成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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捻じれた姉妹

 

「う~む……マシュよ、宮廷魔術師からの連絡は来たか?」

 

「すみません、まだです」

 

「何をやっておるのだ、いくら我慢強い余とて流石に飽きてきたぞ」

 

 

 彼らが自分達と別行動を始めた時には、まだ日は十分に高かったというのに。

 水平線を赤く彩る美しい夕日を前にしながら、今すぐにでも砂浜を転げまわって駄々を捏ね始めそうな少女皇帝の様子に、マシュは呆れると同時に共感していた。

 

 

「緊急事態が起こった、向こうの観測とフォローに集中したいからこちらから連絡するまで待っていてほしい……と言われてしまうと、待ちくたびれたという理由で声をかけるのは躊躇われますし」

 

「まあ、如何な想定外が起こったのだとしても、彼奴らのことだから手間取っているだけであろう」

 

「はい、私もそう思います」

 

 

 伝説に語られるリンクの強さと、本当に大切な時には必ず発揮される立香の気概を知り、そして信じていたマシュとネロに悲壮感は見受けられず。

 彼らの言う『緊急事態』が、自身が仕掛けた洞窟の魔物達と二人のサーヴァントだとばかり思っているステンノは、不満げに口を尖らせた。

 

 

「お姉さま……本当に、一生のお願いですから、マスター達がお戻りになった際に変ないちゃもんをつけたりはしないで下さいね?

 マスター達ではなく、お姉さまのために言っていることなのです」

 

「彼らが何事もなく帰ってくるって、あなたもそう思っているの?」

 

「愛される偶像(アイドル)であるお姉さまが考えつき、用意できる範囲のことでは、かの方を煩わせるのが精々でしょう」

 

「……そう。

 大した人なのね、ギリシャの神々(わたしたち)よりも古き世の……真の勇者様とやらは」

 

 

 皮肉交じりにそう呟き、頬を膨らませながら拗ねるさまは、何かと弄られがちな身内からしてもあざといほどに可愛らしかったのだけれど。

 そのようなものに惑わされて、手心を加えてくれるような相手ではないことを知っていたメドゥーサの焦燥は、姉が多少話を聞く姿勢を見せてくれるようになってくれた今もなお、重ねて募るばかりであった。

 

 

「お姉さまの妹ではなく、マスターにお仕えするサーヴァントとしての私には、リンクさんが取った判断と行動が間違っていたとはとても言えません。

 リンクさんがお姉さまに反発されたのは、神が嫌いだからでも、少女の外見を侮りお姉さまを軽んじたからでもなく、敵なのか味方なのかがハッキリしない上に、どんな力を持っているのかもわからない相手に対して当然の警戒をしただけ。

 それを解消するどころか、余計不安にさせるような言動を、お姉さまがそのまま続けたから。

 あれをやっていたのが顔も名前も知らないどこぞの誰かだったら、万が一にでもこちらに飛び火してこないようにと、黙ってそのまま距離を置いていたところです。

 でもお姉さまだったから、そういう訳にはいかなくて……」

 

「それであなたは、姉を守るためにその首を差し出したというの?

 駄妹(メドゥーサ)の分際で……そのまま叩っ切られてしまっていたら、どうするつもりだったのよ」

 

 

「……?

 いいえ、お姉さま……確かに私は、本気の誠意を示すために切られる覚悟で首を差し出しました。

 だとしても、それで本当に切られるとは思っていませんでしたよ。

 神だからとむやみに敬ったりしないように、怪物だからとむやみに虐げたりもしない。

 そういう人達ですから……リンクさんも、マスターも」

 

 

 そう言いながら妹が見せた笑顔は、二人の姉と同じような姿をしていた頃の、彼女がまだ胸を張って幸せだと言えていた頃のもののようで。

 どこもかしこも、無駄に大きくなった今の姿……自分達以外に動くものの無い空っぽの島で、怪物退治の名声を求めて続々とやってくる勇者紛いの連中を片っ端から石に変えていた頃の彼女では、到底浮かべることの出来なかったもので。

 守るために戦うことも、ずっと格上の神によって変質させられたその身を戻すことも……妹を笑わせられるようなことを、受動的に愛されるだけのこの身では何ひとつとしてしてあげられなかったというのに。

 それがいつの間にか、自分の知らない者達によって、自分の知らないところで成されていた。

 非常に面白くない現状を正しく認識したステンノの、只でさえ力が入っていた眉間により一層の深いしわが寄る。

 可愛らしさなど見出しようもない、舌打ちの幻聴が聞こえそうなほどに歪んだ表情に、姉の機嫌が一瞬で最底辺まで落ち込んだことを察したメドゥーサの喉が甲高くかすれた音を零した。

 

 

「ご、ごっ、ごめんなさいお姉さま、何かお姉さまの癇に障るようなことをしてしまいましたでしょうか!?」

 

「そうね、強いて言えばあなたの一挙一動全てが気に食わないわ」

 

「私の存在全否定ですか!?

