ソードアート・オンライン~黒の剣士と灰の剣聖~ 作:カノン・キズナ
キャンペーンクエスト第3層編の《翡翠の秘鍵》をクリアした俺達は、続いて《毒蜘蛛討伐》を進めるためい森の中にある洞窟に来ていた。既に記憶と全く違う進み方をしている本クエストだがβ通りの内容ならばこのクエストは2段階方式だ。
今探索している洞窟で黒エルフ偵察兵の遺品を探し出すのがパート1、そして改めて洞窟に赴き地下2階にいるクエストボスである女王グモを倒すのがパート2になる。というわけで遺品を探すべく洞窟を探し回っているわけだが、これが中々に手強い。
迷宮区や建造物であれば適度に明かりがあり視界もきく、だが天然系ダンジョンはそうはいかずこの洞窟に至っては明かりは左手に持っている松明と僅かな発光ゴケのため何かを探すことにとても不向きな場所と言える。
「こんな時ヘッドライトとか有るといいよな。世界観ぶち壊しだけど」
「まったくよ、ほんとこういう天然系ダンジョン嫌いだわ」
「人族はこういう時不便かもしれないな。周囲の警戒は私がする君たちははぐれないようについてくるといい」
現状、特に問題なく洞窟の探索を進めていられるのはエルフ族の特性で暗視能力に長けたキズメルのおかげだろう。
「ほんとキズメルが居てくれてよかったよね。ボクたちだけじゃ相当手こずってそうだもん」
「そうだな。それに幸いまだ他のプレイヤーにも出くわしてないし」
「あれ?ここはインスタンスじゃないのか?」
あんまりシステムに関連する話をキズメルに聞かせるわけにもいかないので俺はカイト達に近づいて囁く程度の音量で説明した。
「ここはパブリックダンジョンだよ。《毒蜘蛛討伐》だけじゃなくて他にもいくつかのクエストのキーポイントになってるんだ。ペット探索クエストとか、主街区で受けられる…」
そこまで言って俺は口を閉じた。後ろの方からなにか聞こえた気がして俺はとっさに振り返って暗闇の中を凝視する。気配はまだ感じない、だが金属音のようなものが確かに聞こえた。
「キリト君?どうかしたの?」
「アスナ、俺達が3層に来てからどれくらい時間が経ったか分かるか?」
「え?…そうね、一度寝てるから14時間ってところかしら」
「ちょうどそれくらいか。とすると気のせいじゃなさそうだ」
「なんの話?」
俺は再度後ろを確認し、少し早口で説明した。
「この洞窟は主街区で受けられる重要クエストのキースポットなんだ。進行ルートが複数あるから確実にここに来るわけじゃないけど、大半のプレイヤーはここにキーアイテムを取りに来る」
その時、再び金属音が聞こえた。と同時に、キズメルが足を止めた。どうやら間違いなさそうだ、険しい顔で周りを窺ってから俺達の方を見て言った。
「キリトも気づいたか。どうやら私達以外に訪問者が居るようだ」
「ああきっとプレイ…、じゃなくて人族の戦士だと思う。キズメル、ちょっと事情があって俺達は彼らと顔を合わせたくないんだ」
「奇遇だな私もだ」
振り返りながらニヤリと笑ったキズメルは俺達を近くの壁のくぼみに連れていき俺達4人を壁に押し付けた。右も左も正面もおしくらまんじゅう状態で、キズメルの身体が俺の各所と接触し《ハラスメントコード》が発動するんじゃないかと一瞬ヒヤッとしたがキズメルから接近してきたので問題ないらしい。
「みな松明を消すんだ」
「でもキズメル、この隠れ方じゃ松明を照らされたら見つかっちゃうんじゃ…」
「案ずるな、我ら森の民は色々と手妻があるのだ」
俺達はキズメルの言う通り松明を水たまりの方へ放り投げ、周囲が暗闇になったのを確認するとマントで俺達を覆った。すると驚いたことに、《隠蔽》スキルも発動していないのに視界の左下に《隠れ率》の表示が出たのだ。その数値はなんと95%で現状プレイヤーが使うことの出来る《索敵》スキル程度では絶対に見つけられない程《隠れ率》だった。
「ねえキリト君さっきの話の続きだけど」
俺の左側で同じくキズメルに抑え込まれているアスナがボリュームをだいぶ抑えて話しかけてきた。何だったっけと一瞬考えそういえばクエストの話をしていたなと思い出し、口を開いた。
「今後ろから来てる連中がやってるクエストは、おそらく前線の連中が心待ちにしていた《ギルド結成クエスト》だよ」
「そういうことだったの…」
「静かに前を通るぞ」
キズメルの警告で視線を前に戻した俺達は、口を固く結び状況を見守った。数10秒ほど経って金属音が大きくなり人影がいくつか見えてきた。視界に入っているだけでも3人ほど、それ以外にもまだ音が聞こえるのでおそらく5、6人は居るのだろう。そしてその中のひとりの叫び声が聞こえてきた。
