フィオナ騎士団の騎士オスカ(女)   作:芥目たぬき

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フィニアンサイクル
フィオナ騎士団


 

* * * *

 

 

 

その男は、随分な美男子であった。

妖精に攫われちまいそうな甘い顔立ちに、スラリとして無駄のない、少年特有の柔らかそうな筋肉。

齢10歳になったばかりの少年としては、かなり恵まれたしなやかな肢体を持っていた事だろう。

 

しかし、オレはそんな男の顔を見て一言。

 

「弱っそーなヤツだな」

「な、なんだと!?」

 

それが、オレとディルムッドの出会いである。ちなみに、この後喧嘩になってコテンパンにやられてしまった。

 

今にして思えば、あまりの美少年になんて声をかければいいのかわからずに突っぱねてしまったのだろうと思う。

それ以来オレ達は友として、ライバルとして、そして最高の仲間として共に成長していったのであった。

 

 

 

* * * *

 

 

木々の影、そこそこ川の流れが早い清流に半身をつけて、ほうとため息を1つ。

体の芯まで冷えるソレは、昂ぶった熱を諌めているような気がした。

 

 

 

 

 

人々が住むこのエリンという土地(古いアイルランドの名前)は妖精や巨人といった生き物が稀に出没する、神秘の力が色濃い土地である。

 

川や池、湖ではたまに妖精が遊んでいるのが見えて、深い森の奥では見上げるほどの図体をした巨人が住んでいるのだ。

他にも、小人やごく稀にドラゴンなど……さまざまな生き物が生息している土地である。

 

妖精は心優しい人には祝福を与え、いじわるで狡猾な人にはあまり良くないことを起こしたりする、我々の生活における隣人のような存在だ。

そして巨人もまた、神秘が色濃く残る森の奥でひっそりと暮らしていて、困った者を手助けしてくれる優しい生き物である。

 

しかし、時にその不思議な力を悪意を持って使う魔物も存在しているのだ。

そんな時に呼ばれるのが、我ら栄光のフィオナ騎士団である。

 

例えば怪奇現象が起こる土地の事件解決や、問題を起こす魔物の成敗、海の外からの侵略者に対抗したり……そういった事が主な活動内容である。

つまりメンバーも国中の腕っ節を集められていて、一人一人が一騎当千の強者なのだ。

 

そして、このオレはというと。

エリンの守護するフィオナ騎士団がひとり、騎士団長フィン・マックールの孫であるオスカ。

そんな肩書を持った、勇猛果敢で向こう見ずな騎士である。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、さっさと上がるか」

 

冬の雪解け水はまだまだ冷たくて、過酷な環境でも生きていける程度には鍛え上げられている肉体でも鳥肌が立つ。

オレは脂っぽい身体に水をかけて清めていくと同時に、流れの強い川の中でゆっくりと奥の方へと向かっていった。

腰まで浸かる場所まで行って、水の中に頭を沈める。

 

髪の毛にこびりついた獣の血をじゃぶじゃぶと洗い流していくのだ。

 

「(あぁ……今日の鹿は小ぶりだったな……まだ幼かったか?)」

 

そんな他愛もない事を考えながら、遠くに聞こえる喧騒に耳を傾けた。

 

森の中、川のざあざあと流れる音の中に虫と鳥の声と、時折動物の鳴き声が聞こえる。

そして、ここからでもうっすらと見える焚き火の明かりがある方からは、太鼓と琴の音色と、歌声が聞こえてくるのであった。

 

もう宴は始まったのだろう。

はやく行かないと食べるものがなくなってしまうと、オレは再び頭の先まで川に頭をつけて乱雑にゴシゴシと脂を落とす。

 

その時である。

 

「オスカ、どこに行ってたんだ」

 

がさり、と草陰から出てきたのは親友のディルムッドだ。オレは焦って、後ろを向いて肩まで一気に水の中へと入ってしまった。

ま、前、見られてないよな?

 

「……水浴びしてたんだよ。てか、いきなり出てくんな」

「もう肉が焼けているぞ。他のみんなに取られそうだったからな。持ってきたんだ」

 

そういう男の両手には棒に刺さった鹿の肉。まだ湯気が立っていることから、焼きたてをここまで持ってきたのだろう。

なんともまぁ都合悪く面倒見のいい男ですこと。

 

「ん、あんがとよ。先あっち行って食ってろよ」

「いい。たまには2人で食べよう」

 

と、ディルムッドはオレの服の近くに腰を下ろそうとした。

なんてヤロウだ。待つにしたって、そんなとこで待つかフツー?

 

「てめぇ、ヤロウの裸見ながらメシ食うってのか?趣味わりーな」

「なっ……なんだと!?何度も言ってるがオレに男色の趣味はないぞオスカ!オレはただ待っていようと……」

「じゃあなんだ、オレの身体に興味ねーならあっち行ってろホモ野郎!」

 

オレは騎士団のメンバーの前で服を脱いだことはない。別に見るのは構わないが、人に身体を見せることだけは出来ないのだ。

 

ぐ、と言葉に詰まったディルムッドはそのまま後ろを向いた。

オレはフンと鼻を鳴らして、服を取ってディルムッドの視覚から離れるように木陰に潜る。そしてさらしを巻き、体型を誤魔化すように服を着て行く。

髪の毛を雑に手で絞れば、親父譲りの金髪からはポタポタと水が溢れた。

 

「うっし、待たせたなディル。飯くれよ」

「まったく……ほら、零すんじゃないぞ」

 

しっかりと焼けた肉にかぶりつき、口に広がる肉汁に舌鼓をうつ。

鹿肉に齧り付くオレの横で、ディルムッドは月を見上げながら肉に噛り付いていた。

 

その目はどこか、月ではない遠くを見ている。

 

「……どーしたよ。肉取ってくるときに女どもに揉みくちゃにでもされたのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて……いや、うん、そうだったけれども。そうではないのだ」

「明日の事、か?」

 

明日はフィンの結婚式だ。

とは言ってもこれで3回目の結婚式、相手は若き姫さんでフィンは随分歳食ったお爺ちゃんだ。

 

孫と同じくらいの歳の嫁なんて貰うなよ、全く。

とはいえフィンの意図も多少はわかる気がするのだ。……きっと、オレのためなのだろう。

 

「なんだか、変な胸騒ぎがするのだ」

「……そうか」

「む、信じてないな?」

「どーせお前の言うことだし。なんだっけ、前に嫌な予感がするって言った翌日は犬のうんこ踏んでたろ」

「ぐぬぬぬっ……その嫌な予感とはまた違うのだ!というか、ソレを思い出させるな!」

 

ジョーダンだよ、と言ってやれば渋々といった表情で肉を再び食べ始めるディルムッド。

そんな男の横でオレはからりと笑ってやった。

 

「大丈夫だろ、なんてったって最強の騎士様がいるんだ。結婚式に巨人が出ようと魔物が出ようと、お前なら排除できるだろう?」

「……そう、だな。もしフィンの結婚式を邪魔する奴がいるならば、オレが打ち倒そう」

「おうおう。ディルが手を焼くような相手なら手助けしてやるぜ」

 

明日の飯がとても楽しみだ。オレも一張羅を着て、酒をたらふく飲んでやろう。

そしてフィンに見せつけてやるのだ。オレの幸せを。オレの生きる道を。オレの笑顔がある場所を。

 

