成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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ガリア戦終幕

 

「……ようやく来たか、待ちくたびれたぞ

 しかし、だ……どうやら、私が退屈をするだけの価値はあったらしい」

 

 

 ロマニが伝えてくれるサーヴァント反応の測定を頼りに、戦いの喧騒の中を駆け抜けた立香達を待っていたのは、月桂樹の冠をかぶったふくよかな剣士だった。

 少々予想外すぎるその姿を前に、務めと状況を一瞬忘れて呆けてしまった彼らに、連合の『皇帝』は少々呆れた様子で口を開く。

 

 

「我らの愛しきローマを継ぐ者……そして人類最後のマスター、その背に人理の全てを負った少年よ、名前は何と言ったかな。

 …………沈黙するな、戦場であっても雄弁たれ。

 それとも、名乗りもせずに私と刃を交えるか。

 それが当代のローマ皇帝の在りようか?

 さあ語れ、貴様らは誰だ。この私に剣を執らせる貴様らの名は」

 

 

 表情も声の調子も、それ自体は静かで穏やかなものだったのに。

 逆らう気そのものを根底から失せさせるような……それどころか、彼の発言は全て正しく、彼の言う通りにすれば何もかもが上手くいくのだと、盲目的に信じ込ませてしまうような。

 気づいてしまえば畏れを抱かずにはいられない、異様な力を持った声と言葉を紡ぐ男に、立香は自身の背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 恐らくはマシュも、ネロも、同じようなものを抱かされたのだろう。

 ゴクリと喉を鳴らし、か細い息を零しかけた唇を噛みしめ、震える手足を叱咤し、今にも逸らしてしまいそうな眼差しを懸命に前へと向ける。

 そんな少年少女達の必死な姿を、ある意味で眩くて堪らない光景を前に、カエサルは心中で密かに笑みを零した。

 

 

「ネロ……ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスこそが余の名である。

 僭称皇帝、貴様を討つ者だ!!」

 

「カルデアのマスター、藤丸立香!!」

 

「マシュ・キリエライト、マスター立香のサーヴァントです!!」

 

 

 彼らが最初に気圧されてしまったことに関しては、特にマイナスとは捉えていない。

 カエサルが本当の本気になれば、自分自身の意思から来るものであると錯覚させたまま思考と行動を誘導するという、恐れを抱き警戒する以前の問題となることだって出来るだろう。

 最優と謳われるセイバーのクラスでの召喚を心から疑問に思ってしまう程に、自身の最も優れた武器は剣ではなく弁舌だということを、彼は自負している。

 それを、様子見故に多少手加減されていたとはいえ、真正面から受けながら耐えてみせた上に負けじと声を張り上げてきた彼らの姿は、好ましいと思うには十分だった。

 

 

「良い名乗りだ、そうでなくては面白くもない。

 その美しさはローマに相応しい、世界の至宝たる麗しき第五代皇帝……そして、天文台よりの使者達よ。

 ここまで来られた褒美だ、我が黄金剣『黄の死(クロケア・モース)』を味わえ」

 

 

 本来ならば戦闘向きな人ではないことが明らかな体型と、恐ろしい程によく回ってこちらの思考をかき乱してくる弁舌のキレ具合からして、彼が自ら剣を抜いて戦闘に移行するのは最終手段であり、あの言葉でもっと攻めてくる筈だと考えていた立香は、その予想を裏切り、男がいきなり問答無用で剣を抜いてきたことに驚いて目を剥いた。

 内心の動揺をあからさまに表してしまっている立香に対して、男はまるで、咎め叱咤しているかのように声を上げる。

 

 

「さあ此処へと進め、既に賽は投げられているぞ!!」

 

 

 翻された黄金の刀身が、陽光を受けて眩く輝く。

 時と場合によっては見惚れてもいたであろうその美しさは、今この時においては、激戦の始まりを告げる合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一般人に辛うじて毛が生えただけの素人魔術師、数合わせの補欠に過ぎなかった48人目のマスター。

 彼を慕うサーヴァント達も、彼を信じるスタッフ達も、立香本人ですら潔く認めるしかないその事実は、正しく、そして良い意味で、彼に身の程というものを弁えさせていた。

 

 

「マシュ、右斜め後ろ!!」

 

 

