成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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不死者の軍勢

 

「立香、マシュ、ネロ陛下!!

 俺が何とか道を開く、その隙に突破するんだ!!」

 

「なっ……馬鹿なことを言うな、いくら何でもあれを前に一人で置いていくなどと!!」

 

「迷っている暇はない、俺に構ってないで早く!!

 ブーディカさんを、今度こそ助けるんでしょう!?」

 

 

 ネロが黙らされたのは、リンクが発した言葉に込められていた、満載の死亡フラグをも吹っ飛ばすほどの自信と勢いだけが理由ではなかった。

 ローマを取り戻すための最後の侵攻の真っ只中という、公の務めと責任に私を捨てて全てを費やさなければならない筈の状況で、構うことなく真っ直ぐにぶつけられたそれは……ただのネロという個人としての、紛れもない本心だったから。

 武装した戦象の背に跨る、巨大な騎獣の認識を狂わせそうになる程の巨漢の戦士と、彼を取り巻く無数の兵団。

 圧倒的な数の差を前に一人堂々と立ち向かう少年の、小柄な筈なのにやけに大きく見える後ろ姿に、ネロは言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された全勢力を集結させ、最終決戦のために連合の首都へと向けて順調な行軍を続けていた筈のローマ帝国軍の足並みが崩れたのは、本当に突然のことだった。

 当初こそ、首都への侵攻を阻もうとする連合軍や、敵対サーヴァントの襲撃を想定した警戒が絶えず行なわれていたのだけれど。

 実際にやってくるのは、大軍勢の勢いを削れるとは到底思えないような、ごく少数の部隊による嫌がらせにもならないような奇襲ばかり。

 これまでに行なわれてきた戦闘が実はかなりの効果が発揮されていて、連合側にはまともな戦力はもはや残っていないのではというような考察が真剣に行われてしまうような状況で、兵士達の警戒心は段々と緩んでいった。

 必要のない状況でむやみに警戒を続けるというのは余計な消耗が嵩むもの、適度に気を抜いて心身を回復させるのは非常に重要となる……しかしそれは、決して油断していいということではない。

 そのことをきちんと熟知して、変わらず警戒を続けていた者達も少なからずいたのだけれど、それ以外の大多数が気を緩めてしまっていては、全体としては隙だらけとなってしまう。

 そうやって、長い時間をかけてゆっくりと築き上げられた下地の上で、名将の采配が満を持して振られた。

 

 ここぞという瞬間のために温存されていた軍勢による多方面からの攻撃、それも類まれな名将の指揮を窺わせるような一糸乱れぬ連携によって微妙かつ絶妙な時間差をつけながら行われたそれは、気の緩みを衝かれたこともあって帝国軍を瞬く間に混乱に陥れた。

 布陣を崩すための楔が最初に打たれたのは、呂布とスパルタクスのバーサーカー組が配置されていた後方部。

 狂化の悪影響で、状況を冷静かつ的確に見極める判断力というものが丸っきり欠如している彼らには、目の前の敵をただひたすらに殲滅することしか出来ない。

 襲撃してきた連合の兵士達を敵と認識して、戦闘モードのスイッチが入ってしまったバーサーカー達は、ちょっとつついただけですぐさま撤退していった彼らの後を追って陣形を崩壊させてしまった。

 万全だった筈の布陣に開いた、ほんの僅かな隙間……そこを狙って飛び込んできたのは、立派な馬に跨りながら戦場の混沌を駆けるさまが不自然にも思えてしまうような、艶やかな赤毛を靡かせる紅顔の美少年だった。

 

 

「さすがは我が軍師、いくら人手不足だからってこの役目を僕にさせるとは!!」

 

 

 心底愉快そうに笑いながら愛馬の手綱を繰り、逃げ惑う帝国軍を蹴散らしていった彼は、スパルタクスの制御役として彼が開けてしまった穴を埋めるべく駆けつけたブーディカに気付いた途端、その笑みを一層眩いものとして。

 あまりにも想定外だった、敵サーヴァントとの突然の遭遇に目を剥いた彼女が気持ちを切り替えて戦闘態勢を取るよりも先に、愛馬の蹄を容赦なくその身へと叩き込んだ。

 

 

「ブーディカ様!!」

 

「全軍撤退、目的は果たされた!!」

 

「まっ、待て!!」

 

 

 力が抜けてしまったブーディカの体を愛馬の背に引き上げながら、今来たばかりの方向へと向けて手綱を動かした少年は、その小柄な体からは考えられないような威勢に溢れた声を戦場に響かせ、連合の兵士達はそれを合図にそれまでの激戦が嘘だったかのようにあっさりと背を見せて逃げていく。

 あまりにも突然かつ連続すぎる状況の移り変わりについていけず、頭の中が真っ白になって立ち尽くしてしまっていた兵士達に喝を入れながら、ネロはブーディカを攫った少年の追走及び、スパルタクスと呂布の捜索と回収を指示した。

