現在地、下層140階。第一目標ポイントまであと少しだ。
時間はどのくらいだろう。まだ猶予はあるはずだが…………。
陽の光の届かない洞窟というのは、どうにも時間の感覚が狂ってしまう。
ともあれ、俺達の疲労もかなり溜まってきた。
あと少しではあるが、でろりん達が無理は禁物だと言うので、比較的安全そうな場所に聖水を撒き、拠点を確保してから休憩を取ることにした。
洞窟の中で一番安全なのは階段に近い場所だ。
ここならば同フロアの敵がやってきてもすぐに分かるし、下層から敵が現れても位置関係からアドバンテージを取れるからだ。
半々にグループ分けをして、簡易的な食事と水分補給をする。
あとはアクシデントで散り散りになった際のために、合流場所と下層の主な経路情報を共有してから自由時間とする。でろりん達は各々寝るなり、食後のお茶なりと好き勝手にしていた。
俺はというと、壁を背に座って何気なく皆を眺めていた。
「あなたも飲む?」
ほんのりと湯気の立つカップを手に、マリンがやってきた。
礼を言って受け取り、口をつける。シナモンのような甘い香りと、爽やかな匂いが鼻孔を抜けていく。
こっちの世界にも似たような植物があったんだな。
マリンは俺の横に腰を下ろすと、同じようにお茶を飲んだ。
「あと少しだな。このまま先に進んで、仮に何も無かったとしたら……」
「随分と弱気ね? あなたらしくない」
マリンが俺の顔を覗き込んで言う。
そうか? 俺って普段から結構弱気だと思うけど。っていうか、今のはネガティブな発言じゃないんだけど
「そうじゃなくて、無かったら最終手段を使うしかないなって話だよ」
「最終手段……それを今まで使わなかったってことはなるべく使いたくない、あるいはそれなりのリスクがあるってことよね」
さすがマリンだ、察しが良い。
今の俺の状態は暗黒闘気に汚染されたオーラに体を蝕まれている状態だ。それを治す方法として考えられるのは、アバンが所持している以上の破邪の秘宝をもってオーラを浄化すること。あるいは……。
「念能力そのものを手放す」
オーラが毒なら、それを断つしかないだろう。
制約と誓約を上手く利用すれば不可能じゃない筈。もちろんリスクはある。というよりデメリットのオンパレードだ。
だが、アバン曰く最悪な状況として俺が精神的に不安定になり、暴走する可能性まで示唆していた。
野垂れ死ぬか暴れ回るかというクソみたいな二択の状況なのだ。弱体化は正直キツいがまだマシだろう。
「その時は私も一緒に戦うわ。例え戦って殺されてしまうことになっても」
「ーーは?」
「どうせ力が無くなったって戦いに行くんでしょ? あなたが勝算がゼロでも行くっていうなら私も一緒に行くって言ってるのよ」
いやいや、勝ち目ないのに行くわけないじゃん。
というかそれってつまりーー
「っ!?」
続く言葉を突然の揺れにより発することはできなかった。
低い地鳴りと激しい上下の揺れにより、でろりん達も飛び起きた。
「なんだってんだよ!?」
もしかしてバーンが何か動きを見せたのか?
狼狽する彼らと同じように俺とマリンも何事かと姿勢を低くすることしかできない。
何度も鳴り響く音と振動。よく耳を傾けてみると洞窟の内部で響いているようだった。
そこでようやく黒のコアとは関係がないと悟り僅かに冷静になることができた。がしかし、ならばこの音と揺れの発信源は何だ?
どんどんと近づいてくる音源はもうすぐそこまで迫っていた。
退避する暇も余裕もなく、俺達は固唾を呑んでそれを待つ。
+
「もうとっくに時刻は過ぎているというのに来ませんねえ」
懐中時計を取り出したアバンはそう口にした。
ロモスの北西部にある柱の麓ーー魔王軍が指定した場所で彼らはいた。
メンバーは全部で7人。
アバン、マトリフ、ブロキーナ、ポップ、ヒュンケル、ラーハルト、クロコダイン。
そして猿ぐつわと縄で雁字搦めにされ、地面に転がされた男の姿があった。
「ボゲヤボラァア!!」
まな板の上で暴れる鯉のように暴れては叫ぶ姿に皆は複雑な表情を浮かべていた。
「まぁまぁ、トーヤくん。少しは落ち着いてくださいよ」
「お前がいなきゃ敵さんもやってこねえからな。悪いようにはしねえからよ。ケケケ」
つま先で小突くと、マトリフは心底おかしそうに笑う。
アバンとラーハルトは顔を少し背けると微かに喉を鳴らした。
「そういえば、マァムの方はどうなっていますか」
「え? あ、ああ。マァムですか。連絡こそ来ませんでしたが、今頃アジトでレオナさんと一緒に待っていると思いますよ。メルルさんがいるので簡単に終わらせているでしょう」
ヒュンケルはやや不自然に話題転換を試みる。
その口元が僅かだが吊り上がっていることに本人は気がついていない。
「それで、アバンよ。そこのブロキーナとか言う老人から聞いたが、本当なのか?」
「ええ、間違いないでしょう。まぁ、憶測の域はでませんが」
ラーハルトの問いに頷くアバンの顔色は一転して暗いものに変わる。
そして言葉を継ぐように今度はブロキーナはポップへと口を開く。
「ポップ君も、気持ちは変わらないかね?」
「…………ああ」
ブロキーナの問いにポップは短く答えた。
これからポップがやろうとしていることは無謀としか言いようかなかった。内容を知る彼らからすれば作戦ですらないと思えた。
だと言うのに。
「止めないでくれよ。何があっても、絶対に止めないでくれ。頼むよ」
懇願するようなポップの言葉に、誰もが沈黙で応えるしかなかった。
そして、その沈黙を破るようにアバンは力強く手を叩いて注目を集めた。
「さあ、そろそろ気持ちを切り替えてください。…………凶悪なエナジーを感じます。来ますよ」
その声には、普段の冷静さとは裏腹に、どこか不安を含んだ響きがあった。
相手が指定した場所だ。ここら一帯は既に魔王軍の手の中と考えるのは当然のこと。むしろこの場に魔王軍の主力が集まっていることが望ましいが…。
「揃っているようだな。アバンとその仲間たち。そして裏切り者どもよ」
不吉な声が響き渡ると同時に、空気が一変した。闇の中から現れたのは、バランの姿をしたミストバーン。彼の周囲には冷徹な闇が渦巻いており、その存在そのものが不気味に感じられた。そしてーー。
「よぉ、会いたかったぜ。ダイ」
全身を暗黒闘気が包み込み、今までの彼とはまるで別人のようなダイの姿があった。
そのオーラは、まるで空気を引き裂くような圧力を放ち、周囲の空気さえも歪ませていた。
アポロは演技派