成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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第二階層

 

「何だこりゃ、スライム!?」

 

「何だそりゃ、これは『チュチュ』だよ。

 強いか弱いかで言えば弱いけど、厄介な連中なんだよな」

 

 

 色とりどりかつ大小様々な不定形の塊が、前の部屋ほどではないにしても、それなりに広い空間のあちこちで積み重なりつつ蠢いている。

 それだけならば、立香も声を上げてドン引きするだけで済んだのだろうけれど。

 紛れもない魔物であるそれらは、獲物の存在を感じ取ると同時に確かな目標を定めて一斉に動き始め、その目標のすぐ隣に立っていた立香は必然的に、触るどころか近づくことすら躊躇うような謎の物体が迫ってくるという光景を目の当たりにしてしまって。

 生命を脅かされる恐怖ではなく、生理的嫌悪感を催してくるタイプの敵に対しては未だ慣れておらず。

 当然の本能に従って踵を返しかけたその襟首を、殆ど同時に伸ばされた手が掴まえた。

 今回のこの状況、この敵に対しては、避難させるのではなくすぐ傍に置いた方がむしろ安全と判断したからだ。

 

 

「伏せてろ!!」

 

 

 リンクが簡潔に指示を出すのと、それを受けた立香が両腕で頭を庇いながらその場に蹲るのとに、時間差は殆ど存在しなかった。

 リンクの言葉、判断に間違いは無いと心から信じていることを、何よりも明確に証明してくれている光景を前に、確かにそれに応えなければと、新たな決意と力が湧いてくる。

 具体的に言えば、構えた両手のひらの間で渦巻く炎となって。

 以前、『この程度が精々』と使い手自身の口で称され、ほんの数秒で芯までホッカホカの焼きリンゴを作るという何気に難しく精密な技として披露されたこともある火球は、小手先の技術なんてクソくらえと言わんばかりの圧倒的な力で以ってリンクの手のひらから迸り、彼を中心とした巨大な炎の半球を造り上げた。

 

 四方を囲まれて逃げ場の無い獲物へと向けて、一斉に飛びかかったところだった第一陣がそれに飲み込まれ、多量の水分で構成されていた体が弾けるを通り越して一瞬で蒸発する。

 その中にはかなりの割合で『属性持ち』も混じっていたらしく、内包されていた赤や白や黄色の魔力が核の破裂に伴いながら迸った。

 炎が燃える音、冷気が張り詰める音、電気が走る音。

 三者三様に恐ろしく不快な音が、命の危険を彷彿とさせる威力を伴いながら、それらを肌で直接感じ取れるくらいの距離で次から次へと連鎖的に起こっては消えていく。

 蹲るを通り越して、額を地に減り込ませるような勢いで完全に伏せた状態になって、頭を庇いつつ耳を塞ぎながらその状況を必死にやり過ごして。

 収まったのを見計らってから恐る恐る顔を上げた立香が目にしたのは、山積みになりながら自分達を囲んでいた筈の魔物達が滓も残さず一掃され、まっさらになった地面の所々に、炎や氷や電気の僅かな名残のみが辛うじて見受けられる光景だった。

 

 

「……うん。

 『力の女神』の炎は、やっぱりこれくらいでないと」

 

「…………なあ、リンク。

 サーヴァントという身でのスペックの限界の問題で、能力には出力制限がかかってたんじゃなかったっけ?」

 

「『今この場』でなら大丈夫、そういう風に設定した。

 前回シミュレーターでやった時は出来なかった分を、やっぱりちゃんと確認しておきたかったし。

 ……いずれ、何らかの手段や形で制限を取っ払って、最低でも緩めて、普段から本気を出せるようにするつもりでいるからな」

 

「うわー頼もしい、頼もしすぎてちょっと怖い……」

 

「頼りないよりはマシだろ?」

 

 

 気が置けない仲だからこその、紛れもない本音が込められた軽口を交わし合っていた二人の笑い声が徐々に力を失い、その表情が強張っていく。

 『前回』と比べての違和感を抱いたのは、ほぼ二人同時でのことだった。

 

 

「おかしいな、次に行くための魔法陣が出てこない」

 

「ということは、まだ……」

 

 

 同じことを考えた二人が思わず顔を見合わせたのと、彼らが立っていた地面が突如緑の粘液と化してその足首までを呑み込んだのとは、ほぼ同時に起こった出来事だった。

 

 

