成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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VS スパルタ

 

 敵の本拠地に攻め入るために、全勢力を集結させる。

 待ちに待った報せを受けて、勇みながらローマへの帰路についていた兵士達の歩みは、あともう少しで王都が見えてくるというところで強靭な壁に阻まれてしまっていた。

 

 

「■■■■■ーーーーーっ!!!」

 

 

 これで何度目か、獣の雄叫びを上げながら一人飛び出していった巨漢の男……並の軍団なら纏めて吹っ飛ばされていたであろう、中国史屈指の武人である呂布の突貫が、盾を構えながら腰を据えた横一列の陣形によって受け止められる。

 足が地に減り込むほどに押し込まれながら、それでも耐え抜いた前衛の隙間を縫って繰り出された槍の穂先が呂布の巨体を捉え、その内の何本かは肉にまで届いてみせた。

 

 

「……っ!」

 

 

 確かな技術と必殺の意図で以って放たれて命をかすめた鋭い穂先に、狂化したからこそ研ぎ澄まされていた生存本能が『このままではまずい』と、『一旦引いて立て直すべきだ』と、命の危険を示す警鐘となって告げてくる。

 呂布は振り絞った理性と思考力でそれを押しとどめ、雄叫びと共にその場で踏ん張った。

 自分がこうして、自身の武力と存在を示し続けて、敵軍の警戒の殆どをこの身に集めていることこそが、サーヴァントの集団とただの人間の軍団が辛うじてとはいえ戦況を拮抗させているという奇跡と言うしかない状況の要因であることを、『生きたい』という生物の欲求を上回る武人の勘で理解していたから。

 肉と命を削りながら、数百の戦士達を相手に無謀な特攻を続ける呂布の姿に、いつもの飄々さをかなぐり捨てた荊軻が舌を鳴らす。

 

 

「忌々しい……どこで名を馳せた連中なのかは知れぬが、力任せに突っ込むしか出来ない今の呂布では相性が悪すぎる」

 

 

 一度目では突撃を食らった前衛の殆どが吹っ飛び、流石は呂布だと、これならば突破するのにさほど時間はかかるまいと……そう思えたのはほんの一瞬。

 強敵や被害を前に慄くどころか、崩れた陣形を瞬く間に整えてしまった一糸乱れぬ連携を前に、彼らは強敵であると気を引き締め直した。

 その後彼らは、二度三度と続いた呂布の突貫を防ぎ切った……どころか、彼の攻撃を食らうごとにそれを学び、陣形に修正を加え、より一層の覚悟を以って腰を据える守りは格段に強固なものとなっていく。

 そしてついには、吹っ飛ばされるどころか耐え抜き、反撃に転じてみせるほどにまでなってしまった。

 筋力と体力と根性に任せて押し切るだけの、単なる『脳筋』ではこうは行かない。

 状況を分析してそれを元に考察を行ない、導き出した結論を自身のみでなく全体での行動に反映出来る。

 柱となって集団を支える優秀な指揮官の存在を、荊軻は確信していた。

 

 

「呂布が圧し負けることは戦線の崩壊を意味する、私達ならばまだどうにかなるかもしれんが兵達は確実に全滅だ。

 そうなる前に、何か手を打たねば……」

 

 

 厳重な警戒態勢にある皇帝へと、如何にして自身の刃を届かせるか。

 それをひたすら考え続けた日々のように、神経が焼き切れかねないような感覚と共に思考を巡らせる荊軻。

 そんな彼女に答えるかのようなタイミングで、揃いの盾と槍を携えた屈強な戦士達の中から、彼らが見せる守りの技を彷彿とさせるような、穏やかながらも力強い声が聞こえてきた。

 

 

「我らの技と筋肉も、あなた方の手札も出し切ったと見える。

 計算を終え、答えを出すのには十分でしょう。

 あなた方二人の命と引き換えに、兵士達を見逃すと約束します」

 

「……その言葉が嘘ではないという根拠はあるのか?」

 

