成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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形ある島

 

 軍の最高指揮官を討ち取るという大戦果を上げたネロ達を、相当暴れまわった筈なのにまだまだ元気そうなスパルタクス、戦闘とは別の理由で疲れてしまっているブーディカ、壊れた武器とゴーレムの残骸の山の上で一息ついていたリンクが迎え、その光景を前にした帝国軍の兵士達が上げた歓声が、此度の戦いの締め括りとなった。

 連合の兵士達に関しては出来る限り露払いと時間稼ぎに努め、指揮官狙いの一点に力を注いだため、軍全体としての力は未だ保たれていて、それを制圧するのはまたひと手間だと考えられていたのだけれど。

 どうやらカエサルは前もって兵士達を説得していたらしく、ガリアの町は籠城からの抵抗を試みることも無いまま早々に開放された。

 大人しく投降することを選んだ者達も、連合軍の別部隊に合流する為に去っていった者達も、どちらも選べずにそっと姿を消した者達も。

 選択肢として提示されながらも最終的には自分で決めたと思っている道が、どれを進んでも帝国軍とネロ、加えて彼女達に協力しているカルデアに、激情に任せた短絡的な手出しをさせないという結果に繋がっているのだということには、恐らく気づいていないだろう。

 ガリアの再統治は予定よりもずっと早く終わり、遠征部隊の指揮官に次いでガリア総督の任を負ってくれたブーディカに後を託した一同は、盛大な見送りを受けながらガリアの地を発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………見事だ。

 第五代皇帝、そして天文台よりの使者達よ。

 未来への希望、人理の可能性は、確かに此処にあった。

 私は来た、私は見た……ならば此度は、また次があることを信じて去るとしよう』

 

『……あの、あなたさえ良ければ聞かせてくれませんか?

 ローマのことも、ネロのことも、そんなに嫌っては……いやむしろ、とても大切に思ってそうだったのに。

 一体どうして、ローマの敵なんかに……』

 

『なに、至極簡単な話だ。

 この私……ガイウス・ユリウス・カエサルとて、万能の願望機への誘惑に抗えぬ、ありふれた男の一人に過ぎなかったというだけのこと』

 

『なっ……馬鹿な、カエサルだと!?

 初代皇帝以前の支配者、偉大なる終身独裁官の名をなぜ貴様が!!』

 

『そう驚くな、既にカリギュラに遭遇した貴様ならば分かっているだろう。

 本物だ、私も奴も。

 それが我が連合帝国の、宮廷魔術師の力なのだよ』

 

『宮廷魔術師!

 その人物の名を、教えていただけますか!?』

 

『それは出来んな。

 互いに尊重し合うような良好な関係とは決して言えなかったが、一応はマスターとサーヴァントであったのだ』

 

『…………そう、ですか』

 

『そんな風に言われたら、マシュにはもう、それ以上突っ込むことは出来ないな。

 ……だけどマシュ、よく考えてみて。

 例え名前は言えないとしても、連合の宮廷魔術師が『マスター』であることと、その人のところに聖杯があることは、ちゃんと教えてくれたよ』

 

『あっ!』

 

『やれやれ、今のは確かにあからさまだったが。

 だとしても、遠回しな表現を使用している以上は、気付いたとしても明確な指摘は避けるのが粋というものであろうに。

 ……いや、どうやら、そんな駆け引きを楽しめるような時間は無いようだ。

 当代の正しき皇帝よ、最後にひとつ予言じみた忠告をしてやろう。

 連合首都で貴様の訪れを待つ『あの御方』、その名と姿を目にしたその時、ローマの至宝たる麗しきその顔を、貴様は絶望で彩るであろうとな』

 

『………下らない、それで脅しているつもりか』

 

『此度ばかりは素直にそのまま聞いてくれ、忠告だと言ったではないか。

 この試練を乗り越えられるかどうかが、在るべきローマを在るべき形で残せるかどうかの分岐となる。

 如何に堕ちようとも美しいであろうその姿を、見届けられぬのは残念ではあるが……まあ、貴様達ならば大丈夫であろう。

 ……勇者殿に、あなたと話せて良かったと伝えておいてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、リンク。

 ガリアの町に忍び込んだ時に、カエサルと一体何を話したんだ?」

 

「悪いけどそれは秘密。

 帝国も連合も関係ない、ただの『カエサル』としての、ごく個人的な話だったし」

 

「……あなたと話せて良かった、ありがとうって。

 伝えてくれって頼まれたよ、勇者様にさ」

 

「やっぱり気付かれてたか、わざわざありがとうな」

 

「…………動じないなあ、お前!!

