成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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『力』と『勇気』

 

 魔盗賊王ガノンドロフ、もしくは大魔王ガノン。

 野心と力でその身を満たした砂漠の王は、謀略の果てに『力』の適合者として万能の願望器の一端を手に入れ、時には強大な魔王として、時には世界に滅びをもたらす怨念の化身として、代々の勇者達の前に現れた。

 勇者リンクを祖とする数多の英雄達をその力で、時には存在そのものによって追い詰めた、ありとあらゆる悪や怪物という概念の祖。

 

 

《彼という存在が『悪』なのは間違いないけど、勇者リンクさえも苦しめた程の圧倒的な力とカリスマ性を持ち、多くの家臣を従えた彼をリスペクトしていた者は、長い歴史の中で数え切れないくらいに存在していた。

 有名なところでは、自分のことを『かの魔王の現し身であり、大帝国を築くことを勇者によって言祝がれた者』だって堂々と公言していた征服王なんかがそうだね。

 …………うん、要するに。

 頭に『反』がつくとしても、彼だって紛れも無い、人々の普遍の認識に深く深く刻まれた偉大な英雄なんだ。

 どうしてもっと早く……リンク君が、『勇者リンク』が現れた時点で思いつけなかったんだろう。

 『勇者』がいれば『魔王』だっている、そんなのは当たり前のことじゃないか》

 

 

 通信越しに聞こえてくるその声は、『影』が立て続けに登場していた先程までとは打って変わった、ゆっくりと落ち着いた口調で紡がれている。

 ロマニのいつもの捲し立てるような語り口調だけでなく、管制室の騒めきまでもが聞こえなくなっている理由が場の空気を読んだからではなく、世界を隔ててもなお届いているらしい圧力に負けて強引に黙らされたからだということを、現物に生身で相対する立香は言われるまでも無く悟っていた。

 勇者と魔王が睨み合う、歴戦の勇士でさえ慄いてもおかしくは無いような現場に居合わせながらも、震えて崩れかけている膝と遠のきそうな意識を何とか保ち続けているという、マスター相手にも厳しめなサーヴァント達でさえ素直に褒めてくれそうな頑張りを続けている立香。

 彼のそんな様子に気付いたガノンドロフの、エリザベートならば絶対にしないような嘲笑を向けられて背筋が竦み上がった立香は、ガノンドロフが徐に鳴らした指の音を合図に背後から襲いかかってきた存在に対して全く反応が出来なかった。

 

 

「立香!?」

 

 

 問答無用で足を払われ、強引に体勢を変えさせられた立香の上向いた顔面スレスレを強烈な一閃が通り過ぎ、前髪の一房が宙に散った。

 

 

「このっ、離れろ!!」

 

 

 不意打ちを防がれたのにも構わず、再び立香へと向けて鋭い爪を振り上げたそいつへと、立香を助けたのと同じ足で全力の蹴りを叩き込む。

 盛大に吹っ飛ばされたそいつは、崩れた体勢を空中で器用に整え、少し離れた位置に両手両足を使って危なげなく、ネコのような着地を決めてみせた。

 今だ射程圏内にいる襲撃者に対して警戒を続けながら、リンクは込み上げる激情のままに声を張り上げた。

 

 

「ガノンドロフ、どういうつもりだ!!」

 

『狙ってくれと言わんばかりの隙があれば、そこを突くのは当然ではないか?』

 

「無駄に魔力を垂れ流して、無差別に周囲を威圧しておきながらその言い草か!?

 俺が知るお前は、弱者が被る痛みに対して無頓着ではあっても、自分の力や存在を誇示するためにわざわざ弱い者苛めをするような矮小さとは無縁だった気がするんだけどな!!」

 

『……魔力に関しては俺も本意ではない。

 この小娘は、器としての相性こそ中々のものであったが、俺の力の全てを収め切れるほどの容量は流石に持ち得ていなかった。

 そんなことが可能なのは知恵の姫くらいであろうからな、それに対してとやかく言うつもりは無い。

 だが、弱い者苛め呼ばわりに関しては心外だ。

 遥か昔に死した、虚ろな英雄をこの世に留める……そのための要たるマスターを狙うのは、聖杯戦争における立派な定石ではなかったのか?』

 

「…っ!?」

 

