ソードアート・オンライン~黒の剣士と灰の剣聖~ 作:カノン・キズナ
「――礼を言わねばならないな。そなたらのおかげで《秘鍵》は守られた、感謝する。司令から褒賞がでるだろう、もしよければ野営地まで同行願えるかな?」
《森エルフ》を倒すという前代未聞の結果になり、一息ついたころ俺達が必死で助けた《ダークエルフ》は次のクエスト開始点になったようだ。本筋とずいぶん違うことをやっている気がするがそれでもクエストはしっかり続クことに安心した。
だがこのまま続けても大丈夫なのだろうか?この先は俺もまったく知らない展開だ。もしそれでアスナやカイト達に危険が及ぶようならやめるという選択肢もあるんじゃないか。
「大丈夫さきっと。本筋は変わらないはずだ少しルートが変わっただけで」
「そう…だよな」
俺達の様子を見て、アスナが受けても大丈夫だと判断したのか一歩前に出て彼女に向けて言った。
「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
俺は少し息を呑んだ。もしこれが現実世界、あるいはプレイヤーとの会話であればこの返答に何も問題はないだろう。ただこの場合あのダークエルフはNPC…会話の判断をしているのがプログラムなのでYES/NOのどちらかで明確な返事でなければ反応してもらえない。
そう思った俺は咳払いをし、改めて行こうと返事をしようとした時先に話しだしたのは、目の前のダークエルフだった。
「よかろう、野営地は森を抜けた先だ」
彼女がそう言うとクエストログが進行し、パーティーメンバーに新たなHPバーが増えた。颯爽と歩きだす彼女にアスナとユウキがついていく。俺は数秒棒立ちになっていたがカイトに声をかけられ慌てて3人の後を追った。
NPCにしては随分と柔軟な反応だったなと感じた。少なくともβテスト時はここまで会話能力はなかったはずだ。ある意味日本人特有のニュアンスを汲み取る会話を今目の前のNPCはやってのけた。本サービスになって自動応答プログラムが拡充されたんだろうか?
正直会話だけではない。表情や動きが妙に自然なのだ、もしカーソル表示がなかったらプレイヤーと勘違いしてもおかしくないほどだ。まさか中に人が入ってたりしないよな?などという考えが一瞬よぎったが、デスゲームと化した今では運営側が操作しているのも考えにくい。
今は考えても仕方ない。そうして思考を中断し一路野営地へと向かった。
―――――
「意外とあっさりついちゃったわね」
野営地は森の南側にありその周辺は深い霧に覆われていて、β時代は相当たどり着くのに苦労したのだが案内人のいる今回は恐ろしくあっさりたどり着いた。
「そうでもないぞ。この周辺には《森沈みのまじない》がかけてあるゆえ、そなたたちだけでは容易にはたどり着けなかっただろう」
「そうなんですか?」
「だからこそ、この場所が敵襲に会うことはほぼ無い。安心して休息をとってくれ―――考えてみれば、まだ名前を聞いていなかったな」
「そうだったな、俺はキリト、こっちがアスナだ」
「俺はカイトといいます」
「僕はユウキ。よろしくね」
「ふむ。《キリト》、《アスナ》、それに《カイト》と《ユウキ》だな。発音はこれであっているか?」
なるほど、今のは発音調整シークエンスらしい。疑いようもなく彼女はNPCで間違いないようだ。
「人族の名は複雑だな。それでは改めて―――私はキズメル。リュースラ王国近衛騎士団が一つ、エンジュ騎士団の末席に名を連ねるものだ。以後よろしく頼む」
「よっよろしくお願いします!」
キズメルの佇まいの凛々しさに思わず背筋を正して、最敬礼をしてしまった。
その後キズメルの案内で野営地の司令に事情を話し、結構なクエスト報酬をもらいキャンペーンクエストの第二幕を受け天幕から離れた。
「皆、次の作戦もよろしく頼む」
「いや、こちらこそ」
気づけば夕日が当たり包む時間帯になっていた。確か以前はこの後…