「なっ、何だこれ!?」

 

「立香、掴まれ!!」

 

 

 そうして伸ばした右手を痛いほどの力で掴まれたリンクの、翻した左手から沸き起こった緑色の魔力が二人の体を包み込む。

 風に巻かれたその姿が一瞬で掻き消えたのと、少し離れたところの確かな地面を二人分の足が踏みしめたのとに、時間差は全くと言っていいほど存在しなかった。

 

 

「い、今のは……?」

 

「『勇気』を司る女神、フロルの風だ。

 この程度の短い距離なら、一瞬で移動や離脱ができる」

 

「……お前が凄腕の魔術師でもあるって、ドクターやダ・ヴィンチちゃんが散々言ってたのを改めて実感したよ」

 

「そりゃどうも。

 感心してもらえるのはありがたいけど……まずは、こいつを片付けないとな」

 

 

 少々引き攣った声と表情で振り返った二人の目線は、首を何段階か上向きにする必要があるような、随分と高い位置へと向けられている。

 リンク達を危うく飲み込みかけながら盛り上がった粘体は、遥か頭上高くまで聳えるような塊となって自立し、それが生き物であることを辛うじて証明している巨大な目が、無感情にこちらを見下ろしていた。

 

 

「こんなのもいたなんて、ほんとハイラルってどんだけ……」

 

「あ、いや……こいつに関しては、こっちが小さくなってたから、普通のチュチュが巨大な敵に見えたってだけの話だった筈なんだけど。

 まさか本当にこのサイズで現れるなんて……でもまあ、『俺達』自身の記憶と感覚を頼りに再現してるわけだから、あり得ないことではないか」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、少々鈍くなってしまっている思考を懸命に回すリンクへと這いよる巨大チュチュの歩みは、動作の緩慢さを一足の大きさが上回って中々に速い。

 上手く隙を見て脇を抜けようとした試みは、巨大チュチュが歩みを早めるどころか、その粘液で形作られた巨体のどこにそんな器用さがあったのだと問い質したくなるような勢いで跳び上がり、地と空気を揺らす轟音と共に降ってくる衝撃的な光景によって叩き潰される。

 圧倒的な重量と質量によって危うく圧し潰されるところだった、ほんの一瞬先の嫌すぎる未来予想図は、リンクが再び『フロルの風』を使用してくれたおかげで叶わずに済んだ。

 しかしホッとしたのも束の間、轟音と衝撃と共に地面を盛大に凹ませた巨体の魔物は、閉ざされた空間の中でほんの僅か移動しただけの獲物をすぐさま見つけ出してしまう。

 今すぐ全速力で逃げ出してしまいたい本能を、ここが一番の安全地帯だからと叫ぶ理性で以って懸命に抑える立香は、考えてはいるものの困ってはいないリンクへと少々上擦った声で問いかけた。

 

 

「リンク、どうするつもりなんだ?」

 

「う~ん……幾つか手は浮かんだし、倒すのだって別に難しくはないけれど。

 ここは敢えて縛りを入れて、先輩に倣ってみようか」

 

 

 そう言って笑ったリンクの、軽く広げた手の中で渦巻いた青い光が瞬く間に収束し、形作ったもの。

 それは、白地に青い模様が施された胴体に、両手で掴むのに丁度よさそうな取っ手がつき、口元には角のような二本の突起がついている、小さな子供でも抱えて持ち上げられそうな大きさの壺だった。

 一見何の変哲も無い壺にしか見えないけれど、リンクがこの状況で取り出したものが、本当にただの壺である筈がない。

 抱いた時点で既に確信を抱いていたそんな予想は、両足を強く踏ん張りながら構えた壺の口の辺りが高速で回転し、容量を無視しながら凄まじい勢いで空気を吸い込み始めた光景によって答え合わせをされた。

 

 壺の性能に問題がないことを確認したリンクは、ニイッと口の端を吊り上げる笑みを浮かべながら、吸引を続ける壺の口を巨大チュチュの足元へと向ける。

 多量の水分で構成された柔らかく脆い体は、その猛烈な勢いにほんの一瞬たりとも耐えられず、徐々に砕けながら黒く開いた穴の向こう側へと吸い込まれていった。

 膨大な体積は少しずつながらも確実に減っていき、巨大な頭部を支えるためのバランスがあからさまに崩れていく。

 その巨体が右に左にと傾き始め、獲物を追い詰めるための動きが今にも倒れようとしている我が身を保たせるための動きに変わったのを見計らったリンクの手が、鞘から剣を抜き放った。

