「…………あら」
私は見覚えのない部屋で身を覚ます。
そうして、なんで私がここにいるのかを思い出す。
「ああ、そう言えばそうだったわね」
私は自らの左手に刻まれた刻印を見つめる。
コルベールさんによると珍しいルーンらしいけど、そんなのはよく分からないし、どうでもいい。
私は昨日急いで造られた簡易ベッドなるものから下り、新しく貰ったメイド服とやらに着替える。
ルイズ曰く「使い魔なんだから主人の身の回りの世話をするのは当然」らしい。
これでは召使と変わりないのだが、使い魔の役割の一つに主人の身を守ることもあるのだから一応違う役割なのだろうか?
単に面倒事が増えただけように思えるのだけれど。
「まあ、とりあえずご主人様を起こすとしましょうか」
クローゼットから下着を出し、私はすやすやと寝息をたてているルイズの元へ向かう。
「ルイズ、朝よ、起きなさい」
「むにゃ、私の使い魔は最高よぉ~」
「ルイズ、寝ぼけてないで起きなさい」
「ん……、あ、あんた誰よ!」
彼女は寝ぼけながら私を怒鳴る。まだ眠気が残っているようだけれど大丈夫だろう。
「私は貴女の使い魔よ、ルイズ」
「あ、ああ、そうだったわね、昨日召喚したんだっけ」
「そうよ、着替えは用意しておいたわ」
「……ありがとう」
着替え終わり、共に廊下に出ると、燃えるような赤い髪の女性に出会う。
「あら、おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」
嫌そうに挨拶をするルイズを見て確信する。
ルイズは彼女が苦手なのだな、と。
「ふーん、彼女があなたの使い魔ってわけ?」
「はい、鑢七実と申します」
「ちょっと、ナナミ! こいつ挨拶しなくてもいいわよ!」
「あら、こいつとはひどいわね、『ゼロのルイズ』」
「ゼロ?」
ゼロとは何だろう?
確かルイズの苗字はあのやたら長いののはずだし。
「あなたは気にしなくていいの! それで私に何か用なの、キュルケ」
「ええ、ちょっとこの子を見せに来たのだけど……、あら?」
見ると、彼女の足の後ろに何か赤い物が隠れている。
「ちょっと、フレイム、どうしたの、ほら、こっちに来なさい」
キュルケさんがそう呼ぶものの、フレイムと呼ばれた大きいトカゲは一向に彼女の後ろから出る様子がない。
「どうしちゃったのかしら……、昨日はこんな感じじゃなかったのに」
「あら、それってサラマンダー? 『微熱』のあなたにはピッタリじゃない」
どうやらこの赤いトカゲはサラマンダーと言うらしい。
さっきからずっとこっちを見ているような気がするのは気のせいじゃないだろう。
「……ああ」
そして気がつく。
この子は私に怯えているのだと。
どうやらこちらの動物は本能と呼べるような感覚が強いらしい。
それは使い魔になった影響かもしれないが、この子は私の中の何かを感じ取っているのだろう。
「ルイズ、私は洗濯物を渡しに行くますのでこれにて」
「え! ちょっと、あなた朝食はどうするのよ!」
「後で食べます」
そう言って部屋に入り、洗濯物が入ったかごを持って彼女の部屋を後にする。
この判断が間違いだと気がついたのはその少し後だった。
「……しまったわね」
私は洗濯物を抱えて学院内を彷徨っていた。
そう言えばそうだった。
私は昔っから道に迷い易い極度の方向音痴だったのをすっかり忘れていた。
「どうかなさいましたか?」
振り返るとそこにはシエスタさんがいた。
「ええ、少し道に迷ってしまいまして」
彼女は私が抱えている洗濯物を見て察してくれたようだった。
「ではこれは私が洗濯しておきますね」
「いいのかしら?」
「ええ、元々これは私たちの仕事ですから」
そう言うと彼女は自分の仕事をするために去っていく。
正直助かった。
このままだと昼食までにたどり着けたかどうかも怪しかったから。
そうやって、私はようやく洗濯物を渡すことが出来たのだけれど、どうやって食堂に行くかは考えてなかったのに気がつき、