「作戦の出発時間はそちらに任せる。もし人族の街に戻りたいというのであればまじないで近くまで送り届けるが、この野営地の天幕で休んでも構わんぞ」
そうそうこんな感じの展開だった。確かにキズメルの言う通り主街区に戻る選択肢もあるが、天幕の寝心地は上等食事もけっこう美味しいうえ、両方タダなのだ。もちろんクエスト期間のみの限定だが、利用しないのは損というものだ。アスナが俺のそんな思考を見通したのかやれやれという表情でキズメルに応えた。
「お言葉に甘えて天幕をお借りします。どうもありがとう」
「なに礼には及ばないさ。何分私の天幕なのでな、5人だと少々手狭かもしれないが我慢してくれ」
…そうだった。あの時は持ち主の死亡に伴って空いたテントだった。つまりキズメルのテントということになる。以前はパーティ3人(全員男)で間借りしたが、今回は状況がだいぶ違う。キズメルも入れて男女6人雑魚寝ということになる。
「…もしかして一緒に寝るの? そんなの野宿より危険よ!」
失敬なと内心思いつつ、たどり着いたキズメルの天幕を見渡すと手狭と言っていたが逆にピッタリくらいの広さはあった少なくとも寝苦しくて不自由することはないだろう。
「すまないな、客人用の天幕の余裕が無いのだ。そのかわりこの天幕は好きに使ってもらって構わない。食堂に行けばいつでも食事がとれるし、簡易だが湯浴み用の天幕も有る」
「お風呂も有るんですね!」
「…一つだけだけどな」
「え?」
「混浴ってこと。それに天幕だから鍵どころか扉もない。まあ入り口は俺が見張ってるさ」
「そっちのほうが危険じゃない!キリト君には前科が有るんですからね!」
「ああ、そういえばそんなことも…」
以前アルゴが突入していって…なんてこともあったな。
「まった!やっぱり思い出しちゃダメ!記憶から消しなさい!」
俺達のそんなやり取りを見ていて、キズメルが横で吹き出したように笑っていた。
「フフッ、いやすまない。人族の夫婦を見るのは初めてでな。こんなに賑やかとは思わなかった」
「多分この2人が特別だと思いますよ」
「そうなのか?」
「違うから!夫婦じゃないから!」
「ふふ、そういうことにしておこう」
―――――
「すごい、ほんとにお風呂があるのね」
「レディーファーストということで、二人共お先にどうぞ」
「なんだ?人族は男女別に入るのか?」
「俺は別に一緒に入ってもいいんだけど…」
そういいながら天幕に背を向けて座った俺に、アスナがキッと睨み向けてきた。
「だめに決まってるでしょ。ちゃんと見張っててよ。もし覗いたりしたら…」
「覗かないよまだ命は惜しいからな」
「カイトもいるから大丈夫だよ。ほら早く行こうアスナ」
ユウキに連れられ、そそくさと中に入っていった。まあ、覗かないと言ったが何分今オレたちを隔てているのは天幕の布一枚。当然防音効果など有るはずもなく、しゅわんしゅわんという装備が解除される時の音までしっかり聞こえてくるのだ。つい色々と想像してしまうのは仕方のないことだと思う。
「何考えてるか丸わかりだな」
「この状態で平常心のお前のほうがむしろおかしいだろ」
ここはカイトとの会話でなんとか意識をそらさなければ、正直この精神攻撃を食らったままであと30分近く過ごすのは辛い。
「そ、そういえばさちょっと不思議に思ったんだけどもうサービスが始まって1ヶ月ちょっとたつけど、今だにメンテナンスとか無いよな」
俺は最近密かに疑問に思っていることをカイトに問いかけてみた。
「そうだな、ネットゲーム的にはあってもいい頃合いではあるよな」
「でも、実際どうなんだろうな。今の状態でサーバーメンテナンスとか出来るのかな」
「出来ないんじゃないかな。もし外部からの介入が出来たら俺達はもうここから脱出できてるだろうし」
「たしかにそうだな、でもだとすると…メンテいらずのシステムとか?どんなのか想像できないけど」
今、茅場晶彦は何をしているんだろう。デスゲームが始まったあの日、目的はこの世界を作ることだと言った。こうして毎日俺達が必死に100層を目指している姿を何処かで見ているんだろうか?
