オメガJ召喚   作:二等市民

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明け空告げる

 

 ────中央暦1639年9月1日 夜

 ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 太陽が地平に沈み、空が暗い赤に染まる。

 残照が消える前に、城壁の上では松明が焚かれる。辺りが闇に包まれる頃、赤々と揺れる松明の炎が悲嘆に暮れる兵たちの顔を照らしていた。

 

 総力を挙げた王都防衛隊の突撃は、敵に手が届かない位置で粉砕された。撤退命令が即座に出されなければ、確実に部隊消失していただろう。

 兵の中には、敵のあまりの強大さに恐怖して泣き出す者、負傷の痛みに呻く者が多数いる。

 

「うぅッ、なんで俺は軍人なんかになっちまったんだ……」

 

「とどめを……とどめをくれぇ〜」

 

「俺は病気なんだ! 家に帰してくれ……!」

 

「おい、なんか言えよ! くそ、コイツも死んだ!」

 

 ロウリア王国の従軍治癒魔導師プシロキベは、助手のケイと共に広場に並べられた負傷兵の治療にあたる。

 

「ダメだ、鎧が肉に食い込んでいて脱がせられない。傷も矢傷に似ているが深過ぎる。こんな傷、初めてだ」

「先生、私は何をすれば?」

「……ケイ、医術師の学ぶべき事はここにはない。君はもう休みなさい。後の処理は私がする」

 

 銃創や弾片による傷はプシロキベも初めて見る物で、当然ながら治療ノウハウは無い。

 鎖帷子が肉体の中に入り込んでいたり、変形した板金鎧を脱がせることも難しい。

 苦しむ兵にしてやれることは、慈悲の一撃をくれてやることだけだった。

 

 

 

 将軍パタジンは緊急作戦室で軍師や軍幹部を集めて会議を行う。

 王都の外にいる敵は日本軍だと考えられる。

 ビーズルや西方配置部隊からの救援は大急ぎで準備を整えているが、到着まで時間がかかる。それまで時間を稼がなければならない。そして、味方が到着しても昼間の戦闘の繰り返しになるだけという懸念がある。

 

「奴らに、日本軍に打撃を与える方法は無いのか? 救援が来ても、攻撃が届く距離まで近づくことができなければ、話にならぬ」

 

 パタジンの言葉に居並ぶ軍幹部は黙り込む。

 

「将軍、私が行きます」

 

 細い吊り目で、キツネのような顔の防衛騎士団第3騎兵大隊長カルシオが手を挙げる。

 パタジンの右腕とも称され、知将と名高い彼が率いる2千騎は即応力が高く、南の城門を守っていたので被害も受けていない。

 

「策はあるのか?」

 

 パタジンが心配気味に尋ねた。

 カルシオは多大な功績を挙げてきた男で、パタジン自身も何度も助けられてきた。むざむざ失いたくない戦友なのだ。

 

「いかに強き兵でも休みは必要なもの。夜は休んでいるでしょう。我々の兵は夜目がききます」

「夜襲か」

「はい。暗闇に紛れて奴らを奇襲し、機動力を生かして敵に打撃を与え、離脱いたします」

「ふむ……」

 

 パタジンは考え込み、首を横に振る。

 

「将軍?」

「ダメだ、カルシオ。奴らは昨日の日没まではいなかったのに、今朝には布陣を終えていた。そして、霧の中でも同士討ちなどせず王都外部駐屯地を蹂躙し、見えない位置から防衛隊に魔導を正確に撃ち込んだ。闇夜、霧中、遠方を見る術があると考えた方がいい」

 

 夜間戦闘力でも明らかに負けているとパタジンは推測した。

 

「しかし、隙ができるとしたら大勝に浮かれている今夜しかございません」

「いや、逆に夜襲を誘って罠にかけるくらいするかもしれん」

「ですがそれでは────‼︎」

 

 意見が交わされる中、伝令が作戦室にやって来る。

 

「治癒魔導師、プシロキベ様が相談したい事があると……」

「む、そうか。入室を許可する」

 