『現状に関する情報は既に、聖杯とやらからこの小娘を通じて粗方手に入れてある。

 英霊、魔術師、サーヴァント……強大な力を持つ者を、わざわざ器に押し込んで制限を加えてまで使役しようとする術師どもの思い上がりは、腹立たしいことこの上ないが。

 ……この俺と渡り合ってきた貴様が、そのような不自由な状況に甘んじてまで優先する《マスター》がその程度の者だなどと、怒りを通り越して笑えてきたとしてもおかしくはなかろうが』

 

 

 徐々に力が籠もっていくガノンドロフの声に呼応するように、着地の体勢のまま陰の中で蹲っていた襲撃者がゆっくりと身を起こす。

 それにより光に照らされて露わになった姿は、いわゆる『メイド服』を身にまとい、本物かどうか判断しづらい獣の手足と耳を持った少女だった。

 肌は色白できめ細かく、一歩間違えると安っぽくなってしまいそうなフリルで覆われた肢体は豊満かつ魅力的で、顔の造形は美という概念を注ぎ込みながら意図して作り上げられたかのよう。

 普通の状況で普通に出会ったならば、思春期の少年として見惚れていてもおかしくはない美少女を前にしながら、立香は込み上げる寒気と薄気味悪さに背筋を震わせていた。

 大きく立派な宝石で額を彩った彼女の無機質な瞳や、作り物のような美しさを通り越して完全に人形じみた表情に、彼女自身の自我というものが欠片も見受けられなかったから。

 不気味さと嫌な予感に血の気が下がった思考に、調子を取り戻してきたらしいロマニの声が届く。

 

 

《リンク君、立香君、気を付けて!!

 サーヴァント反応を観測した、これはバーサーカークラスだ!!》

 

「バーサーカーだとしても、あの様子は流石におかしい。

 額の宝石……あれはまさか、ナボールがやられたのと同じ」

 

『余計なことを考えている場合か?』

 

 

 二度目の指を鳴らす合図と同時に、バーサーカーの少女が獣の手に鋭い爪を光らせながら飛びかかる。

 マスターソードを構えて身構えた途端に、その軌跡が自分に向かっていないことに気付いたリンクは、一瞬の判断ミスを取り戻す見事な反応速度でその動きに追いついてみせた。

 

 

「立香!!

 狙いはお前だ、下がってろ!!」

 

「ひえええっ!?」

 

 

 刃と比べても遜色ない強度と獣の俊敏さで、縦横無尽に繰り出される爪の連撃を捌きながら、立香がこの場から離れるための時間を稼ぐ。

 洗脳の術によって己としての思考を奪われ、ガノンドロフの命令に従うだけの人形と化している獣の少女の意識はただひたすらに、頑強すぎる壁に阻まれた向こう側の立香へと向けられていた。

 立香が十分に距離を取り、多少暴れても巻き込まずに済むことを確認すると同時に、隙だらけの首へと向けて剣を振りかぶったリンク……そんな彼の耳に、戦闘の騒めきを割ってガノンドロフの声が届いた。

 

 

『その獣の娘が、俺の傀儡と化したのは何故だと思う?

 ……俺に歯向かってきたからだ、器となった小娘を救おうとしてな』

 

「…っ!?」

 

『本能に従って生きる獣の身でありながらそれを堪えて、無謀にもこの俺に挑みかかってくるさまは、中々に見応えがあったぞ』

 

 

 首を飛ばす寸前で止まったマスターソードの刀身が、獣の剛腕によって弾き返される。

 そのまま飛び退くことで間髪入れずに放たれた二撃目から逃れ、息を荒げながら体勢を整えるリンクの頬には、少なくはない血を滴らせる傷口が走っていた。

 

 

『この程度の話を聞かされただけで刃を鈍らせるとは、相も変わらず甘い奴め』

 

「…………ガノンドロフ、お前」

 

『純粋な腕力や破壊力のみならず……知略、謀略、自身の目的を果たすために使えるものや手段の全てと、それらを実行に移せる絶対の意思。

 それこそが《力》と云うものだ、何か文句や異論でも?』

 

「無いよ、癪だけどな!!