 かけられた言葉の意味を認識すると同時に振るわれた盾の鏡面が、黄金剣の強烈な一撃を受け止める。

 ネロを守り、彼女が攻撃する隙を作ることに集中していたマシュは、自分自身に対する守りが無意識に疎かになってしまっていた。

 そこを的確につかれた一撃は、離れたところから戦況を見守っていた立香が教えてくれなければ、防ぐことは敵わなかっただろう。

 マスターらしく事細かに指示を出して戦況を動かそうとか、サーヴァントを手足の如く扱ってみせようとか。

 本来の『聖杯戦争』に参加するような一流の魔術師なら当然に考えそうなことを、立香は人理修復を始めた初期の段階で切って捨てた。

 曰く、『ターン制の、入力が済むまで攻撃しないで待ってくれるタイプの戦闘だって、ちょっと選択ミスしただけで総崩れになることが普通にあり得るのに。現実のリアルタイムで、決断するまでの猶予が下手すれば数秒も無いような状況で、何をしてくるか全く読めない初見の敵を相手に、そういう勉強とか訓練とか一切したことない素人だけどもしかしたらワンチャンあるんじゃないかって、期待すること自体が既におこがましいと思う』とのことで(発言の意味を理解出来た者はほんの少数であった)。

 

 色々な意味でド素人な自分が、下手な見栄とか責任感に駆られて自己満足の口出しをしても、大惨事を起こす結果しか想像出来ない。

 ならばいっそのこと、少し離れたところから冷静な視点で全体を俯瞰することに集中しようとした、立香の堅実な考えは、それなりの成果を出していた。

 戦闘の真っ只中に身を置き、目の前の駆け引きに集中するネロとマシュでは気づけない隙を指摘して、動きと認識を補完させる立香の声は、マシュの守りをより一層強固で万全なものにして。

 どんな攻撃からも守られているという信頼と安心感は、舞い散る薔薇の花びらのようなネロの剣舞をより一層美しく苛烈なものとした。

 立香はよく気付き、マシュはよく守り、そしてネロはよく攻めている。

 ……それでも、恐ろしいことに。

 傍から見る者達だって及第点をくれるであろう、自分達はよく頑張っていると胸を張って言えるだけの猛攻をたった一人で捌きながら、ふくよかなセイバーは未だ余裕を保っていた。

 

 

「……ふうむ、予想以上だ。

 貴様ら、なかなかに強いではないか。

 まあ、そもそもの話として、名将たる私を一兵卒として戦わせるという運用自体が、最適なものとは言えぬのだが」

 

「こんなに強烈な剣を振るっておいて、どの口で……」

 

「嫌味にしか聞こえぬな!!」

 

《くそっ……持ち堪えてはいるけれど攻め切れない、決め手が足りないんだ!!》

 

(誰か呼ぶか?

 ……いいや駄目だ、まだだ、それで終わらせられなかったら次は無い。

 あとは止めを刺すだけとは言わない……せめて、ほんの少しだけでも、こっちが優勢になってからでないと)

 

 

 絶対に間違えられない、間違えてしまったらもう後は無いという切羽詰まった緊張感から、事態を動かす可能性を持った一手を放つことを躊躇ってしまう立香。

 その迷いは、相手に先手を取ることを許してしまった。

 

 

「まだだ……その程度ではまだ、貴様らの行く先に、私の願いを託す訳にはいかぬ」

 

「こ、この気配は……気をつけて下さい、マスター!!」

 

《魔力が上昇している!?

 いや、自ら抑えていたものを開放しているのか!!

 どうやら相手は本気になったらしい、というか本気ではなかったのか今まで!!》

 

「ヤバい、ミスった…っ!!」

 

 

 自分は最後の手段を温存しておきながら、向こうは既に全力を出しているだなんて、そんな希望的観測をなぜ疑うことなく抱いてしまったのか。

 慌てている場合ではないと、どうにかして取り戻さなければと奮い立とうとするごとに、逸る心が冷静な思考を妨げる。

 血の気が一気に足元まで落ちるかのような、全身から冷たい汗が噴くような、喉が塞がって声どころか呼吸そのものが阻まれてしまっているかのような。

 ロマニの慌てた声が自身を呼んでいる、それだけは辛うじて認識出来た程度に白んでしまっていた立香の意識に、ただひとつ、鮮明に飛び込んできたものがあった。

 

 

「………マ、マシュ」

 

「センパイ、大丈夫ですか!?」

 

「あの位置と体勢から、まさか間に合うとは……やるではないか、デミ・サーヴァントの娘よ。

 貌も魂も、もちろん体も、実に美しい。

 ああ、良いな、こんな状況でなければひとつ本気で口説いていたところだ」

 

 

 ほんの一瞬、意識が遠くなっていたその間に、立香の周りの様子は一変していた。

 見せてしまったあからさまな隙を逃さず、マスター狙いを図ったのであろう黄金剣の一閃が、本当にギリギリのタイミングで飛び込んだのであろうマシュの盾によって辛うじて受け止められている。

 心底楽しそうに笑いながらも、剣に込められている力が緩む気配は一切無く、背後にいる筈の彼の様子を窺うことすらままならない状況で、それでもマシュは懸命に声を張り上げた。

 

 

「マ、マスター……大丈夫です、落ち着いて、時間は稼ぎますからゆっくり考えて下さい!!

