成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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姉妹の再会

 

 『古き神が現れた』……それが、ローマへの帰路の途中で、一同が幾度となく耳にした噂話だった。

 神秘が限りなく薄れてしまっている現代よりはマシだとしても、この時代のローマでさえ、神というものは既に過去の遺物となりかけている。

 噂を聞き逃せなかったネロも、神の存在を真に受けたと言うよりは、『神』を名乗る程の力と影響力を持つ者を万が一にも連合に与させないため、可能性がゼロではないという事実に刺激された彼女自身の好奇心を満たすために、事の真偽を確かめることを決めた。

 この島を訪れたのはあくまで、神が現れるなどあり得ないのだということを、噂はただの噂なのだということを確かめ、気持ちを切り替えるためだった……その筈なのに。

 

 

《数値で計測できるほどの神性……彼女は間違いなく神、いいや女神なんだ!!

 可能性としてゼロではないとは確かに言ったけれど、それでも本当に、神霊がサーヴァントとして現界するような事態が起こるなんて!!

 サーヴァントという枠組に収まっている以上は、権能も相応にダウンサイジングされている筈だけど、だとしてもその力は測り知れないぞ!!》

 

 

 何処からか聞こえてくる驚愕に上ずった声、砂浜に呆然とへたり込んだまま立ち上がれずにいる黒髪の少年、異変に気付いて駆けつけたものの同じく惚けてしまっている少女達。

 『神』という絶対の存在として畏れを抱かれるのも、愛され守られるための美貌に見惚れられるのも、ステンノからしてみれば至極当然のこと。

 だからこそ彼女は、気にかける意味や理由が特に無い、当たり前の反応を見せる数人を差し置いて、ただ一人の異常が目に留まった。

 畏れ敬うでも、その美しさに心を奪われるでもなく。

 神に愛でられるに余りある美貌を、絶対の存在に贔屓される要素と機会を投げ打ち、冷たい警戒心を抱き続けている少年の眼差しと在り方が、彼女には理解し難かった。

 

 

「ふふ、あらあら。

 どんなに立派な勇者の到来かと思ったのだけれど。

 片方は無粋なサーヴァント、片方は人間だけれど見るからに弱者そのもの。

 残念だわ、期待外れね」

 

「得体の知れない相手の接近に対して警戒するのは、当然のことだと思うんだけど?」

 

「あら、まあ……戦う力を持たない少女を、あなたは恐れるというの?

 とんだ臆病者ね、期待外れだわ」

 

「臆病で結構、油断したせいで取り返しのつかない事態になるなんてことは御免だ。

 それとあんた、ステンノだっけ?

 戦う力が無いってのは、確かにその通りみたいだけれど。

 強さっていうのは純粋な腕っぷしだけで決まるものじゃないことを、俺は知っているんでな」

 

 

 人間以外にも、生態や価値観からして全く異なる多くの幻想種や亜人種が共存していたハイラルで、『神』と称しても間違っていないような力を持った存在とも幾度となく遭遇してきたリンクには、『神』とはその人にしか出来ない特別な力と役割を担った者や、ひとつのそういう種族なのだという認識が強い。

 かつて出会った者達に対して抱いている敬意も、彼らが自らを信仰する者達を守り導いていた事実があったり、リンク自身が色々と助けられてきたからで。

 今のところ、警戒を解いて親しみを持てる要素を欠片も見出せずにいる、腕っぷし以外の何らかの形でこちらを害する手段を持っていると思われる少女を、『神だから』という理由で無条件に畏れ敬う気にはリンクは到底なれなかったし、その精神力も呆気なく気圧されてしまうような軟なものではなかった。

 

 ステンノからしても、自分が自分として存在を得た瞬間から常識としていた、神が神であるだけで特別、敬われて当然という価値観をあっさりと覆してきたリンクとの対峙に、かつてないような不快感を味わっていた。

 ギリシャの神々は確かに、英雄を見出し、その活躍を後押しすることを好んでいるけれど、それは自身の影響下で行なわれている場合でのことであり、英雄はあくまで神威や神罰の代行者でなければならない。

 その大前提にそぐわないどころか、自分達を害するのならば敵対することも辞さないと欠片も取り繕うことなく表してくる少年は、ステンノを含めたギリシャの古き神々からすれば、今この場で雷に打たれたり、獣に変えられる呪いを受けたとしても、神を軽んじた者への当然の神罰と嗤われるのが妥当な存在だった。