 ついでに思い出しとけ、その《力》を何度もぶち破ってきた《勇気》があったんだってことを!!」

 

 

 肉を目掛けて振り下ろされた五指の爪が、割って入った盾の鏡面に不快な金属音を立てながら減り込む。

 そうして、盾一枚と引き換えに作り出したほんの一瞬の硬直の隙に獣の少女の懐へと飛び込んだリンクは、身を回転させた勢いを込めて剣を振りかぶり……鋭い刀身ではなく反対側の柄頭を、少女の額を彩る宝石へと目掛けて叩き込んだ。

 一瞬で砕けて四散した宝石の欠片が、輝く飛沫となって戦場を彩る。

 操り糸が切れたと同時に、頭から落ちかけた少女の身を庇いつつ、狂戦士である彼女が正気に戻っても暴れ出さない保証が無いという事実を見定めて、取り出した縄で容赦なくその身を拘束する。

 情け深さと冷徹、相反する二つの行ないを何の違和感もなく、飛び散った宝石の破片が全て床に落ち切るまでにこなしてみせた。

 片腕を止めただけの段階で強引に踏み込み、続けて放たれたもう一方の爪により切り裂かれたせいで噴水のように血を垂れ流す、自身の傷を後回しにして。

 それは、自分が多少傷つこうとも、望まず戦わせられている少女を一刻も早く救うことを優先した……戦いに身を投じても構わないと思ったほどに大切なもの達だけでなく、次から次へと新しくその枠に加わっていった全てを守りたいと願い、成し遂げていった勇者の生き様そのものだった。

 

 

『…………本当に相変わらずだな、貴様は。

 叶えたい野望や、晴らしたい恨みがある訳でもなく……新たな自分になるたびに、果たすべき使命とやらを馬鹿正直に受け入れ続け。

 ようやく得られた筈の安寧の眠りを妨げられて尚も、強いられるままに染まり切った生き方に囚われて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『忌々しい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見苦しい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり殺すか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルレアンでのジャンヌ・オルタを思い起こさせるような、世界の隔たりを通り越して管制室にいる者達まで慄かせるほどの強大な魔力は、当人曰く、容量不足の器に収まり切らずに自然と零れ出ているだけのものに過ぎないと。

 その言い分を、そのまま信じた者はいなかった……信じたくなかった、『いくら魔王とはいえ流石にそれは』と思いたかったのだ。

 そしてその願望は、誤魔化しようのない現実を突き付けられたことで敢え無く霧散した。

 

 竜の少女の華奢な体から迸る禍々しい魔力は、周囲を威圧するどころか、世界そのものを塗り潰さんとばかりに逆巻いて。

 次の瞬間、四つに分かれて収縮したそれは、凶悪な怪物の姿を形作った。

 非常に長く巨大な槍を持ったもの、周囲の景色を歪ませる灼熱の大剣を振りかぶるもの、片腕と一体化した巨大な砲台を構えるもの、他の三体よりも小柄な片手剣と盾を携えたもの。

 獅子の鬣のようなざんばらの赤髪と無機質なひとつ眼を共通の特徴とする、息吹の勇者を筆頭に集められた英傑達すらも敵わなかった厄災の分身、火水風雷のカースガノン。

 それらを従えながら、槍を手にゆっくりと立ち上がった竜の少女が嘲笑と共に振るった尾が、背後の玉座を粉砕させた。

 

 

「……立香、その子を連れて出来る限り下がっていろ。

 例え狂戦士だとしても、魔王に逆らってまでエリザベートを助けようとしたってことはまず間違いなくいい奴で、意思疎通だってそれなりに可能だろうし。

 マスターだってことを押し出して説得すれば、ちゃんと味方になってくれる筈だ」

 

「ま……待て、待ってくれって、リンク。

 いくらお前だって……あんなのを一人でだなんて、そんな無茶な」

 

「頼むから早く、お願いだから。

 ここから先はもう、お前に対して気を配りながら戦ったり、危なくなったら助けに入れるような余裕は多分無い」

 

「…………」

 

「大丈夫だって、心配するな。

 『俺達』はいつだって、どんな奴が相手だってちゃんと勝って、ハイラルの未来を繋いでみせたんだから」

 

 

 そう言いながら肩越しに見せてくれた頼もしい笑顔が、立香には同時に、とても痛々しく哀しいものに見えて仕方がなかった。

 





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