「なんでや! なんで宝箱が片っ端から開けられとるんや!」
特徴的な喋り方と聞き覚えのある声。ほんの15時間ほど前にレイドメンバーとして一緒に戦っていたキバオウの声だった。多分俺達4人はだれもが頭の中で「またお前かよ!」と思ったはずだ。これはいよいよ見つかるわけには行かなくなった、なにせキバオウが文句を言っている宝箱はさっき俺達が空けていったものだからだ。
見つかればまた難癖つけられそうだ。そう思い目の前を通り過ぎる彼らを待っていると片手斧を装備していた男が急に足を止めた。どうやら俺達がさっき投げ捨てた松明に気づいたらしく、それを拾い上げ周りを探るようにキョロキョロしている。思わず俺達は息を飲んだが、向こうから「何してんのや、はよいくでえ!」というキバオウの声が聞こえると、そのプレイヤーはパーティーの方へと走っていった。
数秒待ち気配が消えたことを確認したキズメルが、体を起こし広げていたマントを背中に戻した。俺とアスナは思わず同時にはーっとため息を吐きどちらかとなく顔を合わせた。
「…なんだかモンスターの相手より緊張したわ」
「同感、まあ見つかっても戦闘にはならなかっただろうけど」
「なんだか潜入みたいでボクはちょっとドキドキしたけどね」
「まあ余計な諍いがなかったんだ良しとしよう」
俺達の会話にキバオウ達が去った方を見ていたキズメルが入ってきた。
「先ほどの小隊に知っている相手でも居たのか?」
「あー、うん…まあ……。あんまり友好的な相手じゃないけど」
「そうなのか? この城に住む人族は長く平和を保っていると聞いていたが」
「もちろん剣を向け合うほどじゃないよ。巨大なモンスターと戦う時は協力もするけど…、なんというか仲良しではないと言うか、そりが合わないと言うか」
キズメルに俺達の関係を説明するのは難しく、少し曖昧な説明になってしまったがどうやら彼女には伝わったらしく少し苦笑いをしながら頷いた。
「なるほど。私の所属するエンジュ騎士団と、王都を警護するビャクダン騎士団のようなものか」
どうやらキズメル達にも派閥争いのようなものは有るらしい。キズメルのエンジュ騎士団に入りたいとアスナが騒いでいたが人族の前例はないと言われ肩を落としていた。
その後俺達はキバオウ達が下の階に行ったことを確認し、残りの部屋を探索することにした。最後にたどり着いた部屋に巣食っていたクモを倒した俺達は、部屋の奥でかすかに光る何かを見つけた。近づいてよく見てみると樹の葉をかたどった銀細工だった。
ふとキズメルの方を見ると左肩のマントの留め具がちょうど同じようなものが付いていた。俺の拾ったものを見ると少し表情をキズメルが言った。
「エンジュ騎士団の徽章だ。この洞窟を調べていた偵察隊のものだろう。持ち主は…もう生きていまい」
「渡したほうがいいのかな」
そう言って俺はキズメルに徽章を差し出したが小さく首を振った。
「それはキリトから司令に渡してくれ。一度報告に戻るとしよう」
そう言ってキズメルは洞窟の外へと向かっていった。
このキャンペーンクエストが始まり《黒エルフ》側の騎士を助けたあの時から俺の中でクエストやNPCという言葉の意味が変わりつつあった。仲間が死んだことを悼み、肩を落としているように見えるキズメルはとてもプログラム上のデータとは思えなかった。
その後キバオウ達以外のプレイヤーと出くわすこともなく、俺達は野営地まで戻ってきていた。武装も一部解除し少し気が楽になったところで、キズメルが俺達の方を向いた。
「キリト、洞窟で見つけた徽章だが、そなたらから司令に届けてくれないか?」
「あ、ああそれはいいけど…」
「キズメルは来ないの?」
「命を落とした偵察兵は、司令の血族でな……。報告の場に立ち会いたくないのだ。我儘を言ってすまない」
おそらくあの墓前で話していた妹さんと重ねてしまうからかもしれない。アスナもそれを察したのかキズメルの左腕にそっと手を重ねて囁いた。
「分かったわ。私達がちゃんと報告しておくから安心して。……キズメルはこれからどうするの?」
「私は少し天幕で休ませてもらうよ。もし力が必要な時はいつでも声をかけてくれ」
そう言って少し微笑むと、一礼して野営地への奥へと去っていった。
「あの人を見ているとNPCだということをつい忘れそうになるな」
「ボクたちと全然変わらないよね」