「情けをかけたという訳ではありません、我らの目的を果たすにはそれで十分なのです。

 我らがマスターの命は、間もなく結集しようとしている帝国側の戦力を削ること」

 

「サーヴァントを討つことが出来れば、それは軍勢のひとつやふたつを落とすも同義。

 更に言えば生き延びた兵士達も、自分達が絶対と信じた将の最期を目の当たりにさせられれば、決戦を前に昂っていた士気はガタ落ちで戦線に復帰できるかも危うい……と、なる訳だな」

 

「素晴らしい、計算が出来る方は話が早くて助かります。

 その冷静かつ明晰な頭脳でもって、どうか正しいご判断を」

 

「……………………」

 

 

 戦場独特の金属音と飛び交う怒号の中、無言で立ち尽くす荊軻。

 そんな彼女の様子に、声の主は最後の葛藤をしているのだと思って、急かそうとはせずに答えを待ったのだけれど。

 彼が計算の末に導き出した答えを他所に、荊軻は決断という名の諦めではなく、唇の両端を吊り上げる侠客の笑みで返した。

 

 

「一方的に答えを強いるのは公平ではあるまい、こちらからもひとつ問わせてもらう。

 どこぞの時代、どこぞの国で生き、そして死んだ武人の王よ……貴様を信じる家臣達や、貴様自身の誇りにかけて考えてみてくれ。

 自分達の国が滅ぼされようとしている瀬戸際で、命に代えてでもという覚悟を以って臨んだ戦いの中で……『将の首を差し出せば、ここにいる者達だけは見逃してやってもいい』などとのたまわれたら。

 貴様は一体、どんな言葉を返すと思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはもちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『来たりて取れ』と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵軍の何処かから、可視化すら出来そうなほどの闘志が湧き起こり、荊軻は瞬間的にその出処を探ろうとしたのだが……残念ながら、それは上手くいかなかった。

 実戦用の筋肉で鍛え上げられた体に、より一層の闘志を漲らせたのは相手方の戦士達全員がそうで、纏めて膨れ上がった膨大な気配の中で瞬く間に紛れてしまったから。

 

 

「……聡明な方よ。

 あなたさえ宜しければ、先程の発言はどうかお忘れください。

 我らはどうやら、知らぬ間に腑抜けてしまっていたようです。

 守るものどころか、大義すらも無い戦いが不本意なのは仕方がない……ならばせめて、我らの誇りを貫きましょう。

 感謝を込めて全力を尽くします、御覚悟を」

 

 

 並の者ならば、そのまま物理的に圧し潰されかねないような闘志を一身に浴びせかけられながら、楽しい酒の席にいるかのように笑う荊軻……しかしその本心は、背筋を冷や汗で濡らしながらの『やっべーやっちまった』であった。

 しかし彼女は、まずい方向に舵を切ってしまったことを焦りはしても、込み上げる衝動のままに言いたいことを言ってやったこと自体に関しては、少しも後悔してはいなかった。

 例え、それによって死への道を進んだとしても、自分自身の心のままに……最後の瞬間まで、かんらかんらと笑いながら。

 それこそが、彼女が愛し尊んだ、『侠客』の生き様というものだったから。

 

 

(だとしても、このまま黙って殺されてやるつもりは欠片も無いがな)

 

 

 毒を焼き付けた必殺の短刀を抜き、身を屈めていつでも飛び出せる体勢を取った荊軻の蛇のような眼差しが、集団を個として纏める頭脳の持ち主を探して辺りを睨めつける。

 荊軻のような暗殺者が不意に現れるのを警戒しているのか、王でありまとめ役である自身もあくまで集団の一部と考えているのか、突出した気配や存在が現れる様子は窺えない。

 少なからず動揺を与えた、先程のあの瞬間が絶好の好機だったのだということを改めて認識し、それを生かすことが出来なかった自身を内心で責めたが、もはや過去のことと一瞬で割り切った。

 

 

(標的まであと十歩……どころか何処にいるかすら分からず、あの時の護衛どもとは実力も忠誠心も比較にならんような戦士達によって、既にこちらは王を狙う刺客であると認識されている。

