「…………あっ、いた!!」
「ブーディカさん、大丈夫ですか!?」
「しっかりしろ、ブーディカ!!」
《……大丈夫、どうやら眠らされているだけらしい。
もう少しすれば、何の問題も無く目を覚ますだろうね》
「そうですか、良かった」
「…………」
「センパイ?」
《どうしたんだい立香君、何か心配事でも?》
「心配というか、気になるというか……あの赤毛のライダー、アレキサンダーだっけ。
あいつはどうして、気配遮断の結界を用意してまで、攫ったブーディカさんを隠したりしたんだろう」
「なぜってそれは、折角の人質を簡単に取り戻されないために……」
「当人が真正面で堂々と待ち構えていた上に、人質の存在を押し出しての交渉や駆け引きなんかは無かったのに?」
《……そうだね、言われてみれば。
つまり彼は、立香君達……いや、ネロ陛下をここまで誘い出すためだけに、軍を指揮してまでブーディカを攫ったのか?》
「それだけなら隠す必要は無い、プラスで何か別の思惑がある気がする。
パッと思いつくのは……やっぱり時間稼ぎかな」
「じ、時間稼ぎ!?」
「そう考えれば、色々と納得できる気がする」
「そんな、一体何をするつもりで……こうしてはいられません、急いであの人を探さないと!!」
《大丈夫だよマシュ、その必要は無い》
「どうしてですか!?」
《ど、どうしてって……ちょっと落ち着いて、実際に彼と戦ったマシュの方が僕よりもずっと分かってると思うよ。
さっきの戦いで彼が負った傷は致命的なもので、今この場から逃げられたとしても、そう遠くないうちに消滅してしまうだろうって》
「あっ……」
「……そうだ、そういえば。
あいつ、最後に一回だけ、ブーディカさんの存在を駆け引きに使ってたな」
『女王ブーディカはこの砦のどこかにいるよ、早く見つけた方がいいんじゃないかい』
「結果的にあいつを見逃すことになったのは、あの怪我なら放っておいても問題ないだろうって考えたのと……不穏なことを言われたせいで、ブーディカさんを急いで探さなきゃって思ったからだ」
《でも実際に見つけ出してみたら、彼女は単に眠らされていただけで……》
「最初から、ブーディカさんの存在を盾に逃げることを予定していた?」
「まさか、そんな……仮にそうだったとしても、それは失敗しています。
致命傷を負ってしまった身では、逃げられたとしても意味はありません」
「だとしたら今度は、最後のあの表情が分からないんだよな」
人類史上最大の大帝国をいにしえの時代に築き上げ、その名と偉業を人類史に刻んだ征服王……の少年期、果て無き未来への夢と希望に瞳を輝かせていた頃。
最盛期の自分と区別して『アレキサンダー』と名乗っていた彼の、人理焼却という未曽有の危機に当代の皇帝として立ち向かうこととなったネロを見極めようとした時の堂々とした有り様は、いずれ覇王として立つことになる未来を彷彿とさせる立派なものだったのだけれど。
彼が最後に見せたものの意味だけがどうしても掴めなくて、首を傾げながら唸り声を上げ始めた立香の眉間に、思わず深いしわが寄る。
(命に関わる怪我を負うところまで含めて、何もかも予定通り……そんな感じの笑顔に思えた)
納得できる答えを何とか探そうとしていた彼の思考は、ブーディカの無事を確認したことで私から公へと一気に気持ちを切り替えたネロが発した帰還の指示により、途中で打ち切られることとなるのだった。
君の、いや……君達の伝説は僕が生きた時代でも人気があって、単純な楽しみとしても、様々なことを学ぶための教本としても、大勢の人に読み込まれていた。
もちろん、僕もその一人。
……だけど、その内容に対して、まるで自分がかつて本当にその場にいたかのような既視感を覚えていたのは僕だけだった。
周りの皆は、そんなに好きなのかって、だとしても程があるだろうって笑っていて、僕自身も最初はそう思っていたんだけど。
ある時にふと気付いたんだ、僕の不思議な記憶は全部ある人の視点や立ち位置からのものだって。
物語に没頭するあまりの思い込みなんかではなく、本物の……『彼』の魂の名残なんだって。
その事実に気付いた時、僕は真っ先に不思議に思った。
だって、君がかの王にかけた最後の願いは、『妄念に縛られた不毛な続きではない、別の新たな覇道を歩んでほしい』だっただろう?