———女の幸せは結婚だけではない、と。

オレは騎士として、常に正しき道を槍を携えて歩みたい。ディルムッド達と腕を組んで、戦いの中にいたい。戦場で血を流して死にたいのだ。

 

……それに、オレの恋はもうどこかに閉じ込めてしまった。

フィンがいくらオレに女としての喜びを見せたくとも、オレはそれを受け入れることはないだろう。

 

そう思って、肩が触れるか触れないかの距離のディルムッドの横顔を、再びちらりと見たのであった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

そして、翌日。

フィオナ騎士団の長であるフィンの結婚式にはそれはもう多くの関係者がやってきていた。

花嫁の父親であるコーマック王やフィンに様々な形で助けられてきたエリン中の人たち、さらには吟遊詩人も多く集まって、それはそれは華やかなものになる。

 

各々が酒を片手にフィンに祝言を向ける中、その横に座っている華やかで美しいドレスを見にまとった姫———グラニア姫は、ニコニコと笑っていた。

 

と、そんな中でオレはディルムッドとともに酒を煽りながらグラニア姫を見やる。

 

「へぇ、美しい姫様だな」

「あぁ。このエリン1の美姫であられるからな。フィンにぴったりの花嫁だろうよ」

「……お前ああいうのタイプなのか?」

「ばっ……不敬だぞ!?」

「おいおい、やましいこと聞いてねーだろ。ああいうキャピキャピした可愛いタイプが好きかって聞いてんだよホモ野郎」

「ホモ野郎は余計だ」

 

そしてディルムッドはニコニコと侍女に話しかけるグラニア姫を見て、そして———

 

「まぁ、そうだな。愛らしくて女性らしい。いいと思うぞ、オレは」

 

 

 

「……ふーん、あっそ」

 

オレはいつもと同じように酒を煽り飲んだ。うし、平常心平常心。

そう言うお前はどうなんだ、と聞いてくるディルムッドに対して「オレは乳とケツがデケェ女がいい」とぞんざいに返しつつも、エリン屈指の酒蔵で作られたエールを喉に流し込むのであった。

 

 

 

 

 

 

「うぉ……グラニア姫、どうなさいましたか?」

 

宴もたけなわといった頃、花嫁の席から離れてこちらに向かってきたグラニア姫。

その顔は先ほどのニコニコ顔と打って変わって……熱に浮かされたようにぼうっとした面になっている。

 

「あなたがオシーンの息子……息子?……オスカ様でいらっしゃいますね」

「如何にも。此度の結婚式の主役たる貴方が、私のような若輩者になんの御用で?」

 

ちらり、と視線を横にずらすと辺りの男は眠りこけている。彼女が侍女になにかを耳打ちしていたから、おそらく酒をたらふく飲ませて眠らせたのだろう。

いま起きているのは親父のオシーン、そしてキールタとディアリン、ディルムッドとオレのみである。

 

あっこれ、面倒なやつなのでは。

政略のひとつである毒殺、暗殺の言葉が頭をよぎって体が硬く固まる、のだが。

 

「誉れ高きオシーンの息子オスカ様、私と是非……駆け落ちしていただきたいのです」

「へ……へぇぇ!? そりゃ……何故だ?」

 

さっきまであんなに嬉しそうな顔してたじゃないですか。と、オレが聞いたところ。

 

「この宴が私の結婚式だとは知らなかったのです!あぁ……こんな華やかで楽しい宴なのに、私があんな歳を召された方と結婚しなくてはならないなんて……」

「まさかあんた、自分が誰と結婚するか……いや、結婚することすら知らなかったのか!?」

 

こくん、と彼女は頷いた。まじか。

曰く、彼女は結婚の申し込みをしてきたオシーンが来た時に皮のベルトを作っていたらしく、自分の部屋にもあげず、扉の前にいたオシーンに気付かぬうちに生返事をしていたらしい。

 

チラリと親父を見ると……めちゃくちゃ落ち込んでいる。おそらくフィンやコーマック王にも怒られたのだろう。

 

「見たところあなたと私の歳は近いはず……ならば、わかるでしょう?

エリンで最も美しく若く賢い王の娘である私が、あのような老いた騎士団長と結婚しなくてはならないなんて……」

「アンタ割と思ったこときっぱりいうタイプなんだな」

 

今、自分のことを自分で褒めたぞ。

いや、わかるけど。エリン一美しいお姫様だ。そりゃそこまで自分のことを言いたくなるだろう。

 

「生憎だがな、フィンはお前を必ずや幸せにすることだろう。女が思い描く喜びを全て得られるはずだぜ」

「いいえ、真の愛の前に金銀財宝いくらの価値があることでしょうか?私は男が思う女の喜びを求めません。……貴方と同じで」

「あ?」

 

貴方と同じで……?それは、どういう意味だ。

 

「オスカ様、貴方と私はきっと似ているのでしょう。ですが、私はそれを手にするためなら何も惜しみません」

「どういうことだ?……あんたの言葉のカケラもわからねぇよ」

「貴方の視線、ディルムッド様に熱く注がれていらっしゃいましたね。えぇ、それが一瞬だろうとなんだろうと、他のものが誰一人気付いてなくても私にはわかります。」

 

その言葉にハッと息を詰まらせる。

そして彼女がちらりとディルムッドを見る視線が熱く、……あぁ、なんていう事だろうか。

 

それは、オレがひたすら隠し続けたモノ。

 

「私も、貴方と同じです。彼に恋をしてしまった」

 

その言葉を口に出せるなんて、なんて強い女なのだろう。

 

「いや、ちがう……オレは、違うぞ……?」

「あぁオスカ様、私を連れて行ってはくださらないのですね。私の喜びは、女の喜びは王の妻となることだとおっしゃるのですね。」

 

グラニアは芝居掛かった口調でそういうと、うっすらと微笑む。その笑顔のなんと美しいことか。恋をする女のがむしゃらさは、時として醜く美しいのだ。

そうして一歩、また一歩とオスカから離れた女はディルムッドの元へとフラフラと歩いていく。

 

「私は……欲しい、ディルムッド様が。あの人が悩み苦しんだとしても、私は私の欲を満たす。さようなら、オスカ様。私と似た憐れな女」

 

憐れな、女。

その言葉に力が抜けてしまったオレは、無様にもその場にへたり込んでしまった。

まるで、鏡の中からナイフで刺されたような気分だ。

 

「やめろ……やめてくれ」

 

グラニアの願いはディルムッドにとって酷い毒となるだろう。彼の在り方を歪ませてしまうことだろう。

 

オレが倒れたことを気にしたオシーン親父が近付いてきて、そうしてオレの元から立ち去るグラニアの背中を見つめる。

何があったのか、と聞く親父に言葉も返さず、グラニアがディルムッドに話しかけているのを熱に魘されているような気分で見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「すまん、親父。しばらく1人にしてくれねぇか……」

 

オレはそういうと自室に閉じこもり、廊下の外が静まり返ったのを確認してから、引き出しの奥の奥にしまい込んだ唯一の女の服を手に取った。

 

しばらくぶりの……変装が必要な時以外は着ていなかった、柔らかいそれを身につけて、手入れのされていない髪にオイルを薄く塗って櫛を通していく。

フィン譲りの柔らかい金髪は、何回か櫛を通せば綺麗な輝きを反射するようになった。

 

慣れていない化粧を顔に施して、それから全身鏡に身を写す。

そこには、どこにでもいるような普通の女が佇んでいた。

 