 絶対に間違えられないのも、責任重大なのも分かっています!!

 だけど、その重荷を、マスター一人に背負わせる気はありません!!

 だって私は、体だけでなく心も守ると誓った、あなたの盾ですから!!」

 

 

 目の前に立つ背中は、自分よりもずっと小さく華奢な筈なのに、守ってあげたいと思う気持ちは変わらないのに。

 それと同時に、頼もしくて、誇らしくて堪らない。

 これが自分の後輩だと、頼れる仲間がどんなに増えても変わらない、人理修復の旅路を共に歩み出した一番最初のサーヴァントだと、鼻と喉の奥から込み上げてくるものと共に実感する。

 大きく息を吐き、胸中に渦巻いていたものを全て吐き出した立香は、黄金ではなく赤い光で手の甲の三画を輝かせながら、召喚の可能性に備えて待機してくれている者達の中の一人の名を呼んだ。

 

 

「来てくれ、ジャンヌ・オルタ!!」

 

 

 その声を上げたと同時に立香は、オルレアンでのタラスク戦で小次郎を呼んだ時と同じ、生命力が根こそぎ吸い取られようとしているかのような凄まじい虚脱感に苛まれ……あの時のように耐えられず膝をついてしまう前に、一歩踏み出した彼自身の足で体勢を保つことに成功した。

 苦労して試練を乗り越えた成果はちゃんとあったのだと、遅ればせながらようやく我が身で以って実感出来た立香は、倒れはしなかったまでも決して辛くない訳ではない体に鞭打ち、息を荒げながら顔を上げる。

 そこには、フランスの特異点では恐怖の象徴であった筈の竜の魔女の、体の端にまだほんの少し金の粒子を纏わせた、頼もしい後ろ姿があった。

 自身の後ろに立つ立香の辛そうな様子を、肩越しに振り返りながら窺ったジャンヌ・オルタが、苦々し気な表情で舌を鳴らす。

 

 

「……あまり長引かせると、マスターの身が持ちそうにないわね。

 マシュ、皇帝サマ、一気に攻め切るわよ!!」

 

「はい、オルタさん!!」

 

「……随分と派手で珍妙な登場をしたので、多少度肝を抜かれたが。

 味方なのだな、ならば良し!!

 漆黒の戦乙女よ、このネロと轡を並べることを許そうぞ!!」

 

 

 ジャンヌ・オルタが腰の剣を抜くと同時に解き放たれた、地獄の劫火のような熱と質量を伴った魔力が自分達の身の内にまで熱い昂りを生み出し、そこから新たな力が込み上げてくるのをマシュとネロは感じた。

 多くの竜を支配し、統率することを可能とした『竜の魔女』としてのスキルは、竜の属性を持つ者だけでなく、共に戦う仲間達の能力を向上させるという効果も現れるようになっている。

 『裁定者(ルーラー)』という、彼女を創ったジル・ド・レェが設定したであろうクラスが、怒りと憎しみの炎を操るジャンヌ・オルタの性質に合っていなかったのか、オルレアンでの彼女は折角の炎を単に撒き散らすくらいにしか扱えず、技術としての戦闘ははっきり言ってお粗末なものだった。

 しかし、カルデアの召喚システムによって今度は正式に、怨讐の炎を心置きなく揮うことを決して妨げない『復讐者(アヴェンジャー)』のサーヴァントとして召喚され……更には根が素直な上に真面目な努力家で、自身がサーヴァントどころか人としても幼く未熟であることを痛いほどに自覚し、それでも自分に未来を示してくれた人達の為に頑張りたいと願う気持ちから、教授してくれる一部の者以外には極秘(という名の周知の事実)で特訓を行い、立香が雑談の一環として時折話題にしていた現代日本のサブカルチャーの影響をそこそこ受けながら、持ち腐れだった膨大な魔力の制御と扱い方を身につけた。