 負傷兵の血に染まった術衣を着たままのプシロキベは、入室早々にパタジンへ状況を告げた。

 

「苦しんでいる彼らの命を繋ぎ止める手立てはもう無い。我々の手で慈悲を与えるか、敵の慈悲に縋るか、だ」

「プシロキベ殿、それは────」

「ふん、町医者風情が」

 

 ヤミレイが毒吐(どくつ)くのを、参謀が宥めている。王宮主席魔導師にして攻撃魔導の権威、ヤミレイはプシロキベとは仲が悪い。

 

「ふん。飛竜や火矢で代用できる魔導にしがみつく大道芸人が何か言ったか」

「なにを‼︎」

「お2人ともおやめ下さい‼︎」

 

 掴み合いのケンカが始まりそうになり、パタジンとカルシオは協力して2人の偉大な魔導師を引き離す。

 パタジンは、やはりカルシオは失ってはならない戦友だという思いを深める。

 

「それで、プシロキベ殿。敵の慈悲に縋るとは?」

「決まっている。敵はあの攻撃による負傷を治癒する術を持っているやもしれん。私は負傷兵と共に敵に降る」

「なッ⁉︎」

「そんなことが許されると⁉︎」

 

 ざわつく参謀や軍幹部を、プシロキベは睨みつける。

 

「では苦しむ兵が治療もされずに放置され、その光景を見た者達が勇敢に戦うと?」

「ぐっ」

 

 沈黙が場を満たした。

 

 

 

 

「よろしかったのですか?」

 

 王城のバルコニーから外を……プシロキベが向かっているだろう敵陣の方向を眺めているパタジンの背に、カルシオが尋ねた。

 腕の良い治癒魔導師が敵に降るのは、とんでもない痛手である。しかし、傷病兵を治療すらできずに死なせるのは士気に響く。

 

「これから救援到着まで籠城しようというのだ。負傷兵を死なせて士気が下がるよりは、敵に降らせた方が食糧の消費も抑えられるのでマシだろう」

「はい。……それにしても、治療の対価として亜人奴隷を差し出すとは。よくあの人数を集めましたね」

「うむ。魔力量の多いエルフに治癒系魔法を覚えさせ、力の強い獣人は外科手術の際に患者を抑えつける……道具として確保していたのだと言ってはいたがな」

 

 介添えとしてプシロキベが集めてきた亜人は傷病兵280名余に対して300名ほど。そのうち100名はプシロキベが囲っていた亜人だった。

 彼は、去り際にパタジンに言った。

 

『私とヤミレイ殿の仲が悪いのを見ても分かるように、王国は全員が全員同じ考えや価値観を持っているわけではない。王陛下の意に沿わない行いをする者も多い』

 

 暗に、王命に背いて亜人を匿っている者がいるという忠告をしたのだ。

 

「もっと早くに、話をしているべきだったか」

「将軍……ん?」

 

 Piiiiii──

 微かな音が聞こえたような気がした。

 

 

 プシロキベ達は傷病兵を連れて投降することを魔法通信で通知し、ゆっくりと自衛隊陣地へと進む。

 王都防衛隊を動揺させないように、松明など持たない闇夜の行進はひどく遅い。

 敵陣まで2kmほどの位置まで来たその時、風切り音が聞こえた。

 

 PAM!

 突如、漆黒の闇が真昼のように晴れ渡る。

 闇に紛れていた負傷兵と亜人、約600名は突然出現したいくつもの太陽によって王都城壁上からでも目視できるほどはっきり照らし出された。

 

「なんだ⁉︎ まさか、太陽を作り出したのか⁉︎」

 

 太陽を作り出す魔法など聞いたことがない。プシロキベは眩む目を必死に凝らして明かりの元を見上げる。

 

「なんと美しい──zip!──ぐッ‼︎」

 

 事前に通報し、エルフや獣人を連れた自分達を、クワ・トイネに味方して参戦した日本国は攻撃しないだろうという可能性に賭けたプシロキベ。

 しかし日本国自衛隊は魔法通信機器を保有しておらず、彼らを夜襲を仕掛けに来た魔導師と誤認して射撃を開始した。

 

 

 

 

 パタジンとカルシオは唖然として闇夜に現れた太陽を見上げた。

 

「将軍、アレはいったい……」

「何という敵だ」

 

 2人が敵の異常性を再認識したとき、轟音が鳴り響いて城門から大きな煙が上がる。

 ZUMM! GOMM!

