硬い岩盤を突き抜けたその下には、明らかにあり得ないものが広がっていた。
一応人の手が加えられていると思われるその場所を認識した立香が、ふと思い出したのは、日本の防災対策が優れていることの一例や映画や特撮の撮影場所として時折話題になる、首都圏近辺に存在している巨大な地下空洞施設。
あれから巨大な柱が取り除かれているような、ただひたすら馬鹿でかく造り上げた空間……立香は身一つで、その天井を突き破った穴から放り出されていた。
怒号と共に出し切った空気を今一度肺に満たし、今度は悲鳴として出しかけたそれが、急に締まった首元で堰き止められた。
落下中だったことも合わせてガチで首吊り状態になりかねなかったそれは、鎖が鳴る独特の音を立てながら立香の襟元を掴まえた『もの』が、彼を持ち主の下へと引き寄せるまでの時間がほんの一瞬だったことで事なきを得た。
「ゲホッ、グッ…うえぇ……」
「ごめん、咄嗟のことで変なところ掴んじゃった」
「……大丈夫、ありがとな」
「このまま降りる、手を離すなよ」
鎖付きの先端が爪のように開閉出来るようになっている装備を射出して立香を掴まえ、引き寄せた彼を背負い、その身が安定したのを見計らってから、現代のハンググライダーにも似ている小型の飛行用装備を展開させる。
それらの行程をリンクは、立香と同じように何の前触れも無く虚空に投げ出されながら、その身が地に叩きつけられるまでのほんの僅かな猶予の中でやり遂げてみせた。
管制室から見守っていた者達が、驚愕と悲鳴を歓声と拍手に一変させるのには十分な光景だった。
かつて勇者の翼としてハイラルの空を飛んでいたパラセールは、想定外である筈の二人分の体重にも立派に耐え、二人の足を無事に地へと降ろした。
体と足場が安定し、ようやく人心地がついたところで立香が改めて、余裕を取り戻した冷静な思考力で以って辺りを見回した。
『ローメイ島の地下だな』と呟いたリンクの声が聞こえたけれど、『ゼルダの伝説』を読み込んだ訳ではない立香には、それだけでは詳しい判断は出来ない。
立香が気になったのは、縦にも横にもだだっ広い部屋の所々に、人造のものらしき謎の残骸が鎮座していることだった。
魔物どころか、自分達以外の生き物が存在する気配が欠片も伺えないことに、張りつめていた緊張が僅かに緩んで息をついた……その時だった。
ギョロリと動いた(ように見えた)幾つもの光る目が、無機質な眼差しをこちらへと向けたのは。
「ひっ…!?」
「だよな~、こいつらが出てくると思ったよ」
引き攣った声を零しながら竦み上がった立香を他所に、『やれやれ』とでも言いたそうなため息をつきながら、目の前で起こることをどこまでも自然に受け入れるリンク。
『ピピピピ』という不穏な機械音と共に発生した、幾つもの赤い線状の光が彼の体にぶつかり、赤い点を浮かび上がらせる。
その光景が、現代の若者として映画やゲームに親しんできた立香には覚えがあった。
『照準』……その単語が脳裏を過ぎり、衝動的に声を上げるよりも先に、リンクは駆け出していた。
踏み込みで石畳を割るほどの脚力を最大限に駆使して、あっという間に立香から離れていくリンクの走りに、赤い光は間髪を入れずに追随していく。
音の間隔は徐々に短くなり、細かい音の集合ではなくひとつの大きな音となったその時、赤い光の数と同じだけの、白く輝く熱線が放たれた。
瞳を焼く閃光が走ったと認識してから、着弾点に爆炎が上がるまでの間はほんの一瞬。
心臓が握り潰されるような思いは、炎と煙を割りながら何事も無いかのように飛び出したリンクの姿によって和らぎ、次の瞬間、照準の光が再び微調整を始めたことで再燃する。
