円卓及びキャメロットの崩壊は、モードレッドの失踪をきっかけに始まったと後の世では考察されていて、それはその時代の当事者達すらも実感していた事実でした。
大きな理由はふたつあって、ひとつは、騎士達の命を賭した歎願を冷たく切り捨てた事実によってアーサー王の求心力が著しく落ちてしまったこと(それがかつて犠牲もやむなしと切り捨てられたことがある者達だっただけに、今一度信じようとしてくれたのを裏切ったという事実が余計に強烈だった)。
そしてもうひとつは、モードレッドが防いでいた弱者や少数派の犠牲がそのまま出るようになってしまったこと。
自身の判断によって多くの犠牲が出たことを報告されたアーサー王は、きちんと覚悟していた筈のそれに想定外のショックを受け、自分がいつの間にかモードレッドのフォローが入ることを前提に動くようになっていたという事実を突きつけられました。
王の命に逆らい円卓の輪を乱す不穏分子と思われ、扱われていたモードレッドが、キャメロットの正しい有り様を守るためにどれだけ大切な役割を果たしてくれていたのかを、多くの者が思い知りました。
……だと言うのに、彼女の後を引き継いで同じ役割を果たそうとする者は現れませんでした。
アーサー王が見せた態度は、モードレッドがこれまで上げてきた功績を、彼女の存在ごと纏めて否定したと判断するには十分な程に明確なもので。
彼女がキャメロットを去ったのは王によって追放されたからだと、一般的には認識されていました。
切り捨てられた弱者を救うという、誰が見ても正しいような行ないだとしても、自身の意向に歯向かうことは絶対に認めないし許さない。
そんな考えが実行に移されたような状況では、『何があろうと王と国に尽くす』という騎士としての心構え以前に、保身としてモードレッドに続くことが出来なかったのです。
極限状態で無意識に取ってしまった態度がとんでもない受け止められ方をしている現状に、一時の恥を覚悟で訂正するべきではないか、モードレッドの汚名を雪いで自分も彼女に助けられていたという事実を明らかにするべきではないかという考えが、アーサー王の脳裏に一瞬浮かんだのだけれど。
王は全てにおいて正しくなければいけない、
心身を縛る枷であると同時に、長年に渡って一人立ち続けるための大切な芯でもあった考えによって、自覚するよりも先に潰されてしまったのでした。
モードレッドを認めない、彼女によって為されていた弱者の救済も必要ない。
行き違いから生じた誤解だった筈のそれを、『決して間違えない正しき王』というスタンスを貫くために許容してしまったアーサー王の統治は盤石さと正当性を失い、モードレッドが最後に残した言葉とは裏腹に、斜陽の時を迎えるのです。
円卓の騎士ランスロットとギネヴィア王妃が不貞を行ない、それを咎められて抵抗したせいで犠牲を生じてしまった一件は、円卓を割ったふたつめの……致命的な亀裂と化しました。
個人的な思惑としてアーサー王は、女である自分が男として玉座にあり続けるための偽装結婚の相手とされてしまい、世継ぎを生むという最も大切な役目を果たせないことを責められて立場が無く、だからと言って自分に非は無いと言うことも出来ずにいるギネヴィアに対しては、心から申し訳なく思っていたし。
彼女を愛し、彼女からの気持ちを受け止めてもくれたランスロットに対しては、裏切り者と怒るどころか感謝の気持ちすら抱いてもいました。
どうにか二人を助けてやりたいのだけれど、それはこの件に関わってしまった者達の立場や責任というものを度外視した夢物語。
絶対的な封建制度によって成り立っていた国と時代で、騎士でありながら王を、妻でありながら夫を裏切るという、その場で切り捨てられても文句は言えない程の事をしている筈なのにそれを裁こうとせず、何とか穏便に済まそうとしているとしか思えないアーサー王に、怒りと不満を爆発させた者達がいました。
モードレッドの臣下は、彼女が姿を晦ませたとほぼ同時に一人残らずキャメロットを去っていて、内部の不穏分子は一掃されたとばかり思われていたのですが。
