ソードアート・オンライン~黒の剣士と灰の剣聖~ 作:カノン・キズナ
「おーい!鼠の攻略本のボス編が出たぞー」
それは会議も終盤になった時のことだった。恐らくディアベルの仲間と思われるプレイヤーが、慌てて会議場に攻略本を持ち込んだのだ。
「さっき、NPCの露店に置かれているのを確認しました。もちろんいつもどおり無料です」
「相変わらずのすごい情報量だ。敵の名前は《イルファング・ザ・コボルトロード》想定されるHP量、攻撃を受けたときのダメージ量に周りに湧くセンチネルのリポップタイミングまで出てる」
ディアベルが、周りにも伝わるように読み上げる。さすがアルゴだけあってかなりしっかりしてる。だけどやっぱり早すぎる、昨日今日偵察に行った感じじゃない。俺の記憶とも合致している当たり恐らくこれはβテストの情報そのまんまだ。裏表紙を見ると俺の予想を裏付ける文言があった
『このデータはβテスト時のものです。本サービスの移行により変更になっている可能性があります』
「こんな事書いたら、アルゴが…」
「おい、キリトこの一文は…」
「ああ、随分攻め込んだな」
俺達3人は一様にその文書の意味を感じ取った。今までのアルゴのスタンスだった《誰とも知れないβテスターから情報をもらっている》とはかけ離れたものになってしまう。これでは何かあったときの矛先がすべてアルゴに向いてしまう可能性すらある。もしかしたらそれすら狙いなのかも知れないが。
「あの、鼠女やっぱり誰がβテスターか知っとるんや!いや、もしかしたらあの女自身がβテスター上がりかもしれん、これは一度話を聞かんとなあ」
さっき同様キバオウが話を不穏な方向へと持っていく。するとそれに呼応するかのように周りの声もそれに賛同する形になっていた。
まずい、このままだとアルゴに何らかの被害が出る可能性がある。曲がりなりにも今βテスターとビギナーの橋渡しをしているのはアルゴだ。彼女に何かあれば今後の攻略はもちろんまだはじまりの街周辺にいるビギナー達の育成にも影響が出る可能性がある。
何よりあいつは大事な友人だ。アルゴに矛先が向けられるくらいなら、ここで俺がブラフでもなんでも使って標的を自分に向けさせよう。そう思った瞬間だった。
「…今は、感謝以外の何が有るというの?」
俺は今日彼女に驚かされるのは何度目になるのだろう。いつの間にか俺の横に居たフェンサーさんがみんなに聞こえる声でそう言ったのだ。正直そんなことをするとは思わなかった、だって何より目立ってしまうから。フードをかぶっているのは、自分が女性だということがすぐにはバレないようにするためなのだろう。
何度も言うが、圧倒的に男性率の高いSAOで女性というだけで好奇の目にさらされる。事実、今フェンサーさんは女性だと気づいた多くのプレイヤーの視線を集めている。俺がその視線に気づき、彼女を隠すように正面に立った時、今度はディアベルが話し始めた。
「彼女の言うとおりだ!今はただこの情報に感謝しよう。少なくともこれで偵察戦を省くことが出来るのだから」
「一番危険な偵察戦を省略出来るんだ。死亡者を出さないことも不可能じゃない」
エギルもそれに続く形で話を前に持っていこうとしていた。
「いや、死人は出さない!もし情報に漏れがあったとしても、俺がみんなを護って見せる!――騎士の誇りにかけて!」
みんながそれを聞き、納得したようだ。キバオウも特に反論する様子はなかった。
「おあつらえ向きに、お姫様もいるようだしね」
そのお姫様は、油断したら風穴空けるような危ないお姫様だけどな、と思ったことは絶対に口には出すまい。
「それじゃあ、実務的な話に移ろう。まずはレイドの構成からだ。とりあえずみんな、自由にパーティを組んでみてくれないか?」
ある意味ここで一番やっかいな問題、パーティ編成。基本的に今パーティの方向を決めているのは俺だ。カイトやユウキはそれに従う形になっている。しかしここで問題なのが俺が本来コミュニケーションとは無縁の人間だということだ。何処かに入れてくれというほどの勇気を持っていたら、きっとゲーム初日に最悪ソロプレイヤーでもいいかなどとは思わなかっただろう。