そう、どこにでもいる普通の女。

 

「……んだこれ、似合わねぇんだよばーか」

 

自分の手を見ると荒れてかさついている。服をめくって腹を見れば、固く割れた筋肉と、切り傷や火傷などがついている。

こんな身体じゃろくに嫁もいけないと思いながら、ふと目から涙が溢れているのを認識してしまった。

 

———オレは、なんて馬鹿な人間なんだろうか。

何を後悔している?オレの歩んで来た道は間違いではなかったはずだ。

狩の高揚感、仲間とともに駆けたエリンの大地、荒々しくも繊細な命の鼓動を感じられる一瞬。

 

だけど。

 

「なんだよ、これ……オレは、女として生きてればよかったっていうのか?」

 

この苦しみは一体なんなのだろうか。

全てが失われた虚無感、今まであった輝きが失せて、ただぽっかりと胸の中に穴が空いた気持ちになる。

 

もし、女として生きていたらこの苦しみは和らいだのだろうか。今頃、ディルムッドとともにいたのは自分だったのか。……答えは、出ない。

 

自身の女の姿を認識して、枷が外れたのだろう。ずっと心に隠していたのを、ようやく口にした。

 

「オレ、……ディルのこと、好きだったんだなぁ……」

 

そして、口にして仕舞えばもう遅い。

グラニアとディルムッドはもう去っていった。今この館では、彼らを追う騎士達が準備をしていることだろう。

 

この格好で、ディルムッドに愛してくれといえば彼は頷いてくれるのだろうか。今となってはもう答えなどどこにもない。

 

ボロボロと溢れる涙が止まらずに、オレはベッドに倒れこんで声を押し殺してわんわんと泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

———オレは、気が付かなかったのだ。

オレのことを大切に思ってくれている祖父のフィンが、ドア越しにその声を聞いていることに。

 

 

* * * *

 

 

 

あれから幾年もの月日が経った。

 

 

 

* * * *

 

 

 

溜水の 叢雲の月すら

見るも憂し

思い出すにも 覚えておらず

 

「なんて、にあわねぇな」

「珍しいな。お前がそんな詩を詠うとは」

「……親父」

 

誰もいないと思っていた、フィンの立派な屋敷内部の、月夜が綺麗に見える場所。

遠くに見えるコリブ湖を見ながらポツリと詠ってみたそれは、本来なら風とともに何処かに消えて行くはずだったのを、オシーンの耳は確かに拾っていたらしい。

 

フィオナ騎士団に入るためにはいくつもの試練があり、そのうちの1つが詩にまつわるものだ。

武だけでなく智も伴ってこそのフィオナ騎士団。詩を詠う事もまたケルトの戦士にはよくある事である。

 

かの光の御子も詩を得意とし、詠い紡いだ言葉は誰もが心を震わすものだったと聞く。それに及ばないにせよ、オレもケルトの騎士の1人として詩を紡ぐのであった。

……あぁでも、己の心情を月に浮かべる詩は歌ったことがなかったなぁ、なんて。

 

「まだまだだな、オスカ」

「うっせえ。……あぁでも、オレにゃあこういうのは向かねぇのかもな」

 

では、私も歌ってみようか。

そういってオシーンは、ゆっくりと瞼を閉じた。そして———

 

 

 

凩が吹きて、木の枝より葉がこぼれ落ちばや

その先に見ゆる危難があらば、我は渡りてみせむ

夢浮橋に見る、かの対岸に

 

 

 

「親父、それって……」

「私は最近、夢を見るのだ。」

 

夢に現れるのは黄金の髪を持った見たこともないほど美しい姫君。そんな女性と白馬にまたがって彼女の国に行くのだそうだ。

 

老いることのない若さの国、木々は一年中花と若葉と果実を同時につけて、飲んだこともないほど蕩けるように甘い果実酒が湧き続ける泉があり、いくら食べても生き返る丸々と太って脂の乗った健康的な豚がいる。悲しみ、苦しみ、老いを味わうことのない楽園。

そして常に瑞々しい森にはずっと朝日が注ぎ込んで、生き物がみな踊っている場所。

 

オレはその地の名前を知っていた。

正確には、その伝説を知っていた、というわけだが。

 

「それって……常若の楽園じゃ、ないのか?」

「おそらくそうだろうな。そして、私はあの黄金の髪の姫君に恋をしたのだ」

「親父、常若の楽園に行くつもりか!?」

 

常若の楽園は遠いところにある。それこそ、一度行ったらきっと戻ってこなくなるだろう。

 

遥か遠くを見つめる親父の瞳には、隠しきれない甘い恋が感じられる。

 

「まだフィンには言ってくれるなよ。私は、お前にしか話していないのだ。……私は夢の世界でしか、彼女に会えていないのだからな」

「わかったよ、だが教えてくれ。親父が現実でその女に会える日は近いのか?」

「あぁ、すぐだろうな。3日以内……いや、明日かもしれない。彼女が来ているのがわかるのだ、白馬に乗ってやって来ているのだ。」

 

彼女が来たら私は常若の楽園へと赴く。そしてそこで結婚式を挙げるのだ。

そういって、どこか自分と少しだけ似ている笑顔で微笑む親父の顔はとても嬉しそうであった。

 

 

 

———あぁ、愛する人と結ばれるなんて羨ましい。

オレはついそんなことを感じてしまって、すぐさま邪念を振り払うように頭を振った。

 

だが、親父にはすぐにオレの心の内がわかったのだろう。

オレもそうあればよかったのにという、どうしようもない羨望の気持ちが。

 

「……お前、まだ……」

「言うな、親父。頼むから言ってくれるな。」

 

オレが女だという秘密を知っているのは騎士団の中ではフィンと親父だけで、そして恋を抱いていたのを知っているのも2人だけだ。

だが、親父はオレがもう吹っ切れていると思ったのだろう。

 

しかし、現実は違う。

離れてもなお、この激情は治らない。グラニアとディルムッドの結婚をフィンが許して、2人の間に子が生まれようと、オレの中で燻る思いはずっと強くなっていた。

 

いい加減忘れようにも、騎士として鎧と槍を身につけていると、何故か隣にディルムッドがいる気がしてならないのだ。

 

「オレが新しく恋をしない限り、この心は消えることはない。我が身で蓋をすることしか出来ないのだ……親父、笑うか?」

「笑わぬ。私は笑わぬよ、我が子オスカ。」

 

いつもと同じように、大きくて力強い手がオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

オシーンは男手一つでオレをここまで育ててくれたのだ。女を捨て、騎士の道を目指したオレをただのオスカとして見てくれていた。

だからこそ、未だに恋心を引きずっているオレは情けなくて、それ以上に親父の心が優しくて———オレは、泣いていた。

 

「今は泣くがいい、我が子オスカよ。お前が騎士であろうと、女であろうと、ただオシーンの子であるという事が事実である」

「……っぐ、親父、オレは、オレはぁ……!」

 

ああ、なんて優しいのだろうか。

親父も祖父も、みんな優しい人ばかりだ。オレは、こんないい人たちに迷惑しかかけていない。

 

 

 

 

オレは、ひとしきり泣き終わると静かに親父の胸から離れた。

 

「なぁ、親父。もうすぐに、行っちまうんだよな」

「あぁ。私は彼女に出会えたら、共に彼方の世界へと旅立つだろうよ」

 