 た、確かに私は、どこもかしこも大きい上にいかつくて、小さく愛らしいお姉さま達とは比べようもなく醜い女ではありますがぁ痛たたたたたた!!」

 

「その口を閉じなさい、この駄妹が。

 あなたを馬鹿にしていいのは私と片割れだけなのだということを、まさか忘れていないでしょうね」

 

「分かった、分かってます思い出しました!!

 だから髪はやめて下さい、引っ張らないで!!」

 

 

 姉妹のじゃれ合いと称するにはいささかバイオレンスなやり取りに、少し前からこっそりと気にかけていた二人の少女達は、共に呆れた表情を浮かべていた。

 その源にある認識に関しては、多少の差異があるらしいけれど。

 

 

「随分と拗らせた、何とも面倒くさい姉妹であるな」

 

「……わかりません。

 ステンノさんはどうして、自分のことを心から慕っているメドゥーサさんのことを、あんなにも無下にするのでしょうか」

 

「……マシュよ、そなた分からぬのか?」

 

「えっ、何がですか?」

 

「あー……うん、まあ確かに。

 彼奴らの言動を額面通りに受け取るのならば、そういう印象になるであろうな」

 

「え、あの……ええ~?

 すいません、私は一体何に気付けていないのでしょうか……」

 

「……そうさな、余が個人的に抱いた見解を軽く口にするくらいならば良かろう。

 あの姉妹があのような捻くれた関係性にある原因は、妹を蔑ろにする姉にあるという考えを、そなたは持っておるようだが。

 実際にあのような態度を取っている以上は、まあ間違ってはいないであろうが……余はそれに加えて、妹の方にも十分な非があると思った」

 

 

 捻くれて分かり辛いそれが、姉なりの精一杯の愛情表現なのだということに、姉の性分を十分に理解している筈の妹が全く気付いていなかったら。

 『美しいお姉さまが醜い私を厭うのは当然のことです、妹として慕うことを許して下さるだけで幸せです』などというような、姉の本心に沿うどころか全力で否定している卑屈な発言と、それに伴なう行動を繰り返していたら。

 姉が腹を立てるのも、苛立ち交じりに多少乱暴な手段でそれを咎めるのも、特におかしなことではないだろう。

 

 

(姉の方が勇気を出して、素直に『愛している』と伝えたとしても……姉の言動は歪んだ愛情表現ではなく、自分を厭うている故のものだと本気で思い込んでいる妹が、それをまともに受け止めるのは難しいであろうな。

 ……いつもの余ならば、麗しき姉妹の望まぬすれ違いなど、到底放っておけぬところなのだが)

 

 

 時間も労力も、ローマの地と民を守るためだけに費やすべき現状ではそうもいかない。

 そんな現実を、傍からすれば個人の我がままで好き放題に動いているように見えて、実際にはローマ皇帝としての誇りと信念をきちんと己の中心に据えているネロは、誤ることなく認識していた。

 遣る瀬無さと苛立ちに悶えるネロ、ネロの言葉の意味が全く分からずに困惑するマシュ、相変わらずのやり取りを続けるゴルゴーン姉妹。

 そんな、美しい女性達によって繰り広げられている混沌としていた状況に、不躾に現れて踏み入ってきた異物があった。

 波打ち際の穏やかな水面を轟音と共に割り、多量の水飛沫を一同に降り注がせながら現れたのは、ネロとマシュにとっては見覚えのある男の姿だった。

 

 

「ネロォオオオオオオッ!!!」

 

 

「なっ、伯父上!?」

 

「ネロさん、私の後ろに!!

 ドクター聞こえますか、こっちも緊急事態です!!」

 

 

 バーサーカー・カリギュラの第一の標的であり、最も危険な状況にあると思われるネロを、共闘する相手ではなく警護対象と認識して瞬時に自身の盾に匿い、すぐさま救援要請を出したマシュの咄嗟の判断は、敵を倒す矛ではなく仲間を護る盾として正しいもので。

 想定外だったのは、ようやく巡り合えた姉の身に迫った危機に、大人しく現界するだけの魔力しかもらっていない今の自分が戦えないのだということを忘れて、逸るままに飛び出してしまった者の存在だった。

 

 

(あっ、しまった)

 

「なっ……こ、この駄妹!!」

 

「メドゥーサさん!?」

 

 

 相手の間合いに飛び込んでしまってから、力が出せないことに気付いたってもはや遅い。

 狂戦士の戦闘本能によって反射的に繰り出された拳が、岩ではなく美女の頭蓋を割らんと唸りを上げる。

 ゆっくりと流れる世界の中で、メドゥーサの心は奇妙に凪いでいた。

 どんなに現状が恵まれていようとも、怪物として許されざる罪を犯したこの身が、ろくでもない末路を迎えることに変わりは無いだろうと思っていたし。

 今のマスターには、自分以外にも大勢の、きちんとした実力と忠誠心のあるサーヴァント達がついていることを思えば、残して逝ってしまうことへの不安や心残りなども無かった。

