直ぐ隣にはウサギさん 作:トッポの人
白騎士事件は起きておらず、学会で実際にISを見せたという世界です。
「……何?」
「な、何でもないです」
「あっそ。それなら向こうに行けば」
友達の家に遊びに行った時、少し迷子になったことがある。そこにいたのは何とも綺麗な女の人で、見惚れていたら鬱陶しそうにされた。
邪険に扱われたし、目を合わせるどころかこっちを見ることもなかった。俺なんていないものと扱っていたのかもしれない。
「君は何でまだここにいるのかな」
それでも不思議と苛立つことはなかった。たとえ一声で嫌悪されてると分かる声色を向けられても。
理由なんて曖昧なもので、何となくこの人が寂しそうに見えたから。年上の人に向かってこういうのは変だと思ったが、放っておけなかった。
「お姉さんは何をしてるんですか?」
「はぁ?」
だから少しでもこの人のことを知りたくて、今度は俺から話し掛けていた。それがあの人との初めての会話だった。
「ただいま」
友達である一夏と遊び終えてから買い物を済ませて帰って来た俺は明かりのない自分の家に向かってそう言った。返事は何も返ってこない。
それもそうだ。両親は二人とも海外で働いているからこの家には今のところ俺しか住んでない。
何故俺だけ日本に残っているかといえば友達と離れたくないと我が儘を言ったから。そんな理由があっさり通ってしまった上にまさか俺だけ日本に残すなんて思わなかったけど。
おかげで友達からは何のアニメだとか、幼馴染の女の子がその内押し掛けてくるとか言われている。
だが幼馴染の女の子は何処か遠くへ引っ越したし、そもそも一夏にぞっこんだ。俺には全くあてがない――――
「はぁ……」
訳でもなかった。その子のお姉さんだ。遠くへ引っ越す前はよくしてもらってたし、別れ際にその人お手製のペンダントももらった。
お守り代わりらしく、どんな時も決して肌身離さずに持っててねともらう時に言われた代物だ。
ただたまに来る電話でやたら念入りに確認されるから怪しい気がしないでもない。
まぁ好きな人からのプレゼントなら多少怪しくてもいいけど。
「もう二年も経つのか……」
このペンダントをもらってからもう二年経つ。それはそのままその人達と別れてからの時間も意味する。
今日までで充分味わった。友達と会えない寂しさも、好きな人に会えない辛さも。そろそろ振り切らないといけない。昔から言うじゃないか。初恋は実らないものだと。
「はぁ……ダメだ……」
そこまで考えてポツリと呟いた。それでも何処か考えてしまう。いつかまた会えるんじゃないかという甘い考えが。
このままじゃダメだ。一度頭を切り替えるためにも風呂に入ってさっぱりしよう。今日はシャワーだけでいいか。
着替えを取りに自室へ向かう。階段を上がり、扉を開けた先には――――
「すー……すー……」
「へっ……?」
俺のベッドで幸せそうに寝ている初恋の人、束さんが。二年振りに見たその姿に思わず間抜けな声が出た。
「いててて!? ゆ、夢じゃない……?」
夢かと思って試しに頬をつねったがただ痛みが走るだけ。好きな人を見間違えるはずもない。
「ほ、本当に……うお!?」
それでも幻覚か何かかと思って確認しようも近付いてみれば、急に腕を取られてそのまま束さんの大きな胸へ。
「おはようゆうくんっ」
「むぐぐぐ……!?」
「ああ……夢の中でも君に会えて、起きたら本物の君がいるなんて束さんすっごく幸せだよぉ……!」
そう言って胸元に引き寄せている俺の頭をより力を込めて抱き締めた。離れようと必死に足掻いていた俺の抵抗なんて無視して。
世界中の男子が想像する一番幸せな死に方を実践するかもしれないと思っていたところで必死にタップ。それで気付いてくれたのか、何とか息苦しさから解放された。
「えへへ、束さんはしゃぎ過ぎちゃった」
「そ、それはいいんですけど何でここに……?」
苦しかったが同時に嬉しくもあった展開だったからいいとして。
本題であるどうして束さんがここにいるのか訊いてみると、俺を胸元に抱き締めたまま説明が始まった。
「保護プログラムが鬱陶しくて雲隠れしたのは知ってるよね?」
「ええ」
引っ越したというのはこの保護プログラムのことで、政府発案の重要人物を保護するものだ。
この人が開発したインフィニットストラトスというマルチフォームスーツが馬鹿っぽく言うとマジ凄かった。ただ世界が凄いと見たのは本来の宇宙服代わりとしてではなく、画期的な戦闘兵器として。
そのため色んなところから狙われる可能性が出てしまったので政府が束さんの家族ごと各地へ離散させた。付き合いのあった俺達はおろか、家族もお互い何処にいるのか分からない、更には護衛を兼ねての監視付きと悲惨な状況だったらしい。
「で、行方を眩ませてたんだけど……」
「はい」
「それはゆうくんと一緒に暮らすためだったんだよ!」
「えっ?」
俺と暮らすため? どういうこと?
