周りは炎に包まれていた。
床も柱も天井も全て燃え、焼け落ちようとしていた。
ここはもう私以外誰もいない。
私を貫いた弟も奇策士の彼女も既に脱出したようだ。
まあ、今ここで心中されても困るだけだし、これでいいのだけけれど……
柄にもなく私は寂しさを感じていた、そんな時だった。
「あら?」
目の前に不可思議な鏡が出現した。
それは楕円形で、少しづつこちらに近づいて来ている。
いつからあったかは分かららない、気がついた時にはそこにあった。
このような物に思い当たる事など一つしかない。
所謂、これがお迎えと言うものなのだろう。
私としては魑魅魍魎のような者が来るかと思っていたけれど存外そうでもないものね。
避けようとするが私にはもう、指一本すら動かす力は残っていない。
まあ、これは私が望んだことなのだから仕方ないのかもしれないわね。
その先に何があるのかは想像できないが、私が行くのはほぼ確実に地獄だろう。
父さんもそこにいるのだろうか、会ったら何を話せばいいのだろう?
そんな瑣末な疑問を抱きながら、私はそれに飲み込まれた。
「何よ、これ……」
今日は二年生に進級するために必要な春の使い魔召喚の儀式の日だ。
何度も失敗した。
けれど、最後には成功したはずだ。
しかし、呼び出されたのは意外すぎる者だった。
それは人の形をしていた、というかどこからどう見ても人間だった。
まあ百歩いや、千歩譲って人間なのは良いとしよう。
問題は彼女の胸に直視するのもはばかられる程の大穴が空いていたことだ。
また、彼女の全身は血まみれで、その見慣れない服も血で染まっている。
こうしている間にも地は溢れ、草々を染めている。
そうして気がついた。
彼女の胸が僅かに上下している。
彼女はまだ生きている。
「ちょ、ちょっと、あなた大丈夫なの!?」
私は彼女に近づき、その体に触れようとして――、
バチッ
激しく弾かれた。
「へ?」
私はその手を摩りつつ、再び彼女を見つめる。
近くで見るまで気がつかなかったけど、彼女の全体が細かく震えていた。
おそらく、この震えのせいで私は彼女に触れなかったのだろう。
私は確信した。
生きている、彼女は間違いなく生きている。
「ミス・ヴァリエール、『コントラクト・サーヴァント』はまた今度に! 私は彼女を医務室へ運びます」
コルベール先生は彼女を魔法で浮かせると、そのまま走っていく。
他の生徒たちも教室へと向かい私だけが残された。
ただ一人残された私の中には言葉では表せない不安があった。
「私は一体何を呼んでしまったの…………」
私はあんな重傷を負ってなお生きていられる人間を知らない。
普通なら、あんな傷を受けた時点で死んでいるだろう。
しかし、彼女は生きていた。
生き続けていた。
何故生きていられるのかは私には分からない。
けれど、これだけは分かった。
彼女はありえない存在なのだと。
後に医療室にいた、ある教師はこう語る。
「彼女が到着した時には既に心臓が破壊されており、手遅れの状態でした、なぜ生きているのかは私にも分かりませんでした、
しかし本当に驚いたのはこの後で、彼女の体が歪みだしたのです、音をたて、骨が軋み、その体を小さくしていったのです、
同時に彼女の胸にあった大穴も、服に隠れていた全身の傷も全て治ってしまったのです、私は夢を見ているようでした、
魔法を使った様子もなければ、彼女の意識が戻っていたわけでもありませんでした、彼女は眠ったまま全身を造り変えたのです、
それで私は急いで他の教師を呼んできたのですが、その時には既に彼女はいませんでした、彼女は、いえ、あれは化物です」
「…………あら」
目を覚ますとそこは見慣れない天井だった。
てっきり曇天に満ちた空や血なまぐさい大地、亡者をいたぶる魑魅魍魎などを想像していたのだけれど、どうやら違ったらしい。
起き上がると私が着ていた服が全て脱がされていることに気がついた。
同時に私の体についていたはずの傷も全てなくなっていたのにも気がつく。
たった一つ、私の胸に残った一筋の傷跡を残して。