モードレッドが受けた仕打ち、それをさも当然と言わんばかりの表情で押し通したアーサー王の態度は、モードレッドや彼女の身に起こった顛末を周りで見ていただけの者達の内心にも、確かな燻ぶりを抱かせていたのです。
一見すれば反逆行為に思えるけれど、実際には止む無しと切り捨てられた多くの者達を救い、王とキャメロットに貢献し続けていたモードレッドが冷遇の末に追放されて。
それだけならばまだ、彼女が確かに王の意向に逆らい続けていたことと、反乱分子の多くを懐に抱えていた事実を鑑みて難しい決断を下したのだと、好意的な解釈を出来なくもなかったけれど。
どんな時も、誰が相手でも、王として正しく厳しい判断を下してきた筈の人が、自身に対する明確な裏切り行為を働いた者達を相手にそれが出来ずにいるのは、どう考えてもおかしなことでした。
なぜ、反逆者と誹られながらも多くの人を救ったモードレッドが円卓を追われ、忠誠を誓った王の妃を奪うという段違いの裏切りを働いたランスロットが赦されるのか。
二人の間にどんな違いがあれば、こんな訳の分からないことになってしまうのか。
それを考えた人々は、とある……今までの当たり前からすれば、突拍子もなさすぎる答えに辿り着きました。
二人の騎士が辿った顛末に、深い意味や理由など無かったのではないか。
自分に何かと歯向かう上に、やたらと人気の高いモードレッドが気に食わなくて、傍に置いておきたくなかったから。
子を為せない不出来な妻が靡いた程度では怒らないくらいに、最強の騎士と名高いランスロットを好ましく思っていたから。
好きか嫌いか……一般市民でも理解できるような、その程度のごく単純なことしか、王は考えていなかったのではないか。
決して間違えない正しき王、『王が決めたことならば』という一言で以って多くの騎士を付き従えた完璧な王、人ならざる清廉な騎士王。
それは本当は、正しいか間違いかではなく、個人的な好みや都合で国を動かしてしまうような、俗世じみた人の王だったのではないか。
最初こそ『まさか』と一蹴されたその考えは、消し切ることも出来ないまま徐々に肥大化していって。
自分達だけで消化しきれず、ついに行動を起こしてしまった者達に対して、アーサー王はいつものように『正しい判断』を下しました。
しかし、多くの者達が向こう側の言葉に同調していた状況で行なわれた、口や行動に出さずとも同じように抱いていた不安を『国への害悪』として問答無用で切って捨てたそれは、王に対する不信を決定づける一手となってしまいました。
王が守る『多数』とは王にとって都合がいいもの、切り捨てる『少数』とは都合が悪いもの。
王は正しさではなく私事で以って国を動かしている……清廉な少年のまま変わらないのは姿だけで、数十年を絢爛な玉座にて過ごした王の中身は今や老害と成り果てたと。
涼しい顔の下でとっくの昔にキャパシティの限界を迎え、王は正しく在らねばならない、王は間違えてはいけないという機構としての発想と思考回路に雁字搦めに縛られて。
『老害』という表現が間違ってはいないような精神状態に陥ってしまっていたアーサー王に、ブリテンの各地で行動を伴いながら次々と上がる声を収めることは出来ませんでした。
そうして、ブリテン全土を巻き込んだ反乱は、多くの血を流した末にカムランの丘で決戦を迎えました。
多くの強き騎士がアーサー王の元を去り、または反乱軍側に加わり、『数』という分かりやすい戦力差が明確になっても、王の強さは並外れたもので。
アーサー王一人の存在によって戦力が拮抗し、王の人外ぶりを改めて突き付けられると同時に、かの人に届きうる実力の持ち主がいないという事実に、反乱軍側の士気が下がっていきます。
このままアーサー王の陣営が押し切るかと思われたその時、戦場に思いがけない乱入者が現れました。
地位や実力の違いによって造りや装飾の差異があれど、誰もが立派な鎧を纏っている騎士の戦場に不釣り合いな、草臥れた軽装の旅装束。