 突然の奇襲から開かれた戦線や、バーサーカー組の離脱という非常事態に必死で対応しながら、ネロは十分に冷静かつ的確な判断と行動を取ることが出来たと言えるだろう。

 事態を一変させる程の想定外は、そんな彼女の思考と理解が及ぶ範囲をあっさりと飛び越える形で現れた。

 ロマニの驚愕のあまりに引っくり返った声が、間近に染まった異変の存在を一同に知らせる。

 

 

《新たなサーヴァント反応を確認、しかもこれは……新規の召喚、馬鹿なこのタイミングで!!?》

 

 

 だだっ広い荒野の真っ只中で、渦巻く魔力が眩い程の光を帯び、その中心に新たな形を成していく。

 光と土煙が収まり、そこに現れた巨大な人影を認識したその瞬間、赤毛の少年の口の端から吐息が零れる。

 沢山の喜びと、それに負けないくらいに沢山の遺憾の想いが、そこには込められていた。

 

 

「やはり来たか、我が未来の好敵手。

 優れた個人ではなく、大勢の兵士が入り乱れる戦場で、更にはこの僕がいて……この状況で連鎖召喚が行なわれるとしたら、君以外の誰が現れると言うのだろう。

 ……だけどごめんね、もう決めているんだ。

 君との再戦はまた今度、今は他にもっとやりたいことがある」

 

「ウオオオオォォォッ!!!」

 

「また会おうダレイオス、出来るだけ長く足止めを頼むよ!!」

 

「イスカンダルゥゥゥッ!!!」

 

 

 振り下ろされた巨大な斧が巧みな手綱捌きによって避けられ、地に深々と埋まるような勢いで減り込む。

 一瞥もくれることなく小さくなっていく、自身が知る宿敵のそれとは似ても似つかないほどに小柄な後ろ姿へと向けて、怒りとも憎しみともつかない狂戦士の咆哮が轟いた。

 それは彼の満たされなかった闘志と欲求を辺り構わず解放させる鍵となり、彼の騎獣と思われる武装した戦象と、無数の屍兵を顕現させ……追走を阻む障害となって、ネロ達の前に立ちはだかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指揮官として名を残していたり、個人ではなく集団としての逸話を持つ者の中には、生前の部下や仲間を宝具として呼び出すことが出来るという話を、一同は既に知っていた。

 そうして呼び出された者達はサーヴァントの力の一端であり、ただの人間の兵士では、到底立ち向かえるような相手ではないという事実と共に。

 黒い肌を刺青で彩った大男……ペルシャの王ダレイオス三世が自身の軍団を展開させた時点で、ブーディカと彼女を攫った少年の追走に軍を伴うという選択肢はネロの中から消え失せた。

 かつてローマを苦しめたブーディカの実力は疑いようのないもので、戦場の指揮官としても平時のまとめ役としても、この上ない程の貢献を重ねてくれたのだけれど。

 将の一人を救うために、まず勝ち目のない無謀な戦いに軍を投じるべきかと言われれば、最も重要な決戦を控えた現状で選ぶことが出来るのは『否』の一択のみ。

 ブーディカのことは残念だけど諦めて、早急に兵士達をこの場から退避させ、進軍再開のために編成を整えるのが、皇帝としての正しい判断だと分かっている……分かっているのだけれど。

 

 

「ブーディカ、余は……余は…………」

 

 

 ネロが彼女を助けたいと思ったのは、『勝利の女王』と讃えられた実力の持ち主を惜しんだからだけではない。

 夫を失ったブーディカと娘達の王位継承を認めず、彼女達に反乱を決意させてしまったことを、ネロは心から悔いている。

 『自分は知らなかった』『派遣した者の勝手な独断だった』などというのは言い訳に過ぎないと思っている、全ての責任は任命する者を間違えた上に対応が遅れてしまった皇帝にあると。

 だからと言って、公にそれを認めて謝ることは出来ない。

 ネロという個人がいかに悔いていようとも、ローマの皇帝として判断するなら、反乱を鎮めて国力を一層増やすことが出来たのは紛れもない成果、成功だったから。

 

 ブーディカと彼女の民達への謝罪も、潰されそうな罪悪感も一人で押し殺しながら、何食わぬ顔で皇帝として在り続けるしかなかったネロだったのだけれど。

 思いがけない転機が、国の危機と共にやってきた。

 何と、戦死したとばかり思っていたブーディカが、ローマという国ではなく多くの民のためだという面目で、怒りと憎しみを押し殺して駆けつけてくれたのだ。

 どれ程の葛藤と苦悩があったことか……それを考えると目頭が熱くなり、手を取りながらありったけの感謝を伝えたくなったのだけれど、既のところで押し殺した。

 憎いローマ皇帝からそのような振る舞いをされたって嬉しくないだろうし、せっかく堪えてくれている激情を逆撫でするだけだと思ったから。

 彼女が何食わぬ顔で押し通すと言うのならば自分もそれに応えよう、自身とローマの正しさを疑わない無邪気で悪辣な皇帝であることを貫こう。

 そして今度こそ、ブーディカの努力と献身に精一杯報いようと誓ったのに。

 

 

(余はまた、そなたを裏切らなければならぬのか?)

