フィオナ騎士団の騎士オスカ(女)   作:芥目たぬき

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ランサー

 

* * * *

 

 

 

「よ、色男」

「貴様は……」

 

フルフェイスのヘルメットを着用した現代人。それが、ディルムッドの前に立っていた。

 

 

 

 

先程の、セイバーとの戦いからの興奮冷めやらぬ中で、ディルムッドはそれと対峙した。

片手には布を巻かれた剣を持ち、そして顔を隠す奇人。

 

自身の主人であるケイネスから聞いた話の、『教会の狗』と外見的な部分で一致した。と、いうことは。

 

「我が主人より、貴様は教会の雇われ人と聞いた。オレに何用か」

「……聞きたいことがあるんだ。お前は、何を目的として聖杯戦争に参加した?」

「顔も隠し、名すら名乗らないような者には言う義理もなかろう」

 

言外に名乗れと言ってみるものの———男は、黙って首を振った。

 

「それもそうだ。———許せ、ディルムッド。……教会での契約でな、サーヴァントに正体バレないようにと言われている」

「……なんなんだ、お前は」

 

まるで昔であった事のあるような言い草だ。しかし現代人に知り合いがいるわけではないし……全くに持って不可解である。

 

と、その時であった。

男の背後からやってきたのは魔術礼装に身を包んだ金髪の男。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ディルムッドのマスターだ。

 

彼はディルムッドが正体不明の男と対峙しているのが腹立たしいのか、それともその男の存在自体が腹立たしいのか、魔術礼装を起動しながらもカツカツと靴を鳴らして歩み寄ってきた。

壺から這い出た水銀が、ケイネスの足元で水溜りのように広がっている。

 

「聖堂教会の狗が、我が使い魔に何用かね?不可侵を求めてきたのは貴様だろうに」

「ディルムッドに用があった。アンタがコイツのマスターか」

「如何にも。このケイネス・エルメロイ・アーチボルトこそ、ランサーのマスターとして此度の聖杯戦争に参加している時計塔の魔術師だ」

 

ディルムッドと、そのマスター。

2人に挟まれるように立っている男は、それでも尚、身体をディルムッドの方に向けている。

 

「ランサーに何用か?……よもや、その魅了(チャーム)に当てられて来た、とかではあるまい」

「ハッ、冗談はよし子さんだ。確かに、オレが用事あるのはランサーただ1人だが……」

ちらりと、一瞬だけケイネスに視線を向けて、再度ディルムッドに視線を戻すフルフェイスの男。

どうやら、本当にマスターには用事がないようだ。まるで、邪魔だと言わんばかりに。

 

「オレはこの時代の魔術師とやらが苦手でね。何考えてるのかわかりゃしねぇ。特に……アンタのような、お高く止まった魔術師殿はな」

 

毒を吐くようなその言葉、すぐに反応したのはディルムッドであった。

 

ケイネスが認識できない速度で男に向ける、赤い槍の穂先。先ほどの戦闘で公にしたそれは、まっすぐ男の首へと向いている。

 

「我が主人を愚弄するかッ!」

「……ッ!」

 

その一瞬の動作。

ケイネスがディルムッドの行動を認識するよりも早く、フルフェイスの男は半歩ほど後ろに下がった。

 

男は目に見えて狼狽えて、ディルムッドから視線を外す。焦っているのか、怯えているのか……とにかく、それが男に対して有効だと言うことだけがわかった。

 

しかし、威嚇として構えただけなのに、こうも狼狽えるとは……

 

「貴様、何者なのだ」

「……まぁいいさ、今日は会えただけで僥倖ってやつだ。いやほんとに。敵意を向けられようが堪えてない。辛くなんてないぞ、うん。

だから———だから、また会いにくるぜ」

 

それだけ言うと満足したのか、その場から高く跳躍し壁を足場に去っていく男。

身軽なその動きに、どこか既視感を覚えて……

 

「待てッ!」

「深追いするなランサー、どうせ教会の狗。中立に立つものだから、敵対などしない。追いかけて、教会と対立する方が面倒だ」

「は———ハッ!承知しました、我が主人よ」

 

しかし、ディルムッドは考える。

何故だろうか。あの男が、自身の親友に似ている気がするのは———。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

