成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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第…………

 

 楕円状に繋がった長い洞窟の中を猛スピードで走りながら、後ろ足で岩を蹴り上げたり、雷や爆弾を落としたりといった強烈な手段で後続を振り切ろうとする巨大な人面牛と、愛車のエンジンを全力で吹かせ、段差を利用して飛んだり、岩盤が剥き出しでごつごつとした壁面を天井を越えて向こう側まで突っ切る勢いで駆け上がったり、置いていったら危ないからと後ろに乗せた立香の自分より小さな背中に全力でしがみつきながらの絶叫をスルーしたりしながら、爆音轟く追走劇を繰り広げて。

 薄っすらと霧が立ち込める不気味な場所で、薄暗い足元から突如現れ、枝のように節くれ立った細い指で立香を背中から鷲掴み、朧げな風体からは到底考えられないような怪力でその身を持ち上げて振り回し始めた質量を持った影のような腕を、氷の矢を放つのとほぼ同時に振りかぶったハンマーの一撃で粉砕し、完全に腰を抜かしてしまった立香の正気度への追撃のように現れて取り囲んだ枯れ木のような木乃伊達の動きを、高々と響いたオカリナの音色で瞬く間に鎮めて。

 お伽噺や絵本にたびたび登場し、主人公達を苦しめた巨人……正しくそれだと言わんばかりの一つ目の巨体、歩くだけで地面を揺らし大木のような腕を振りかぶる、一般人ならばそれだけで絶望するような光景を前にしながら冷静に矢を番え、必中の狙いで急所の目を射抜かれた巨人は地鳴りと共に尻もちをつき、怒涛の追撃をもろに受けて。

 

 そんな感じで、リンクがトライフォースの力を使って自ら始めた試練は、すぐに助けてくれる、必ず守ってくれるとは信じていても流石に心労が重なっているらしい立香や、リンクと同じくらい立香のことも心配しているロマニ達に見守られながら順調に進められていった。

 仲間達は、様々な能力や特性を持った怪物を相手に、いつ終わるとも知れない連戦を続けるという豪傑な戦いぶりを、素直に称賛してくれたけれど。

 弱点や突きどころを戦闘の真っ只中で探り、見極めた後は情け容赦なく全力でそこを叩くという戦法を代々に渡って得意としてきたリンクにとっては、かつて戦い、倒したことがある相手との再戦なんて、はっきり言って作業に等しくなってしまう。

 リンクの目的は自分自身の限界に挑むことでも、戦いの中で生の実感を得ることでもなく、歴代の勇者達から受け継いだはいいものの、きちんとした形で扱う機会に恵まれなかった能力や勘の仕様確認をすること。

 元から別に戦いそのものを好んでいる訳ではなく、必要に駆られなければ平和に暮らしたいと思っているリンクにとってはそれくらいの、生と死の境目での鬩ぎ合いを楽しむような戦闘狂からすれば温すぎて発狂しそうな程度の難易度で十分だった。

 ちなみに、それを『温い』と思うのはあくまでリンクの感覚であって、実際には戦闘特化型のサーヴァント達ですら中々のものだと思う程度にはきつい内容となっていることに、当の本人はこれっぽっちも気付いていない。

 

 

(能力の詳細を満足いくまで確かめた訳じゃないけれど、マシュ達を随分と待たせてるし……想定以上に立香が危ない目に遭っていて、フォローしたとしても流石にそろそろ限界だろうし。

 こんないい機会はそうそう無い筈だからちょっと惜しいけど、今回に関してはこの辺りにしておこうかな)

 

 

 試練自体には集中して本気で臨みながらも、これはあくまで仕様確認だからと、後々にまで響かせるような無茶はしないようにと、冷静で堅実な思考を頭の隅に保ち続けて、当初の目標を達成出来ていなくてもまあ構わないかという余裕があって。

 この後の展開を呼び寄せてしまった大きな要因は、『ちゃんと気を付けているのだから大丈夫だ』と楽観していた、想定外の要素が紛れ込んでいることなんて考えもしなかった、油断していたと言われても否定出来ないような心の緩みではないか。

 これから程無く、そんな自責の念に苛まれる事態が訪れることを、今のリンクは知りようも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここには、変な魔物はいないみたい」

 

「不幸中の幸いであるな、少しばかし休むとしよう」

 

 

 取り敢えずの安全を確認するや否や、ため息と共にその場に座り込んでしまった少女達の頭上から、彼女達の精神状態に見合わない柔らかな光が降り注いでいる。

 自分達がステンノに指示されて潜んでいたのは間違いなく、華やかな都から遠く離れた小さな孤島の、暗く冷たい洞窟の奥深くである筈なのに。

 

 