———なら、オレに区切りを付けさせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレはガキの頃、フィオナ騎士団に憧れていた。フィン・マックールや、オシーンに」

 

突然の告白に、少し驚いたように親父はこちらを見つめる。

昔から変わらないその暖かい眼差しは、とても心地の良いものだ。

 

 

 

「フィンや、オシーンに憧れたオレは、すぐに思ったんだ。オレも騎士になる、と」

 

子供の頃に聞いた2人の生きた武勇伝。

父上やお祖父様に憧れたオレは、子供の頃はがむしゃらになって鍛錬に明け暮れた。

 

鮭飛びをしたくて何度も川を走った。木の中を誰よりも速く走るために枝に切りつけられながらも森を走り回った。

槍術をお祖父様から学び、詩を親父から学んだ。

 

最初は微笑ましかったのだろう。

父や祖父の真似をして、一所懸命に頑張る幼子の姿に、さまざまなものを教えてあげたかったのだろう。

だが、それも度を過ぎれば不安になるはずだ。

 

「母上は女の子なのだからと言って騎士の訓練をやめさせたがったよな。親父覚えてるか?あの時、母上マジでキレてたぞ」

 

それはオレがかろうじて覚えている母上の姿だ。強くて逞しくて、それでいて穏やかな女性だった。

 

———だった、の言葉通り母上はもうこの世にはいない。

黒い影を持った妖精のいたずらか、ある日突然彼女は心臓の鼓動を奪われてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

 

あの時、まだ8歳くらいだったオレはみっともなくわんわんと泣いたし、親父もそんなオレの頭を撫でるばかりだった。

きっと、親父も胸を裂かれるほど悲しかったのだろう。

 

「フィンも……オレがディルと出会ってから、女としての道があると言い続けていた。

多分、フィンはオレがディルのこと好きになるってわかって……いや、好きになった事がわかったんだろーな」

 

フィンにはきっと、オレが報われる事がない恋に落ちるとわかっていたのだろう。

 

「確かに、オレが騎士という道を選んだのは過酷な選択肢だったのかもしれない。

苦しい道のりを進み続けた事もある。照りつける太陽の下を歩き続けた事もある。毒に苦しんだ事だって、一生癒えない傷だってある。何回死にかけたかわからないしな……」

 

 

だけど、それは客観的な話だ。

自分の歩んできた道、それは———

 

 

「……ディルとの鍛錬の日々は楽しかった!武器を持ち、さまざまな武勇伝を残すフィンや親父と肩を並べることが出来るのは最高の誉れであった!冒険をして数々の試練を乗り越えた先に見た景色は壮観だった!

 

後悔がないとは言わない。だがそれ以上に間違ってなかったと胸を張って言えるんだ!オレは!騎士として間違ってはいない!」

 

———だけど。

 

「オレは騎士だ。騎士で……それ以前に、人の子だ。

……愛されている。父上に、母上に、お祖父様に……」

 

だから、私は決めたのだ。

この決断に未練はある。おそらく私は今後、これまでの人生を振り返りながら生きていくはずだ。

 

だが、もう会えないかもしれない父への、不出来な娘からの最大の贈り物にはなるだろう。

 

 

 

深呼吸をひとつ。そして、オレは親父の正面に立った。

 

「……私、オスカは———お父様が取り決めた結婚の条件を全て飲むと、ここにゲッシュを立てましょう」

「———何故だ?それは、お前の本意ではないだろう」

 

 

騎士であることを捨てても構わない。それが、親孝行になるのであれば。

私が最も尊敬する、2人が笑ってくれるのであれば。

 

これは、もう会えない親父への手向けになるのではないだろうか。

これで恋も冷める事だろう。騎士の夢も終えて、オレは安全な場所での生活を約束される。

 

女としては、これが正解のはずだ。

本来なら最初からこうするべきだった。

 

だが、オレのわがままでここまで騎士をしてきたが……それももう、終わりだ。

 

 

「……もう、親父にもフィンにも、心配かけたくねぇんだ」

「この……っ

 

 

 

———馬鹿者めが!」

 

そうして、オシーンは……親父はオレの横っ面を張り飛ばしていた。

 

一瞬、何が起きていたのかわからずにしどろもどろになるものの……父上を見上げると、彼の目は怒りと悲しみを携えている。

 

「私は、オスカよ。息子でも娘でもなく、ただ一人我が子のオスカの幸せのみを考えている。

お前の本当の幸せは、騎士としての道なのであろう。女の道にはないのだろう。」

 

「親父……」

 

 

 

「オスカ、我が大切な子よ。

お前は本当に良き子に育ってくれた。父を尊敬する優しい子になった。私はお前を誇りに思うし、幸せになってほしいと思う。

 

しかし父は、お前が騎士として胸を張って生きることを望む。

父のため、王のために騎士としての己を失わないでくれ」

 

 

そうしてオシーンは月明かりのもと、オレの手を強く握った。

———そして。

 

 

「これはゲッシュである。

フィオナ騎士団のオスカ、我が同胞の騎士よ。

 

貴様の命はこれより騎士として生き、騎士として死ぬことにある。常に正しい道を歩む騎士であれ。常に仲間を想う誰よりも尊い騎士とあれ。

 

そして貴様が結婚するときは、貴様が真に愛する事が出来るものを守るために結婚するのだ。

 

これを破った時、貴様の名誉は地に落ち、死よりも酷い最後を得ることになる」

 

ケルトにおけるゲッシュとは、騎士の誉れである。

ゲッシュを課せば課すほどその騎士は強く、名誉あるものとなるのだ。

 

オレはそのゲッシュを身に受け、魂に刻み、そしてオシーンにとられている手を強く握り返す。

 

———あぁ、この人の子で本当に、良かった。

 

 

 

「その誓い、我が騎士の誇りにかけて守り抜くことを誓おう。我が身、我が心はこれより騎士としてのみ生きる。

愛するものが我が身に出来た時、それそのものを守るために結婚すると誓おう。

 

我が父オシーンよ、貴方から受けたこの祝福を私は戦場で生き絶えるまで守り抜くと誓う。

 

オレはオシーンの子、騎士のオスカだ!」

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

オシーンが常若の国へ行ってからまた数年の月日が経った。

ディルムッドとグラニアの間には4人の息子と1人の娘がいて、ケシュ・カロンの館にてよろしくやっているらしい。

 

きっと今頃は上の子も10歳を越えている頃だろう。オレは、ディルムッドと出会ったばかりの日のことをふと思い出していた。

 

きっと、あの男ににて随分な美少年に育っているはずだ。グラニアに似ていなければいいな、と思いながらもいつものように猟犬の世話をしていた、ら。

 

「オスカよ、ここにいたか」

「フィン、どうしましたか?まさかまた縁談の話で?オレは以前話したようにゲッシュによって……」

 

ここ最近、オシーンの娘としてフィンがいたるところから縁談を持ち込んでくるのだ。

オレの名前を出していないからいいものの、この縁談でやってくるのはあまりいい男ではない。

 

そもそも、結婚に関してはオシーンとのゲッシュがかけられているのだ。

フィンも諦めが悪いと、オレは何度目かの溜息をついた。

 

……が、どうやら今回は違うらしい。

 

「ケシュ・カロンより使者が参ったのだ」

「ディルムッドの所から!?」

 

オレはすぐに立ち上がると、フィンを置いて走って応接間へと向かった。

 

