに地上を殲滅するだろう。しかし我らは慈悲深い。愚かしくも偉大なる大魔王様に逆らった戦士、トーヤと名乗る男を生贄として捧げよ。さすれば捧げた者とその仲間の命だけは助けよう。日時は三日後の正午。場所はロモスの北西にある柱の麓。賢い選択を期待する。以上”
間もなくして発信された通告は、余すこと知れ渡り世界中を震撼させた。
「どうせなら潰し合って貰おうかの。アレの完成も間もなくじゃ」
+
数十分ほど森の中を歩いて、俺たちはどちらともなく違和感を感じた。
普段ならほとんどモンスターすら出現しない森なのにヒトの気配を感じるのだ。
この先にあるのは俺の住処くらいで他には何もない。よってヒトが入り込む理由も無いはずだが。
しかし道の先の残る足跡や折れた枝、そして草をかき分けた痕跡がそれを否定する。
「何か変だ」
ついに疑念は口をついて出た。
マリンも頷き、表情を引き締めると目を細めて遠くを見る。
小さく揺らめくのは松明か。遠くに点のような灯りを見つけて、俺たちは歩みを止める。
そして茂みの中へ入ると身を隠したまま移動を再開させた。
音を立てないようにゆっくりと歩みを進め、ようやく見渡せる場所までたどり着く。そこはやはりと言うか、俺の洞窟の前だった。
「何をやっているのかしら?」
「ドロボウだろうな。ま、貴重品は奥にあるからバレないだろ。あいつらが帰ってからどこかで時間潰すか」
小声で話すマリンに答えてその場を後にする。
洞窟から離れた場所まで移動すると、俺たちはちょうど良さげな岩の上に腰を落ち着けた。
こんな世の中だ、悪人なんて腐るほどいるだろう。
盗みをはたらくなんて見下げ果てた行動だと思うが咎めるのも面倒だ。そもそも体調も優れないのに争いなんぞしたくない。
「あの人たち本当にドロボウかしら? それにしては随分普通に見えたけど……」
眉を潜めてマリンがぽつりとつぶやく。
後半は尻すぼみだったので耳に届く前に消えてしまった。
続きを確認しようとしたその時、茂みから何者かが飛び出してきた。
そのまま真っ直ぐに俺たちの元へやって来る。足取りに迷いは一切感じない。
星の明りに照らされて浮かび上がるその姿には見覚えがあった。
意外な場所で、意外な人物達との再会。偶然にも出会った彼らは笑顔を見せると更に駆ける足を早めた。
「ようやく見つけたぜっ!!」
大きな声をあげて騒々しくも向かってくるのはニセ勇者でろりんとその一行であった。