「今すぐ!冬木から出て行きなさいッ!」

「ヤ〜ダねッ!最初の約束では『問題が解決したら冬木から離脱』だっただろ!?」

 

言峰璃正は机の上に足を投げだしたオスカに向かって叱っていた。

対して、オスカは全力でそれに拒否していた。生まれからして、お爺さんに対して反抗的なのは慣れ切ったものなのだ。

 

「いーじゃねーか!50年振りの親友に会ったんだぞ!?それをお前、今すぐ出てけとか、鬼!悪魔!」

「神父に向かってなんて事を!それに、今から貴様ランサー陣営に肩入れするだろう!?」

「当たり前だろ!聖杯戦争で協力者や同盟が禁止なんて聞いたことないもんねーッ!

オレのマスターだってナチ公と手を組んでたし!」

 

璃正は、まるで『反抗期を迎えた息子』のようだとイライラしながらも怒鳴りつける。まったく、綺礼のように聞き分けが良ければどれだけ良かったことか!

 

オスカのいうことを、はいわかりました。で通すわけにはいかないのだ。そんな事をしたら『遠坂時臣に聖杯を取らせる』作戦に支障が出てしまう。

仮に、ランサーとオスカが束になっても英雄王に勝てないだろう。だが、そういう問題ではないのだ。

 

裏切り者をわざわざ冬木に招いてしまった璃正の失態、面子が潰れるわけにはいかないし、抜かりなく作戦が遂行されなくてはならないのである。

 

「———全く、不測の事態はこれ以上増やしたくないというのに……」

 

そもそも、だ。

———時計塔から来たマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは何故ランサーにディルムッド・オディナを召喚してしまったのだろうか!?

何故、数いる英霊からわざわざそれを召喚してしまったのだろう。

 

魔術の素人であるキャスター陣営、数千分の一だとタカをくくっていたサーヴァントの召喚、さらには教会の戦力として見なしていた第三次セイバーの裏切り。

もはや3つも不測の事態が発生しているのだ。璃正も、珍しく声を荒げてしまっても仕方がないのである。

 

「貴様は『教会が依頼した』契約者、即ち教会所属なのだ。それが1つの陣営に手を貸すなどッ———」

「それを言うならさぁ、璃正サンよぉ……」

 

チラリ、とオスカは教会の隅に佇んでいる神父の息子、綺礼に視線を向ける。

———随分と成長したものだ。前に見たときは、赤ん坊だったと言うのに。

 

そんな彼の、先ほど見えた手には令呪が三画残っている。

 

「おたくの息子さん、聖杯戦争から脱落してねェよな?なぜこの協会にいるかねェ?」

「……うぐっ!?」

「息子だからって、アサシン陣営に加担するような教会の監督役じゃあないよなぁああ?」

 

ギラギラと輝くオスカの瞳は、確実に璃正を追い詰めにかかっている。

もはや、璃正は黙り込むしかなかった。

 

「それから……これは50年前の話になるが、アンタが遠坂四代目と契約を交わした紙を作成してたよな。

たしか、『第四次聖杯戦争において遠坂家の支援を行う』……だったか?あの書面、つい見ちまったものは悪いが……」

 

璃正はオスカから視線を逸らした。

流石にここまで引き合いに出されて、正論をこちらが振り回すことは不可能である。

 

確かに50年前、璃正がオスカを保護したばかりの時にそういった書面類を整理していた。遠坂時臣の父親との約束を書類化したものだが、しかし……まさかオスカが見ていたとは思わなかったのだ。

そして、それを覚えているとは誰が予測できるだろうか。

 

「ぐぬぬぬぬっ……」

「別にさ、いじめようって訳じゃないんだぜ?確かにオレは老いた男ってのがこの世で1番嫌いだが、老体をいたぶって遊ぶ趣味もねぇ。

だがよぉ、自分はルール破りしてるくせに人にルールを強要させるってのは、それは都合が良すぎるんじゃないのかねぇ?」

「それでっ……脅しになると!?」

 

監督役で、公平な立場であるはずの教会がアーチャー、アサシン陣営と繋がっているとはこれ如何に。バレれば、他陣営からの袋叩きは免れないだろう。

 