そして、それがどういう結果を生むか。現在参加者は46人、ワンパーティ6人でフルレイドは8パーティつまり順当に行けば、7パーティ+4人。現在の余り…俺、カイト、ユウキ、そしてフェンサーさん。つまり俺達がパーティからあぶれたということだ。
「あ、あんたもあぶれた……わけじゃないですよね。分かってますはい、どうもすいません」
隣のフェンサーさんに、途中まで話しかけたところでゴミを見るようなとっても鋭い目線が飛んできたため、思わずトーンダウンしてしまったが、俺達がパーティを組まないとどちらかはボス戦に参加できなくなってしまう。
「…もしよかったら、俺達と組まないか?レイドは8パーティだから、そうしないと入れなくなる」
少し考えた様子だったが、直ぐに返事が帰ってきた。
「別に、そっちから申請するなら受けてあげないでもないわ」
そうか?とつぶやきながら、俺は目の前のフェンサーさんのアイコンを選びパーティ申請すると、素っ気無い感じで彼女がOKを押すと視界の左上に4人目の体力バーが現れた。
【Asuna】…アスナ?…変わった名前だな。いや、本名を縮めただけの俺が言えたものではないかもしれないけど。
すると、レイド編成が終わったのかディアベルがこっちにやってきた。
「君たちは4人パーティだね。申し訳ないんだが取り巻きコボルト潰しをお願いしてもいいだろうか?」
謙虚にも頭を下げてお願いしてきた。まあ穿った見方をすれば、ボス戦の邪魔はするなよということかもしれないが。でも隣のフェンサーさんが今にも噛みつきそうな雰囲気を感じたので、とっさにそれを遮った。
「フルレイドを組む人数が集まってないんだ仕方ないさ、それに取り巻き潰しだって大事な仕事だしな」
「そう言ってもらえると助かるよ。でもお姫様の護衛は騎士としては羨ましい限りだけどね」
「…ははは、重要な役目だな」
後ろから羅刹のような視線を感じる気がする。いやきっと気のせいだ絶対に俺は後ろを振り向かないぞ。
「……何が大事な役目よ、取り巻き潰し専門なんてボスにも触れない雑用じゃない」
「仕方ないだろ、フルパーティ組めないんだし。ボス相手にスイッチでPOTローテするにはバランスも悪いし」
「…スイッチ?……POTローテって何?」
そうか、このフェンサーさんは初心者だった。もしかすると今までパーティを組んだことも無いのかも知れない。
「分かった明日パーティ戦闘について説明する。練習用にいいクエストが有るんだけど、朝限定のクエストなんだ。今日のうちに一通り説明しておきたいから、そのへんの酒場で――――「嫌、一緒にいるの見られたくない」
なんと冷たいお言葉。でもこれを説明せずにボス戦をさせるわけにもいかない。
「いやでも人目のつかないところってなると、NPCハウスは誰か入ってくるかもだし…そうだ、どっちかの宿の部屋とか?」
「絶対ゴメンだわ!何するつもりよいやらしい!」
「まだその誤解とけてなかったんですね…」
俺が必死に彼女を説得していると、カイトとユウキがやってきた。
「ねえ、まだ帰らないの?ボクそろそろお風呂入りたいよ」
「え、ああそうだな良いんじゃないか、俺はこのフェンサーさんともう少し話があるから――」
そこまで言ったところで、急にフェンサーさんに胸ぐらをつかまれた。
「今なんて言ったの??」
「え?何? 帰る?」
「そうじゃなくて!」
「君と話がある?」
「それでもなく!」
そこまで言われてようやく彼女の食いついたわけがわかった。
「えーっともしかして、お風呂?」
――――――――――――キリト借り部屋
俺はさっきからアルゴの攻略本ボス編を見ながら自分の記憶との照らし合わせを行って…いるつもりなのだが、全然集中できない。扉の向こうが気になって本の内容が一切入ってこない。
扉一枚隔てた向こうにはさっきのフェンサーさんがお風呂に入っているのだ、嫌でも気になってしまうのは男の性だろうか。ユウキの場合はカイトの言うとおり妹みたいな感じなのであまり気にしたことはなかったのだが、彼女はぱっと見だが年は近い気がする。