しかし、強靭な脚力と無尽蔵にも思えるスタミナで駆け回るリンクが、熱線の爆撃を無事に切り抜ける光景が二度三度と続けば、自然と冷えてきた頭が、それが幸運の賜物などではないことに気づく。
「……照準が定まってから実際にビームが発射されるまでに、ほんの一瞬だけラグがあるんだ。
だから、照準に背を向けて距離を置こうとするんじゃなく、立ち止まらないで横切るように走り続ければ、間一髪でビームを避けられるんだ」
立香を巻き込まないように距離を取り、尚且つ、反撃に転じるための好位置を探して走り続けたリンクは、ついにそれを見つけた。
立香が始め謎の残骸と判断したもの、実際にはまだ生きていた、不気味な赤い輝きを放ちながら標的を捉え続ける戦闘用ガーディアン。
その一体の、照準器とビームの発射口を兼ね備えている目のような部分、今まさに何発目かのビームを放とうとしているところへと向けて、リンクはシーカーストーンと同じ青い光を放つ鏃を番う。
狙った個所を過たず射抜いたそれは、たった一撃でガーディアンの中枢まで食い込み、強靭な体躯を内部から膨張させた。
一瞬後には爆発するであろうその身をリンクは駆け上がり、天辺を蹴った瞬間に沸き起こった爆風すらも利用して飛び上がった。
自然に発生したものではない風を、小さな翼で見事に捉えたパラセールによって広大な空間の天井近くまで舞い上がったリンクを、ガーディアンの爆発に紛れて一瞬見失ってしまった彼を、仲間が破壊されたことに揺らぐような心を持たない機械仕掛けの眼差しが追う。
しかし、それによって狙うべき的が定まったのは、ガーディアン達ではなくリンクの方だった。
自分以外の時間の流れが遅くなったと、そんな錯覚を抱く程の極限の集中状態。
そんな一変した世界の中でリンクは、自身へと向けられる幾つもの赤い照準の数と同じだけ、数秒後には閃光が放たれるであろう軌道を逆になぞりながら、対ガーディアンに特化した取って置きの鏃を打ち込んだ。
第三者視点から見ていた者達の目と脳裏には、不安定な空中で弓を構えたリンクが、その身が落下を始めるまでのほんの一瞬の間に放った複数の矢が、同じ数の的を過たず射抜いてみせた驚愕の光景が焼き付いていたことだろう。
再びパラセールに掴まったリンクがゆっくりと降りてきて、その両足でしっかりと床を踏みしめたその時には、ガーディアン達がほぼ同時に爆発した衝撃と轟音は既に収まり始めていた。
「……リ、リンk」
「待て立香、まだだ」
凄まじい攻防を前に、殆ど止まってしまっていた呼吸と筋肉の動きをゆっくりと再開し始めた立香の体が、思わぬ制止を受けてまたしても硬直する。
未だ戦闘態勢を解いていないリンクが、その鋭い眼差しを向けていたのは、先程破壊したガーディアン達よりも一際大きな塊。
あの激しい攻防の中でも反応を示さなかった、なので立香は本当に壊れているのだと思っていたそれが、全身に赤い光を走らせ、機械仕掛けの駆動音を立てながら動き始めた。
砲身のような体を回転させるだけでなく、白い節を連ねた何本もの足を備えているその姿に、立香は見覚えがあった。
『訓練用小型』と頭についていたあれと比べたら縦にも横にも遥かに大きく、命を感じない巨大な体躯を前に感じる恐怖や圧力は、もはや比べものにならないけれど。
世界を滅ぼす厄災ガノンに対抗するため、勇者と姫の戦いを後押しするためにシーカー族の超技術によって造られながら、ガノンの怨念に憑りつかれて血も涙も心も無い殺戮装置と化してしまった、古代のガーディアン。
気色悪い程に自在かつなめらかに動く足で、目標に照準を合わせるのに絶好の位置を取り、またしてもその目から機械音と共に赤い光線を放ち出したガーディアンを前に、立香が慌てた声を張り上げる。