慌てて彼女の後を追いかけることになるのは、また別の話だ。
「まったく、正直どうなるかと思ったわよ」
「……ごめんなさい」
なんとか授業には間に合ったけれど、ルイズに怒られてしまった。
「とにかく、これからは一人で勝手に行動しないように」
そう言うと彼女は席の一つに腰をかける。
私もその横に座る。
本来は貴族専用なのだけれど、流石に床というのはどうかというので私も一緒に座らせてもらっている。
暇なので辺りを見渡すと目玉のような生き物がいたり、さっきの火とか……サラマンダーもいたりと中々摩訶不思議な状況だった。
けれど、これが普通なのか彼女らにとって日常なのか、誰も騒いだり慌てたりはしていない。
これらを弟に見せたら驚くだろうか、と一瞬思ったがあの子ならすぐに慣れててしまいそうだ。
どちらかといえば奇策士の彼女に見せた方が面白いだろう。
彼女ならきっと期待通りの反応をしてくれるに違いない。
…………まあ、叶わない話ではあるが。
そんなことを思っていると中年の女性が入って来た。
紫色のローブに身を包み、奇妙な帽子を被っている。まあ、まにわに程ではないが。
「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですね、……中には風変わりな使い魔を召喚した方もいらっしゃるようですが」
その女性はこちらを、というか私を見て言う。
それによって教室はドッと笑い声に包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できなかったからって、実家からメイドを連れてくるなよな!」
ルイズはカッとなって立ち上がる。
「違うわよ! 私はちゃんと召喚したわよ! そしたら彼女が出てたんだから……」
そう言うと顔色が悪くなるルイズ。
恐く召喚した時の私を思い出しているのかもしれない。
確か、胸に大穴が空いていたはずだから……、ルイズくらいの少女にとってはそれは少し残酷だったかもしれない。
そんなルイズに全く気づかず、先ほどの彼はまた口を開く。
「嘘つけ、『サモン・サーヴァント』ができなかったのだろう?」
「ミス・シュヴルーズ、かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱しました!」
「何だと! 僕はかぜっぴきじゃなくて、風上の――」
それからルイズと彼の言い合いがあり、シュヴルーズと言う女性が魔法で止めるまでこの騒ぎは収まらなかった。
……どうでもいいことだけれど、風上のマリコルヌって少し名前負けしているような気がする。
それから魔法についての講義を受けた。
魔法には五つの属性があるということ。
火、水、風、土、それに失われた虚無を合わせて五つ。
その中で土は万物の組成を司るらしい。
彼女の見せた『錬金』というのも興味深かった。
ただの石ころが真鍮に変わった。
ただ、今の私にはできないのが残念だった。
「ゴ、ゴールドですか、ミス・シュヴルーズ!」
「いいえ、私はただの『トライアングル』ですのでゴールドは無理です、それができるのは『スクエア』クラスのメイジのみです」
はて? トライアングルやスクエアとは何だろう?
恐く、階級や強さの位を表す単位だと思うけれど、後でルイズに聞いてみるとしよう。
「では、誰かにもやってもらいましょうか、……そうですね、ミス・ヴァリエール、やってみなさい」
「え、私?」
「そうです、この石をあなたの望む金属に変えてみなさい」
その瞬間、教室中が凍ったような気がした。
他の生徒の表情を見てみると、どこかぎこちなかったり、何か盾になるような物を探している人もいる。
「先生、やめた方がいいと思います」
「どうしてですか? ミス・ツェルプストー」
「危険だからです」
? 危険とはどういうことだろう?
