直ぐ隣にはウサギさん 作:トッポの人
「ん……ん?」
心地よい小鳥の囀りとカーテンから覗く太陽で目か覚めた。
それだけならいつもの目覚めだ。特に気にすることもない。だが今日はそこに起きた瞬間に手が伸びて、頭を優しく撫でられるおまけが付いている。
優しく、温かく、相手のことを気遣うその手は非常に気持ち良い。起きたばかりなのにまた俺を眠りに誘おうとする。
「おはよ、ゆうくん」
何とか寝惚けた目で撫でる手を追っていけば、そこにはまだ眠いのかいつもより目を蕩けさせている束さんがゆったりと微笑んでいた。
それを見て俺も頬が緩んだ。そして改めて思い知らされた。好きな人が近くにいるのがこんなにもいいものだと。
「おはようございます、意外と早起きなんですね」
「ぅん? 今起きたばっかりだよ」
「えっ、でもこの手は……」
まるで俺が起きるのをずっと見ていてかのようなタイミングで差し出された。寝ていたというには少し無理がある。
「束さんはぐっすり寝ててもゆうくんが近くに来たりすると目が覚めるからね。今もゆうくんが起きたから私も起きたのさ!」
「えぇ……」
横になりながら得意気に話してくるがそんな自慢するような内容ではない。というか昨日初めて一緒に寝たのに何でそんな体質になってるんだ。
唖然としていれば頭を撫でていた手が止まり、今度は束さんがこっちに頭を向けてきた。
「今度はゆうくんが撫でてっ」
「これでいいですか?」
「ん……ばっちり」
言われた通り撫でると気持ち良さそうに目を細める。嬉しそうに笑みも深まっていく。
が、何故かその表情が不安に曇る。
「ゆうくん……今日も何処か行っちゃうの?」
折角の休みだし、普段なら同じく暇になった友達の家に遊びに行ったりする……が目の前に寂しそうな目で見てくる人を放っておく訳にはいかない。
「大丈夫ですよ。今日は一緒にいますから」
「っ、うん!」
撫でる手に一層優しさを込めてそう言えば、たったそれだけで不安は晴れてまた明るい表情に戻る。やっぱりこの人に暗い表情は似合わない。
「ゆうくんっ!」
「ちょ……!」
でも嬉しいからって俺を胸に埋めるのはやめて欲しかった。そうされるのは俺も嬉しいんだけど色々と耐えるのが大変なので。
と思えば今回は割りと直ぐに拘束の手が緩んだ。埋めるのをやめて顔を上げれば――――
「んー……」
「っ!?」
頬を薄く朱に染めてこちらに唇を差し出す束さんが。目前まで迫り、今か今かとその時を待ちわびているようだった。
「こ、恋人じゃないのにそういうのはダメです!」
「むー……身持ちが固いぞ、ゆうくん!」
「それは固い方がいいでしょう!」
「むー……!」
唇を尖らせて可愛らしく不満を露にしてくるがこればっかりは仕方ない。
幾ら相手が束さんと言えど、まだ恋人でもないのにしてはいけません。ちゃんと隣に立てるようになるまでは我慢しないと。
「ふーん、いいもーん。じゃあこっちにするもーん」
不貞腐れたように言う束さんが近付いてくる。何を何処にと訊くよりも早く、それは行われた。
「んっ……」
短い色気のある声が聞こえ、頬に柔らかく暖かく潤ったものが押し当てられる。その直後にわざとらしく立てられた音と共に束さんが離れた。
「ほっぺならいいよね?」
そう訊ねてくる束さんの顔は幸せそうに笑っていた。突然頬にキスされたのに加えて、至近距離でそんなに綺麗な笑顔を見せられたら文句なんて何も言えなくなる。
「そ、そうですね」
「うんっ。んー……」
辛うじて出た言葉もさっき言ったことを覆すようなもの。何だかんだで俺の身持ちなんて固くなかった。世界でたった一人、この人限定で。
もう一度頬にキスされてからベッドの中で今日の予定を話していると二人でお腹が鳴ったのでお腹を満たすことに。
といっても元々買い置きなんてそんなにしてなかったのに加えて、突然の束さんと再会で食料が厳しい。今日は絶対に買い物に行かないと。
