成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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先達者の怒り

 

『安心して胸を張るといい、そなたには余の最大の雄姿を特等席で見せてやることを約束しよう』

 

 

 表情が晴れる様子の無い立香へと豪語したことは、心の底からの本音だった。

 不安は無かったと言うと嘘になるけれど、それを吹き飛ばすためという気持ちも込めて、背筋を伸ばし胸を張った。

 ローマ帝国の真なる皇帝として、世界で最も美しく気高い薔薇になろうと誓った……それなのに。

 自身の魂を支える芯と言えるもの、その全てが、一時の夢であったかのような儚さで散っていくのを感じる。

 背筋が伸び、膝が崩れることなく保たれているのは、ただ単にその形で固まってしまっているというだけのことで。

 

 

「……そうか、お前がネロか。

 何と愛らしく、何と美しく、そして何と絢爛たることか。

 その細腕でローマを支えてみせたのも、大いに頷ける。

 さあおいで、愛しき(ローマ)よ。

 今はただ語り合うのみ、お前の全てを(ローマ)は許そう」

 

 

 その人に会うのも、その姿を見るのも、間違いなく初めてである筈なのに。

 聳える大樹の如く堂々とした巨躯も……実の親に恵まれなかったネロですら自然にそうだと理解出来る程の、無償の『親』の愛に満ちた優しい眼差しも。

 敢えてそうだと告げられなくとも、彼を形作る要素の全てが、その人が何者なのかを明確に告げていた。

 

 

(ローマ)は、ローマだ」

 

 

 そんな彼の傍らに立ちながら、自分と違って気後れなど微塵も感じていないと言わんばかりのいつも通りの様子で、彼と共に自分達を迎えたリンク。

 かの勇者を引き合いにすることが相応しいような実力と活躍で、ローマの窮地を幾度となく乗り越えさせてくれた……彼を臣下とするに相応しい者とならなければいけないと、密かに奮起していた程の人が、連合側の皇帝と共に在る。

 その光景が不快ではないと、むしろその人の傍の方がリンクにとっては相応しいのではないかと。

 ごく自然にそう思ってしまったことに、今のネロは気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマ帝国を統べるに、真に相応しい皇帝は誰なのか。

 それを武力ではなく格比べによって決めようという立香の発言は、最初こそ周囲を引かせたものの、作戦としてきちんと詰めていくうちに中々の名案なのではと思われていった。

 自国民同士で行なわれている戦いは、国力をむやみに減らすのみでメリットと言えるものは欠片も無い。

 それを食い止められることに加えて、ネロがいかに優れた皇帝であるのかを実績で以ってアピールすることが出来るというのは、戦いに勝つだけでなく元の豊かなローマを取り戻さなければいけないことを考えると非常に大きな利点だった。

 ……しかし、連合側からの招待を受けて、こうして最深部まで踏み込んでしまった今になって、それは的外れな考えだったのではないかという疑念が滲み出てくる。

 驚愕に目を見開き、体の震えを抑えられずにいるネロの姿は、立香達が抱いた不安を払拭させてはくれなかった。

 

 

「あれは、あの方は……そんなことが、あって良いのか?

 いや、いや、しかし……」

 

「どうしたんですかネロさん、しっかりして」

 

「あの人を知っているの?」

 

「……実際に相対したことは無い。

 だが分かる、分かってしまう。

 あの御方こそ……」

 

「そう、(ローマ)こそがローマ。

 さあ来い、(ローマ)へと帰ってくるがいい、愛し子(ローマ)よ。

 (ローマ)こそが、連合帝国なるものの首魁である。

 お前(ローマ)も連なるがよい、無論お前(ローマ)の兵や民達も。

 ローマの全てを(ローマ)は許そう、それが出来るのは(ローマ)一人だけなのだから」

 

 

 その言葉と共に広げられた大きな腕は、実際の質量を越えて、彼の宣言通りに全てのローマを包み込んでしまえそうな包容力を湛えている。

 彼が一歩歩み出た瞬間に、強張ってしまっていたネロの体は、音が聞こえそうな程に震え出して。

 後ずさりそうになるのを堪えているのかと、瞬間的にそう思った立香は、自身の考えが間違っていたことにすぐさま気付いた。

 彼女は確かに我慢しているけれど、それは恐怖やプレッシャーから逃げることではない。

 歓びと安堵のあまりに駆け出したいのを、あの大きな腕に収まって全てを委ねてしまいたいのを、必死になって耐えているのだ。

 あともう一歩進まれてしまったら……もう少しで実現していたであろう嫌な予感を遮ったのは、やや乱暴な勢いで男の前へと突き出された、鍔の部分に広がった翼の意匠が施された剣の柄だった。