そんなことを思っていると、ルイズが急に立ち上がる。
「先生! 私やります!」
そう言うと彼女はすぐに石の前まで近づく。
その顔は少しばかり緊張気味だった。
彼女は真剣な面持ちで呪文を唱え、杖を振り下ろす。
次の瞬間、石は机ごと爆発した。
ルイズは爆発する瞬間をはっきりと見ていた。
ああ、またか、と彼女は思う。
目を閉じ、衝撃が来るかと覚悟したが、音だけで何も感じない。
恐る恐る目を開けると、ルイズはいつの間にか七実に抱えられ、教室の後ろの方にいた。
「え、あれ?」
彼女は混乱した。
さっきまで教壇にいたはずなのに、どうやってここまで来たのだろう。
少し考えて、それは自分の使い魔の仕業だということに気がつく。
実際にルイズを抱えているし、他に思い当たる人物がいなかった。
しかし、それでも疑問は残る。
あの爆発から逃れられるなど、人間業ではない。
「大丈夫?」
心配そうに彼女が言う。
まるで自分がしたことよりもルイズの方が大事というように。
ルイズは己が使い魔のことを何一つ知らないのだと、そう思い知らされた。
この光景を終始見ていた人物がいた。
メガネをかけ、自らの身長を超える杖を持った、青い髪の少女だ。
机に座っていた彼女の姿が急に掻き消えると、次の瞬間には教室後方にルイズを抱えて現れた。
只者じゃない、彼女は確信した。
あんな動き、普通の『メイジ殺し』でも不可能だろう。
あれではルーンを唱える暇もなく、それこそ一瞬で殺される。
同時に彼女がどうやってそのような体術(?)を得たのか気になった。
いや、それだけではない。
他にも何か使える技を彼女は持っているのかもしれない。
そう思ったタバサはしばらく彼女のことを気にとめるようにした。
「……面倒ね」
私はルイズに聞こえないように呟く。
現在私たちはルイズが破壊した教室を掃除していた。
掃除をするのもまあまあ面倒だけれども、それ以上に面倒そうなことがあった。
「………………………………」
先ほどからルイズがチラチラとこちらを見ている。
聞きたいことがあるの、そんな感じの顔をしながら事あるごとに見つめてくる。
正直少しうっと…………、何でもないわ。
そんな行為が幾度か繰り返され、ようやく掃除が終わろうとした時、やっとルイズが口を開いた。
「ねえ、さっきのは何?」
「さっきの?」
「誤魔化さないで、さっき私を助けてれたのはあなたでしょ」
そう言われれ思い出す。そう言えばそんなこともしたわね。
「ええ、さっきのは……、そうね、体術の一種と思ってくれていいわ」
流石に『忍法足軽』なんて言っても通じるはずがないので、少し誤魔化した。
「あなた、そんなことができたの!」
「そうね、他にもあなたを守れるくらいの技は覚えているわ」
「そうなの……、例えばどんなことができるの」
そう言われて考える。
何ができると聞かれれば、ほとんどと答えるしかない。
「そうね、片手で馬を持ち上げるくらいはできるわ」
「馬を!」
ルイズが持っていた箒を落とす。
比較的マシな能力を選んだつもりだったが、それでも彼女にとっては衝撃的だったようだ。
「あんた、本当に人間よね……」
「一応、そのつもりよ」
私はそう言うと、彼女の落とした箒を拾い元あった場所に片付けに行った。
私とルイズが昼食をすまし、席を立とうとしたその時だった。
「あら? ギーシュの奴、香水を落として行ったわ」
ルイズは地面に落ちていた硝子の小瓶を拾う。
中には紫色の液体が入っている。
お香の液体版といったところだろうか。
「ナナミ、これをあいつに渡して来てくれないかしら、あの薔薇を持ったキザッぽい奴よ」
ルイズの分かり易い説明のおかげですぐに目的の人物を発見することができた。
「あなた、これを落としたわよ」
「こ、これは僕のものじゃない、何を――」
「あ! これはモンモランシーの香水じゃないか?」
「そうだ! これは彼女が自分の為に作っている香水だぞ!」
「ギーシュさま、やはり、ミス・モンモランシーと…………」
あら? 何やら雲行きが怪しくなって来たわ。
どうやらこの世界では複数の女性と付き合うのはダメらしい。
あちらでは上級社会の一夫多妻など当たり前だったけれど、こちらでは違うらしい。
面倒になる前に立ち去ろう、そう思って踵を返したが、その直後に彼に肩を掴まれてしまった。
「待ちたまえ!」
振り返ると頭から赤い液体(恐くワイン)をかぶり、頬は椛状に赤い跡がついていた。
「何かしら?」
「君が香水の瓶を拾ったおかげで二人のレディの名誉が傷ついた、どうしてくれるんだ?」
「自業自得」
そう言うと周りにいた人たちがドッと笑い出す。
「そうだギーシュ、お前が悪い」
「二股かけたお前が悪い」
…………そう言えば私、こちらに来てから『悪い』と言ってないわね。
悪刀を失った影響なのかしら?