 

「くそっ‼︎ 今度はなんだ‼︎」

 

 吼えるパタジンに、息を切らして走ってきた魔力通信士が報告する。

 

「将軍! 敵の攻撃です! 北側城壁の、第1、第2、第3正面城門が破壊されました‼︎」

「じょ、城門が全て破壊されただとぉ⁉︎」

 

 パタジンの声が裏返る。敵は今夜の内に全てを決着させるつもりなのだ。

 

「すぐに城門周辺に兵を集結させよ‼︎ カルシオ、前線指揮を頼む! 日本軍が雪崩れ込んでくる可能性があるぞ‼︎」

「分かりました‼︎ ただちに向かいます!」

 

 カルシオは兵を引き連れて北側城門に向かう。

 パタジンは他の部隊にも北側城門に兵を集めるように命令を下した。

 

 

 

 ──1時間後 王都ジン・ハーク

 

 戦車の120mm滑腔砲から放たれた砲弾は3重城壁の城門を貫通し、登り坂となっている王都中央道路に深々と穴を開けた。

 穴を穿たれた門扉は派手な音を立てて倒れてしまい門の役割を果たせず、穴を塞ぐためにかき集められた兵が戦々恐々としながら守備についている。

 

 その光景を俯瞰している者達がいた。

 

「陽動は成功したようだな。ロウ……武装勢力の大半は、第7師団に釘付けだ」

 

 漆黒の闇の中、王都上空を第1空挺団と警視庁警備部警備第一課の特殊部隊SATを乗せたCH-47とUH-60が飛翔する。

 

 VAHU! VAHU! VAHU!

 王城上空に侵入した自衛隊ヘリは轟音と猛烈なダウンウォッシュを振りまく。

 降下地点に定められた王宮広場上空まで移動したヘリはホバリングし、城内警備にあたっていた近衛隊にドアガンの射撃を浴びせた。

 

 

 

 ──TATAM! PAPAPAPAM!──

 城内に残っていた魔導師たちも、敵の侵入に気付いて移動を開始していた。銃声の鳴る方へ向かう者。ヘリを攻撃しようと広場や高所へ向かう者。

 主席魔導師のヤミレイは見張り塔に登り、最上階の窓から王宮広場を見下ろした。

 広場には風車を2つ乗せた船のような物が居座り、口から人を吐き出している。

 

「なんと面妖な!」

 

 空を飛ぶ船。まるで神話に出てくる神の舟ではないかと驚愕しつつ、窓から杖の先端を突き出して呪文の詠唱を始めたヤミレイだが、殺気に気付いて魔法の防壁を展開する。

 ──BAM! zip zip CHUEEENK!

 防壁に小さな礫がいくつも当たり、部屋の中を跳ね回る。

 

「むおッ‼︎ 今のはいったい────⁉︎」

 

BAOM!

 次の瞬間、窓から飛び込んだ12ゲージグレネードの爆炎がヤミレイの視界を真っ赤に染めた。

 

 

 

「こちら104、高いところは黙らせたぞ」

「オメガ18。テラスも制圧した」

 

 ヘリを攻撃するために展開した魔導師はオメガの働きにより排除された。

 

「ロケットで吹き飛ばしたら楽なのに」

「塔が崩れたら周囲に被害が出るだろ。こちら18。7、どうだ?」

 

 

 オメガ7こと小松は少々苦戦していた。

 城内は入り組んだ構造になっていて、要所要所に隔壁が設けられており、そこを守る兵は勇敢で精強だ。

 

「ウォォッ!」

「うるせェ!」

 

SHVOVOVO!