ふふんとドヤ顔で衝撃の事実を話す束さんに驚いて言葉が続かない俺に思惑を説明してくれた。
「聞きたいこといっぱいあるのに聞けない、その上逃げられちゃってたから世界中から批難されてただろうねー」
「突然おっかない人が来た時は何かと思いましたけどね」
実際そうかは分からないがかなり捜索には力を入れていたみたいで、俺や一夏のところにまで聞き込み調査が来た。きっと束さんの妹である箒やご両親にも行っていただろう。
「その節はご迷惑をお掛けしました……」
解放されたかと思えば起き上がって深々と土下座される。頭に付いたウサ耳も力なく地面に垂れ下がっていた。声も沈んでいるのが伝わってくる。
「い、いや、俺は別に怒ってないので……」
「……本当に?」
ベッドの上で土下座したまま恐る恐る伺ってくる。
「ええ。ただ、その……凄く心配しました」
「――――」
俺の言葉に束さんはぽかんと小さく口を開けて呆けていた。そんな驚くようなことを言っただろうか。
こっちは事情も分からず、いきなり行方不明になったと告げられたんだ。心配もする。
何かに巻き込まれたんじゃないかと嫌な考えが過った。もしかしたらと最悪の場合も考えてしまった。今でも想像するだけで怖い。
だから束さんから連絡が来た時は安堵したのを覚えてる。強がって何もないように振る舞ったが何もなくて本当に良かった。
「――――ゆうくん!」
「うわっ!?」
「えへへ、心配してくれてありがとうっ」
長い間呆けていたと思えばこれまた抱き着いてまた胸に顔半分を埋める形に。さっきの経験を生かしたらしく、息苦しさは感じない。
「でも心配ご無用、天地無用! ゆうくんがいる限り、束さんは無敵だからね!」
「いや、でもですね……」
「それより心配なのはゆうくんだよ。ちゃんとお守り付けてる?」
「……はい」
それまで浮かべていた笑みが消えて真剣な眼差しで俺に問い掛ける。
予想通りの質問だ。この人がここまで念入りに訊いてくるのだからペンダントにはやはり何かあるんだろう。
「良かったっ」
シャツの中に隠していたペンダントを取り出せば、たちまち笑顔が戻った。この笑顔を見ると悪いことではないと思えてくる。これが惚れ弱味か。
「大分話逸れちゃったけど続きね。で、いなくて困ってるところに束さんが登場! ある条件を出しました!」
「どんな条件なんですか?」
「ゆうくんと一緒に住ませてくれるなら束さん大人しくするよって」
途中で分かっていたが、敢えて答えを訊くとずばりその通りだった。そしてここにこの人がいるということは束さんとの同居を政府が認めたってことになる。
まぁ政府がどうより好きな人からそう言われたのが純粋に嬉しい。しかし、問題はまだある。
「でも箒とか束さんのご両親はそのままってのは……」
「えっ、箒ちゃんこっち来てるよ?」
「へっ? いつから?」
「勿論、今日からだよ。今頃いっくんのお家でラブコメしてるんじゃないかな」
「えっ、じゃあご両親は?」
「一応声は掛けたんだけどね。久し振りの夫婦水入らずが凄く良かったみたいで暫く二人で生活するって」
「えぇ……」
と、思ったが俺が考えた問題が大体解決してた件について。ご両親も暫くしたら戻るみたいだし、本当にこれでいいのかと躊躇っていたがそれも全て吹き飛ばされた。
「ゆうくん……束さんと一緒に暮らすの嫌だった……?」
束さんにしてはかなり珍しい弱々しい声。はっとして視線を向ければ、いつもは明るく無邪気な雰囲気も不安に押し潰されているようだった。
女の人の、それも好きな人のそんな声を聞かされて嫌だと言えるはずがない。
「そ、そんなことないです」
「じゃあこれからよろしくね!」
たった一言、あまりにも拙いがそう言うだけで束さんの陰鬱そうな雰囲気は消し飛んだ。この人にはやっぱり明るい雰囲気がよく似合う。
こうして二年越しに再会した想い人との同居生活が始まった。
「ゆうくん、背中流してあげるね」
「いや、入って来ないでくださいよ!?」
「大丈夫。水着着てるから!」
「俺は着てないんですよ!」
まぁ、なんだ。
「ゆうくん、一緒に寝よー」
「……百歩譲って一緒に寝るのはいいんですけど、何でそんな浴衣の胸元開けてるんですか」
「この方が触りやすいかなって思って」
「触りません!」
同時に誘惑の日々も始まった訳だけど、この人に追い付くまでは耐えなければ。耐え、なければ……。