 ……最悪だな、突破口が欠片も見いだせん)

 

 

 改めて羅列するごとに、現状が極めて絶望的であることを改めて認識し、内心でとは言え思わず弱音が零れてしまう……のだけれど。

 

 

(だとしても、やるしかないか。

 指揮を崩せば、呂布の攻撃が再び通じるようになるかもしれん。

 均衡状態を少しでも長く保つことが出来れば、王都へと走らせた者達の救援要請が間に合うことだって、まだ十分に考えられる。

 可能性を繋げるために、我が身を賭す価値はある……無謀な大物狙いは私の本領だ、成し遂げてみせるとも)

 

 

 荊軻は、変わらず笑っていた。

 後進のため、自身の信念のために全てを賭して戦えることが本望であると言わんばかりの、心からの笑顔で。

 そしてそれは、彼女と相対する戦士達にとっても、国を、家族を、誇りを守るため、仲間達と共に笑いながら死地へと向かった、かつての自分達を彷彿とさせるものだった。

 

 鉄壁の守りの隙間を抜くための機を窺う荊軻と、彼女がどんな動きをしても確実に対応すべく陣を詰める戦士達。

 攻めと守りという違いはあれど、互いに相手の次の動きを見極めようとしていることから、下手に行動に出ることが出来ない膠着状態が展開される。

 このまま我慢比べになるのかと脳裏に過ぎった予想は、頭上から突如降ってきた謎の気配によって覆された。

 

 

「なっ…!?」

 

 

 人が空へと領域を広げたのは、薄れゆく神秘と反比例しながら科学が発展していったごく近代に至ってからのこと。

 それよりも遥か過去の時代に生き、人を乗せて飛ぶような幻想種との縁がある訳でも無かった両者にとって、その奇襲は完全に想定外の出来事だった。

 一同が反射的に見上げた視界に映ったのは、眩い太陽と重なり、逆光によって浮かび上がった、翼を広げた巨大な鳥の影。

 由緒正しき紋章のようにも見えた、立派なその影の背に跨った小柄な人影の存在と、彼の手が弓を引き絞っていることにいち早く気付いた者が、自身の盾を頭上高く掲げて声を上げた。

 

 

「『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)』アアアっ!!!」

 

 

 たった三百人の精鋭で、敵軍二十万人の猛攻を三日に渡り耐え抜いた護国の伝説を象徴する盾に、放たれた鏃が着弾する。

 瞬間的に沸き起こった爆炎と爆風は、自ら飛び込んできた『彼』を中心にした周囲を瞬く間に呑み込んだのだけれど。

 土煙が収まった後に現れたのは、あの爆発の破壊力を一手に食らい、無駄なく鍛え上げられた肉体の所々を焦がしながらも仲間への被害は少しも出さずに、強靭な盾として揺らぐことなく立ち続けた王の雄姿だった。

 

 

「……お見事」

 

 

 思わず追撃を忘れてしまった少年が、愛鳥の背の上でポツリと呟いた称賛の言葉は、残念ながら当の本人には届かなかった。

 遠くて届かなかったというだけの単純で仕方のない理由だけれど、仮にきちんと届く程度の近さで発せられていたとしても、彼がそれを認識することが出来たかどうかは分からない。

 想定外の奇襲を受けて、守りの陣形がほんの僅か綻んだ瞬間を決して見逃さず……獲物を狙う豹の如く駆けてきた刺客の刃が、もうすぐそこにまで迫っていたから。

 

 

「ここより己の死は恐れず、生も求めず」

 

 

 

 

 

「『不還匕首(ただ、あやめるのみ)』」

 

 

 

 

 