 

 リンクの態度が悪いのは、神としてではなくサーヴァントとしてのステンノの能力が分からないのと、彼女自身の印象が悪いからであって、他の誰かが同じような態度を取ったのならばそちらも同じように警戒を抱いていたのであろうが、『神なのに敬わない』という根底部分の一点が癇に障っているステンノからすれば知ったことではない。

 悪いのは他人の意志や人生を自分勝手に振り回した神ではなく、それについて来られなかった、もしくは不興を買ってしまった人間の方……それが、『神』の思考回路であった。

 

 

「神秘が薄れた悪影響かしら、時代が変わればとんだ罰当たりが生まれるものね。

 不信心者に、神罰の恐ろしさというものを身を以って味わわせてやるのも、私としては吝かではないのだけれど」

 

「そんなことをしたら、俺はあんたを本気で敵と見なすぞ」

 

「うふふっ、まあ怖い。

 そんな強気の発言が、心を壊してしまった後も出来るかしら?」

 

「やってみろ、何であろうと俺には効かない」

 

「……ふ、ふふっ、よくもまあ吼えること」

 

 

 お互いを見据える眼差しと表情、纏う空気が、一歩も引く気のないやり取りを交わすごとに、鋭く冷たく研ぎ澄まされていく。

 『古き神』の一柱として、神威が絶対の力を持っていた頃を生きたステンノと、数多の導きや祝福を得ながらも、あくまで人として自分自身の意志で戦い抜いたリンクの相性が最悪であったことに、そういう状況に陥ってから気付いても既に手遅れだった。

 

 

「セ……センパイ、どうしましょう」

 

「ヤバい、そんな光景は流石に見たくないぞ……」

 

 

 鮮やかに想像出来てしまう惨劇に、それが現実となってしまう可能性が決して少なくはないことに慄き、焦りながら事態の収拾を図ろうとするも、具体案が浮かばずに手を拱くことしか出来ないカルデア一同。

 向こうはまだ話が分かりそうだと、殊勝なことだと、不穏な笑みの下で少しだけ機嫌を直していたステンノは、想像すらしていなかった。

 彼らが案じていたのは、女神の不興を買ったリンクではなくて。

 基本的に優しくて穏やかだけれど、敵と見なした相手にはスイッチが入ったかのように一切の容赦がなくなり、有効もしくは的確と判断すればどのような手段や戦法も躊躇わなくなる、そんなリンクの疑心と警戒を順調に煽り立ててしまっているステンノの方であったことを。

 紛れもない神であることだとか、小柄で美しい少女の見た目だとか、普通の人間ならば十分に思考と行動のストッパーとなってくれるであろう要素がリンクの場合はあまり意味がないことを、立香達は既に強烈な前例で以って思い知っていた。

 

 運悪く、何故かこのタイミングでオペレーションルームに居合わせてしまったらしい、座の本体にまで刻まれた心的外傷(トラウマ)への直撃を食らって昏倒した『彼女』を数人がかりで介抱していると思われるやり取りが、ロマニの通信越しに僅かに聞こえてくる。

 これ以上状況を悪化させるのはどうか勘弁してほしいと、正しく神に祈りを捧げるような心地だった立香とマシュの願いは、残念ながら届かなかった。

 どんなに神威で脅しても、蔑みの言葉を口にしても、リンクの芯が一向に揺るがないことに焦れたステンノが、ギリギリのところで堪えていたリンクの堰を切らせる決定打となる言葉を、あっさりと口にしてしまったことによって。

 

 

「全く、私も焼きが回ったものね。

 こんな道理を知らない愚か者を、ほんの一時でも『もしかしたら』と考えてしまうだなんて。

 『勇気ある者』の肩書はあなたには似つかわしくないわ、早々に去りなさい」

 

 

 その言葉を受けて、驚くでも嘆くでも怒るでもなく、スンッと表情を無にしたリンク。

 そんな彼と現場で居合わせてしまった立香達と、偉大なる先達として彼を尊敬している英霊達の怒りと苛立ちの余波を浴びてしまったオペレーター達、より酷い状況にあったのは果たしてどちらか。