「キリト、お前不思議な特技持ってるんだな。本を逆さまに持って読むとは」
「うるさいな、言わなきゃ分かんないだろ頑張って意識を集中させてるんだ」
「一体どこに集中させてるんだか…」
さっき相変わらずカイトの膝枕で寝てしまったユウキをベッドに運ぶと言ってこの部屋から脱出しようとしたので必死に道連れ…いや引き留めたところだ。こんな状況で一人でいたらあらぬことばかり想像するに違いない。
――――コン、コココン
そんな時、特徴的なノックが聞こえてきた。俺の予想が正しければこのタイミングでは一番来て欲しくない奴に違いない。そして、空けた扉には予想通り鼠顔のフードをかぶった情報屋が立っていた。
「よ…よう、珍しいなあんたがわざわざここまで来るなんて」
「ヤッ、アーちゃん…フェンサーさんはいるかい?」
まさかこのタイミングで、ドンピシャな質問をされるとは思わなかった。
「なんでまた急に?」
「いやナ、会議場をふたり連れ立って出て行ったっテ、女日照りのゲームオタク共が恨みがましく教えてくれてナ。もしかしてもう連れ込んだかなト…」
いやいや、ふたり連れ立ってってちゃんとカイトとユウキも居たからな!と思いつつなんとかこいつの追求から逃れなければ、アルゴのネタ帳に俺は初対面の女性を部屋に連れ込むプレイヤーとして記録され、明日には大勢の女性プレイヤーやら嫉妬に狂った男性プレイヤーに半殺しにされかねない。
「あの警戒心の強いフェンサーさんが、今日あったばかりの俺の部屋に風呂なんか借りに来るわけが…」
「フロ? んンー?」
…まずい、実にまずい。誤魔化そうとしたら余計に傷口がひどくなった気がする。その証拠に目の前の彼女はものすごい疑いの眼差しを向けている。
「いや…、途中まで一緒だったけどもう宿に帰ったんじゃないかな?」
「ふーン……まあいいカ、例の買い取り交渉の方でも話があるかラ、ちょっくらお邪魔するゾ。やア、カー坊ユーちゃんはもう寝てるのカ」
「いらっしゃい、アルゴ」
アルゴの興味が変なところに向く前に用を済ませて帰ってもらわないと。
「それで、依頼人はなんて?」
「3万9800コルまで、値をあげるそうダ」
「なっ!?」
「サンキュッパだと!おいおい、アルゴを侮辱する気はないけど詐欺の類いじゃないかと思われてもおかしくないぞ、今のアニールブレードの相場は大体1万5千コルでそこに3万コルもあれば俺と同じ状態に持っていける。あんたの依頼人は相場より5千コルも上乗せして買い取ろうとしてるんだぞ」
「オレっちも、3回はその説明したんだけどナ。まったク、わけがわからン」
俺が金を減らすことには納得はいかないけど、このままだと疑問がひとつも解決されずに気持ち悪さだけが残る。
「アルゴ、依頼人の名前に1500コル払う。依頼人に上積みするか確認してくれ」
「了解ダ―――――――――――――ン、教えてかまわないそーダ」
これまた予想外にあっさりと名前を教えても構わないという、もうなにがなにやらという思いでアルゴに代金を払う。
「たしかニ、まあキー坊も知ってるやつなんだけどナ。夕方にカー坊と言い合いしてたしナ」
「俺と言い合い?それって―――――――――――――」
「キバオウ、だな」
「そういうことダ、それじゃあ今回も交渉は不成立ってことでいいナ?」
「ああ、それでいい」
ますます分からなくなった。確かにキバオウは会議でβテスターを目の敵にしていた、俺はそのベータテスターだ。けど俺がβテスターだと話したことはないし、なによりキバオウと会うのはさっきが初めてだ。無理やりとも思える武器買い取りの理由が分からない。
「それにしても、広くていい部屋だナ。この手の賃貸情報で一儲けするのも悪くないナ。…ン?この部屋バスルームってことハ、この部屋風呂つきカ!こりゃ女性プレイヤーに人気が出るゾ、ちょっと中見ていいカ?」
「ああ、どうぞ」
「お、おいキリト今中には…」
わざわざ、4万コルも使って俺から武器を買い取りたい理由……ん?今アルゴ何て言った?ナカミテイイカ?