 装飾された柱の影から剣を腰だめに構えた兵士が飛び出したが、小松にあっけなく射殺される。

 

「この先はなんだ?」

「黒塗りエリアだよ。何があるか不明だ」

「チェ。俺たちばっかり厄介なトコに突っ込まされるんだからよォ」

 

 間取りが不明な区画で、武器を持っていなくても火球や氷の槍を飛ばしてくる敵と戦わなくてはならない。

 

「田中、ドアを吹っ飛ばせ」

「了解」

 

PAM! ──BAOM!

 区画を仕切る扉を破壊し、いざ進もうとすると、廊下の先から火の玉が飛んでくる。

 

「あぶねェ‼︎」

 

 VO-!

 柱の影に身を隠して魔法を避けた小松に対し、敵魔導師が叫ぶ。

 

「お前たち何なんだ⁉︎ 魔帝軍か‼︎」

「うるせェ、黙って死ね!」

 

 小松、そして後ろから平岡が廊下の先に手榴弾を投げる。爆発。呻き声が微かに聞こえる廊下の先に小松達は進む。

 ローブを着た魔導師が数名、血塗れになって倒れ伏していた。

 

「ざまぁみろ。空挺の連中、さっさと終わらせてくれねぇかな」

「SATも一緒だからササットってか?」

「つまんねーぞ」

 

 

 

 

 ハーク城4階、王の間で警護に就く近衛隊隊長ランドのもとに、侵入してきた敵歩兵の鬼神のごとき強さが報告され続けていた。周囲にはランド直属の第零近衛隊と、魔力通信士数人、それから非戦闘員のメイドが2人控えている。

 

 王の間に設置した作業台の上には魔力通信器が数台並び、矢継ぎ早に入ってくる内容を読み上げていた。

 最初は内容を理解する前に淡々と読み上げていた彼らだが、徐々に報告の数が減り、状況を理解する時間ができてしまうと声色に怯えが混じり始める。

 

「第2、第3と通信途絶。全滅した模様です」

「魔導師隊と連絡が取れません」

「第1近衛隊が謁見の間の前で接敵します」

 

 謁見の間を突破されたら、次はこの王の間、そして王が避難している緊急控え室しかない。

 

「この進軍速度では援軍は間に合わぬな……」

 

 ヘリの降着後すぐ、ランドはパタジンに援軍を要請したが、北側城門に移動した兵を戻すには時間が足りない。

 

「そうですな。いかに時間を稼ぐかでしょう」

「第1近衛隊は全滅した模様。謁見の間は敵の制圧下に入りました」

 

 精鋭第1近衛隊でさえも、あっさりとやられてしまった。このままでは時間稼ぎすら出来ないと考えたランドは、非常手段を採る。

 

「第零近衛隊は柱の影に身を潜めろ! 私が指示するまで姿を出すな‼︎ 私が敵と話をする‼︎」

 

 ランドはパタジンが送ったはずの援軍到着まで、どうにかして時間稼ぎを試みる。

 王の間は広く、謁見の間から続く扉を正面にして、左右に人を3人くらい隠すほどの大きな柱が立ち並ぶ。

 

「押すなよ、はみ出しちゃうよ」

「こっちだって危ねェんだ」

 

 第零近衛隊全員がどうにか姿を隠し、影でバレないように灯火を最低限だけ残して消していく。

 

「念には念を、か。おい!」

 

 ランドは待機していたメイド2人を呼びつけ、謁見の間と王の間を繋ぐ扉から5mほどの位置に並んで立つように指示する。

 メイド2人に拒否できるはずもなく、恐怖に震えながらもランドの指示に従った。

 

 やがて、謁見の間から王の間に続く扉がゆっくりと開かれた。僅かに開いた扉から、王の間の様子を窺っているだろう敵に、ランドは話しかける。

 

「やあ皆さん、よくぞいらっしゃいました。近衛隊の隊長を務めております、ランドと申します。……私の話を聞いていただけませんか?」

 

 しかし、それに対する返答はなかった。

 代わりに、カランコロンと音を立ててランドの足元に何かが放り込まれる。

 

「筒?」

 

 手紙か文書を中に入れる竜騎士の通信筒にも似たソレを、ランドは注視してしまった。

 ──FOMM!