「早く、またビームが来る前にさっきの凄い矢を使って!!」
「いや、あれ製造コストが結構厳しくて、出来る限り使いたくない奴なんだよ。
さっきのは、複数で一斉に狙われている状況だったからこその大盤振る舞いだったわけで」
「この状況で何言っt」
「だから、相手が一体だけならこれで十分」
「リンク!?」
立香が素っ頓狂な声を上げた理由が、オペレータールームから同様に固唾を呑みながら見守っていた、目の前に広がる光景に対して全く同じ気持ちを抱いた一同にはよく分かった。
こちらが近づけば同じだけ離れ、狙撃に最適な位置と距離を取り続けるガーディアンにそれでも攻撃を加えるべく、武器を抜いて走り出すでも。
ガーディアンを一撃で破壊する力を持っていることが既に証明されている、特製の矢を番えながら弓を引くでもなく。
リンクが構えたのは、マシュのそれとは違って武器の使用と両立させられる扱いやすさを重視した、片腕に備え付けるタイプの小型の盾だったのだから。
盾の鏡面は赤い照準を確かに受け止めてはいるけれど、そのまま直撃を食らえば耐えるどころか持ち手もろとも吹っ飛ばされてしまうことを、マシュの盾でも連続で放たれれば動けなくなりそうな威力を目の当たりにした一同が想像するのは容易い。
右往左往する思考が収まり、誰かが何事かを口にするよりも、ガーディアンが照準を合わせ切る方が早かった。
白く輝く熱線が放たれ、爆炎と共に標的を吹っ飛ばしたと思われた次の瞬間、想定とは違うところで起こった爆発の轟音が、どこか遠いところで聞こえた気がした。
目の前で起こった光景の意味を理解し、受け入れるまでに時間がかかった。
流石の思考回路で他の皆よりも一足早く復活した、ダ・ヴィンチの素っ頓狂な声が辺りに響く。
《盾でビームを受け止めるどころか跳ね返しただって!?
質量や重量を持たない光線であることを考慮すれば、理論的には確かに不可能ではないけれど、コンマ一秒でもタイミングを間違えれば消し炭だ!!
しかも彼、それを身を守るためじゃなく攻撃手段として使ったよね!!
どんな技量と度胸があれば、あんなぶっ飛んだ発想を実行に移して、しかも成功させられるって言うんだい!!》
リンクが、マシュとは違う形での盾の達人であることは、幾つもの実例と共に既に周知されている。
今の光景は、その認識に更なる答えと確信を与えるものだった。
マシュのそれが『守る盾』ならば、リンクのそれは『攻める盾』。
使用する盾の大きさや用途ではなく、扱う者の意識や発想そのものが全く違うのだ。
『盾を構える』という守りの動作を行ない、両足から楔でも打っているかのような勢いで床を踏みしめながら、リンクは今この時も間違いなく攻めている。
ガーディアンの、生き物の目を模したようにも見えるあの部分は、恐ろしい熱線を繰り出す場所であると同時に繊細な急所でもあるのだろう。
放たれた時と全く同じ軌道を、逆になぞる形でものの見事に跳ね返された熱線はその急所を直撃し、それが生き物だったならば間違いなく怯んで隙を見せていたと思われるだけの痛手を与えていた。
しかし、痛みを感じず、怯むような心も無いガーディアンに、そのような想定外の動きを起こすような余地は存在しない。
彼らに出来るのは、殲滅すべき対象を見つけたら、それが探知出来る範囲内に存在する限りひたすらに光線を撃ち続ける、ただそれのみ。
そうして放った攻撃が効かなかったどころか、そっくりそのまま跳ね返されて自身のダメージに変えられてしまったことを考慮し、行動パターンに自ら修正を加えるような柔軟性は、厄災ガノンを取り巻く数の脅威となるべく造られたガーディアンは持ち得ていない。