 敵の将軍とこっそり接触していたことを指摘されるとか、実は色々とバレていたとか、俺的には結構な驚かしポイントだったのに!!」

 

「何か狙ってるな~ってのが前もってわかると、話題の予想と心の準備が出来るんだよな」

 

「あーもー悔しい、機会があったら自分が主導権を握る話し方とか機転の利かせ方とか教わってやる!!」

 

「こらそこ、何を二人だけで盛り上がっているのだ!?

 楽しそうではないか、ずるいではないか、余も混ぜよ!!」

 

 

 エポナの背の上で繰り広げた、そんな賑やかなやり取りから始まったローマへの帰路は、極めて順調なものだった。

 道中何度か耳にした噂話に対する密かな引っ掛かりと、その内容の重要性について考え続けて、何日か経った辺りでついに堪えられなくなったネロが、予定外の寄り道を決めたこと以外は。

 何が起こるか全く読めない以上は、少数精鋭を徹底すべきだというリンクの進言を受け入れたネロは、部隊に一日の休養を与え、自分とカルデアの三人のみで船を出した。

 『古い神』が居ると噂の、地中海に浮かぶとある小島を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、公園の手漕ぎボートの利用時間よりは長く、しかしディナーコース付きの遊覧クルーズよりは短かった、ささやかな航海を経て目的の小島に辿り着いた海岸で、一同は想定外の、しかしある意味では妥当な理由での足止めを食らっていた。

 船体と乗組員を盛大かつ豪快に振り回し、しかし沈没や転落などの取り返しのつかない事態だけはギリギリのところで踏みとどまるという、ある意味で凄技と言えるであろう操舵テクニックを駆使して地中海の荒波を越えたネロは、その迫力満点な船旅がよほど楽しかったらしく、上気した頬で目をきらきらと輝かせながら、身の内から溢れる興奮を決して堪えることなく表している。

 そんな彼女の傍で護衛を務めつつ相槌を打っているのは、デミ・サーヴァントとしての身体能力強化に三半規管も含まれていたおかげで、若干顔色が悪くなりつつもしっかりとした重心で立つことが出来ているマシュ。

 問題なのは、青を通り越した白い顔色で波打ち際に膝をつき、苦笑いのリンクに背中をさすってもらいながら、脳髄からかき回されているような不快感と、胃ごと吐き出したくなるような嘔吐感に苦しみ続けている立香だった。

 

 

「うぅ……ぐ、おぇっ…………」

 

「少しは良くなったか?」

 

「まだ、全然ダメ……」

 

「……薬でも飲むか?

 今なら奮発して、マックストカゲを使った強力な奴を」

 

「やめて、もう吐くもの無いんだってば!!」

 

「…………それじゃあ、何か食べる?

 体力が随分と消耗してそうだし、ガッツリと串焼き肉とか」

 

「うっ、ぐえ………」

 

「ど、どうした立香!!」

 

「そ、想像したら、胃腸に止めが…………」

 

「何で!?」

 

《ちょっとマシュー、リンク君と役割交代してあげて!!

 彼自身に悪気は1ミリも無い、むしろ善意しか無いけれど、当人の体と感覚が強靭すぎるせいで立香君がついていけてない!!》

 

「……いや、ドクター。

 悪いけど、その提案には従えない」

 

《えっ…》

 

「リンク……?」

 

 

 困惑していた表情と素振りを一瞬で引き締め、剣を抜きながら歩み出たリンクの様子に思わず声を零した立香とロマニは、彼がそんな行動を取った理由にすぐさま気がついた。

 音も無く、気配も無く、いつの間にか現れていた人影があったのだから。

 

 

「……幼気な少女を相手にいきなり刃を向けるだなんて、礼儀知らずだこと」

 

「だっ、誰!?」

 

 

 気だるげなため息をついたのは、頭の両側で括った紫の髪を長く靡かせ、繊細なレース細工のような衣装と装飾に身を包んだ、美しい少女だった。

 しかし立香もリンクも、彼女の見た目がいかにも無力そうな少女だからとて、それだけの理由で警戒を解く気にはなれなかった。

 自分達を見るその眼差しには、無垢な少女の好奇心や恐れなどといったものは欠片も無く、獲物を品定めする蛇のような、冷たく残忍な光が宿っていたのだから。

 

 

「ドクター、彼女はサーヴァントか?」

 

《……いいや、違う、確かにサーヴァントではあるのだけれど。

 正常なそれとは些か違う……これは、何だ?》

 

「ええそうよ、普通のサーヴァントではないもの。

 私は女神、名はステンノ。

 御機嫌よう、勇者の皆さま。

 当代に於ける私のささやかな仮住まい、『形ある島』へようこそ」

 

 

 ひらひらと靡くドレスの裾を摘まみ、僅かに膝を曲げ、しかし頭は下げずに、あくまで堂々と前を見据えながら。

 勇者の助けを待つ姫ではなく、勇者の来訪を許す女主人として立香達を迎えた少女……女神ステンノの微笑みは、恐ろしい程の美しさだった。

 






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