 ステンノは事実を知らないし、意趣返しのつもりだった発言には、多分な棘を意図して込めていたのだろうけれど。

 その言葉を『彼』に対して使うことだけは、言い訳の仕様もない過ちであった。

 全ての英雄の原典であり、聖三角の一角を司る者その人であったリンクが駄目ならば、後の世の誰一人として、その称号を戴くことは出来なくなってしまうのだから。

 マスターとして、友として、果たして自分はどうするべきなのか、何が出来るのか。

 判断を下すためにも、この嫌な空気を動かすためにも、何でもいいから反応を見せてもらいたいところなのに、生憎と当の本人は未だ無言で立ち尽くしたまま。

 パニック寸前まで困り果ててしまっていた立香の耳に、思いもよらない人からの声が聞こえてきた。

 

 

《マスター、マスター、聞こえていますか!?》

 

「メドゥーサさん?」

 

《お願いします、今すぐ私をそちらに呼んで下さい!!

 魔力の供給は現界が可能なだけの最低限のもので構いません、マスターにご迷惑や負担はおかけしませんから!!》

 

 

 蛇の髪と石化の瞳を持つことで有名な、ギリシャ神話の怪物メドゥーサ。

 現代においても広く知られている能力の恐ろしさはさておき、個人としての人柄はどちらかというと常識人寄りで、親密な人付き合いをあまり好まず、最低限の役割をこなす以外では一人で自室に篭もっていることが多い彼女の、こんなにも焦った様子を見るのは初めてだった。

 勢いに負けたのが半分、ここまで言うからには何かしらの考えがあるのだろうという希望半分で、立香は令呪を輝かせた。

 そうして、古き世界の神が住まう島に、古き世界の怪物は降り立った。

 ステンノを背に、リンクと向き合い……古代ギリシャ出身の、しかも怪物と化してしまう前は紛れもない女神であった筈の彼女が一体どこで覚えたのか、思わず感嘆してしまいたくなる程に綺麗かつ完璧なDOGEZAスタイルで。

 先程までとは、重みと方向性が全く違う沈黙が、改めて周囲を満たす。

 この状況で最も困惑していたのは、顔見知りの美女からいきなり、訳も分からないまま平伏されて目が点になっているリンクだということは、わざわざ考えるまでもないことであった。

 

 

「………………へっ?

 えっ、ちょっ、何この状況」

 

「こ……この度は、姉がとんでもない失礼を。

 本当に、申し訳ありませんでした!!」

 

「待って待って、『あね』ってもしかして姉? 

 メドゥーサさんのお姉さんなの!?」

 

「そ、そうなんだ……メドゥーサさんが『ゴルゴーン三姉妹』の末っ子ってことは知ってたけれど、お姉さん達の名前までは把握してなかった」

 

「姉の不始末は我が身で以って償わせていただきます、首がお望みとあればどうぞご随意に!!」

 

「いやいや要りませんよ!!」

 

「武具の飾りや、魔除けとして定評があります!!」

 

「だから要りませんって、話を聞いて!!」

 

「で、ですから、どうか………顔を潰すカッコ物理だけはお許し下さい、姉の唯一の取り柄を奪うのはやめて下さい!!」

 

「メドゥーサさん俺のこと何だと思ってるの!?」

 

「抱いて当然の懸念だと思いますが……」

 

「妹の嫌がる顔を見るのが好きと公言したり、日常的に顎でこき使ってくるような、邪神呼ばわりされても否定は出来ない人ですが!!

 それでも、私にとっては大切なお姉様なのです!!」

 

「……メドゥーサ」

 

「ひっ!!

 …………う、上姉様?」

 

「顔だけが唯一の取り柄だとか、邪神呼ばわりされても否定は出来ないとか。

 言いたい放題言ってくれたわね、駄妹(メドゥーサ)の分際で。

 久しぶりに会ったのだし、少しは優しくしてやろうかしらなんて思っていたのだけれど。

 ……余計な気遣いだったようで安心したわ」

 

「お、おま、お待ち下さい上姉様!!

 どうか話を聞いて、私は上姉様をお助けs」

 

「問答無用よ」

 

「ひぃやああああああっ!!!」

 

 

 シリアスだった筈の空気はもはやぐっだぐだであった、粒子が観測されたとしてもおかしくはない程に。

 こうして、姉想いで健気な妹の献身によって、あわや一触即発かと危惧された状況は何とか有耶無耶になった……と、ホッと胸を撫で下ろした一同だったのだが。

 渦中の人の胸中には、今回の件でともった種火が今も確かに燻ぶっていて、それがそう遠くない内に本格的に燃え上がる事態となることを、誰一人として予想していなかった。

 






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