VOMM!

 強烈な閃光と轟音により、ランドとメイド、柱の影に隠れていた第零近衛隊は敵の姿を見る前に無力化された。

 

 

 

 

 ────王の控室

 

 ハーク・ロウリア34世は震えていた。

 

 服従と言っていいほどの屈辱的な条件を飲んで受けることができた列強の支援。そして6年もの歳月をかけて列強式教育で育て上げたロデニウス大陸を統一するための軍隊。

 資材も国力のギリギリまで投じ、数十年先まで借金をしてようやく作った軍で、念には念を入れ、石橋を叩いて渡るかのごとく軍事力に差をつけた。

 圧倒的勝利で勝つはずだったが、日本とかいうデタラメな強さを持つ国の参戦により、育て上げた軍のほとんどを失った。

 

 当初、国交を結ぶために訪れた日本の使者を、丁重に扱えば良かった。もっとあの国を調べておくべきだった。

 北東海域の新興国家? ワイバーンのいない辺境国? 蛮族の寄せ集め? とんでもない。

 列強国パーパルディアから借り受けた竜騎士が手もなく捻られる、軍事超大国ではないか!

 こちらの軍は壊滅的被害を受けているのに、相手は、日本人は1人も死んでいない。

 とてつもない戦力比だ。文明圏の列強国を相手にしても、ここまで酷い結果にはならないだろう。

 悔やんでも、悔やみきれない。

 

 敵は、もうそこまで来ている。

 王都上空を我が物顔で、羽虫のような物体が飛びまわっている。

 ワイバーン部隊も全滅し、もう、どうしようもない。

 

 TATATAM……TATATAM……KTOWKTOWKTOW……

 

 連続した聞きなれない音が、乾いた音が城の中で聞こえる。

 近衛兵の悲鳴が聞こえる。

 

 BAKO──!

 

 扉を蹴破って、緑色の斑模様の奇妙な軍勢が雪崩れ込んでくる。

 その中に、紺色の服を基調とした兵が混じっていた。

 手には魔法の杖のような物を持ち、剣は帯びていない。どうやら全員魔術師のようだ。

 王の脳裏に、古の魔法帝国軍────魔帝軍の御伽噺が浮かぶ。

 

「ま、まさか……古の魔法帝国か⁉︎」

 

 恐怖に震えながら尋ねたハーク・ロウリア34世に、紺色の服の1人が歩み寄る。

 

「魔法帝国というのは存じ上げませんが……。日本国警視庁の青木といいます。ハーク・ロウリア34世ですね? あなたはクワ・トイネ公国のギムにおいて、大量殺戮を指示した罪で逮捕状が出ています。逮捕状は別の者が持っており、今ここには無いので緊急執行しますね。後で見せます」

 

 ロウリア王の両手に手錠がかけられた。

 

 

 

 

 ────第三文明圏近郊 シオス王国

 

 フィルアデス大陸の南方、ロデニウス大陸の北、両大陸の中間にある文明圏外国家の島国、シオス王国は貿易で栄えている。

 その王城に緊急の報せがもたらされた。

 

「大変です‼︎ 大変です王様‼︎」

「何事じゃ、そんなに息を切らして」

 

 謁見の間に文官が息を切らして転がり込み、その礼式を無視した行動から、王はなんらかの緊急事態が起きたのだと判断した。

 

「我が国最大の貿易相手国、ロウリア王国が、負けました‼︎ ロウリア王は虜囚の身となったものと‼︎」

「……は?」

 

 呆けたような声を出した国王に、文官が再度告げる。

 

「ですから、ロウリア王国が負けたのです‼︎」

「バカな! あれだけの戦力を持ったロウリアがか? パーパルディアからの支援まであったはずじゃ!」

 

 この数年は、シオス王もロデニウス大陸の成り行きを気にして注視していた。勢いを増すロウリア王国に対し、クワ・トイネ公国とクイラ王国では対抗出来ないのは第三国から見ても明らかだったのだ。

 