 

 

「む?」

 

「話し合いと見極めは、正常な思考力と判断力がきちんと働いている状態のネロ陛下を相手に行なう。

 そういう約束だった筈、出会い頭でそれは違うんじゃないですか?」

 

「……確かに、今のは(ローマ)が悪かった。

 愛しき末子(ローマ)とのようやくの対面に、少なからず昂ってしまっていたようだ」

 

「少し時間をもらいますよ」

 

宜しい(ローマ)

 

 

 優しい笑みで頷いた男の元から、少し呆れた表情のリンクが早足で戻ってくる。

 包み込まれるようなプレッシャーから解放され、ついに膝を崩してしまったネロを咄嗟に支えた立香とマシュに、彼を笑って迎えられるような余裕は無かった。

 

 

「しっかりして下さい、ネロ陛下。

 想定外の事態だったのは残念だけれど、ここはあなたに踏ん張ってもらうしかないんです」

 

「り……リンクさん、あの方は一体」

 

「……ロムルス。

 尋ねた俺に、あの人はそう名乗っていたよ」

 

「…………そう、なのか、やはり」

 

「ネロ?」

 

「考えたくなかった……いや、気付かぬうちに考えないようにしていた。

 あの方だけは違うと信じたかった……あの方だけはあり得ないと、願望のみを頼りに思い込んでしまっていた。

 ……紛うことなきローマ建国王、神祖ロムルス。

 余のローマも、余のものでは無かったかつてのローマも、全てあの方がいなければ存在し得なかったのだ」

 

「…………そ、それは」

 

 

 ここにきてようやく、ネロが受けた衝撃の理由を察した立香は、彼女にかけるべき言葉を咄嗟に思い浮かべることが出来なかった。

 何人もの偉大な人達によって守られてきた大切な国と歴史を、今この時代に受け継いだ者として守ろうと、今まで必死になって戦ってきたのに。

 国を愛し、誇りに思う気持ち……その根底と言えるものを築いた偉大な先人こそが、国の未来を閉ざそうとしていた。

 この事実が今の彼女をどれだけ打ちのめしているのかと思うと、下手なことは言えない。

 心の中がぐちゃぐちゃになっているであろう現状では、何がきっかけで大きく舵を切ってしまうことになるのかが分からないから。

 

 

(もしこれが、戦場での思いがけない鉢合わせだったら……)

 

 

 戦略的な判断と称してネロを撤退させ、落ち着かせてから仕切り直すことも出来たのだろうけれど、きちんとした話し合いの場を設けてしまった今となってはもはや叶わない。

 行なわれるのが格比べである以上は、ただ相対しただけのプレッシャーに耐え切れなかった時点で負けとなる。

 そんな中で、リンクが時間を確保してくれたことは地獄に仏の気分だった……例えそれが、気休めが精々の儚いものだったとしても。

 しかし状況は、ネロ達にほんの一時の深呼吸すらも許してはくれなかった。

 間隔が長く、大した力も込められていない気だるげな拍手の音と、この上ない程の不快感を伴う笑い声が、静まり返っていた空気を震わせる。

 

 

「はっはっはっ、成る程成る程!!

 茶番も突き抜ければ見ものになるというのは本当らしいな、これは傑作だ!!」

 

「こ、この声は…っ!?」

 

「レフ・ライノール!!」

 

 

 音と声の出所へと向けて咄嗟に振り返る。

 その視界に映ったのは、あの地獄のような光景と記憶を思い出させる、緑のスーツとシルクハット……それを遮るように抜き放たれた、青白い輝きを放つ刀身。

 自身へと向けて容赦なく突き付けられる切っ先に、ほんの一瞬前まで腹立たしい笑みを浮かべていたレフの顔が不快と嫌悪に醜く歪んだ。

 

 

「何だこのおぞましさは……さてはそいつ、聖剣だな?