「ごっはん、ごっはん、ゆうくんが作ってくーれたっごっはんー」
今料理に取り掛かったばかりなのに、テーブルの上でいつもの服に着替えた束さんが既にその時を待っていた。明らかに即興で作った曲を歌いながらウサ耳と足をパタパタと動かす。
「本当に大したものじゃないですよ」
「ちっちっちっ」
楽しみにしてるところ悪いが本当に材料がない。昨日の残りが少しと卵で何とか他に一品作るぐらいだ。
でも俺の言葉に対して束さんは人差し指だけ立てて横に振る。違う違うと得意気な表情を浮かべて。
「大したものとかじゃなくて、ゆうくんが作ってくれたことが大事なんだよ」
「……煽てても今作ってるのしか出ませんからね」
「ゆうくんの愛がたっぷり入ってれば問題なっしんぐ!」
「はーい、いっぱい入れますよー」
「注いで注いでー!」
何か変な空気になったが密かに心の中でもっと上手くなろうと誓った。誰かのために作るのが上達への近道というのは本当なんだろうな。
「じゃあ今日は買い物も兼ねてデートしよう!」
後ろで見守られながら出来た料理を盛り付けてると束さんが今日の予定を大々的に発表した。
たった二年この地を離れただけだが案内して欲しいらしい。まぁ出来るかどうかは置いといて、束さんとデートは俺もしたいところ。
「でも束さん外出しても大丈夫なんですか? 危ないんじゃ……」
でも忘れちゃいけない、この人は超が付くほどの有名人。普通のファンが追い掛けてくるならまだしも、武器を片手に誘拐しようとしてくるような熱狂的なやつがやって来る。
見えないところで政府の護衛がいるとは思うけど変なことは避けたい。
「だいじょーぶい! 束さんに秘策あり!」
「おお?」
「ふっふっふっ……!」
自信満々に立ち上がるとウサ耳を外し――――
「でゅわっ!」
掛け声と共に勢いよく眼鏡を掛けた。腰に手を当てて大きな胸を張って何処か誇らしげに。
「…………えっ、終わりですか?」
「うん!」
「…………」
嫌な予感がして訊ねるも返ってくるのは元気の良い返事。どうやら本当に秘策は終了したようだ。束さんもどうだと視線でじっと見てくる。どうだと聞かれても束さんの眼鏡姿いいねとしか言えない。
何とも言えない空気が漂う中、判決はくだされた。
「デートは当分お預けですね」
「ああああ! まっでぇぇぇ! ゆうぐんまっでぇぇぇ!」
くだされた判決に束さんは子供のように泣きながら俺にすがり付いて必死に訴えてくる。
でも眼鏡を掛けただけでは直ぐにバレて束さんに危ないことが起きるかもしれない。泣くのを見るのは辛いがこれは仕方ないんだ。
「で、でもそれだけじゃダメでしょう」
「め、眼鏡、この眼鏡普通じゃないから!!」
「眼鏡が?」
今も掛けている眼鏡に何か秘密があるとか。しかし、どこをどう見てもただの眼鏡だ。
「じ、実はこの眼鏡を掛けてると特殊な波長が流れて、ゆうくん以外は束さんって認識出来ないんだよ!」
「何それ凄い」
ISといい、この眼鏡といい、相変わらず無茶苦茶凄いものを作る人だ。しかもこれだけコンパクトなサイズで作られたら本業の人も堪ったものじゃないだろう。
「何度か実験して他の人の場合は検証済みで、あとはゆうくんだけだったのさ!」
「さっきのは実験も兼ねてたんですか」
だから俺のことをじっと見ていたのか。ちゃんと俺が束さんだと認識出来ているか確認するために。
「それもあるけど、ゆうくんが眼鏡フェチかどうかも確認してたんだよ」
「……結果は?」
「良いデータが取れました!」
これ絶対バレてるだろうな。いいなって思ったこと。今回のデータはいつ活用するんだか。
それはさておき、束さんを認識できないなら一緒に外に出ても大丈夫だろう。他の人では確認したって言ってるし。
「じゃあご飯食べて着替えたら行きましょうか」
「うん!」
とりあえずすっかり冷めてしまった料理をまた温めないと。朝から慌ただしいけど今日も一日が楽しみだ。