深い深い森の奥。人どころか魔物の姿さえ見えぬ地に、彼らはいる。
「なぁ師匠。なんでわざわざこんな所まで来たんだ? 特訓ならアジトの近くで良いじゃねえか」
不満とも文句ともつかないポップの言葉。それは誰もが思うことだろう。
とにもかくにも時間がない。あと3日もすれば、地上をかけた大決戦が始まる。移動する時間すら惜しい。
ポップに視線を向けられたマァムも、やや遠慮がちに頷いた。
だが、彼女は感じ取っていた。目の前に立つマトリフとブロキーナの纏う、重みのある佇まいを。
「ダメなんだよ、それじゃ」
「うっーーああ、頼むぜ師匠。いつでも始めていいぜ」
マトリフの低い声が響くと、ポップの肩がピクリと揺れた。だがすぐに頭を振り、表情を引き締める。
ダイを魔王軍から取り戻す。そのための力が絶望的に足りていない。ポップ自身がそれを一番よく理解していた。どんな修行だろうが、無理難題だろうが乗り越えてみせる。そうでなければ親友を失ってしまう。
「老師、私も準備はできています」
ポップの横顔を見て、マァムも並び立つように拳を握った。
彼女の想いもまた同じ。ダイを――いや、それだけじゃない。魔王軍を退け、世界に平和を取り戻すため、彼女も命を懸けて闘わなければならない。
「良い顔をするね。それでこそアバン殿の見込んだ者たちだよ。じゃあ始める前に説明を………って言いたいところなんだけど。難しいことはないよ。ワシらと戦って、倒すだけだからね」
「ええっ、師匠たちを!?」
ポップとマァムはそれぞれ二人から奥義を授かっていた。すなわち“メドローア”と“閃華裂光拳”である。
長い年月をかけて築き上げた集大成ともいえる奥義。それを苦労したとはいえ、年端もいかぬ二人が体得した。
天才。陳腐な表現だが、二人を評するにはこの言葉以外にない。
「俺と二人で話したんだがな。アバンのやつは卒業の証で“そいつ”をやったよな」
陽の光を受けて輝く二つの煌めきは、二人の魂のように透き通った色を反射させる。
“アバンのしるし”は彼らの誇り。アバンの持つ正しい心、魂を受け継いだ証。そしてアバンとの絆の証。
「もしワシにも卒業の証があるのなら、武神流拳法免許皆伝とともに、とっくにマァムに渡している。もちろんポップ君にもね」
免許皆伝とは、師匠が弟子にその道の奥義をことごとく伝授すること。
であれば当然、奥義を会得した二人は卒業というには十分な力を身につけたことになる。
「じゃが、それだけではワシらには勝てん」
「あと2日足らずで、お前たちは俺らを超えろ」
尊敬か、憧れか、あるいは師には誰よりも強くあって欲しいという願望か。ポップとマァムの二人の心の底には、師には及ばないという感情があった。同時に、奥義を体得した今なら師を上回っているかもしれないとも考えていた。
事実、マトリフとブロキーナはかなりの高齢だ。それぞれの道において極めたと言っても過言ではない二人だが、肉体には全盛期の力はない。であれば、現時点での比較ならば……。
そんな二人の心を読んだかのように、マトリフは不敵に嗤う。
「時間がねえんだ。さっさと始めるぜ」
+
戦いの条件はシンプルだ。
武器の使用も、道具の持ち込みもなし。勝利条件はただ一つーー相手を倒すこと。
先に対決の火蓋をきったのはマトリフとポップである。
空中で対峙する二人。睨み合いもそこそこに先手必勝とばかりに動いたのはポップだった。
【イオ】
ポップはさらに高く飛翔し、マトリフに向けて呪文を浴びせかけた。
呪文のランクこそ低いが、その連射弾数と速度は並じゃない。着弾し動きを止めてしまえば、あっという間に勝負は決してしまうだろう。
しかし相手は世界最高峰の魔法使いーー否、大魔導士マトリフだ。ポップの呪文が飛来するよりも遥かに早いタイミングで地上へ向かって滑空していた。
ポップが追撃しようとしたその瞬間ーー。
マトリフは風を切るように急降下し、木々の影へと消えた。
空からでは鬱蒼と茂る草木が邪魔をして見つけることができない。
「のわァ!?」
ポップが地上へと向かい高度を下げようとトベルーラのコントロールに意識を向けた瞬間、地上の在らぬ方向から火球が超高速で向かってきた。
被弾寸前で上体を捻りなんとか呪文を回避する。
「……メラミ?」
思わず呟くポップであったが、自分で言っておきながらポップはその呪文に奇妙な違和感を感じていた。
マトリフの姿を見失ってからの呪文詠唱の短さ、そして自身へ到達するまでの火球の逓減率を考えればメラミでしかありえない。だが、飛び去る火球の色は妙に濃く、赤黒く淀んでいた……。
同じ呪文だとしても、呪文は使う術者によって見た目や威力は異なる。実際、さっきポップが放ったイオも中級呪文のイオラの方が近い威力を有している。
マトリフのメラミも同じ原理だろうか?
思考している僅かな間隙を狙い撃つように、またもや火球が地上から突き進んできた。
ポップはヒャドで火球を打ち消し、森へ飛び込もうとしたーーだが、またも火球が進路を塞ぐ。
「ーーっ! くそッ地上へ降りられねえ。狙い撃ちする気か」
照りつける太陽の下、師弟の戦いはまだ始まったばかりだった。