傷跡があるということは私はまだ生きているということなのだろうか。
つまり、私は胸を貫かれた程度では死ねないということなのかもしれない。
「これは間違いなく私の落ち度ね」
まさかこれでも死ないなんて流石に思ってもいなかったのだもの。
服が見当たらないので仕方なく近くにあった白く薄い布を体に巻きつける。
「ひどい格好……、まあでも、裸よりはマシでしょう…………」
何か、巻きつける時に違和感を感じたような気がしたけれども、多分気のせいだろう。
その時、扉の向こうから誰の気配が近づいてくるのに気づく。
それは慌ただしく関わったら何やら面倒くさそうだった。
「……………………」
少し考えた後、私は窓から飛び出した。
「はぁーー」
私は医務室への道を遠回りに歩いていた。
あのアクシデントがあった後も授業はちゃんと再開された。
しかし、私はただ一人授業を欠席することを許された。
コルベール先生曰く、これから一生を共にする使い魔なのだから貴女が看病をするように、だそうだ。
非常に不本意だけれども、私は彼女と契約するしかないだろう。
けれど、私の胸の内にある言い知れぬ不安は一向に消えそうになかった。
彼女、見慣れない服を着た異邦人の彼女。
杖は持っていないようだから、おそらく彼女は平民だろう。
しかし、普通の平民があんな傷を負うなんて考え難い。
じゃあ、彼女は衛兵でもしていたのだろうか?
いや、召喚された時に鎧を着けてなかったそれもない。
「ん~~~~」
考えれば考えるほど分からなくなる。
一体彼女は何者なのだろう。
そう考えていると、何やら医務室の前でコルベール先生たちが話し込んでいるの
が見えた。
「ミスタ・コルベール、何かあったのですか?」
「おや、ミス・ヴァリエール、あなたは確か私より先に教室を出たはずなのにどう
して今になって……、いや、今はいいでしょう、それより大変です! あなたの使い魔(仮)がどこかに行ってしまったようですぞ!」
「はいぃ!?」
その日私は夕食の準備に取り掛かろうと厨房へ向かっていました。
けれど、私はその途中で困ったものを見つけてしまったのです。
「………………」
私が厨房へ向かうその道の途中で彼女はうつ伏せに行き倒れていました。
「あの~」
「………………」
私は彼女に声をかけたけれど、反応はありませんでした。
「あの、大丈夫ですか?」
今度は側に近寄って揺さぶってみる。
「ぉ―――ぃー」
「え?」
何か聞こえたので彼女の口に耳を近づけてみる。
すると、今度ははっきり聞こえた。
「お腹すいた……」
「ごちそうさまでした」
彼女は両手を合わせ、まるで神に祈るように呟く。
「ありがとう、とても美味しかったわ」
「いいえ、残り物で喜んでもらえたんなら私も嬉しいです」
しかし、よくよく見てみると彼女は奇妙な格好をしていました。
服はベッドのシーツを巻きつけただけで、靴も履いておらず、下着も履いているかどうか怪しい。
どこからどう見ても怪しいのですが、だからと言って困っている人を放ってはおけませんでした。
けれど、やっぱり気になるものは気になってしまうのでした。
「あの、こういうのを聞くのは失礼かと思うのですが、あの、どうしてあんな所で倒れていたのですか?」
敢えて服装には触れませんでした。
「たしか、適当に歩いていたら急にお腹がすいて意識が遠くなって、そこから覚えていないわ」
「そうなのですか」
結局何も分かりませんでした。
「――恐く、体を治した時に体力を全て使ってしまったのね」
「? 何かおっしゃいました?」
「いえ、何も」
確かに彼女が何か言ったような気がしたけれど、気のせいだったのでしょうか。
「……そう言えば、ここは一体どこなのでしょう?」
「知らないで行き倒れていたのですか!」
「行き倒れることと、知らないことは関係ないのだけれど……、気がついたらここ
にいたわ」
「気がついたらですか…………、あ」
そう言えば、ミス・ヴァリエールが人間を召喚したと、どなたかが騒いでいたような気がします。
しかし、召喚された女性は重傷だったようですし、目の前の彼女ではありません、よね?