「し、しかし、彼女が気転をきかせてくれればこのような事態にはならなかった!」
「嫌よ、面倒じゃない」
ギーシュの顔色が真っ赤に染まる。
メイドに馬鹿にされたことで彼の沸点を超えたのだろう。
「そうか、君はゼロのルイズの使い魔だったね、それなら貴族に対する礼儀がなっていないのも納得できるが、しかし!」
彼が薔薇の花をこちらに突きつけ、言い放つ。
「学院にいる以上、君の体に貴族に対する礼儀を刻み込む必要がありそうだ」
「つまり?」
「決闘だ!」
遅い。
ただ香水を渡しに行かせただけなのに、どうしてこんなに遅いのだろう。
そう思いながら私はナナミが向かった方へと足を運ぶ。
何故かそこは人集が出来ており、その中からギーシュが出てくる。
あの頬を見る限り、恐く二股でもバレたのだろう、そう思っていた。
「あら、ルイズ」
ギーシュに続いてナナミも出てくる。
「遅いわよ、何をやっていたの」
「ええ、ちょっと、これから決闘することになってしまいまして」
「決闘! 何でよ!」
「さあ?」
本人にも分かっていなかった。
「いい! あなたにどんな怪力があってもメイジにはかなわないの、多分」
あの瞬間移動を思い出してちょっと自信がなくなってきた。
それに相手はギーシュだし、勝てないこともないのかな?
「……そう言えば『スクエア』とか『トライアングル』とか先生が言っていたけれど、これって何?」
「えっと、それはね――」
ルイズからメイジの強さについての講義を受け、彼女に連れられて広場へと向かう。
まとめるとこんな感じだった。
己が足せる系統の数でその人の強さが決まる。
二系統を足せるのが『ライン』
三系統が『トライアングル』、四系統が『スクエア』。
逆に何も足せないのが『ドット』。
同じ系統を足すと、威力や効果が増す。
これをふまえて考えると、彼女が『ゼロ』と呼ばれているわけも分かる。
彼女は一切魔法が使えないのだろう。
でもそれは――。
「着いたわよ」
そう言われて考えるのを止める。
そこには既にギーシュが佇んでおり、準備万端のようだった。
「とりあえず逃げずに来たことを、褒めてやろう」
「それはどうも」
先程までは少しいい気分だったのに、こいつの顔を見た途端一気に不機嫌になった。
「諸君! 決闘だ!」
そう言い、彼は薔薇の花弁を一つ落とすと、そこから石の人形のような物が出現した。
「言い忘れたが、僕はメイジだ、当然魔法を使う、問題はないね」
「ええ、そうね」
あれが出てきたことについては少し驚いたが、『錬金』を見ているから土系統な
ら可能なのだろう。
「だから君はこの『ワルキューレ』がお相手しよう」
途端、ワルキューレがと言う石人形が拳を振りかぶり、私に殴りかかってきた。
しかし、それだけだった。
「つまらないものね」
私はその手を掴むとそのまま振り上げ、地面に叩きつけた。
それだけで、ワルキューレは私が持っていた腕はちぎれ、残りの体は砕け散った。
「な!」
彼の顔が驚き一色に染まる。
他の観客やルイズも同じだった。
「あら? 中身は空っぽなのね、まるであなたみたい」
「いい気になるな!」
彼が薔薇を振るうと花弁が舞い、七体のワルキューレが出現した。
今度は素手ではなく、全員盾と剣を持っている。
「刀、じゃないわね、でも、武器なのだから一応使えるかもしれないわね」
私は左手の刻印を見つめる。
「行け! ワルキューレ!」
七体のワルキューレが一斉に襲いかかる。
私は後ろに跳び、ついでに間近にいた奴の腕ごと剣をいただく。
その時、左手の刻印が輝く。
体が軽くなり、この剣の使い方が頭に流れ込んでくる。
一番変化があったのは視覚だった。
先程まではゆっくり動いていたワルキューレだったが、今は完全に止まっていた。
ワルキューレだけではなく、この場にいたルイズやギーシュ、キュルケさんも止まっている。