 

 

 そうして、堪らず握り締めていた拳に更なる力が籠もり、血が滲んだのではないかと思わせる程の痛みが走った……その時だった。

 

 

「立香、マシュ、ネロ陛下!!

 俺が何とか道を開く、その隙に突破するんだ!!」

 

 

 不死者の軍勢を前にしても怯むことなく歩み出た少年の、力強い声が響いたのは。

 

 

「迷っている暇はない、俺に構ってないで早く!!

 ブーディカさんを、今度こそ助けるんでしょう!?」

 

 

 リンクが何気なく、本当に何の裏もなく思ったままに勢いで口にした内容に、ネロは思わず息を呑んだ。

 ブーディカに報いたいと思っていた本心など、口にしたどころか匂わせた覚えすら無かったのに。

 立香とマシュも、ネロと同じように驚いて口を開けていたのだけれど、彼らの復活はネロよりも早かった。

 

 

「行きましょうネロさん!!

 敵軍を倒すのではなく、ブーディカさんを助けて戻ってくるだけなら、兵士の皆さんがいなくても……私達だけでもたぶん大丈夫です!!」

 

「道を開けてくれリンク、中央突破だ!!」

 

「了解!!」

 

「なっ、ちょっ……待て、待ってくれ、余は」

 

「おい、そこの馬鹿皇帝」

 

「なっ、荊軻……皇帝たる余を馬鹿とは何だ馬鹿とは!?」

 

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。

 私は性分として、王らしい奴を見るとひとつ殺してやりたくなるのだが……悪いが今のお前には、これっぽっちも食指が動かん」

 

「…………」

 

「我がままで自分勝手、唯我独尊で猪突猛進、それが王というものじゃないのか?

 ……ああもう、自分で想像しただけで殺意がこみ上げてきた。

 とにかく、明確なやりたいことがあって、周りもそれを助けると公言している状況で、何を躊躇うことがある。

 さっさと行ってこい、兵達とバーサーカーどもに関しては私が任されてやるから。

 お前達が戻り次第、すぐに進軍を再開出来る程度にはしておこう」

 

「……すまぬな荊軻、ありがとう」

 

「ふふっ、この私が王に礼を言われるようなことになるとは」

 

 

 皮肉そうに、それでも心底愉快そうに笑った荊軻に笑みを返したネロは、大きく息を吸った次の瞬間、荊軻が瞬間的に殺意を堪える羽目になった程の堂々とした振る舞いと共に声を張り上げた。

 

 

「聞け、我がローマの精鋭達!!

 余はこれより、少数精鋭によるブーディカ将軍の救出に赴く!!

 そなたらは荊軻将軍の命に従いながら待機、余らが戻るまで傷と体力の回復に努めよ!!」

 

 

 力強く返ってきた返事に満足そうに頷き、大きく息を吐きながら振り返った先でも、頼もしい顔ぶれがネロを待ってくれていた。

 

 

「……よし。

 リンク、マシュ、行くぞ!!」

 

「はい、センパイ!!

 お願いしますリンクさん、その後は私が!!」

 

「ああ任せた、一気に走れ!!」

 

 

 好敵手に再戦の機会をふいにされ、バーサーカーであることも加わって一切の制御を加えられないまま爆発したダレイオス三世の激情が、不死者の軍団の波となってたまたま近くに居ただけの者達へと襲いかかった。

 その先頭集団が盛大に宙を舞い、それによって生まれた隙間に暴走列車のような勢いで突っ込んだ盾がそのまま、不死者の群れを押しのけながら爆走する。

 ただひたすらに走り抜けることのみに集中していた、無防備な背中を狙おうとした思惑は、その悉くが、突破口を開くことから背後の守りに役割を変えたリンクによって防がれ。

 四方八方の視界を埋める不死者の群れと、彼らの王の地獄の空気が唸る音のような咆哮に竦みながらも、決して止まらず走り続けた一同はついに、軍勢の中央突破に成功した。

 

 

「振り返るな、そのまま行け!!

 俺はここでこいつらの相手をする、ブーディカさんを任せた!!」

 

「っ……ああ、頼んだ。

 リンク、後でな!!」

 

「リンクさん、ご武運を!!」

 

 

 彼自身もまた振り返ることなく、無言で上げた片手のみで激励に応える。

 そんな一連の光景を、戦況を余すことなく見渡すことが出来る絶好の地点から、最初から最後まで見届けていた者がいた。

 服装は、古代ローマに合わない現代風のスーツ……長く伸びた黒髪が風になびき、煙草を咥えていた口から息と共に細い煙が吐き出される。

 

 

「……ここまでは順調。

 見ていろ、今度こそ……私は必ず、お前の願いを叶えてみせる」

 

 

 他の誰に聞こえるでもなかった呟きは、他でもない男自身の胸に、深く深く突き刺さっていた。

 





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