「あっ」
「うわっ!?
リンク、いきなり何すrぎゃあああいぎゃあああきぃやああああああああっ!!!」
最終的には女性のそれを思わせる程に、段階を踏みながら徐々に甲高くなっていったそれは順番に、『前触れなく突き飛ばされて驚いた声』『いきなり降ってきて自分達が今の今まで立っていたところを叩き潰した巨大な手を前に飛び出た絶叫』『リンクの剣で切り払われたそれが分裂して数体の通常サイズの手になり、それらが猛スピードで辺りを這いずり回り始めた光景のおぞましさに竦み上がった悲鳴』『その内の一体、腰を抜かしてしまった自身のすぐ目の前に迫ってきていたものが、青白い刀身によって一息に地へと縫い付けられ、悶え苦しんでいるかのように蠢きながら消滅していくという衝撃の光景を視界いっぱいに目撃してしまったことによる金切声』であった。
「リンクうううううっ!!!」
「悪いけど少し待っててくれ、話があるならちゃんと聞くから。
『これ』は少し厄介なんだよ、小さいやつを一匹でも逃がしたらそこからすぐに復活するからな」
「ゴキブリ退治するのと同じような感覚で魔物を語らないでお願いだから!!
世界どころか史上トップクラスの専門家なお前と違って、俺はほんっとついこの間まで魔術や魔物どころかクマとかライオンとかの猛獣とも縁遠い一般市民だったの!!
だからって開き直る気は無いし、頑張って慣れたり学んでいくつもりだってあるけれど、お願いだからもうちょっと手加減して!!」
「頭の上から降ってくる影の存在に気を付けていれば、対応はそんなに難しくない奴なんだけど……」
「倒しやすいかどうかだけで判断するのやめて、手首が単独で動き回るってだけで生理的にきっついんだって!!
魔物だってのが一目瞭然なでかいやつの方がむしろいい、小さいのはリアルすぎる!!
アレならまだ、同じサイズの蜘蛛にでも出てこられた方がマシだわ!!」
「あっ」
「今度はなnひぎゃあああああああっ!!?」
気づくと同時に自然な動作で構えた弓と矢によって撃ち抜かれ、立香のすぐ傍に重い音を立てながら落ちてきたのは、人間など簡単に捕食されてしまいそうな、人の髑髏を思わせる不気味な外殻を備えた巨大な蜘蛛だった。
それが、次から次へと放たれる矢と同じ数だけ周囲に降ってきて、節のある長い足を痙攣させながら消滅していくというどぎつい光景を前に、立香はただ、蹲って頭と顔を庇いながら女性のような悲鳴を上げ続けることしか出来ない。
「今度はスタルチュラか、上から奇襲をかけてくる類いのやつで分類されたかな」
「倒すなとは言わないから、襲われる前にやっつけてくれることに関しては本当にありがたいし頼りにしてるから!!
一言声をかけてからにして、心の準備をさせて、頼むから!!」
「……お前さっき、蜘蛛ならいいって」
「手首よりは『マシ』なだけ、当たり前に人間を襲いそうな巨大蜘蛛なんてホラーやパニック系の映画やゲーム以外で会いたくない!!
つーか魔物じゃなくても、人の手と同じサイズの蜘蛛って要はタランチュラだし普通に怖い!!」
「ご、ごめん……ちゃんと気をつけようとは思ってるんだけど、その瞬間になるとどうしてもすっぽ抜けて………」
「……リンク?」
「避けろ立香!!」
三度目、またしても声を出すより先に飛びかかってきたリンクによって、諸とも盛大に飛びのかされた立香だったけれど、文句を言う気にはならなかった。
自分達が立っていた『場所』どころか、『範囲』を丸ごと叩き潰すような巨大な影が現れたことには、学び始めたばかりの彼でも流石に気付けた。
重力に任せて落ちてきた勢いに自身の力を加え、硬い岩盤で形成された床を轟音と地響きと共に叩き割ったのは、人一人どころか数人纏めて鷲掴みにして握り潰してしまえそうな巨大な手のひら。
騎士が身につける手甲の如く、固い鋼鉄によってその全体が覆われ、甲の部分からはぎょろりと不気味に蠢く黄色い目玉がこちらを見据えていた。
「…………さっきのスライムといい、この手の化け物といい。
ハイラルの魔物って、どいつもこいつも、何でこんな無駄にでかいわけ?」
「強力な魔物は基本的にでかいってのは確かにそうだけど、本当に巨大なやつと比べたらこれはまだ小さいほうだぞ」
「マジで!?」
「それに関して聞きたいなら後で詳しく話すから、今は待っててくれ。
こいつの場合はさっきとは逆に、傍にいると危ない」
言うや否やリンクは、呆然と立ち尽くしてしまっていた立香をその場に残して走り出し、巨大な手は重力の戒めに逆らいながらそれを追い始めた。
時に手のひらで、時に拳で、頑強さと剛力を備えた手の魔物はリンクの足跡を紙一重のところで叩き割り、それなりに頑丈そうに見えた床石を手形状に崩落させていく。
ハラハラしながら、それでもリンクならばと信じて見守っていた立香は、逃げ道となる足場を失い、壁際に追い詰められてしまうという予想に反した展開を前に目を剥いた。
武器を構えるでも、逃げるための隙を伺うでもなく、壁にピッタリと背をつけて、目の前の標的を一息に殴り潰さんとばかりに硬く握られた巨大な拳を見据えるリンク。
何とか避けてくれる、もしくは反撃してくれると、立香は懸命に信じていたのだけれど。
次の瞬間彼が目にしたのは、強烈な唸りを上げながら放たれた鋼鉄の拳が、リンクが背をつけていたところの壁に轟音と共に叩き込まれた光景だった。
「リンクーーーーっ!!?」
衝動的に、思わず走り出しかけた立香の動きを止めたのは、その場にひっくり返って目を回すという手の魔物の間の抜けた姿だった。
自ら突っ込んでおきながらその反動に耐え切れないなんて、ぶつかった壁が予想以上に頑丈だったか、あるいは……壁より手前で衝撃の全てを受ける筈だった対象が、ブレーキをかける間も無かった直前でそれをかわしたか。
たった今間違いなく潰された、カートゥーンアニメのキャラクターのように平面にでもならなければ逃れられないような攻撃を受けた筈の場所から、何の怪我も無ければ消耗した様子も見受けられないリンクが飛び出し、巨大な手の甲でグルグルと瞳孔を回している目玉へと向けて、マスターソードの青白い刀身を振りかぶった。
少し短いのですが、前回の更新から間が開いてしまったため一旦投稿します。
次回はもっと早めに、量も出せるように頑張ります。