どうやらみんな思うことは同じらしかった。隣りにいるアスナも寂しさ半分不安半分のような表情でキズメルのさった方を見ている。その表情に黙ってみても居られずついフォローしてしまう。
「大丈夫だよ。また声をかければいつでもパーティーに入ってくれる…はずだから」
もちろん確証はなかったが、その時はそう言わずにはいられなかった。
「そう…よね。……さあ、クエストの報告に行きましょう」
野営地の司令に徽章を渡したが、大きく表情が変わることはなかった。もしこれが数日前の俺なら特に何も思わなかっただろうが、キズメルと長い時間を過ごしたあとだとこの無表情の奥にも深い悲しみが有るんじゃないかと思えてくるから不思議なものだ。
報告も終わり、天幕を出た頃には夜はすっかり明け野営地を行き交うエルフたちも多くなっていた。
「どうする?いつでもキズメルをパーティーに誘えるけど」
「うん……、――もう少しあとにしよ。こんな事言うの変かもしれないけど、なんだか一人にしておいてあげたい気がするの」
「ボクもそう思うな、もしかしたら自己満足かもしれないけどさ」
「良いんじゃないかそういうのも。それにそろそろ3層の全体会議が有るみたいだぞアルゴから連絡が来てる」
カイトがウインドウを見ながらそう言ったので、俺も確認してみる。確かに今日の夕方に主街区で全体会議が開かれるらしい。
「なら、一言挨拶でもして一旦街に行くか。それでいいかアスナ?」
「少し待ってもらえる?先に一つ用事を済ませておきたいの」
「用事?」
「武器作成よ」
そう言ってアスナが向かったのは、この野営地に有る鍛冶屋だった。グラフィックの使い回しでどう見てもキズメルを助けた時に戦った森エルフと瓜二つだが。
「なんだかすごく私達に恨みの有りそうな顔つきしてるけど、大丈夫なのよね?」
「武器作成には失敗はないから大丈夫だよ」
それを聞いてアスナは一歩前に出て、礼儀正しくエルフの鍛冶屋に声をかけた。
「すみません、武器の作成をお願いします」
「フン」
返事は鼻を鳴らしただけの非常に愛想のないものだったが、アスナの目の前にはショップのメニューウインドウが現れた。NPCショップのメニューウインドウは言葉の伝達がうまくいかない場合のサポート的役割が多い。故に直接依頼することも不可能ではない。アスナは腰の《ウインド・フルーレ》を外しそれを鍛冶屋に渡しながらウインドウではなく直接音声でお願いをした。
「この剣を使って、武器作成をお願いします」
さっきのように「フン」という返事が来るのかと思ったが、その予想は外れ丁寧にアスナの手から剣を受け取った。鞘から抜き刀身を確認した後背後の炉にそっと載せた。すると剣は光を放ちそれが収まる頃にはクリアな銀色に輝くインゴットになっていた。
引き続き武器作成の手順に入り、必要な素材も渡していよいよメインの作業へと入る。素材を炉に入れ炎の色が変わったタイミングですかさずインゴットも炎に投入される。後は十分に熱して打ち付けるだけだ。
「ねえ、キリト君…。バフ、頂戴」
カイト達にも聞こえないくらいの声で、アスナからそんな言葉が耳に届いた。と同時に、俺の右手の人差し指から薬指までが柔らかい掌に包まれた。
あの時と違って、今は別になんの支援効果も掛かっていないしそもそも効果が移動することもなない。だがそんな心無い声は押し込めて、軽くアスナの手を握り返しいい剣が出来るように祈った。
そんな俺達には目もくれず、エルフの鍛冶屋はスミスハンマーでリズミカルにインゴットを叩き始めた。強化の時と違い作成の時はこの叩く回数が非常に重要になる。なにせこの叩く回数は武器の性能に比例して増えるからだ。今素材にした《ウインド・フルーレ》ど同等の性能ならおよそ20回前後といったところだ。
つまりそれ以上に叩く回数が多ければ今より強い武器が出来るということなのだが……、驚いたことに既に30回以上叩いている。俺のアニールですら確かそれぐらいだ。結局叩き終わったときには回数は40になっていた。
叩き終わったインゴットがゆっくりと変形を始める。形がある程度固まり強い閃光を放った、それが収まるとそこには白銀に煌めく一振りのレイピアになっていた。
「……いい剣だ」
「フン」以外も言えるんだなと思いながら見ていると、銀色の鞘を一つ取り出しレイピアをぱちんと収めてアスナへと差し出した。この時ようやく俺は思わず力が入りアスナの手をしっかり握りしめていたことに気がついた。慌てて手を離しコートのポケットに突っ込むと、アスナは軽く微笑みながらこちらを向き、