「ディルムッドのとこの使者たぁどいつだ!?」

「ひっ!? あ、あの、私です……今度の満月の日から狩猟宴をディルムッド様の館で開くので、そのご招待にと伺った次第でして」

「ディルムッドのとこで狩猟祭か」

 

ふむ、とオレは考える。

 

いくらフィンがディルムッドとグラニアの結婚を許して数年経ったとはいえ、フィンとディルムッドの間には冷たい関係性が未だに残っている。

……というか、フィンが未だにあの結婚式のことを根に持っているのだ。

 

オレが言えた義理ではないが、引きずり過ぎである。

 

「ま、ディルムッドから言い出すはずもないし……言い出しっぺはグラニアだろ?」

「ヒェッ、あ、あの、そ、そうでございまするな」

「そう硬くなりなさんな。フィンはどうあれ、ディルムッドの親友たるオレはお前を歓迎してやろう。ここまで来るのも疲れただろう?エールとスープを馳走してやる」

 

と、そうこうしているうちにフィンもゆっくりとこちらへやってきた。

いつかの栄光はもはや影を見せていて、いまじゃヨボヨボのヘナヘナだ。

 

……それでも武器を持てば、未だに戦士を5人相手取るほどの力なんだから恐ろしいのだが。

 

「フィン、ディルムッドが狩猟祭を開くそうです。彼の地には鹿や鳥が多くいると聞きます。必ずや御機嫌な宴となりましょう」

「オスカよ、行くのか?」

「えぇ、もちろんです。むしろアンタ行かないんですか?」

「むっ……しかしディルムッドだぞ?」

 

もはやフィンはディルムッドという言葉だけでも嫌悪感があるらしい。

 

「ディルムッドですが、なにか?

正直に言うとだな、ここいらで形だけでもいいから騎士団の連中にフィンとディルの関係は拗れてないって知らしめといたほうがいいぜ」

「何故だ?」

「当たり前だろうが、アンタがいる前でディルムッドの話をみんなしたがらないんだ。アイツはフィオナ騎士団の一番槍で、優秀で素晴らしい騎士だ。トップのアンタと仲が悪いなんて騎士連中も困るんだぜ」

「……それは、お前がディルムッドに会いたいからという理由のこじつけではないのか?」

「ちげえよ!」

 

即座に反応して、そして一呼吸。

 

「まぁ確かに我が友ディルムッドに会いたいという気持ちもあるが……それ以上に、オレは騎士団の結束を憂いているのだ。

 

我が王フィン・マックールよ。

近頃のターナ一族とケアブリ皇太子殿下の様子が怪しいのは周知の事実。コーマック王が隠れられたら、何しでかすかわかったもんじゃない。

オレに政はわからねぇが、ここらで騎士団の結束力を高めておかねぇといけないだろうと、進言させて頂こう」

 

 

 

数秒、もしくは数十秒。

重い沈黙が流れてから、はぁとフィンはため息をこぼした。そして。

 

「うちにいる躾の届いた若い馬と猟犬、そして強い戦士と美しい側近に旅支度をさせよ。1ヶ月だけは、滞在しようではないか」

「うっしゃあ!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

そして、オレはケシュ・カロンへとやってきて、現在ちっこいディルムッドを前にしていた。

 

「うわぁディルに似てやがる!かわいい!ちっこい!弱そう!」

「なっ!?なんだお前は!」

「オレか?オレはオスカ。お前の父親ディルムッドの親友にして、フィオナ騎士団の騎士の1人。強くてかっこいいイケメンのオスカ様だ!」

「こらオスカ、はしゃぐんじゃない。」

 

ぺしん、と懐かしい感触が後頭部に感じられる。

振り返れば、昔に会った時よりずっと老けた顔をした……いや、前よりもずっと面構えがかっこよくなっているディルムッドがそこにいた。

 

「……ディル、久しぶりだな」

「あぁ。本当に……今回はよくぞ来てくれた。嬉しく思う」

「ははっ、まぁな。しかしお前、少し老けたか?筋肉落ちたんじゃないか?」

「そういうお前は……ん?なんだろうか、違和感というかなんというか……?

うん、とにかく成長したな」

 

軽口を叩きながら、オレよりも頭一個分小さいディルムッドの長男の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

グラニアの面影は……あえていうなら髪の毛だろうか。ディルムッドのふわふわの癖っ毛が、柔らかい直毛になっている。

 

そして、手には血豆と身体中に枝や葉が当たったようなミミズ腫れ。その姿は、いつかの自分と似たものだった。

 

「んふふ、なぁディルよ、こいつの夢はなんなんだ?」

「それは倅の口から言わせてやってくれ」

「オレは!フィオナ騎士団に入ってフィンよりもすっごい武勇を立てるんだ!」

 

キラキラと輝く目は夢を持っていて、かつての自分を見るかのようだ。

それはディルムッドも同じことを思っていたらしく。

 

「ふふ、幼い頃のオスカに似ているだろう?」

「そうか?オレはもう少し思慮深いっつーか、賢そうっていうか……フィンを超えるなんて望みが高すぎてとても言えなかったぜ」

 

そしてオレはひょいとディルムッドの息子を抱き上げた。

 

「ここ最近はあまり鍛錬も出来なかったしな……うっし!なぁディル、陽が落ちるまでなら鍛錬してもいいよな!」

「わっわっ……え、いいの!?」

「おう、このフィオナ騎士団で1番勇猛果敢なオレが、剣さばきって奴を教えてやる。どうせディルはお得意の槍ばっかだろ?」

 

ちらりとディルムッドの方を見れば、奴も奴で宴の準備をしたいのだろう。

子の面倒を見てくれるならと頷いてくれた。

 

「息子よ、我が友オスカの刀の腕前はフィオナ騎士団でもずば抜けている。ぜひその極意を学んでおけ」

「は……っ、はい!」

 

そうして、オレはディルムッドの息子と鍛錬を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

ケシュ・カロンの館で寝泊まりして早1週間が経っていた。

整えられた寝床は柔らかくて、飯もうまいしなかなかの好待遇である。

 

……ただ、グラニアの燃えるような嫉妬の目が何故か浴びせられていて、オレとしてもそこだけは不愉快であった。

お前が勝ち組でオレが負け組、それでいいじゃねぇか。

 

いや、もしかしたらまだオレが引きずってることを知っているのか……?

 

「……あぁくそ、眠れねぇな」

 

いつかと似た月が登っている。

特にあの、満月に近い十三夜月は思い出が残りすぎている。

 

今日も今日とてディルの息子に剣術を教え、武器の扱い方を伝授してやった。

また、フィオナ騎士団になるのに必要な詩について教えてやったり、森の中をどうやれば早く駆ける事が出来るかを教えてやったり……狩猟に興じながらも、空いた時間はディルに似た子供に精一杯使ってやった。

 

と、ドアが二回ノックされる。

 

「あの、……オスカさん、寝てますか?」

「うぉっとぉ!?ちょちょちょ、ちょっと待てよ!」

 

オレは急いで胸を締め付ける簡易的なサラシと、その上からダボついた服を羽織った。

無駄に成長した身体はなんともまあ不便なものだ。

 

「うっし……待たせたな。いいぜ」

 

ドアを開けてやって来たのは、薄いダウンに身を包んだディルの息子である。

 

「……僕、眠れなくて、それで」

「母親のとこ行けばよかったじゃねーか。もしくはディルとか」

「いえ、あの……迷惑だとはわかっているのですが、オスカさんの話を聞きたくて」

「オレの、話?」

 