見すぼらしい様相とは到底釣り合わないほどに立派な剣を持ち、頭から深くかぶった外套で顔が分からないその者は、あまりに突然のことに反応しきれずにいる騎士達の間を抜け、時にはその頭上を踏み越えながら、戦場のど真ん中……アーサー王の下へと向けて一直線に駆け出します。
王の危機を察し、咄嗟に立ちはだかった騎士が振り抜いた剣の切っ先が外套を引っかけ、千切れながら舞ったその下から、綺麗な金髪と王によく似た顔が現れました。
『反逆の騎士』の名が、戦場全体に波のように広がっていって。
王側の騎士達に戦慄をもたらしたそれは、反乱軍の者達に爆発する士気と共に歓声を上げさせました。
好機を見いだせずに攻めあぐねていた反乱軍は、この瞬間から、たった一人の騎士が行くための道を確保することに尽力しました。
彼らによって開かれた道を、振り切って立ちはだかる強者がいれば自ら退けながら駆ける、反逆の騎士モードレッド。
彼女の剣……アーサー王が繰り出した反撃を避けようとせず、致命傷を負うことも構わずに放たれた覚悟の一刀は、王の体に届きました。
今の一撃に何もかもを込めていたのか、あっという間に力尽きてもたれかかってくるモードレッドの体を受け止める形になりながら、その場に崩れ落ちるアーサー王。
彼女の耳に、モードレッドの最期の言葉が聞こえてきました。
「もういい」
「もういいんです、父上」
「あなたは十分に頑張りました」
「休んでください、誰にも文句は言わせませんから」
「……………………」
「ああ、そうか」
「私は、間違っていたのだな」
「正さねば」
「やり直さなければ」
「私は、ブリテンの」
「お前が誇った、
息も鼓動も既に絶えたモードレッドの、自身の膝の上に乗った頭にそっと手を添えながら。
死に際のアーサー王は、世界が持ちかけてきた契約を受け入れたのでした。
『反逆』という不穏な二つ名にも関わらず、後世におけるモードレッドは、王に逆らう不穏分子として危険視され、それによって円卓を追われようとも、弱者を救うという騎士道を貫いた真の騎士として高く評価されています。
キャメロットを去ってからカムランの決戦に現れるまで、どこで何をしていたのかという明確な記録が一切無いため、好きなように想像及び創作が出来る格好のネタとして、絵画や小説、ドラマや映画といった様々な形で、その期間に起こったことを描いた作品が作られていたりします(行く当てもなく旅をして、機会があれば人助けをしながら、実際にそれなりの冒険をしていたらしい)。
当時も今も、騎士としてかなりの評価をされているモードレッドだけれど、当人はそれを喜んで受け入れる気にはあまりなれません。
何故ならば、当時の自分が騎士道と信じて盲目的に行なっていたことが、物事の道理というものを知らない子供が単純な発想のままに突っ走ったも同然のものであり、力になりたかった筈のアーサー王に多大なる迷惑と心労を与えていたことをきちんと認識しているから。
それによって多くの人を救ったこと自体を悔いてはいないし、自分が定めた騎士道が間違いだったとも思っていないけれど、一番重要な目的を果たせないどころか逆張りだったところに関しては、穴を掘って埋まってしまいたいくらいだと思っています。
ちなみに、これはサーヴァントになってからではなく生前の、キャメロットを離れて各地を旅していた頃に、『父上』でいっぱいになっていた頭が冷えて精神的な余裕が生まれ、様々な知識や経験を得られたことによって気付いたものです。
アーサー王の立場では、突如現れた不義の子を、しかも覚えが無い上に現実的にあり得ない存在を簡単に認めるわけにはいかないということも理解しているので、アーサー王に対する恨みや不満というものは一切無く、むしろ『ご迷惑をおかけして、しかも気付けずに散々上塗りしてしまってすいません……』と頭を下げて謝りたい所存であったり。