 反射的に突き出した槍の穂先は、荊軻の脇腹を深く抉り……しかしそれでも、彼女の足は止まらなかった。

 より一層の力を込めた、最後の一歩で跳んだ勢いのままに繰り出した刃が、筋肉の鎧を貫いて肉にまで至る。

 戦士でなければ生きられない国で、王として戦士達を束ねた身である彼が認めざるを得ないほどに、素晴らしい一刀であった。

 よくよく見てみれば、彼女の体は自身の槍によるものだけでなく、浅いものや深いものを含めた幾つもの傷口によって血だらけで。

 王の元に至らせまいと、陣が崩れたとしても立ちはだかった戦士達の間を傷つくことも厭わない覚悟で駆け抜けてきたさまが、まざまざと見えてくるような気がした。

 

 

「……お見事です。

 我らを奮い立たせてくれた方に対して、情けないさまを晒してしまいましたね」

 

「如何に守るかを考えていたお前達ではなく、如何に攻めるかを考えていた私の方に、偶然がより味方したというだけの話だ。

 お前は素晴らしい王だったよ、その命を取れたことを心から誇らしく思う程に」

 

「ふふっ、やはり暗殺者とは恐ろしい。

 ……私を殺した者の名が知りたい、教えて頂いても?」

 

「荊軻だ、冥途の土産にしてくれ。

 それで、そう言うお前は?」

 

「……スパルタの、レオニダスと申します」

 

「良い戦いだったよレオニダス、次に会った時は月でも肴にして一杯やろう。

 もちろん、お前の仲間達も一緒にな」

 

「…………それは、なんとも、たのしそうですね」

 

 

 自身の短刀が貫いたままの体が、金の粒子と化してゆっくりと消えていく。

 それに追随するように、周囲に満ちていた人の気配も少しずつ減っていき……レオニダスの完全な消滅を見届けた荊軻が顔を上げた時には、鍛え抜かれた肉体に槍と盾を備えた古代の戦士達は、既に一人残らず消え去っていた。

 後に残っていたのは、全身至る所を串刺しにされて血まみれになりながらも、流石のタフさで戦い抜いてみせた呂布と、今の今まで戦っていた軍勢がいきなり消えてしまったことに狼狽えているローマ兵士達。

 思ったよりも被害を抑えられたことにホッと笑みが浮かび、ふと思い立って見上げた視界に、王都がある方向へと向けて飛んでいく巨大な鳥と、その背に乗る小柄な人影を見た。

 

 

「私達が遠征に出ている間に、帝国陣営に加わった者か……誰かは知らぬが、いいタイミングで来てくれて助かった。

 すぐに次の遠征が始まることになるだろうが、余裕がある時を見計らって何杯か奢ってやろう」

 

 

 酒が飲めない奴だったらどうするんだとか、それお前が飲みたいだけだろうだとか。

 他の者が聞けば突っ込まれそうなことを考えながら、呆然と立ち尽くす兵士達に再び行軍の準備を取らせるべく声を上げる荊軻。

 決して浅くはない痛手と消耗のせいでなかなか動き出せずにいた彼女達のもとに、王都からやってきた救援部隊が、遠目ながらも見覚えのある少年に先導されながら現れるのは、もう少しだけ後のこと。

 





「……なるほど、君はマスターなのか。
 先だって援護してくれたのは君のサーヴァントだろう、おかげで助かったよ。
 私は荊軻でこっちは呂布という、後でまとめて礼をさせてくれ」

「りょ……呂布ってまさか、あの三国志の!!」

《ふふっ、彼くらい有名な英雄なら立香君も流石に知ってるんだね》

「■■■っ!!」

良い馬(赤兎馬)をやるって言われたからってあっさりと寝返った相手を、ハニートラップに引っかかってこれまたあっさりと殺しちゃったっていうあの呂布!?」

《何でそんな微妙なエピソードをピンポイントで覚えてるのさ!?》

「い、印象的だったから……」

「…………………………」

「はっはっは、そう落ち込むな。
 偉業と共にやらかしまでもが後世に伝わってしまうのは名を遺した者の宿命というものだろう、私は全く気にしておらんぞ」

↑周りにいる人が、見えていないどころか認識すらしていないのではと思わせるほどの酒乱っぷりが、『傍若無人』の元ネタとして後世に遺ってしまった人。

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