いわく、ディルムッドとグラニアの寝室は子供心に⦅入りにくい⦆らしく、いつも眠れない日には部屋で鍛錬をしてから無理やり眠っているのだそうだ。

しかし、今日はオレがいるからと居ても立っても居られずに……こうして部屋に遊びに来てしまったらしい。

 

「迷惑なのはわかっています。すいません……戻りますね」

「いいんだよ。……ったく、ディルもディルだ。子供に気を使わせるなんて」

 

こっちにこい、とオレはベッドの片隅にそのガキを座らせた。

 

「眠れねぇなら……そうだな、昔親父から聞いた話でもしてやるよ。オシーンの物語だ」

「それって、フィンの息子の?」

「あぁ。そんでもって、オレの親父だ」

「えぇ!?」

 

そして、上から下へと、再び上へと視線を上下させる子供。

わかりやすいというか、なんというか……

 

「オレの偉大さがわかったか、ガキ。」

「……いや、オレはあなた自身の武勇をまだ聞いてません。あと……オレのことはダナーとお呼びください。両親はオレをそう呼びます」

「よぅしダナー、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。これはまだ、オレがお前よりも……」

 

 

 

 

 

 

そうしていくつかの冒険譚を話してやっていると、ダナーはうつらうつらと瞼を微睡わせていた。

 

「眠いか?明日も早いし、さっさと部屋に戻れ。」

「えぇ、はい。ありがとうございます、オスカさん。……今夜は寝付けそうです」

「おう。またオレがここにいる間は、まぁ……ほどほどになら来てもいいぜ」

 

オレがそういうと、ダナーはぱっと顔を明るくして微笑んだ。

その顔はなんともディルに似ているものだ。

 

「ありがとうございます!」

「おう、おう。さっさと寝ちまえ。」

 

そうして立ち上がったダナーは扉をあけて……そして部屋を出ていく前に一言、ポツリとつぶやいた。

 

「あの、本当にありがとうございました。

貴方の話す声は母親のようで、でもその物語を味わった臨場感は父親のもので。

僕と貴方はまだ出会ってから短いですが、貴方のその優しさは……まるで、僕にもうひとり親が出来た気分です」

「んっ!?お、おう……さっさとガキは寝とけっ……」

 

突然の言葉にオレは声が上ずってしまったのだが、それにもうっすらと微笑んだダナーはぺこりと頭を下げた。

 

「おやすみなさい、オスカさん。また明日」

「……おう、おやすみ。」

 

 

 

 

ディルムッドの子、ダナーに親と言われて嬉しくないはずがない。

 

もうすぐ三十路に片足突っ込む手前の歳だ。正直この歳で未だに処女というのも痛々しいし……もう嫁の手もないことだろう。

自分で言っててかなり悲惨だ。行き遅れ悲しい。

 

そう考えると、今の自分が普通の女の生活を送っていたら、ダナーと同じくらいの子供がいてもおかしくないはず。

だからこそ、あの子供の言葉に不覚にも喜びを得てしまったのだ。

 

取り敢えず、お前達の夜はどうなってるんだとディルムッドに明日からかい半分に文句を言ってやろうと決めて、オレはベッドの毛布を肩まで上げた。

 

 

 

* * * *

 

 

宴の最後の日、目覚める直前に悪夢を見た。

 

 

* * * *

 

 

 

「……ぇ、ねぇ!オスカさんっ!!!」

「ん……だよぉディル、鍛錬はまだぁ……zzz」

「起きてオスカさんっ!父上が、父上が!」

 

ダナーに揺さぶられてゆっくりと覚醒する。

未だに瞼は重いし、空は……なんだ、まだうっすらとしか白けてないじゃないか。

起きるには早すぎる時間だ。もう少し二度寝させろと、オレは布団を頭まで被った。

 

「ダナー……鍛錬は……二度寝の後なー……」

「ううううっ……お、起きてください!」

 

そしてオレはダナーに布団を引っぺがされた。

途端に寒気を覚える身体と、一気に覚醒する脳味噌。

 

待て待て待て、まずいぞ?

女らしい身体のラインを隠すこともせず、インナーのみを着た身体を惜しげもなくダナーに晒すことになっている。

 

完全に気が緩んでいる姿。これは、とてもまずい。

最も見られたくない相手の息子に、女だとバレるなんて……!

 

「みた、な?」

「ヒッ!?ち、ちがっ……僕は何も、オスカさんがじょせっ」

 

オレはダナーに飛びかかって、その口を塞いだ。

 

「オレは男で、騎士だ。そうだな?」

 

こくこくこく、と頷く怯えきった顔。

オレは取り敢えずダナーを立たせると、慣れた手つきで胸を潰すインナーと鎧、そしてマントを着込んだ。

 

「……いいか、誰にも言うんじゃねえぞ。誰にもだ。特に、ディルムッドには。」

「は、はいぃ……って、それよりも!オスカさん、父上が……!」

「は?なんだ、グラニアが膣痙攣でも起こしたか?」

「ちつけ……?」

 

なんでもない、とオレは答えてオレはダナーとともに廊下へと出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい獣の叫び……?」

「はい。あの鳴き声に館の人は皆飛び起きてしまって」

「いや待て、オレは起きてねぇぞ……?」

 

と、未だに眠気が取れない頭を必死に回転させる。

そうだ、昨日は酒宴でこれでもかというほど酒を食らったのだ。団員にも、そしてフィンからも進められてゴクゴクと呷った美酒に酔い……そして……

 

寝すぎた。

 

「あーくっそ、起こしてくれてありがとよ。だが勝手に部屋には入るんじゃねぇぞ」

「う……ご、ごめんなさい」

「んで?ディルがどうしたっていうんだ。」

「帰ってこないんです!」

 

 

言われてみれば、オレ以外の屋敷にいる全員が忙しなく動き回って戦いの準備をしている。おそらく、みんながその獣の叫びとやらで飛び起きたのだろう。

 

あぁ、とても嫌な予感がする。

 

何故オレは起きれなかったのか?———フィンから勧められた酒を飲んで以降の記憶がない。

あの魔獣はなんなのだろうか?———ディルムッドには、猪と戦ってはいけないというゲッシュがある。

何故、ここにフィンがいないのだろう———

 

全てのパーツがじわじわと頭の中でくっついていく。

もしかして、という限りなくゼロに近い可能性が、それぞれくっつきあって思考を嫌な方向へと向けていくのだ。

 

「母上っ!あの、オスカーさんを連れて参りましたっ!」

「ダナー!?何故そいつを連れてきたの!?」

「ち、父上が信用のおける友で、騎士団の中でも最も優れた腕前だとおっしゃっていたので……!ご、ごめんなさいっ!」

 

ギリッ、とこちらを睨むグラニアに武器を仕舞い、腕を差し出す。

 

「同じ穴の狢、予想していることは互いに同じみたいだな」

「何よ、何よなによ!不細工のくせに……さっさと行って、あの人を助けてあげて頂戴!あの人は……っあのひと、は!私のものよ!」

 

知ってるっつーの。あぁもう、ほんと嫌な女だな。

 

「グラニア、こっちへ来い」

 

ゆっくりと不審そうな足取りでこちらに近付くグラニアの腰に手を回す。ひょいと彼女を持ち上げてやれば、目を白黒させてオレの顔を覗き込んだ。

 