「脅しだと?耳触りが悪いな……黙っててやるから、オレを見逃せと言ってるんだ。

オレが求めるのは『冬木の滞在と、オレがどこで誰といようが口出ししない』ことだけだ。約束通りキャスター討伐はしてやるし、それが終わるまでは正体を明かさないと約束する……。あと、たとえランサーとアサシンが敵対しようと、綺礼は殺さないと約束してやろう」

「それで私が首を縦に降ると思っているのかッ!?」

 

数巡、オスカは迷ってから静かに頷いた。

それしか返すことが出来なかったのだ。

 

「アンタとも長い付き合いになった。だからこそ……ここは譲っちゃくれないか」

 

璃正がここを譲れないと言うことは、オスカも充分にわかっている。サーヴァントというのは、かなりの威力を持っているのだから。

たとえ受肉して60年が経とうとも、身体が鈍っていようとそれは関係ない。

 

ただでさえセイバーとの戦いでその槍の鋭さを全陣営に魅せつけたランサー。彼だけでも充分な脅威と言えるのに、前回の聖杯戦争で最後まで生き残ることができたセイバーが仲間になるその意味を、この場にいる全員がわかっている。

 

———璃正は、拳を強く握りこんだ。

 

この条件を璃正が阻むのであれば、その時オスカは力を行使してでも我を押し通すだろう。

いくら璃正が八極拳の最高峰の使い手だとしても、その身が強靭な戦士であるオスカならば、璃正の命を刈り取ることが簡単にできる。

 

この場での答えは出ている。しかし、首を縦に振りたくはなかった。

 

「……聖杯が欲しいのか?」

「欲しくない、と言ったら嘘になるな」

 

だが、と言葉を続けるオスカ。

 

「———親友が聖杯求めて召喚に応じてる。ならオレは、奴になら快く譲ってやれるのさ」

 

 

 

「よかろう……もう、行くがよい」

 

出て行く前に、オスカは一瞬だけ振り向いた。

 

ディルムッドがこの時代にいる以上、引き下がることはできない。なんとしてでも奴と一緒にいたいと言う気持ちが強かった。

 

だが、璃正とは長い付き合いだったのだ。この50年、恩は返したといえど世話になり続けたし、オスカにだって情はある。

多分、ここを出たらもう璃正とは話す機会がないかもしれない。あったとしても、恨まれていることだろう。

それでもオスカは、璃正に一瞬だけ、最後だからと———

 

「……いじめたオレが言うのもなんだが、璃正。長生きしろよ?」

 

 

 

 

 

 

「綺礼よ」

「はい」

 

オスカが出て行った扉を眺めながら、璃正は近くに控えていた綺礼に声をかけた。そして。

 

「アサシンを出し、他のサーヴァントから出来る限り見えないように———ヤツを、オスカを暗殺せよ」

「いいのですか?」

「あぁ」

 

急がずとも良い。どう転ぶかわからない不確定要素として、最後の盤面までに退場させればいいのだ。だから。

———作戦を立てて、確実に殺せ。

 

かつて救った命を刈り取る、その行為は璃正の老いた心を少しだけ痛みつけた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

さて、晴れてランサーの元にいくと承諾させた(脅したとも言う)オスカはというと。

 

「ただいまーっと……死ぬほど、つーかーれーたー……」

 

ディルムッドのマスターが根城にしている場所もわからないオスカは、家に帰って項垂れていた。

時刻は14時、お腹はペコペコで眠気もひどい。こういう時ばかりはサーヴァントの不眠不休で動く身体がほんの少しだけ恋しくなってしまう。

 

昨日の夜中の戦闘を見終わった後、ディルムッドに会いに行き、そしてその後は教会で説教を5時間ほど聞いていたのだ。

 

———おそらく璃正も、ランサーがディルムッドだと知ったからこそ、すぐにオスカに向けて使い魔を飛ばしたのだろう。

それさえなければすぐ家に帰って、朝飯食って洗濯物干して色々してから眠ってたのに……くそう。

 

オスカは炊いておいた米と、冷蔵庫に作り置きしておいた野菜炒めを取り出した。野菜炒めは電子レンジに入れればすぐに温まる。電子レンジは一人暮らしで雑な生活を送るオスカの味方であった。

 