「森だの建物の中だの、脈絡もなく次から次へと……本当に、ここは一体何なのだ。

 何かしらの結界に囚われてしまったのだろうとは思うが、どうすれば抜け出せるのかどころか、何がきっかけでこんなことになってしまったのかすらサッパリ予想がつかぬ」

 

「見た感じ、随分と立派な大広間ね。

 これくらいの規模と豪華さがあればありったけの招待状をばら撒いて、もの凄く立派なライブ付きのパーティーが開けそう」

 

「立派なパーティー、要は肉と酒が飛び交う乱痴気騒ぎか。

 …………いかん、いかんぞキャット、何故かは分からぬが思考と存在が魔性側に傾きかけている。

 異様な状況下で疲労が重なっているせいであろうか、もちっと気合いを入れて理性を吹っ飛ばさねば」

 

「……アンタの様子や発言がおかしいのは最初からだけど、ますます意味が分からなくなってきているのは気のせいかしら?」

 

 

 一息ついたことで少しだけ余裕が戻ってきたのか、俯いてしまっていた顔を上げ、ゆっくりと辺りを見回し始めたエリザベートの視界一杯に、かつて一城の主であった自分ですら思わず感心してしまう程の、上にも横にも広がった絢爛な光景が飛び込んでくる。

 物語の挿絵かのような繊細な意匠で造られた、巨大なステンドグラスを天窓代わりに色鮮やかな光を差し込む天井は、まるで数階分をぶち抜いた吹き抜けであるかのように高く。

 広大な空間の中で使用されているもの、視界に映るものは家具から装飾から建材に至るまでの何もかもが、素材も加工に用いられた技術も最上級のものであることを、上流階級の暮らしの中で磨かれた審美眼が告げていた。

 客を招くパーティー会場どころか、王が座す謁見の間と言われても納得してしまいそうだと思いながらゆっくりと視界を巡らせていたエリザベートは、正しく王の玉座を据えるに相応しそうな数段高くなっている場所の先、そこに座る者と同時に目に留まりそうな位置の壁に堂々と刻まれていた紋章を目の当たりにしたのと同時に、その動きと思考を停止させた。

 エリザベートの様子がおかしいことに気づき、彼女の視線を辿って同じものを見たタマモ・キャットの口から、驚愕の声が飛び出す。

 

 

「三つ連なった正三角と、それを頂く翼を広げた鳥……あれはもしや、遥かいにしえのハイラル王国の紋か?

 と言うことは、まさかここは…………いやいや、そんな馬鹿な。

 いくらキャットが本能で生きる野生のネコだとしても、そんな訳がないということくらいはちゃんと」

 

「いいえ、十分にあり得ることだわ。

 だってアタシ、実際にこの目で……」

 

 

 遥か昔に寿命を迎え、穏やかにかつ完全に幕を下ろした筈の古い時代の一端が、今この世に再び蘇る。

 その可能性が決してゼロではないことを、エリザベートは実体験によって知っていた。

 

 

「……正直言って信じがたい話ではあるのだが、ドラ娘が嘘を言っているようには思えぬ。

 キャットはお前を信じるぞ、短い間とはいえ苦難を共に乗り越えてきた身でもあるしな。

 しかしそうなると……やはりここはハイラルに関わる何か、もしくはどこかで。

 あの珍妙な魔物どもは、ハイラル由来のものということになるのか」

 

「道理で、得体の知れない上に厄介な連中ばかりだった訳よ。

 …………ちょっと待って、嫌なことを思いついてしまったわ。

 ここがハイラルで、ハイラルの魔物達が現れる場所だって言うのなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『リンク』という少年は、元々はその多くが穏やかで平和な日々を暮らしていたし、戦いの技や心得をある程度嗜んでいた者達だって、個人のスリルや功名のために無暗な争いを求めるようなことは好まなかった。

 危険な地にわざわざ赴こうだなんて考えてもみなかった少年が、『勇者』として目覚め、戦いに身を投じる決意を固めた時にはいつだって、世を乱す者の登場と暗躍が先んじていた。

 ……悪しき者の存在が勇者の登場を促すのならば、その逆も十分にあり得るのではないか。

 実のところリンクは、無意識下でその可能性にちゃんと辿り着いていた。

 試練の難易度を程々のものにしていたのは、過度に自分を追い込んだ結果、『勇者の危機』が『彼が存在する可能性』を高めることに繋がり、呼び水になりかねなかったから。

 その懸念を立香達に教えないどころか、自分自身でも気付かないように思考に制限をかけていたのは、下手に危機感を高めるとかえって強く意識することになり、トライフォースという『彼』にとっても非常に相性のいい力によって構築した空間に変な干渉が及びかねないと考えたから。

 