パッチリとした、睫毛に縁取られた綺麗な栗色の目を向けられる。傷も日焼けもない綺麗な肌だ。

やっぱりオレは、この女が……嫌いだ。

 

「オレはグラニアを背負ってここからあの丘まで走る。

ダナー、お前はオレの後ろをついて走ってこい。全速力で走るから、少しでも遅れたら置いて行くぞ」

「で、でもオスカさんは母上を、背負っていますよね?なら、俺が先を走った方が良いのでは……」

 

オレは不安げな顔のダナーのほっぺたをむぎゅっとしてやった。タコのような顔になるダナーは、ちらりとグラニアの顔を見る。

 

「ふざけるなよ、グラニア抱えて走ってるオレの方が速いに決まってるだろ。

現役フィオナ騎士団舐めんな。こちとら、お前の父上のライバルやってんだよ」

 

そうして、不安げな顔しているグラニアの方を向いた。

 

やっぱりいけすかない女だ。

だが、こういうところはキッチリ決めてやる。

 

「オレはお前のことが嫌いだしお前もそうだろう。

だが、これは騎士として、そしてディルムッドの親友としてお前を、ディルムッドの妻のグラニアをディルムッドの元へと送り届けてやる。

……安心しろよ、オレは騎士だ。お前とは違うんだ」

「オスカ、貴方……」

 

グラニアは決意したかのように、オレの首にぎゅっと腕を回した。そうだ、それでいい。

 

 

 

「グラニア、離すんじゃねぇぞォオ!!」

 

そうして、オレは馬よりも疾く、鳥よりも、風よりもずっと疾く山を駆けた。

ただひたすら、魔物の気配がする方へと一直線に走って行く。

 

木の上を飛び、谷はひとっ飛びで通り越し、川は鮭飛びの要領でぴょんと飛び越えてやった。

一度だけちらりと後ろを振り返ったら……随分と遠くから、ダナーは追ってきている。

大丈夫だ、この様子なら迷子になるなんて間抜けなことは起きないだろう。

まぁ、置いてけぼりにはなるが。それは些細な問題だ。

 

 

 

 

———そうして、辿り着いた場所は朝日が昇る丘であった。

ディルムッドの腹にめり込んでいる太い牙と、そして折れた剣の柄で巨大な猪の脳天を殴り抜いたディルムッド。

 

勝敗は、決していた。

 

 

 

オレはグラニアをゆっくりと下ろすと、ふらふらと倒れたディルムッドの元へと向かう。

そうして、生きも絶え絶えなディルムッドの上に覆いかぶさる魔猪をどかしてやり、顔を覗き込んだ。

 

「……はは、伊達男が形無しだな」

「オスカ……オレは、死ぬ、のか?」

 

どこか諦めたような、焦点の合わない目でぼんやりと遠くを見るディルムッド。

彼の手を握ったグラニアは泣きながらも、オレの方を見た。

 

オレは2人に苦笑して、それから———ここに何故かいる、フィンに視線を向ける。

 

「さて、フィン。ここにお前がいるのは、このためなんだろう?」

 

オレはフィンを咎めるように睨め付ける。すると、少し迷ってからフィンはオレに話しかけた。

 

「……何故、ここに?」

「それはこっちのセリフだ。どうしてここにいる?何故ディルムッドが死にかけで、お前は髪のもつれ1つないんだ?」

 

そうして、オレは俺は耳を済ませると、すぐさま水の音がする方角を指差した。

 

「いまならオレは何も言わない。

さぁフィンよ、あそこにある湧水をお前の不思議な手の力で掬ってここまで持ってくるんだ。

……ディルムッドを、救ってくれ」

 

ふらふらと、動き出したフィンはその湧き水の出る木陰へとゆっくりと歩いていく。

その背中をちらりと見てから、ふぅとオレは一呼吸してディルムッドに向き直った。

 

今にも死にかけて、腹の半分をえぐりとられているディルムッド。

そんな彼の手を握り、慰めるグラニア。

 

「大丈夫だ。フィンの手は癒しの手。あの手で水を掬い、患部に注げばたちまち傷は癒える。どんな重症であろうとな」

「ディルムッド様、聞きましたか……?大丈夫です、フィンはきっとすぐに持ってきてくださいます!

湧水の出る場所は目の前も同然の場所なのです。さぁ、気をしっかりお持ちください!」

 

そうこうしているうちに、フィンが木陰から立ち上がってこちらにフラフラと歩いてくる。

 

その手からポタポタと水をこぼしながらもやってきたフィンは、ディルムッドの腹の上に手を掲げる。

しかし、その手の中には水が入っていなかった。

 

「どうした、なぜだフィン!?」

 

フィンはオスカの目を見ずに、ぽつりと独白するように返す。

 

「手から水がこぼれてしまった。私のせいではない」

「そんなはずはないだろう!

お前は、お前はそんなにディルムッドのことが憎いのか?」

「あぁオスカよ、我が愛しい孫よ。そんな目で、私を見ないでくれ」

 

そしてフィンは再び立ち上がると、また泉の方へとゆっくり、しかし確かに歩き始めた。

そしてまたお椀の形にした店の中には、指の間からポトポトと、水がこぼれている。

 

「あぁフィン!」

 

グラニアが悲痛な叫びをあげた。

 

「ご無体な。ディルムッドが死んでしまいます!」

 

しかしその言葉にも、フィンは悲しげに首を振るう。

 

「グラニアよ、私の老いて骨と皮だけになってしまった指では、指と指の間から水がこぼれていってしまうのだ。

そんなに水をディルムッドに与えたければ、若いお前がやればいいだろう」

「私の手には、そのような力はございません!」

 

グラニアは必死に懇願するしかなかった。

 

「言い訳にもならないぞフィン。

お前がもし本当にディルムッドを救いたけりゃ、その老いた手でも水を掬ってくるはずだ。

 

……次にもし、貴様が水を掬って来なければ、俺がその手を切り捨て、お前の手首から先だけを持って水を掬ってこよう。

そうなれば、この山から降りるのはオレかお前のどちらか1人になることだろうな」

 

フィンの老いてしわしわになった首に、俺の刃を向ける。

それに慄いたのか、もしくは孫である俺に刃を向けられたのがそんなに辛かったのか。

 

次こそはと、泉に向かったその後ろ姿をしっかりと見届けてから、俺はディルムッドの頭の横に膝をついた。苦しそうにヒューヒューと息をするディルムッドは、きっともう死んでしまうことだろう。

 

「あぁディルムッド様。申し訳ございません……私が、こんなことを言いださなければ」

「いいのだ、グラニア。我が愛しい……妻よ」

 

そしてディルムッドは、グラニアに薄く微笑みかける。

そうして次は、オレの方に視線が向けられた。

 

「ありがとう、オスカー。

お前が俺の友で本当によかった。

妻と友に見送られて死ねるとは、俺も幸せ者だな……」

「ふっ……ざけるな!ふざけるなよディルムッド!

お前は死なない!こんなところで死んでいい人間じゃない!

もうすぐフィンはやってくる。もう少しだけでいい、生きてくれ!生きろ、生きろ、生きろよ!」

 

ディルムッドは諦めたかのように、目をつぶる。

 

「いい、俺はもういい。仕方がないんだ、俺はフィンを裏切った。だから……仕方がない。

オスカ……本当に、ごめんな」

 

フィンが今度こそ、手に水を掬ってやってきた。

ゆっくりと、しかし今度は水を零さないようにしっかりと一歩一歩こちらに向かって歩いてくる。

 

もうすこし、もうすこしで……!