およそ1分30秒後、チン!と音がなったら野菜炒めを取り出す。湯気を立てているそれは、昨日の残り物だ。

 

「いっただきます、っと」

 

湯気を立てる米、野菜炒め、そしてキンキンに冷えたビール。

午後の昼下がりの中で飲むビールは最高である。今日1日であった出来事の疲れが洗い流されるような気分であった。

 

がぶがぶと酒を飲み、あっという間にビールを飲み干してしまったオスカは、おかずとご飯を飲むように食べてしまうと、棚に置いておいた酒に手を伸ばした。

安物のウイスキーとグラスを取り出し、冷蔵庫で作った氷を入れてロックで飲む。普段はあまり飲まないウイスキーだが、今はとにかく忘れたいことがあった。

 

———あのディルムッドが、オレに対して槍を向けるとは。

 

仕方がないことだとはわかっている。顔を隠していたこちらが悪いし、それは璃正からの依頼だったから仕方がないのだ。

だけど、やはりクるものがある。

 

 

 

 

2世紀ごろのケルトにて、グラニアとディルムッドが逃亡している時。

 

ディルムッドは、決して自身の仲間には手を下さなかった。彼が手を下したのは、フィンがディルムッドを殺すために雇った傭兵だけ。

ディルムッドは同じ釜の飯を食べた、フィオナ騎士団の仲間には剣を向けなかったのだ。

 

だからこそ———ディルムッドがこちらに切っ先を向けたのは驚いたし、狼狽えてしまった。それだけなのだ。

 

 

 

 

 

「……しかし、あのセイバーとの戦いぶりはカッコよかったなぁ」

 

セイバー、確かディルムッドは騎士王と言っていたか。ならばアレは、かのアーサー王という事だろう。

 

不可視の剣を持って戦っていた騎士王と、その魔術を打ち消していた破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。あの戦いぶり、そして駆け引きは、流石フィオナ騎士団が一番槍と褒め称えたくなるものである。そして、騎士王の左手を使い物にならなくした必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

あの2つを使いこなす姿は、オスカの希釈された魂すらも熱く燃え盛らせた。

 

忘れかけていた勇姿、しかし目に焼き付ければ忘れられないあの動き。

幼い頃から共に成長し、いつも自身の一歩先を行っていたあの武芸は相変わらずだったのだ。

 

この50年、受肉してから味わってこなかった過剰な熱が、オスカの中ではぐるぐると回っている。

 

「———無為に生きてたな、ほんと。今まで……」

 

召喚されたばかりの頃は、マスターと衝突ばかりしていた。それでも聖杯を求めて戦い抜いて———聖杯にかける思いは、ディルムッドを幸せにしたいとか、そんな事だったと思う。

受肉してからすっかり忘れていたが、あの姿を見て思い出してしまったのだ。

 

きっと、この50年で魂が希釈され、自分自身を見失っていたのだろう。それが、ディルムッドと再会することにより魂が強く鼓動して、自身を取り戻す事ができた。

 

自分はフィオナ騎士団のオスカ。親友思いで、敵の王を殺した一騎当千の騎士。祖父のフィン・マックールを憎みながらも最後まで仕え続けた、栄誉ある騎士である。

 

「ディルムッドは、聖杯に何を求めるんだろうなぁ」

 

カラン、と気泡の入った氷が音を立てて溶けていく。やはりこの胸が焼けるような酒は強すぎて、すぐに酔ってしまいそうだ。

しかし今だけは、酔いの力を借りていたい。

 

今日は本当にいろんな事があった。ありすぎて、整頓しきれない。感情の振れ幅が大きすぎて、キャパオーバーしてしまいそうだ。

 

 

 

オスカはじっと西に向かいつつある昼下がりの陽の光を眺めながら、ぼんやりと感傷に浸るのであった。

 

 

 

 

* * * *

 

 





最近は99.99というお酒が好きです。一本で安く酔えるのコスパ良すぎ。

CCC復刻来ましたね。作者は水着BBちゃんに課金と聖杯と金フォウとカルデアの夢火をこれでもかと注ぎ込んでるので、普通のBBちゃんお迎えに行くのが楽しみです。(前回は参加できなかった)
あとキアラさん欲しい。切実に欲しい。

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