昼食を終えた彼らは修行を再開させた。
メルルの希望で、最初にマトリフとポップの修行を見ることになった。
ブロキーナとマァム、そしてメルルは二人の試合を遠目で見守っていた。
見ることもまた勉強になる。マァムとポップの戦闘スタイルはまるで異なる。だからこそ、観察することで学ぶことも多い。直接戦っていると気づかないことも、客観的に見れば発見がある。
マァムは瞬きすら惜しむように真剣な眼差しで二人の対決を全身で感じ取っていた。
「ところで、お嬢さん。トーヤくんを探しに行かなくていいのかい?」
マァムとは対照的に自然体でブロキーナはメルルへ話し掛けた。
アバンから言伝がありトーヤを探している、という割には余裕がありそうだ。と、ブロキーナは不思議に思った。
だがそれは杞憂と言うものだった。メルルはトーヤの位置は占いの能力によってかなり正確に把握できていた。お弁当を準備してからアジトを出たのもそのためで、つまり、メルルは最初からポップたちのいる場所を通るつもりで出発していたのだ。
そして先の質問だが、トーヤはどこかへ向かっているようだった。最初に感じた位置から大きく移動していたので、これならばある程度位置が固定されてから近づいた方が効率が良さそうだとメルルは考えた。
そうこうしているうちに、ポップはマトリフに完敗していた。
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陽が傾き、辺り一面が茜色に染まる。
幾度となく行われた試合は一旦休憩となり、メルルは回復呪文でポップとマァムの治療を行っていた。焚火を囲んで先の試合のことを話し合う。
「マトリフおじさんの方が呪文を唱えるスピードが速いのよ。魔法力もおじさんの方が多いし、だからいつも防戦一方になって魔力切れで負けちゃうんだわ」
マァムは、さっきまで見ていた光景を思い出しながら口を開いた。
その言葉にポップは違和感を覚えた。
マァムの言う通りマトリフとの試合は呪文を凌ぐだけで精一杯で、ほとんど何もできずにやられるだけだった。しかし、マトリフの方が詠唱スピードが速いとは思えなかった。それに魔法力だって、そこまで大きくかけ離れてはいない……と思う。
実際、ポップの考えは正しい。マトリフとの間に能力値としての差はほとんどない。それこそ使用できる呪文の種類くらいだろう。しかしそれだってマトリフは敢えて制限しながら戦っていた。つまり二人の勝敗を隔てる壁はそこではないということだ。
「俺はあんまり格闘詳しくないから見たままでしか言えねえけど、マァムは老師と違って全然攻撃しねえよな。せっかく近づいても老師に投げ飛ばされるし。老師は逆に攻撃しかしてねえって感じかな」
「え、そうかしら。老師の方が基本は防御で、私が攻撃じゃない? 確かに攻撃を返された時は防御に回ってるけど、先に仕掛けてるつもりなんだけど」
マァムは自分の戦いを思い返して首を傾げた。
かなり激しく動いていたつもりだが、他人から見たらそういうものなんだろうか。
「あのポップさん、マァムさん」
「どうした、何か気がついたのか?」
「いえ、試合とは全然関係ないんですけど。夕飯はアレを食べるんですか?」
本当に全然関係ない話だった。
真剣に悩んでいた二人だったが、突拍子もない話に思わず表情を緩めた。そして忘れかけていた昼の恐怖を思い出す。
苦虫を嚙み潰したような顔であるが、数時間後には現実になりそうなのが笑えない。
だがこんな森の奥に真っ当な食材などないし、野草やキノコ類はこの地域の植生に詳しくなければ危険だ。
狩りをしようにも、野生の動物は危機察知能力に長けている。こんなに騒がしくしていては、野ウサギやタヌキが姿を見せることはまずないだろう。つまり、またゲテモノ料理しか選択肢がないということだ。
「まったくよぉ。師匠たちにも困ったもんだぜ。こんなことで悩んでる暇ないって―のに」
「嫌だったんですか? 私はてっきり………」
「老師達があんなに張り切ってるから。ハッキリ言い辛くて」
頭の後ろで手を組んで空を仰ぐポップと地面に視線を落とすマァム。
そんな二人の反応を見て、メルルは心の底から不思議そうに言った。
「ルーラでアジトへ戻って食べるんじゃダメなんですか?」
+
夕暮れが迫る中、マァムとブロキーナは今日最後の試合に臨もうとしていた。
ポップたちが見守る中、すでに三十戦を超える激闘が続いている。
しかし、最初の試合が最も動きが冴えていた。今は疲労と焦りからか、動きに精彩を欠いている。
回復呪文で傷こそ癒してはいるが精神的には随分と疲弊している。試合を重ねるごとに動きが悪くなっていた。
負けが続いているせいもあるだろう。まるで消化するような試合運びだ。これでは老師を倒すことなど到底できない。
マァムは疲労を振り払うように深く息を吸い、静かに吐き出した。
拳を軽く握って構えを取り、武術の基本に立ち返る。戦いとは、武術とは相手がいて初めて成り立つ。自分だけの武術では勝てない。相手を観察してから戦うべし。
初歩の初歩にまで頭を巡らせ考えると、ふとマァムはブロキーナを見て気が付いた。
ーー構えていない。
そう、ブロキーナは"まるで"構えていない。腕は下がったまま、足も肩幅程度に開いただけ。つまり、ただ立っているだけと言える。
構えるに値しないということか? 否、ブロキーナは手加減はしても見くびるようなことはしない。では何故だ?
今までの試合を思い返せば、ブロキーナはほとんど構えというものを取っていなかったように思う。
「ハアアァ!!」
確かめるために、マァムは正面から突っ込んだ。
マァムの間合いギリギリの距離から拳を振るう。届くか届かざるかの絶妙な距離は、マァムの技量の高さを物語る。
顔面へと迫る拳は残り1センチを切る。そしてマァムは見た。
ブロキーナの拳が、マァムの前腕の内側を鋭く撃った。握った拳は堅い。例え拳で迎え撃たれたとしてもダメージなど互いに無いだろう。しかし前腕であれば話はまるで変ってくる。拳を握った際の腕は筋が張り、身体の構造を知る者からすれば弱点が剥き出しの状態だ。
そんな弱点に、ブロキーナほどの使い手の拳がぶつかれば、ただでは済まない。
鈍く甲高い音を響かせ、ブロキーナの拳はマァムの腕の骨を軋ませた。マァムの拳は勢いも相まって想像を絶する威力が生まれる。骨が折れなかったのは、寸前でブロキーナが脱力したおかげだろう。
「今のは危なかったね。ヒビが入ったかもしれない。治療するから見せてごらん」
心配する老師の声も聞こえず、マァムは仰向けのまま、薄っすらと光る星空を眺めた。そして――
「いえ、老師! もう一度お願いします!」
マァムの胸に、小さな確信が芽生えていた。