体内時間の加速、というより身体の活性化ね。
とりあえず、目の前で止まっているワルキューレたちを粉々に切り刻む。
あまり早過ぎると体が保たないのでゆっくりと。
それでも十分早かったのだろう。
ワルキューレは飛散した。
私はそのまま彼の元に行き、剣を振り上げ――。
「そこまで!」
首を切り落とそうとして、ルイズの声に阻まれた。
「この勝負、ナナミの勝ち! それでいいわね、ギーシュ」
彼はコクコクと激しく頷く。
仕方なく私は剣を捨てる。
それは重力に従って落下し、彼の足元に突き刺さった。
「ひっ!」
彼は短い悲鳴をあげ、そのまま逃げて行った。
「ふむ、どう思うミスタ・ベール」
「コルベールです、オールド・オスマン」
彼らは『遠見の鏡』で一部始終を見ていた。
「左手のルーンが輝いているのも一瞬ですが確認できたし、恐く『ガンダールブ』で間違いないじゃろうな」
「しかし、彼女、ミス・ヴァリエールが止めなければ彼の首を切り落としていたでしょう」
「じゃろうな、それについては今彼女が言いつけているみたいじゃろうし、大丈夫じゃろう」
鏡の向こうではルイズが七実を叱りつけている。
「聞いたところでは彼女は聡明らしいからの、恐くこれで刃傷沙汰は起きんじゃろ」
「だといいのですが、もし我々の想定の超える事態が発生した場合、どのようなことが起きるか分かりません」
「人間を召喚する時点で既に想定外もいいとこじゃろう、……そう言えば彼女は平民じゃったかな?」
「はい、契約後に『ディテクト・マジック』で確認しましたところ、間違いなく平民です」
「では、あれはガンダールブの力なのじゃろうか、どうもそれだけじゃとは思えないのじゃが」
「恐く、一割あるかないかでしょうか、明らかにまだ実力を隠していると思われます」
そんなことを言っている二人を、七実は睨みつけた。
正確には何もない虚空を見つめているのだが、誰かの視線を感じたのは確かだった。
やがて、気のせいだったと思い、彼女はルイズの話に意識を戻す。
少しばかりの静寂の後、コルベール先生が話を切り出す。
「では、王室への報告はどうしましょう?」
「無論なしじゃ、この件は私が預かる」
「はい、かしこまりました」
コルベールが出て行くと彼は窓から広場を見下ろす。
「まったく、儂の代に虚無が蘇るなんぞ、厄介なことになったのぉ」
夜、二つの月が部屋を照らす頃。
私は自らの刻印を見つめていた。
「物は試しにと一度使ってはみたけれど、これは宝の持ち腐れもいいところね」
この刻印の効果に武器の理解と身体強化があったが、正直いらなかった。
武器程度なら一度見ただけで使い方はわかるし、身体強化もする必要がない。
しかも副作用まであるなら尚更使えない。
「……そうね」
私は左手を額の近くまで寄せ、意識を集中する。
すると、刻印が激しく輝き、何かに抵抗するかのように歪む。
同時に左手に激痛が走り、輪郭が曖昧になっていく。
魔法というものは本当に厄介だ。
呪文を唱えるという行為のみでそれらは発生する。
杖を振るうという動作はあるものの、呪文が違えば何が出るのかも違う。
ワルキューレや錬金のように系統が同じでも効果が異なるものだってある。
いちいちそれが何かを確認していては確実に出遅れる。
メイジ相手に毎回後手回りつつルイズを守りきるのは、少し辛い。
だから私は、この刻印に手を加えることにした。
魔法に対抗できるように、こちらも魔法を使えるように。
武器の知識を魔法の知識へ、身体強化を魔法強化に、私は書き換える。
流石に他の使い魔の刻印を書き換えることは私には無理かもしれないが、私の中にあるこれならば造作もない。
書き換えが終わり、痛みが治まる。
刻印が輪郭を取り戻し、改めて私の手に刻まれる。
その横に見慣れないが伴って刻まれた。
「bug」と