剣士としての確かな実力があるだけでなく、判断力や責任感といった精神的な強さも持ち合わせているモードレッドの有り様は、一見すれば頼りになる立派な騎士のそれなのだけれど、彼女の素はあくまで原典と同じ、猪突猛進なやんちゃ坊主といったもの。
自身が定めた騎士道と、結果としてキャメロットの不和を作り出してしまったことへの使命感と責任感に追われ、無理に大人になってしまった子供の痛々しさは、ちょっと気を付けて見ていれば聡い者ならばすぐに分かるだろうし。
信頼関係の構築と共にモードレッドの気が緩む機会が増えれば、素の悪ガキっぷりに触れる機会だって多くなることでしょう。
騎クラスになってからの、年相応の遊び心と無邪気さを全開にさせたはっちゃけぶりのギャップは、原典よりも大きなものになると思われます。
こちらのアーサー王……アルトリアが聖杯問答にて、真面目な表情で原典と同じことを口にすれば、ギルガメッシュとイスカンダルは『建前はいいから、今は本音をぶっちゃけろ』と促すことでしょう。
そして、要領を得ないやり取りを何度か繰り返した先で、『自分が本当に望んでいるものは何なのかすらも分かっていないのか……』と、心底呆れて肩を落とされることでしょう。
原典の彼女も十分すぎるほどに余裕が無かったとは思いますが、こちらの場合はより一層、聖杯とそれを使って願いを叶えるということに対して切羽詰まっていると思われます。
『国』や『国民』という大まかで分かりにくいものよりも、明確に思い描ける特定の誰かのことを意識していた方が、イメージのしやすさと共に、想いや覚悟はより強固なものと化す筈ですから。
……例えそれが無意識下のもので、自分では全く気づいていなかったとしても、
こちらの切嗣も、アルトリアのことをガン無視はしながらも、『
実際には、切嗣の思想と願いを本当の意味で理解して後押ししてくれる者がいるとしたら、それはモードレッドの方だったわけですが。
もしカルデアで居合わせることになった場合、勇気を出して改めて交流を試みようとするアルトリアと、自分の存在と一挙一動がアルトリアにとっては地雷と厄災でしかないと思い込んでいるモードレッドが、曲がり角とかでばったりと出くわし……。
「げっ、ちちう……じゃなかった陛下!!
申し訳ありません、これは本当にたまたま、運悪く鉢合わせてしまっただけですので!!
お目汚し失礼いたしました!!」
と、一目散にその場から逃げ去り、一人残されたアルトリアが伸ばしかけた手と開きかけた口を持て余しながら立ち尽くすというような光景が、時々見受けられることになると思われます。
モードレッドの過剰反応が、これ以上父に迷惑をかけたくない、これ以上嫌われたくないという子供の自己防衛本能から来ているものだということを周りも察しているので、何の策も無いまま下手に仲介を試みるわけにもいかず。
すれ違った末に絡み合ったどころか、そのまま厳重に結ばれてしまった二人の問題は、当分の間カルデアを騒がし続けることでしょう。
特別な場所と環境によって成り立った騎クラス(水着霊基)とは別に、こちらのモードレッドは通常の仕様として殺クラスの適性があります。
周りから騎士として認められていなかったこと、どこに行って何をしていたのかが全く分からない期間があること、最後の決戦に顔と正体を隠した状態で現れたことなどがその理由です。
モードレッド自身も、周りや後世の評価とは裏腹に、自分は立派な騎士なんかじゃないと思っていて。
自身の真価を発揮できるのは剣クラスであるということを承知していながら、実際に機会があれば殺クラスで現れることが殆どです。
それを敢えて剣クラスでの現界が叶うとすれば、適切な触媒が用いられていたか、真の実力を発揮しなければならないと思わせる程の何かがあったか。
……生前に、全てを賭してでも成し遂げようと、成し遂げなければならないと思った最後の騎士道。
『
このモードレッドは絶対に獅子王の下へはつきません、断固として反逆を貫くことでしょう。
その辺りはまだ、ネタの段階でも全然詰められていないのですが、今の内から少しずつ考えておきたいと思います。