「あの? どうかされました?」
「い、いえ、ちょっと考え事をしていただけです」
「そう? ならいいのだけれど……、えっと……」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね、私はシエスタと申します」
「私は七実、鑢七実と申します」
「ヤスリナナミさんですか、変わったお名前ですね」
「そうかしら、私もしえすたという名前は初めて聞いたのだけれども…………」
そう言った所で彼女は何か考え始めました。
「そう、じゃあ呼ばれたのは私の方というわけね、あの鏡が扉だったというわけね、これは初めて見る技だけれども、
いえ、技なのかしら、これは人間業ではありえないのだけれど実際私はここにいるわけだし、私を呼んだ誰を見つける必要がありそうね、
恐くここにいるのだろうけど、見つけられるかしら、それとも――」
その時でした。
「あんたああああああああああああ!!」
厨房の扉が勢いよく開き、ミス・ヴァリエールが飛び込んできたのです。
「いきなりいなくなったかと思えば何こんなところでご飯食べてるのよ! 私がどれだけ学院中を歩き回ったと思っているの!」
「まあまあ、ミス・ヴァリエール、探たと言ってもまだ少ししか探していないですし」
彼女の後ろからミスタ・コルベールも現れました。
「確かに彼女で間違いないようですね、報告のあった通り縮んでいるようですし」
「縮んでいる?」
彼女は自分の体をまじまじと見つめます。
「ああ、確かに少し縮んでいるようね、あなたがたがというよりは私自身がそうしたのでしょうね」
「自覚がなかったのですか」
「ええ、私気絶しておりましたので」
「なんと! 無意識でそのようなことが可能なのですか……、いやはや驚きですな」
「そんなことよりも!」
ミス・ヴァリエールが机を叩いた衝撃で危うく食器が落ちそうになったものの、ナナミさんがそれをキャッチ、見事です。
「ミスタ・コルベール、本当に彼女と契約しなければならないのですか!」
「もちろん、『サモン・サーヴァント』は神聖なものです、やり直しは認められません」
「はぁー、仕方ないわね、ちょっとあなた、こっち向きなさい」
「…………何かしら」
ミス・ヴァリエールがナナミさんのすぐ横まで行き、彼女の肩に両手を置いて唱える。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
「待って」
ミス・ヴァリエールの頭を掴みナナミさんが問いかける。
「何よ」
「あなたは今から何をしようというの?」
「何って、契約に決まってるじゃない」
「契約って、何?」
「契約は契約よ! いいからこの手をどけなさい!」
「まあまあ、ミス・ヴァリエール、ここは私が説明しましょう」
埒があかないのでミスタ・コルベールが代りに話し始めました。
「まず、貴女を呼び出した魔法は『サモン・サーヴァント』と言い、ここハルゲギニア中から自らの使い魔を呼び出すことができます、
ここの生徒は使い魔と契約することによって今後の属性を定め、専門課程へ進みます、
そして、ミス・ヴァリエールがこれから行おうとしているのは『コンタクト・サーヴァント』と言いまして、
これを行うことによって正式に使い魔となるのです」
「つまり、私はこの娘の召使になれ、ということなのかしら」
「いいえ違います、使い魔と主は一生を共にするパートナーであるので決してそのような関係ではありません、
といいますかそもそも、人間が呼び出されること自体が前例がありませんので」
「そう……」
ナナミさんは少しばかり考え込むと、ミス・ヴァリエールに向き合います。
「良いでしょう、あなたの使い魔になれば良いのね」
「いいのですか!?」
先ほどから空気だった私ですが、我慢できずに話しかけてしまいました。
「普通ならもっとこう、故郷に返してなどと反論するところではありませんか?」
ナナミさんは少し驚いた顔を見せ、「ああ」と呟いた後に優しく話しだしました。
「別に良いのよ、どうせあちらでは私は死んだことになっているだろうし、今帰れたとしても迷惑をかけるだけよ」
「そんな簡単に割り切っていいものなのですか……、あ」
何やら熱気を感じ、下を見てみると怒りで震えているミス・ヴァリエールの姿がありました。
「いい加減私を離しなさい! 私と同じくらいなのになんて馬鹿力なのよ!」
「ああ、ごめんなさい」
多分掴んでいたこと自体忘れていたであろうナナミさんがようやくその手を離す。
「まったく……、じゃあ、改めて我が名は――」
こうしてひと騒動あったものの、ミス・ヴァリエールの契約は無事に完了したのでした。