 

 

「すぐに終わらせる、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 

 代々の『リンク達』が、大変な偉業や冒険を成し遂げることが出来た理由は、大きく分けて二つある。

 ひとつは彼らに、どんなに強大で恐ろしい敵をも打ち倒すことが出来るほどの、優れた戦士としての素質があったこと。

 そしてもうひとつは、問題を真正面から正攻法で解決することに決して拘らず、その時その状況においての本当の最善と最適を考えて、的確に実行に移すことが出来る器用さと応用力をも備えていたこと。

 特に後者の素質は、平和に暮らしていた少年が必要に駆られて冒険を始めたばかりの、まだまだ勇者として拙い身で、それでも敵を倒して進まなければならないという困難を幾度となく乗り越えさせた。

 空気を吸い込みかつ吐き出すという、至極単純で戦闘に役立つ訳でもない力しか持っていなかった魔法の壺を上手く使って、大人でも尻込みしてしまうことを責められないような大物を幼い身で見事倒してみせた、『創剣の勇者』もその一人。

 かつて自分の運命を戦い抜き、自分の守るべきものを守り抜き、今はこの身の内側から力を貸してくれている先輩方への敬意を新たにしながら振り抜いた一閃が、盛大に横倒しになったことで露わとなった巨大チュチュの核を見事に両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃいいやあああもういやああああああああっ!!!」

 

 

「落ち着くのだドラ娘、腐ってもアイドル志望が上げていい悲鳴ではなくなってるぞ!!

 プロ根性を捻り出すのならば今ぞ、音響兵器でガラスのコップを割るが如く甲高い悲鳴を響かせるのだ!!

 ほらリテイク、さんにーいちハイッ!!」

 

「出来るかバカ、状況に合った発言が出来ないのならいっそのこと黙ってなさいバーサーカーネコこのボケェッ!!」

 

「ああ、これはいかん……ただでさえ精神的に参っているところに、生理的嫌悪感が加わって本格的にキャラが崩壊しているワン」

 

「ほんっと何なのよあの虫……虫よね。

 一つ目ででかくて丸っこくてトゲトゲしてたけど、ウニとかクリの化け物じゃなくて、虫で合ってるわよね。

 って、虫だろうがウニだろうがクリだろうがどうでもいいわよ!!

 わさわさと大量に湧いてくるわ、寄ってたかって纏わりついてくるわ、もう最低最悪ほんっと気持ち悪い!!

 見てよこの鳥肌、アイドルが玉のお肌で魅せられないだなんて死活問題だわ!!」

 

「あれだけ盛大に全身纏わりつかれておきながら、それだけ元気に声を張り上げられるということは、毒を持ってはいなかったと考えて良かろうな。

 不幸中の幸いというやつか」

 

「も、もう居ないわよね……」

 

「見える範囲に居た分は間違いなく、お主の見事なドラゴン・シャウトでカスも残さず消滅したぞ。

 今のうちにさっさとこの場から離れるのだ、でかいのに来られたらキャットもさすがに野生を忘れて尾を丸め込んでしまう自信があるワン」

 

「…………ねえ、『でかいの』って何のこと?」

 

「キャットが思うにあのトゲトゲは、虫は虫でも『幼虫』の類いであろう。

 ならばそれを生んだ親、もしくは『成虫』が近くにいると考えるのは、野生の勘を持つ者として当然の…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「ねえアンタ、『フラグ』って知ってる?」

 

「済まなかった、キャットの過ちを全面的に認めるのだ」

 

「すぅ…………」

 

 

「ぎいいいやあああああ蛾の化け物おおおおおおおおおっ!!!」

 

 

「落ち着けドラ娘、こういう類の奴は翅を落としてしまえば動けなくなるというお約束があr……ありゃ?」

 

 

「普通に走って襲ってくるじゃないのよおおっ!!!

 バカバカバカ、こっちの方がずっと気持ち悪いわっ!!!

 ぎゃあああああまた毛虫出たあああああっ!!!」

 

 

「もうほんっと何なのだこいつらは、こんな性質の悪い化け物どもがあの性悪女神に用意できて堪るか!!」

 

 

 女神の試練……その最後の関門となるために、洞窟の最奥部に潜んでいた二人がカルデア組との合流を果たせるのは、まだもうしばらく先のこと。

 

 





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