「まっ、待てアルゴ!よく考えたら修理中で使えないんだ!使えるようにするにはやたら面倒なクエストをやる必要があってな!」
「なんダ、なら仕方ない無いナ」
危なかった、考え事してたせいで空返事してた。危うく俺の命と今後の生活に支障がでるところ…
「なんてナ」
と、油断した次の瞬間にさすがAGI極振りと言われるアルゴだと尊敬するくらいのすばやさでフェイントをかけられ、ついに開けると俺の色々なものが終わる扉を開けられてしまった。
「こりゃ、驚いたナ。―――――キー坊、短い付き合いだったナ」
一瞬、下着姿の少女の姿が見えた気がした。まだ下着を着けていただけよかったのかもしれない、なぜかって少なくとも一晩意識をなくすだけですんだのだから。
「いやぁーーーー!!!!」
―――――――――――――翌日
「スイッチの説明はこんな所だ。…まあほとんどソロで倒してた気もするけど」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません」
翌日朝、カイト達はボス戦の準備に町の方へ買出しに行っている。俺とフェンサーさんは何故か着いてきたアルゴと一緒にパーティー戦闘のレクチャーもかねて朝限定のとあるクエストに来ていた。
「あ、何か報酬が出てる。…ウインドフルーレ?」
「少なくとも、店売りのレイピアよりはずっと使いやすいはずだ。軽くて正確性も高い」
「すごい…きれい」
昨日のディアベルじゃないけどウインドフルーレを持って佇む彼女が本当にどこかのお姫様のようで、思わず見とれてしまった。そして、そんな俺をアルゴが隣でニヤニヤしながら見ていた。
「あとは強化だナ。あれだけ迷宮区に籠もってれば+4にするぐらいの素材は有るだロ、いい鍛冶屋紹介するヨ」
「ありがとうございます。お金の方は…」
「昨日のお礼ダ、タダにしとくヨ。…目立つことは避けたかったろうニ、ありがとナ」
おそらく、昨日の会議終盤の攻略本の騒ぎのことを言っているのだろう。それにしても、あのアルゴが素直にお礼を言うなんて、珍しいものを見れた。
「ドロップ品の浮いたお金で他の装備も充実するべきじゃないかナ。どうですカ、先生?」
「そうだな、フェンサーはスピード重視だから必要以上の装備は足枷になるんじゃないかな」
「だってサ、やったねアーちゃんお金が余るヨ!」
ふむ、アスナだからアーちゃんなのか?いつのまに親しくなっていたのか少し気になるところではあるが。
その後町まで戻った俺たちは、鍛冶屋でフェンサーさんの武器強化を見守っていた。まああれだけの素材があれば+4は難しくはなく無事に強化も終わった。
「+4の具合はどウ?」
「だいぶ軽くなりました。ブレも収まったようです―――――これ+5にはできないの?」
「第1層では必要な素材は手に入らないんダ」
先にアルゴに言われてしまったが確かウインドフルーレのこれ以上の強化は第2層のウィスプ系の素材が必要だったはず。
「そうですか、これが現状のベストということですね。。では、私は他に買いたいものがあるので失礼します」
「――――――なあ、アルゴひとつ依頼いいか?」
「なんだイ?」
――――――――――
「キリト、こんな所で何してるんだ?」
「カイトか。ちょっと、アルゴ待ちなんだ」
アルゴを待っていたら買い物が終わったらしいカイト達が合流した。
「どうだ、フェンサーさんの調子は?」
「とりあえず最低限必要な知識は教えたよ、まあ念の為フェンサーさんとは俺がコンビを組むさ。カイトはいつもどおりユウキとコンビを組んでお互い状況見てスイッチする感じだな」
「任せて、カイトはしっかりボクが援護するからさ」
βテスト通りなら、このパーティは問題ない。怖いのは違った場合だけどこればっかりは明日にならないとわからない。
「キー坊、終わったゾ」
「どうだった?」
「アーちゃんなら心配ないサ、明日死のうとしてる人間があんな物買うもんカ」
「俺が頼んだのは麗しのフェンサーさんが、何を買ったか教えてくれって内容だったはずだけど…、まあいい報酬の千コルだ」
「確かニ、それじゃあなキー坊。明日頑張れヨ。2層をアクティベートしたってメッセージ待ってるゾ」
そう言ってアルゴは人混みに消えていった。ひとまず心配してたようなことはなさそうでなによりだ。
「珍しいなアルゴから女性プレイヤーの情報を買うなんて」
「キリト、彼女のこと気になってるの?」
「そういうのじゃないからな、迷宮区のときみたいに無謀な戦い方をされても困るだけだから、その心配がないかを…」
「はいはい」
「そういうことにしておいてあげるよ」
このふたりは全く…、別に他意はない。ただパーティメンバーに死んでほしくない、ただそれだけだ。そのはずだ、多分。
まあ他にも色々と心配事はあるけど、今はとにかく無事に終われるように準備をして明日を迎えるだけだ。準備しすぎることはない、なにせ明日はSAOではじめてのボス戦になるのだから。
遅くなりました。しかもまた長くなってる…
次回はようやく第1層ボス編です。見にくくなるのであまり同じ話中で視点を変えたくはないのですが、次回はキリト、アスナ、カイトそれぞれの視点を混ぜていこうと思います。
SAOでのそれぞれの目標が定まる部分でも有るのでしっかり分けて書きます。
戦闘シーン苦手だけど頑張ります。