 

 

 

———あぁ、だけど。

ディルムッドの握られていた手が、グラニアの手からこぼれ落ちる。

 

「あ、あぁぁ……あああああ!」

「嘘だ、嘘だ嘘だ!フィン、水を、早く!」

 

オレとグラニアは感じ取っていた。

ディルムッドの魂が、その肉体から離れていってしまったのを。

 

フィンがディルムッドの腹に水を注ぎ込む。

そうすれば肉は癒え、傷は塞がったものの……その目は、閉じられたままだった。

身体だけはとても綺麗で、まるで眠っているような顔をしている。

しかし息もしておらず、心臓の鼓動も聞こえない。

 

「いや、いやっ……ディルムッド様、あ、ああああっ!」

「ディル……ディル!なんで、なんでだよっ!ううううっ……あんまりだ、こんな、」

 

遣る瀬無い怒りが、ふつふつと胸の底から湧いて溢れ出る。

それはすぐさまに、元凶であるフィンに向けられた。

 

「何故お前がッ!生きている、フィン!?」

「……すまない、すまないオスカ」

「ふざけるな、殺す!お前を殺す!

100回殺し、1000回切り刻み、10000回苦しみを与えてやる!」

 

オレは勢いよく無抵抗のフィンの首を落とそうと剣を振り抜く。

———だが、その首が薄皮一枚を切ったところでピタリと身体が止まった。

 

 

 

あぁ、そうか。

オレに復讐は遂げられない。

 

 

「オスカ、様……?」

「う、ぁぁああ……オレは、オレは!我が王フィンを、オレが仕えるフィンを、殺すことが出来ないぃいい!!!!!」

 

それはゲッシュだった。

騎士として生きねばならないというゲッシュを父と交わしていたオレは、フィンを殺すことが出来なかった。

 

何度もフィンを斬り殺そうとするものの、身体に触れる直前で手に力が入らなくなる。

ゲッシュは絶対だ。オレは、それに背くことが出来なかった。

 

「……お前が、死ねばよかったんだ!これで……騎士団で最も気高く素晴らしい男が死んだ!

 

お前だ、お前が殺したんだ、フィン・マックール!」

 

 

 

 

 

暫くするとディルムッドの息子のダナーがやってきた。

まだ幼さを残す少年に、グラニアは涙ながらに父親の仇であるフィンを指差す。

 

そして少しだけディルムッドの遺体が熱を無くし始めた頃に、ようやくフィオナ騎士団の団員がやってきた。

彼らはオレとともに深く悲しんで、哀悼の叫びを三度あげた。騎士を見送る方法として、これ以上はないだろう。

 

 

 

 

 

 

「……オスカ様、感謝いたします。夫の、死に目に……あわせて、くれて」

 

館に戻って一通りの葬儀の準備を終えた後、グラニアは顔を伏せながらもオレに向かって頭を下げた。

彼女は泣き疲れて眠っている幼い子を胸に抱いて、目を腫らしながらも耐えている。

 

「いいんだ……。それよりも、これからが大変だろう?夫亡き後、子供5人も抱えてたらな。

お前は憎いが、ディルムッドの子はオレも愛しいと感じる。ダナーに敵討ちをさせたいなら、オレも鍛錬に付き合ってやるよ」

 

 

これは弱い者同士の傷の舐め合いでしかない。

しかしそんな惨めな会話でも、オレとグラニアの間にあった冷たい関係が薄れていった気がした。

 

 

 

* * * *

 

 

その後の話は蛇足なのだろう。

 

それから数年後、未亡人となって大変そうだったグラニアとオレは結婚し、ディルムッドの息子達はオレを父と呼び慕うようになった。

グラニアとの確執も……まぁ多少はあるものの、女手一つで5人の子供を育てるのも無理がある。自然と仲は回復していったのであった。

 

父オシーンから授かったゲッシュ「結婚するときは、真に愛する事が出来るものを守るために結婚するのだ」というのも、ディルムッドの子を守るための結婚なので問題はない。

そんなこんなで、しばらくは平和な生活を送ることが出来た……のだが。

 

 

 

ディルムッド亡き後、フィオナ騎士団の内部は徐々に破滅へと向かっていった。

 

フィンと密接な関係にあったコーマック王が死んで暫くすると、強大な力を持ったフィオナ騎士団を疎んだケアブリ皇太子殿下(その時には亡き王の後を継いで王位に即位していた)が戦争を仕掛けてきたのだ。

この戦争はエリンの全地域を巻き込み、モーナ一族、アルスター王、コノート王、レンスター王など……多くの人間がフィオナ騎士団の元へと集ったのであった。

 

ガヴラ草原にて対峙した両軍は互角。

しかしそんな戦争の中で、オレは獅子奮迅の活躍でケアブリを討ち取ることに成功したのだ。

とはいえ、その時にはオレも瀕死の傷を負わされたのだが。

 

「我らが大英雄オスカよ、まだ、まだ死ぬな!」

「我らが王のもとへと……貴方のお祖父様の元へと連れて行きます故」

「取った!我らがオスカが憎きケアブリ王を打ち取った!」

 

そうして、フィオナ騎士団の仲間がケアブリ王の死を叫びながらも、死に体のオレをフィンのもとに連れて行ったのだ。

 

「……は、全く騎士ってのは難儀なもんだな……なぁ、フィン。」

「もう、もう喋るでない我が孫よ。かわいい、私のオスカよ。今、水を……」

「ゴホッ……いや、いらね。オレぁもう疲れた……」

 

息子は常若の国へ消え、そうして孫も死にかけている。

この時のフィンは最後の大戦という事もあり、素晴らしいマントと鎧に身をつけていたが、その瞬間だけは哀れで孤独な老人の顔をしていた。

 

「かわいそうなオスカ。私があの王を殺し、そして私がその傷を被っていればよかったのだ。痛かろう、辛かろう……?」

「へっ……敵の大将を討ち取れたなんて最高の誉だ……ごっ……ぐうぅ……」

「オスカ、オスカ!かわいそうなオスカ……」

 

ボロボロと泣き、そして孫の手を握るフィン。

しかしオスカは冷めた目でフィンのその姿を眺めていた。

 

「はぁっ……ぐっ……やめろ、今この時、ここに横たえているのがアンタだったとしても……オレは、泣かねぇよ」

 

それは、いまのオスカに出来る最大限の皮肉だった。こうして死にかけた今ですら、フィンはオスカを孫娘としてしかみていないのだから。

———だから、なのだろう。

 

「……まだ、愛しているのか?あの男を」

 

 

 

「これなら、アイツのとこに胸張っていけるんだ……」

 

癒しの水で生かすことも出来た。しかしフィンはそれを聞いて、孫の最後の願いを叶えんとした。

騎士として生き、騎士として死ぬなら———

 

最後の最後に、そうしてフィンは認めたのだ。

孫娘ではない、ただの騎士としてのオスカに最大限の敬意を払って。

 

 

「勇猛な騎士、我がフィオナ騎士団最優の騎士よ。

———大儀であった。その魂は永遠に気高き騎士としてあり続けるだろう」

 

 

 

 

 

 

こうして、フィオナ騎士団のオスカの物語は緩やかに閉じられたのであった。

いつかの日、彼との想い出を浮かべながら———

 

 

 

* * * *

 

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