懲りないのではなく、懲りることも出来ないまま、盾を構えるリンクへと向けて熱線を放ち続けたガーディアンは、三度目の跳ね返しを目に食らって異様な音と火花を全身に走らせた数秒後に、轟音と共に爆発四散した。
一度ならば偶然と思えたこと、どんなに信じがたいことも、連続すれば意図して行なわれたことだと認めるしかない。
ふうと息をつき、戦闘態勢を解いたリンクの眼前の床に、青い光の魔法陣のようなものが浮かび上がる。
それが次の階層に移動するためのものであること、この階層における戦闘をクリアしたことを、立香は反射的に理解した。
「よし……なあ、立香。
あまり消耗も無いし、すぐに行きたいんだけど、お前は大丈夫?」
「え、あ、まあ……俺が戦ってたわけじゃないし、お前がいいなら俺はついていくだけだけど」
「ありがとう、じゃあ急ごうか」
「……それはいいけど。
一体どういう経緯や発想があったら、盾をあんな使い方しようなんて思いつくの?」
「敵の攻撃を防ぐだけじゃなく、上手く合わせて体勢を崩して、攻撃する機会を作ったりするのは歴代の皆がやっていたことだけど。
それを特に突き詰めて洗練させたのは、『息吹の勇者』だ。
彼が一度死んで、復活するには100年の眠りと記憶の全てが引き換えだったことは、もう知ってるだろ。
さっきのガーディアンが、その原因だったんだよ。
容赦なく熱線を浴びせてくる無数のガーディアンを相手に、ゼルダ姫を守って逃げながらの戦いは、稀代の天才剣士でも流石にきつかったんだ。
二度と斃れてしまわないために……今度こそ生きて、今度こそ本当にゼルダ姫を助けるために。
硬い装甲と、一発でも当たれば消し飛ばされるような攻撃手段を併せ持つガーディアンを、装備や選択肢が限られている状況で、それでも確実に倒すにはどうすればいいのかを考えて。
やっとの思いで身につけた技だよ、何度も何度も死ぬような思いをしながらね」
その言葉に、ガーディアン達が慈悲も容赦も無く熱線を放つ先程の光景と、いつかの試練で目の当たりにした少年の笑みを重ねさせた立香は、思わず口元を手で覆ってしまった。
かつて自分を殺した相手と、再び相まみえる……その記憶、その恐怖をも、彼は忘れることが出来ていたのだろうか。
仮に覚えていたとしたら、そうでなかったとしてもいつかのタイミングで思い出してしまったら。
そこから先はもう、立香には想像するしかなかった。
勇者リンクが身につけた数多の絶技は、『出来るようになりたい』ではなく、『出来るようになるしかなかった』から磨かれたもの。
その事実に想いを馳せ、何とも言えない心地になりながら、立香はリンクに続いて青い光の陣の中へと踏み込んだ。
何の支障も、気がかりも無く、代々の勇者達の戦いをなぞっていく試練を始めたリンクとそれに付き添う立香は、これっぽっちも気付いていない上に予想も想像もしていなかった。
「きゃあああああああっ!!!」
「ぎにゃああああああっ!!!」
「何なのよあのガイコツ、間違いなくバラバラにしてやったのに自分で頭を拾って復活するって何なのよ!!
バカバカバカ、こっち来ないでえええっ!!」
「何かしらの呪いだとしたら性質が悪いにも程があるワン、キャットが一体何をしたとおっしゃる!!
さては極悪非道な本体のヤロウが碌でもない理由で買った恨みを適当な尻尾に流したか、ざけんなテメーぶっ殺すぞ!!」
ステンノの仕込みの一環として洞窟に潜んでいた二人の少女達が、トライフォースによる空間の造り替えに知らず知らず巻き込まれてしまっていたことを。
リンク達と運よく遭遇して合流出来るまで、彼女達が持ち堪えられるか。
今のところそれは全て、彼女達自身の根性と頑張り次第であった。
ブレワイの剣の試練をイメージしてみました、極位どころか中位で手間取ってます。