「ありがと、キリト君」
そう言って鍛冶屋の方へと向き直した。
「ありがとうございました」
「フン」
返事は、今度は「フン」だった。アスナは受け取った剣を鞘から抜き改めて刀身を確認し、すばやくタップして武器の性能を確認する。
「すごいねえ、とっても綺麗な剣だよ」
「ああ、見惚れるほどだな。性能はどうなんだ?」
カイト達も新しい剣が気になるようだ。俺ももちろんご多分に漏れず気になる、なにせあんなに叩かれてるということは並の性能ではないはずだ。
「ちょっとまってね。名前は――《シバルリック・レイピア》っていうみたいね。騎士の剣みたいな意味かしら」
「どれどれ、強化試行回数は――――15!? なっ、まじかよ!」
細かい攻撃力だの攻撃速度だのを見るまでもなくこの剣はとんでもなく強い。試行回数15回は俺のアニールが8回だからの単純に倍、強いってことになるおそらくこの試行回数なら5、6層くらいまでは全く問題なく使えるはずだ。
とても3層程度で手に入るレベルの武器ではなく思わず俺は羨ましい半分恐ろしい半分といった感情が渦巻いていた。
「そんなに凄いの?」
「凄いなんてもんじゃない超強い」
「超?」
「うん超」
まるで小学生のような会話に思わずアスナが吹き出すように笑っていた。
「きっとこの子となら、また戦っていける。そんな気がしてるわ」
「そりゃ良かった。それにしてもその武器は3層じゃありえないくらい強いな。どうしてこんな武器ができたんだろう」
「あの鍛冶屋さんの腕が特別いいとか?」
「いや、このインスタンスマップはβとそれほど変わってなかったしこの野営地はキャンペーンクエストを受ければ誰でも来られるんだ。そんなところでスペック上は2、3層上レベルの武器ができるとは考えづらくて」
もし仮にそんなふうに仕様変更されているとしてもおかしい。3層の敵のレベルもβ時代からさほど変化がない。もしそんな状況で作成武器だけが強くなっていれば、バランス崩壊も良いところだろう。
「ならちょっと検証してみるか。今度は俺の武器を素材に武器作成をしてみればいい」
俺が考え込んでいた時、カイトから提案があった。
「いいのか?」
「どのみちそろそろアニールも更新時期なんだろ? ならちょうどいいさ」
今俺やカイト、ユウキが持っている《アニールブレード》は最大値の+8まで強化したところで、4層あたりでの更新を余儀なくされる。正直俺もいつまで使い続けようか迷っているとこでは有るんだが。
「今までありがとうな。―――鍛冶屋さん、武器の作成をお願いします」
カイトが武器にお礼を言ってから鍛冶屋へ向き直り、武器を手渡して先程のように武器作成の依頼をした。
「フン」
先ほどと同じように一言返事したNPCは同じようにインゴットにした後、それを叩き始めた。10回、20回と叩き30回も超えた。この時点でアニールと同等以上が確定している。経験上はせいぜい35回程度がいいところなのだが、先程同様その回数は40を超え結局45回叩いたところでようやく終わった。
そうして出てきた剣は銀の刀身の剣だった。その剣を剣先までじっくり見て先ほどと同じように言った。
「いい剣だ」
「ありがとうございます」
「フン」
「名前は《シュバリティ・ソード》、強化試行回数は17――さっきより上がったぞ」
ほんとにこの鍛冶屋の設定が上がったのかもしれないが試行回数的になんとも言えない。その後結局ユウキも武器作成をしたが強化回数は13、多少下がったがそれでも3層段階ではかなり強い分類になる。結局結論はでなさそうなのでアルゴに情報だけ流して調査してもらうことにした。
「キリト君はどうするの?武器更新」
「俺は…もう少しこいつで頑張ってみるよ。+8にすれば4層くらいまではいけるからな」
その後俺はアニールを+8に、アスナたちは新調した武器を+5まで強化しその場を離れた。そしてキズメルに一言挨拶をして全体会議に向かうため主街区の《ズムフト》へと向かった。
3層編パート3です。
少し時間が空いてしまい申し訳ありません。
年度前後ということもあり仕事が多忙で感覚が空いてしまいました
さてどの当たりまで書こうが少し迷いましたが今回は武器作成までにしました。
そしてカイト君の武器もアニールブレードから新調されシュバリティソードになりました。
まあまだ序盤なのであんまり強そうな名前をつけるわけにもいかず、無難な名前にしました
もうそろそろ3層編も終了になりますGWくらいまでには上げられたらと思います。