「それが、日本国の介入によってロウリア王国は手も足も出ず敗北したと、現地の外交官が申しております」

「日本国じゃと? そんな国は知らんぞ」

「どうやら新興国家らしいのですが、外交官によるととんでもない力を持っているようです。商人と、クワ・トイネ公国からの情報では、列強並みの国とか‼︎ 王様、すぐに使節を派遣し、国交の樹立を視野に入れた調査をするべきです‼︎」

 

 興奮した様子で語る文官に、シオス王は落ち着くように言う。

 

「冷静になるのじゃ。もしもパーパルディアのような国じゃったなら、薮蛇になる可能性があるぞ」

「それはそうですが……。最大の貿易相手国のロウリア王国が日本国に敗れました。どのみち、日本国とは接触せねばなりません」

「わかった。とにかく情報収集からじゃ。クワ・トイネにも人を()れ」

「承知いたしました」

 

(友好的な国だとよいのじゃが……)

 シオス王は、日本国への対応についてしばらく頭を悩ませることになる。

 

 

 

 

 ────パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 一国の姫君が住むには少々寂しい印象を受ける屋敷。その一室で、皇女レミールは侍女を傍らに控えさせ、美しい鉱石を見ていた。

 魔力を通すと、魔石は淡く輝いて澄んだ音を響かせる。

 

「いい音色だろう?」

「はい。いい品なのですか?」

「ふふっ。アルタラス産の高純度魔石塊、かなりの値打ちがある。国家戦略局、文明圏外国担当部の南方担当課長、イノスの家が売りに出した魔石だ。よほど金に困っているようだ」

「はー、なるほど。ロデニウスでの工作は資金回収の目処すら立たないのですね」

 

 侍女はエプロンのポケットから数枚の紙を取り出してレミールに渡す。

 

「妹にゴミ漁りをさせてしまいました。これはそのものではなく写しです」

「筆跡も真似たものか?」

「そこまではしておりません」

「そうか。ふむ……」

 

 そのゴミ──ヴァルハルの報告書──の内容を読み、レミールはこめかみに手を当てる。

 

「こんな国が本当に存在するのか? 我が国の工業都市デュロの目と鼻の先に?」

「転移国家というのが真なら真、嘘なら偽報でしょう」

「そうだな、そこが根本だ」

「第3外務局の職員によると、窓口にそれらしき集団が来ていたそうです。どこに宿泊しているかはすぐ調べられますが、呼び出しますか?」

「……いや、会ったところで私のような世間知らずの小娘では、海千山千の外交官の相手になるまい。情報だけ集めておくように頼む」

「承知致しました」

 

 侍女は深々とお辞儀をして退出する。

 レミールは皇国の優位性を崩しかねない強国の出現に、頭を悩ませる。

 

 

 

 

 ────ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 援軍を連れて引き返して来たカルシオに敗北を告げたパタジンは、夜が明けると日本軍の陣地に向けて出発した。

 王から下賜された鎧も剣も、全て作戦室に置いて来た。王はもう居ないのだ。

 パタジンは、降伏交渉の為に重くなる足をどうにか動かして前へ進む。

 

 

「意識はあるか! 怪我は⁉︎ 無い? よーし、じゃあ帰った帰った! 次‼︎」

「佐渡先生! 血液増量剤が届きました!」

「魔力が尽きる前に休憩所へ行け! 処置室で倒れるな!」

 

 重装歩兵のスワウロは、白地に赤い十字の描かれた天幕から追い出されて歩き出した。

 武器も取り上げられておらず、不思議な気持ちで彼は自宅に向かう。

 

 陸上自衛隊第7師団の包帯所では医官と治癒魔導師やエルフが、投降したロウリア兵の治療にあたっている。

 自衛隊はプシロキベ達に対して誤射したが、すぐに気付いて射撃中止したために被害は少数の怪我人だけで済んでいた。

 

「私も治療に……」

「先生は寝ていて下さい! お腹に穴が開いてるんですから!」

 

 敵陣で治療を受けている味方兵士の姿を見て、そして頭上に翻る日の丸を見上げ、スワウロは負けた事を実感するのだった。

 

 

 

 

 ────数日後 クワ・トイネ公国 政治部会

 