そんな事を考えていたらお風呂に入り終わったアスナ達が天幕の中から出てきた。
「お待たせ、門番ご苦労さま」
「随分ごゆるりと入られていたようで」
正直考え事のおかげで雑念は飛んでいたけど、寒さは飛んでいってはくれず待っている間に体がすっかり冷えてしまっていた。こんなところだけ妙にリアルなのが許せない。
「悪かったわよ、天幕で一緒に寝ていいって言ったら機嫌直してくれる?」
「まじですか」
なんだか急に優しくなったアスナに、頭の中では疑問符がたくさん湧いているがおとなしく承諾しておこう。流石に寝泊まりまで外に追い出されたらたまらない。
――――
風呂に入った後、俺達は食事を取り天幕で睡眠を取った。その後目が覚めた時、どうやら7時間ほど寝ていたようでウインドウの時間表示は午前2時になっていた。こんなに寝れば随分頭がスッキリしているのも分かる。
ふと周りを見渡したら、寝るときには一緒にいたキズメルが天幕の中に居なかった。もしかしたら先にクエストに向かったのかとも思ったが、NPCがそこまで自由な行動を取るとも考えられない。すっかり眠気も飛んでしまったし、隣で寝ているアスナ達にばれないように天幕を出てキズメルを探すことにした。
野営地をさっと見回ってみたが何処にも気配がなく、唯一立ち寄っていない司令部天幕の裏手を探してみることにした。天幕を通り抜け開けた所に出た瞬間俺は思わず目を奪われた。
そこはβ時代は樹が一本立つだけの草地だったのだが、今はその根本に木材で作り出したオブジェクトが数本たてられていた。墓標…のようにも見える。そしてそのうちの一つの前にキズメルが静かに座っていた。月明かりに照らされたキズメルは思わず見とれてしまうほど絵になっていた。
近寄ろうか少し迷ったが、ゆっくり歩み寄り少し距離を開けて立ち止まった。すると足音に気づいたのか、静かにこちらに振り返り囁くように声をかけてきた。
「…キリトか。しっかり休んでおかないと明日が辛いぞ」
「普段よりだいぶしっかり寝られたから大丈夫さ、天幕を使わせてもらってありがとう」
「気にするな、私一人には広すぎる」
俺はキズメルに近づくと、彼女は静かに墓標の方へ顔を向けた。目を凝らしてみるとその墓標には【Tilnel】と書いてあるように見えた。
「ティルネル…さん?」
「妹だよ、双子のな。先月この層に降りてきて最初の戦で命を落とした」
「ティルネルさんも騎士だったのか?」
「いや、妹は薬師だった。戦場で怪我人を治すのが仕事で護身用のダガーしか持ったことのない子だったよ。だが妹もいた後方の部隊に《森エルフ》の鷹使いが奇襲をかけてな…」
彼女の話も、運営側の造った設定なのだろう。だがそんな事すら忘れてしまいそうなほど今のキズメルは俺達が故人を悼むそれとなんの違いも感じられなかった。
俺は掛ける言葉が見つからなかった。そんな俺の様子を見てキズメルは少し表情を和らげて言った。
「ずっと立っていないで座ったらどうだ。まあここには椅子も敷物もないが」
「じゃあお言葉に甘えて」
腰を下ろした俺達に、キズメルはさっきまで飲んでいた革袋を差し出した。礼を言ってそれを飲むと、とろりとした液体が喉を通り甘酸っぱさとお酒独特の喉を灼いた感触がした。少し咳き込むと、彼女は少し笑っていた。
「人族には少し強かったか? 妹が大好きだった月涙草のワインだ。驚かせてやろうと城から密かに持ち出しいていたのだが、一口も飲ませてやれなかったよ…」
そう言いながら顔を伏せたキズメルの横顔を伺うと、頬に一筋の涙が見えた。それを見た時俺は昼間の自分の考えを心底悔やんだ。あの時、俺は《森エルフ》に心から勝とうとはしていなかった。仮に負けそうになってもHPが半分減ったら《黒エルフ》が自分を犠牲にして助けてくれるから大丈夫だ、と。
だがそれは違う。たとえプログラムでもキズメルたちにとってはたった一つの命をかけて戦っている。デスゲームとなって命がけでアインクラッドを攻略している俺達と何ら変わりはない。先の展開がわかっていたとしても、俺は全力で戦わなきゃいけないんだ。
「…キリトはアスナと組んで数週間だそうだな?」
「まあな、組んだって言ってもほとんどなし崩し的になんだけど。長さだけで言えばカイトとユウキのほうが長いし」
「道理で随分皆息があっていると思った。まあキリトはアスナに合わせているところもあるだろうが」
「昼間のあれだけでお見通しか。でも無理をしてるわけじゃないんだ、なんというか合わせやすいんだよアスナは」
「そうか…そういう存在が居るということはとても貴重なことだ。人族も厳しい戦いをしているらしいが、アスナのことは大事にしてあげてほしい。私には出来なかったことだ」
その言い方はプログラムの機械的なものではなかった。心の底からそう思っている言い方だ。あるいはアスナを妹と重ねているのかもしれない。そう考えた時点で俺はもうキズメルのことをNPCだとは思っていないのかもしれない。
「それと、早く素直になっておくことだ。伝えたいことを伝えられるときに伝えねば必ず後悔することになる」
不思議と、心を見透かされているようなそんな気がした。キズメルの言葉が何を指しているのかいまいち分からなかったけど、意味は少し理解できる気がした。それは、妹を亡くしたキズメルだからこそ思うことなのだろう。
「カイトにもよく素直じゃないとは言われるけどな。まあ善処するよ」
「フフッ、アスナと同じ返しをする。――――キリト、そなたはアスナを護り抜けよ。私はそなたらを護り抜こう、進む道が分かれるその時まで」
ちょっと駆け足になった気もしますが3層編パート2です。
若干内容が薄い…
キズメル関連のストーリーをどこまで掘り下げるか迷っているところです
なにせ原作では結末がまだまだ先なので、落とし所を探すのが難しい
とはいえ、キズメルが与える影響というのも小さくはないのでそれなりにしっかり書いていきたいとは思います