『記憶』なんてものが残ってしまっていたらどうしても意識する、新鮮な気持ちになんてなれやしない。
それは君の真意に反することだし、数多の願いを叶えてきたトライフォースが、選りによって『最後の願い』をしくじったとは考えにくい……ということは。
トライフォースそのもの、そしてトライフォースによって願いを叶えるという行為に対して、強く適合していた誰かの希望が反映させられた結果だと考えるのが自然だ。
……でもそれは、決して願いそのものに対しての反抗ではなく、むしろその逆だと思う。
『彼』は自分自身というものを知り尽くしていた、断言出来るほどに信じていた。
過去の失敗に対する反省というものを全く覚えていない状態で、野心や行動力だけをそのまま持ち越したりしたら、絶対にまた同じようなことをやらかすってさ。
……うん、そうだね。
あまり時間が無いし、もうはっきり言おう。
『彼』は覚えていたかった……不毛な砂漠にも豊かな国は造れる、集った家臣達と正しく力を合わせれば必ず成し遂げられるって、他でもない君が言ってくれたこと。
何が何でもしくじりたくなかったんだ。
自身の全てを賭した願いの成果を、それは確かに叶ったし間違ってもいなかったんだってことを、いつか目覚めるであろう君に見てもらいたかった。
……あのままずっと、何の戦いにも駆り出されることの無いまま静かに眠り続けていてくれれば、それに越したことは無いのだけれど。
君の性分からして、助けを求められたら飛び起きるだろうし、実際そうだっただろう。
まあ、これ全部僕の勝手な印象なんだけどね、証拠も信憑性もまるで無いやつ。
あっはははははっ!
ごめんごめん、でも結構自信があるよ。
だって僕は、『気をつけろ』ってわざわざ注意される必要があったくらいには、根本的なところで『彼』と同じ性質……今風に言えば『起源』の持ち主だったんだもの。
その時実際に何を思っていたのか、何を感じていたのか。
そういった想いや感情といったものが一切排除された、ただのリアルな情報源でしかなくなっている記憶からでも、『それがもし自分だったら』と考えることで、『彼』の本心に限りなく近いと思われるものに辿り着ける。
……ごめん、僕だけで長々と話し続けちゃって。
まだ夢のようだ、君とこうして過ごせる時を何度思い描いたか分からない。
ありがとう先生、君の働きは聖杯以上だったよ。
ローマ軍も、カルデアも、マスターすらも把握していないところで、勇者リンクと二人きりで話をしたいという無茶な願いを、こうして叶えてくれた。
代償が大きかったのは残念だけどね、まあ仕方がない。
これくらいやらないと駄目だったのも分かるし、最も体と命を張ってくれたのだって彼なんだから。
…………ああ、もうそろそろ、本当に限界みたい。
最後にこれだけ言わせて、無理に返事をくれとは言わないから。
『彼』は君に対して本音なんか言えない、ハイラルの始まりから終わりまで続いた因縁の仲の意地があるからね。
英霊としての正しい有り様、未来の『余』だって同じこと。
既に覇王としての誇りと責任がある彼からすれば、君にかけるべき言葉は『家臣になれ』の一択だろう。
だけど僕はまだ道半ばで、君への尊敬と憧れを表すことを躊躇わない未熟者だから。
『彼』や『余』では絶対に口に出せないことを、素直に君に伝えられる。
どうか、僕と友達になってはくれないかな。
君と力を合わせられれば何だって出来る、何処へだって行けると思うんだ。
最後の力を込めてゆっくりと伸ばした手を取られ、そのままそっと握り返された少年の、彼自身の髪だけではない赤によって彩られた表情が驚きから喜びへと移り変わった。
地面に膝をつきながら抱き起こしていた、体の重さと共に消えていく黄金の粒子を、最後の一粒まで逃すまいと見送り続ける。
背後に見知った気配と声が現れたのは、視界と腕から、その光と重さが完全に消え去った直後のことだった。
「おおリンク、待たせてすまなかったな。
全く、決戦を前に思いがけない足止めを食らってしまった……」
「それにしても流石ですね、あんな大軍を相手に一人だったというのに大した怪我も無さそうで……リンクさん?」
「リンク、何かあった?」
「…………いや、何でもない」
ゆっくりと立ち上がりながら振り返った時には、彼の様子と表情はもういつも通りのもので。
目元にほんの僅かに残っていた拭われた跡と、声は出さないまま動いた唇が綴った言葉があったことに、気付くことが出来た者はいなかった。