「────というわけで、ハーク・ロウリア34世は日本国に捕らえられました。ロウリア王国は王を失ったことで不満分子を押さえきれず、国内問題を押さえることに全力を挙げています。現在は国外へ派兵する余裕もなく、日本国自衛隊が一部で治安維持活動を行なっています。国境付近にすらロウリア王国軍はいません。クワ・トイネ公国とクイラ王国は救われました」

 

 場がどよめく。当初は日本国の国力を疑問視していた議員たちは沈黙し、大多数が親日家となった瞬間だった。

 

「ロウリア王国の残存兵力は?」

「元々の人口が多いため、まだ40万人以上残っていますが、これは各諸侯が出し合った総兵力ですので、各諸侯が対立を始め、領地の治安維持もしなければならないため、この兵力が国外に向くことは現状ではありません。本戦いでのロウリア王国軍の被害は、竜騎士団がほぼ全滅し、騎兵、歩兵も多数の戦死者を出しています。海軍につきましては、軍船がほぼ壊滅していますが、水夫や水兵は9万人近く残っています。……兵数では圧倒的ですが、ロウリア王国軍は日本軍に対してトラウマを抱えた模様で、同盟国である我が国を再び侵略する意欲は今のところないようです。諸侯のいくつかは関係改善の書面を送ってきております。それから……民間人の死者はゼロです」

 

 軍務卿が長い報告を終える。

 首相のカナタが手を挙げ、ゆっくりと発言を始める。

 

「いずれにせよ、我が国は助かった。これは喜ぶべきことである。日本国とは、友好関係を続けたいものだ」

 

 クワ・トイネ公国への攻撃から始まったロデニウス大陸の戦争は、日本国の介入により終結を迎えた。

 

 

 

 

 ────日本国 東京都 防衛省

 

 統合幕僚長、斎藤三弥は佐藤から報告を受けていた。

 

「……それで、護衛艦が何か掴んだって?」

「はい。『みょうこう』が傍受した電波情報の表があります」

 

 佐藤は複数日に渡る図表を出した。

 

「米軍と我が国以外に、ジン・ハークから電波を発信していた者がいます。それも、定期的なものと我々の行動の直後と、です」

「北の方でも電波を受信しているな。周波数は違うが、波形は同じか」

「つまりこの誰かさんは、我々の行動を監視し、何か中継装置を使って遠方に伝えていたわけです」

「何かあるぞ。もっと情報を集めんとな」

 

 オメガの活動はまだ終わらない

 




なぜ、ロウリア王国を完全占領しないの?
 ──占領地を維持できるだけの数が自衛隊にはないから。

 ──ついでに、クワ・トイネ公国とクイラ王国、ロウリア王国の三ヶ国がまとまった場合、ロウリア王国人が最も数が多い。そうすると、『長年の亜人差別が抜け切っていない』『日本に恨みを持つ』者達が多数派を占めることになってしまう。民主主義という多数決で、日本に対し輸出制限を議決とかされると非常に困るのだ。
 だから、日本としてはロウリアはクワ・トイネ公国やクイラ王国を脅かす存在であって欲しい。

 と、いうわけで本作の日本は治安対策名目でロウリア共和国への軍事支援を行っていきます。

オリキャラ紹介
「プシロキベ」と「ケイ」
 ──医者ということで、スーパードクターK→ドクターケー→ドクタケ、ケー、→毒茸で検索したら出てきた「プシロキベなんちゃら」と「ケイ」に。
 初期の案ではプシロキベ以下投降しようとした全員が原作通り殲滅され、師の報復に燃えたケイが医療技術の習得名目で日本に入国。後に東京でテロを起こし、居合わせたイーネとミーリを巻き込んでオメガがいつも通り東京でドンパチ派手にやらかす……予定でした。
 パ皇やグ帝に魔帝まで控えてるのに、首都東京で大規模テロとその掃討戦なんかやっとられんわ! っというわけでボツになりました。

 そのうちイーネとミーリ、ルミエスとリルセイド、スダーチェとケイの女子会回とかやりたい。

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