 

 

(ああ、でもせめて……)

 

 

 こんな愚かな妹だとしても、目の前で失えば流石に、少しは惜しんでくれるだろうか。

 その程度の思い入れくらいは持ち得ていたと、期待させてはくれないだろうか。

 最期の瞬間を、焦燥に染まった姉の表情ではなく、自身を殴り殺さんとする狂戦士の姿を瞳に焼き付けながら迎えようとしていたメドゥーサだったが、ほぼ決まりかけていたその予定は寸前で覆された。

 頭上の虚空に突如現れた青い光によって構築され、重力に引かれた全体重に自身の脚力を上乗せさせた強靭な両足が、すぐ目の前にまで迫っていた拳の本体を背中から踏み潰したことによって。

 

 

「えっ、な……り、リンクさん!?」

 

「キャット、二人を頼む!!」

 

「応とも!!」

 

 

 同じタイミングで、同じ光によって現れていたらしい獣耳の見知らぬ少女が、見知ったマスターと竜の角と尾を持った見覚えのある少女を小脇に抱え、ついでにメドゥーサも回収しながら一足飛びで距離を取る。

 上に乗ったままだった少年と辺りの砂を吹っ飛ばしながら、カリギュラがど派手にその身を起こしたのは、その次の瞬間のことだった。

 

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 

「うわっしぶとい、結構力入れてたのに……」

 

 

「ネロオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

「させるか!!」

 

 

 たった今、自身に盛大な痛手を与えたばかりの相手にさえ目もくれず。

 与えられた命令と施された縛りのままに、愛しい姪を殺さんとしたカリギュラの動きと思惑は、その寸前に阻まれる。

 青い刀身の軌跡によって宙に飛び、一瞬の間を経て砂浜に落ちた首に続いて、体の方も崩れ落ちた。

 

 

「ネロ……ネロ……我が、愛しき、姪よ。

 おまえは、とて、も………うつくし、い。

 月の女神、よりも……聖杯、の、輝き、よりも………」

 

 

 知名度補正による強化の影響か、首だけでしぶとく残りながらうわ言を続けるカリギュラ。

 リンクはそんな彼へと向けて、まず聞こえていないだろうと、自己満足に過ぎないだろうと思いながらも、優しい声色で語りかけた。

 

 

「大丈夫、安心して。

 あなたはもう、愛する人を襲わなくていいんですよ」

 

「……………………かたじけない、ゆうしゃどの」

 

「…っ!」

 

 

 確かな理性で、姪への狂愛でも自身を殺した者への恨みごとでもなく、止めてくれたことに対する感謝の言葉を残しながら消えていった皇帝へと、ほんの一瞬の黙祷を捧げて。

 次に上げた視界に映ったのは、バイオレンスかつ一方的な、それでいて愛に溢れる姉妹喧嘩だった。

 心做しか遠巻きに見守っている一同が、示し合わせも無しに浮かべているのと同じ苦笑いが、数秒遅れでリンクの顔にも表れる。

 

 

「この駄妹、駄妹、駄妹!!

 あなたという子は本当に、いつもいつもそうやって…っ!!」

 

「あいたたた、痛い痛い!!

 ごめんなさいお姉さま、何でこんな怒られてるのか分からないけれどとりあえずごめんなさい!!」

 

「理由が分かっていない謝罪に意味なんて無いのよ、このお馬鹿!!」

 

「落ち着いて下さいステンノさん、あとメドゥーサさんは是非とも反省して下さいね!!」

 

 

 そこに居たのは、傲慢な神でも高飛車な偶像でもなく。

 自分自身を軽んじている妹に対して憤り、そして心配している、ただの一人の姉しかなかった。

 




 メドゥーサさんが自分に自信を持てず、お姉さん達からの愛情をいまいち信じられずにいるのって、『小さく愛らしい少女』という美の価値観から一人だけ外れてしまったコンプレックスだけが原因ではないと思っています。
 お姉さん達を信じていない、自分に自信が無いというよりも……お姉さん達は自分を愛していない、自分が愛されるもしくは愛されているなんてあり得ないと、一生懸命に思い込もうとしているのではないかなあと。
 一人だけ育っても、恐ろしい怪物と化して数多の人間を殺しても、そんな自分の連座で幾度となく危険に晒されても。
 変わらない態度で傍に居続けてくれた、大好きな優しいお姉さん達を、無残にも食い殺してしまったのは自分なのだと。
 まともに考えてしまったら、到底耐えられないでしょうから。
 あと、ステンノが『勇者』を望む、もしくは歓迎しているように見せかけておちょくるのは、怪物退治の偉業とイコールで結ばれるような連中から妹を守ろう、もしくは遠ざけようとする、彼女なりの工夫と奮闘なのではないかと思います。

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