 個人としての経験と勘が、自分でも気づけないような深いところでほんの僅か思いついただけなのに。

 それでも出来る限り、可能性すら潰そうとして自然と取った行動は、十分に念を入れたものだった。

 この時エリザベートが想像したことだって、『伝説』を知る者ならばこの状況下でまず間違いなく考えるであろうことで、彼女自身に過ぎた非があったと判断することは難しい。

 空間の改変に巻き込まれた者がいたこと、それが因縁深き『彼』とある意味で非常に近しい存在であったこと、普通の者ならばまず思いつかない筈の『ハイラル』という可能性に至る事が出来る者であったこと。

 様々な偶然が奇跡的に重なっていった流れの、何が悪かったと敢えて具体的に言うのならば、それは偏に『運』だろう。

 

 

「魔物達の親玉が……あの『魔王』が現れたって、ちっともおかしくな」

 

 

 込み上げる恐怖と不安を自身の胸に留める息苦しさに耐え切れず、殆ど無意識のままに吐き出してしまっていた言葉が不意に途切れた。

 エリザベート自身が止めようと思った訳でも、口を塞がれたり首を絞められたりといった形で物理的に妨げられた訳でも無いのに、舌が回らない……体が動かない、息が出来ない。

 いつの間にやら背後に現れていたこの存在は、その気になれば自分の首を折るどころか頭を握り潰すことすらたやすいのだと、自分が今こうして生きているのは『彼』の些細な気紛れに過ぎないのだということが分かる。

 掴まれるどころか触れられてすらいないのに、力の質や存在の属性としては同類の筈だからこそ分かる圧倒的な差を突き付けられ、抗う気さえ起こらない。

 獅子の牙に喉元を押さえられた仔猫とはこのようなものなのかと、思考の片隅の嫌に冷静な部分で思った。

 見開いたまま微動だに出来ない瞳に焼き付いた、尾を丸めて竦み上がり、顔面蒼白でガチガチと歯を鳴らすタマモ・キャットの姿と、自分のものではない力と意思によって我が身が浸食されていく絶望を最後に、エリザベートの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目かの試練を無事に終わらせ、いつも通りに現れた青い光の転送装置を前にそろそろ帰ろうと言ったリンクの表情が、不意に凍り付く。

 すぐ傍にいて、何気に観察眼に優れている立香は、愕然と目を見開くリンクの全身が総毛立っていることに気付き……自分やロマニ達が慌てふためくようなピンチの中でも、冷静に皆を手助けしてくれた彼が本気で慄いているという事実と、それが意味するものを正確に察してしまった。

 いきなり顔面蒼白になったリンクと、数秒遅れで同じような様子になった立香に、ロマニを始めとするオペレーションルームの面々も異様なものを察して騒ぎ出す。

 そちらに気を使えるような余裕は、今のリンク達には無かった。

 

 

「……り、リンク」

 

「お前はここで待ってろ!!

 後で必ず、ちゃんと迎えに来るから!!」

 

 

 立香の呟きと恐る恐る伸ばされかけた手を遮りながら、転送装置に叩きつけた手の甲のトライフォースが輝き始める。

 装置の仕組みや転送先の法則がどうなっているのかは分からないけれど、トライフォースの力を使えば無理やりにでもそこに干渉し、次の行き先を指定することは十分に可能。

 このまま飛ぼうとしたリンクの思惑は、聖三角が輝く手の甲に別の手が重なったことで妨げられた。

 

 

「なっ……立香、何してるんだこの馬鹿!!

 離せ、転移に巻き込むだろ!!」

 

「そのつもりでやってるんだよ、分かってるくせに惚けんな!!

 こっちは最初から、何があってもとことん付き合うつもりで来てる!!」

 

「それ自体は上等だと思うし嬉しいけど、今は状況がちが……」

 

 

 立香の手を振り払おうとしたリンクの思惑は、装置の青ともトライフォースの黄金とも違う、黒と赤が入り混じった禍々しい光が空間内に突如現れ、渦巻き、幾つもの質量を生み出し始めた光景によって妨げられる。

 いつの間にやらリンクと立香は、顔まで覆う全身鎧を纏い、身の丈ほどの大剣を携えた禍々しい騎士達に取り囲まれていた。

 

 

「ファントム……いきなり容赦無しか、ン万年経っても相変わらずだなあの野郎!!

 この状況じゃあ置いていけない、安全を確保するために戦う時間すら惜しい!!

 連れて行くぞ立香、覚悟を決めろ!!」

 

「だからしてるって!!」

 

「足りないっつってんの!!」

 

 

 二人がそうやって声を張り上げるやり取りを繰り広げていた間も、命と意思がある者とは思えない淡々とした無機質さで、鎧を鳴らしながら迫って来ていた甲冑の騎士達。

 一斉に振り上げられた幾つもの剣が、リンクと立香の体を四方から貫く……と思われた瞬間、既のところで転送装置を起動させていた二人の体は光と化し、刃をすり抜けて消えていった。

 





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