 その結果彼女は、広範囲を焼くのではなく一点を貫くことに特化した戦闘系サーヴァントとして、未だ成長の伸びしろを残している身でありながら、カルデアの主力組の一人に名を連ねていた。

 

 純粋に数が増えた上に、強力なバフがかけられたことで先程までとは比べようも無いほどに激しくなった少女達の猛攻を前に、流石のカエサルも拮抗を保ちきれない。

 そうなった要因には、ただ単に戦力のバランスが崩れたことだけでなく、カエサルがせめて表には出すまい、悟られまいと必死になって努めた驚愕と動揺があった。

 何故なら、『マスター』により呼び出されて新たに戦線へ加わった少女が揮う力、煽られただけで骨まで焼けてしまいそうな灼熱の炎は、形と力を持った怒りと憎しみに他ならなかったのだから。

 これだけ強力な怨念を能力として扱えるということは、彼女が生前に受けた仕打ちはそれはもう悲惨なものだった筈。

 それが『炎』という強烈な形を取ったということは、もしかしたら彼女は最期の時に、生きたまま焼かれてしまったのかもしれない。

 サーヴァントとしての在り方と能力は、その者自身の生前の生き様に加えて、『あの人はこういう人だったに違いない』という人々の強い認識によって形作られる。

 『あれだけの仕打ちを受けた者が恨みを抱かない筈がない、憎しみの炎を滾らせない訳がない』。

 彼女は最初、間違いなく……そんな概念を負いながら、それを体現するに相応しいだけの苛烈な有り様で、現界を果たしていた筈なのに。

 今目の前にいる少女は、自分達を指揮する為に無理をするマスターの身を案じ、仲間達と助け合いながら、彼女の芯を構成するものであるが故に消えることや和らぐことは決してあり得ない復讐の炎を、人理焼却に抗うカルデアのサーヴァントとして、人の未来を諦めない為の力として揮っている。

 それは正しく、『過去』と『未練』しか持ちえない筈のサーヴァントが、その身で体現する『未来』と『希望』の形だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人理は、未来はちゃんと繋がってるんだってことを、皇帝に証明してやってくれ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(咄嗟に思い出した、あの別れ際の言葉が参考になったけど……やっぱりまだまだ、あいつから独り立ちするのには時間がかかりそうだな)

 

 

 例えその場にいなかったとしても、その言葉や存在だけで十分に助けとなってくれる。

 そんな彼のことを、朦朧とし始めた意識の中で思い出しながら、立香は震える手で取りだした小瓶の中身を一気に呷った。

 

 

「オルタ、宝具展開!!」

 

「なっ……ちょっと、あんた正気!?

 今までの戦闘で既に魔力はギリギリの筈よ、それで宝具まで使ったら冗談でなく干乾び」

 

「いいから早く、見栄とかやせ我慢とかじゃなくて本当に大丈夫だから!!」

 

 

 激戦の最中だというのに、思わず振り返ってしまったオルタが目にしたのは、様子も顔色も予想外に元気そうな立香の姿。

 軽く目を見開きながらの一瞬の逡巡の後に、立香に続いて覚悟を決めたジャンヌ・オルタは渾身の詠唱を張り上げた。

 

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!!

 『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメンド・デュ・ヘイン)』!!」

 

 

 折角回復させた魔力を一瞬でごっそりと持っていかれ、頭から倒れかけた体を朦朧とした意識の中で必死に、何とか保たせた立香は。

 ジャンヌ・オルタが繰り出した宝具の炎の向こう側で、それまでずっと貼り付けたような表情を絶やさずにいたセイバーが、心からの笑みを浮かべたのを見た気がした。

 







「魔力を回復出来る薬を一人でさっさと作って、それをあっさりと人に渡してしまうだなんて。
 リンクって本当に多才ね、あいつに出来ないことってあるのかしら。
 ……まああいつの場合は、大変な旅路の中で、何もかも自分でやらなきゃいけない状況が多かったのが理由だろうけど」

《でも立香君、そんな凄いものを予め貰っていたのなら、もっと早くに使っても良かったんじゃないか?
 リンク君自身が必要なものは決して出し惜しみしない性質だし、無くなったらまたすぐに作ってくれたと思うんだけど》

「…………じ、実は。
 あいつが、大鍋に大量の虫を入れて煮込んでるところを見ちゃって……」

「………………」

《………………》

「………………で、でも、貰った薬がそれだとは限らないんじゃ」

「出来上がった奴を、その場で小瓶に入れて渡してくれたんだ」

「…………………………」

《…………………………》

「…………………………ナイス勇気」

「ありがとう」


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