成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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幻の少年

 

 かつてはローマ帝国の主要都市のひとつであり、今は連合ローマ帝国の軍が展開されているガリアの町。

 それをぐるりと囲む城壁の上から、周囲を余さず見渡さなければならない筈の兵士達の目線と注目が、城門付近の喧騒へと向けられていた。

 人や荷車が列を成し、入城の許可が下りるのを順番に待っている様子が窺える。

 検査に追加の人員を割かれ、物資の流れが多少滞ったとしても、この工程を一切の妥協無く行うべきというのが、この部隊を指揮する『皇帝』その人の采配だった。

 

 

「随分と警戒が厳しくなってるな」

 

「次の戦いが近づいてるんだ、無理もないだろ。

 斥候も帰ってきていないらしいし、そんな状況でこっちの情報だけ取られでもしたら堪ったもんじゃないからな」

 

 

 過剰にも思える程の警戒態勢と、それを決行した者達の心境に理解と共感を示しながらも、彼ら自身の意識や心境はそこまで張りつめてはいなかった。

 高い城壁からはとても広い範囲を見渡すことが出来るから、ちょっと目と注意が逸れても敵の接近に気付くのには十分間に合うから、この高い壁を誰にも気付かれることなく越えて不意を打つなんて到底無理な話だから。

 そんな、抱いてしまうのも仕方がないような安心と油断の隙をついて、真昼だというのにホラー映画のワンシーンを思わせるような異様な迫力と勢いで、城壁の向こうから現れた手があった。

 丁度そちらに背を向けた状態で、未だ談笑に興じていたが故に、それに気づけなかった兵士達はある意味で運が良かったと言えるだろう。

 見つからなければそれでよし、見つかったとしても速攻で意識を刈るから結局は問題なし。

 そんな、本当に忍ぶ気があるのか問い詰めたくなるような脳筋思考で以って、侵入者はその場所に踏み込んでいたのだから。

 城壁を構築する石材をそのまま砕き割りそうな力強さで掴み、その身を一気に乗り上げさせた彼は、誰の目にも耳にも気づかれていない、実力行使の必要がまだ無いことを一瞬で確認し、町並みへと続く向こう側の虚空へと一息で駆けた勢いでそのまま飛び込んだ。

 これ以上の怠慢は流石にまずいと、警備と警戒に戻ろうと振り返った兵士達の目の前には既に、何の変哲もないいつも通りの光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、侵入が物理的に困難な場所であったが故に油断してしまった兵士達の隙をつき、困難だとしても不可能ではないのだと証明しながら、第一関門を力ずくで突破したリンクは、一旦人気のないところに身を隠す……なんてことはしなかった。

 厳重な警戒と検問は確かに、内部の秘密と安全を守る為には必要不可欠なのだけれど、それを徹底することでとあるデメリットが生じてしまう側面もある。

 ここは守られていると、大丈夫だという信頼と安心が高まる程にどうしても、『中に入れた者、中に居る者は、きちんと証明された味方である』と無意識に思い込んでしまうのだ。

 この状況では、下手に視線を避けたり身を隠そうとする素振りを見せた方が逆に目立ち、怪しまれていただろう。

 外套を頭から深くかぶり、変なトラブルの元となりかねないことを一応は自覚した顔を隠し、その風体のせいでたまに人目を引きながらも、数々の危機を乗り越えてきた経験から来る豪胆な精神と心臓で以って、多くの人と喧騒が行き交う大通りを堂々と闊歩するリンクを侵入者と疑うことが出来る者は、誰一人として存在しなかった。

 

 

「物資の搬入はあらかた終わったな」

 

「ああ……だけど念には念だ、追加分の申請をすぐに出しておこう。

 裏の取れていない、あくまで噂の話だけれど、帝国側に新たな将が加わったらしいからな。

 次の戦いは相当な激戦になると見ていいだろう、準備しておくに越したことは無い」

 

「…………(既にこれだけの物資を投入しておきながら、まだ追加する余裕があるのか。

 テントを広げて並べただけの野営地に、備えも決して豊かとは言えない状況で、今までよく戦線を維持したものだ……ブーディカさん達、本当に頑張ってたんだな。

 この状況で長期戦にもつれ込んでもこっちが消耗するだけだ、次の戦いで何が何でも決着をつけないと)」

 

 

 さりげなく繰り広げられている重要なやり取りに、通り過ぎざまに耳を傾けて情報を得ながら、外套の下に隠れたリンクの目はとあるものを探して動いている。

 そうして、ふとした瞬間に希望に沿うものを見つけたリンクは、口元に僅かな笑みを浮かべ、息を荒げながら大きく上下する背中へと声をかけた。

 

 

「あの~、すみません」

 

「何だ、今は忙しいんだが」

 

「分かってます、大変そうなので手伝って来いと言われまして。

 えっと、この荷物ですね」

 

「ちょっ……待て待て坊主、そんな細い体で無理すんn」

 

「よいしょっと」

 

「嘘だろ、マジか!?」

 

「これ、どこに運べばいいですか?」

 

「あ、ああ……それじゃあ、そっちの奥に重ねておいてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「悪いな、正直言って助かったわ」

 

「いえいえ、仕事ですから。

 ああそれと、実は俺、さっきここに着いたばかりで、建物の場所とか覚えきれてなくて。

 こっちが終わったら、次は武器庫の方に来てくれって言われてるんですけど……この通りをあっちの方に向かって、突き当たったら右で良かったですか?」

 

「逆だ逆、誰にどんな教わり方をしたんだ!?

 危なっかしい奴だなあ……仕方ない、適当に地図を書いておいてやるよ。

 それを全部運び終わった後で渡してやるから、頑張ってくれ」

 

「ありがとうございます。

 ……あの、出来ればその地図に、覚えておいた方がいい重要な場所についても書いておいてもらいたいんですけど」

 

「ああ、構わないよ」

 

 

 その後、荷物の山を早々に片付け、簡単ながらも丁寧に書かれた地図を受け取り、お礼を言いながら雑踏の向こうへと消えていった彼を……深くかぶった外套のせいで殆ど様相が窺えなかったにも拘らず、何故か惹き付けられて仕方がなかった少年を、見かけることは二度と無かったという。

 




 最初にわざと間違いを提示して、それを訂正させることでより正確な情報を得ることは、ホームズの情報収集テクニックです。
 リンクはそれを知りませんが、執筆のネタとして参考にしてみました。

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