 さっさとしまえ糞餓鬼が、ここがどこで今がどういう状況だと思っていやがる。

 決戦を前にしなくてもいい話し合いを持ち出したのはそちら側、それを寛容にも受けてやったのはこちら側。

 招かれた先で馬鹿な真似をしでかした非は、果たしてどちらにあるのか……ここまで言えば流石に分かるよな、いくら貴様がどこの誰とも知れない木っ端英霊だとしても」

 

「………………」

 

「それでいい、話の分かる奴は助かる。

 是非ともその調子で、身の程を弁え続けてもらいたいものだ」

 

 

 こちらへと向けて容赦なく聖剣を抜いた少年が、不快感と苛立ちを露わにしながらの雑な動作で、それでも確かに自身の言葉に従ったという事実に満足感がこみ上げる。

 しかしそれは、自身が契約したサーヴァントである男が、つい先程まで浮かべていたものと一変した暗い眼差しを、選りによってマスターであるこの身へと向けているという状況を認識したことによってまたしても反転した。

 

 

「おいロムルス、その目は一体どういうつもりだ。

 お前は確かに、ローマという限られた地域の限られた歴史においては、偉大な存在として敬われているらしいが。

 今のお前はただの影法師、私という存在がいなければこの世に留まることすら出来ない従者(サーヴァント)に過ぎぬということを忘れるな。

 ……くっくっく、いざ口に出してみれば。

 曲がりなりにも『神』とすら称された男が、何とも情けない在りさまではないか」

 

「なっ……き、貴様!!

 この無礼者、神祖ロムルスに対して何ということを!!」

 

「ネロさん、だめです!!」

 

 

 偉大なる建国王ロムルスと、それに連なるローマという国の全てを馬鹿にされたことに激昂して飛び出しかけたところを、マシュによって押さえられたネロ。

 レフはそんな彼女に対して、先程リンクやロムルスに対して見せたような不快感ではなく、一見しただけならば人好きのする、彼の本性を知っていれば嫌な予感に背筋を泡立たせるような笑みを返した。

 

 

「これは失礼しました、皇帝陛下。

 帝国を統べられるあなたが、ついに我が連合に与される時が来たという朗報に昂り、建前だとしても本音を偽ることが出来なくなっていたようで」

 

「なっ……き、きさ、どこまで無礼な」

 

「安心しろロムルス、貴様がやろうとしていることを邪魔するつもりは無い。

 むしろ私は後押しをするために来たのだ、帝国が早々に陥落してくれると言うのならばこちらとしてもありがたいからな。

 宮廷魔術師としての仕事だ、ありがたく受け取れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしてさっさと、そこの皇帝を自称する小娘に引導を渡してやるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチンと乾いた音を立てて、レフが指を鳴らしたその瞬間。

 一同を見下ろせる少し高い位置の虚空に、光る窓がふたつ並んで開いた。

 始めて目の当たりにするそれを、自身の中に在る選択肢から辛うじて『窓』だと認識したネロとは異なり、立香やマシュはそれが本当は何であるのかを正確に把握していて。

 レフが魔術によって作り上げたらしいふたつのスクリーンには、それぞれ全く違う光景が映し出されていた。

 ひとつは、どこぞの城下と思われる町並み。

 人々は、込み上げる感動や恍惚に顔を上気させながらスクリーンを見上げ、その場に膝をついてしまっている者も珍しくはない。

 そしてもうひとつは、丈の短い草が風にそよぐ荒野。

 町の人々と同じようにこちらを見上げている兵士達は、あちらとは違い何が起こっているのかを把握し切れていないらしく、呆然とした表情で立ち尽くしている。

 それらの光景が何を意味しているのかを、数秒の沈黙を経て察した立香の背筋に、氷の塊を放り込まれたような寒気が走った。

 

 

「ま、まさか……」

 

「ほう、気付いたようだな。

 だが万が一にも考え違いがあっては困る、私の方からも正しく説明しておくとしよう。

 それらは紛れもなく、こことは違う場所の今現在だ。

 ……そして向こうには同じように、今この場所の光景が映し出されている。

 たった今繋げたこことは違い、貴様らがこの場に現れてロムルスと相対したその瞬間からな。

 しっかり音声付きだ、喜びたまえ抜かりは無いよ」

 

「あ、ああ…………そんな、そんな、ということは」

 

「ネロさん!!」

 

「ネロ!!」

 

 

 真なる皇帝は必ずや、偽りの皇帝を下してくれる……そう信じて、快く送り出してくれた兵士達に対して、僭主を前に無様にも膝を折る情けない姿と、彼への侮辱に対して心から憤る、連合に下ったと思われても仕方のない光景を見せつけてしまった。

 その絶望は今度こそ、ネロを上から押し潰した。

 立香とマシュに助け起こされていなければ、その場に倒れ伏して二度と起き上がれなかったかもしれない。

 それ程までに打ちひしがれるネロに、愉快でたまらないと言わんばかりの馬鹿笑いが追い打ちをかける。

 そしてそれは、あんなにも優しく穏やかだったロムルスが明確な怒りを露わにしてもなお、収まることはなかった。

 

 

「レフ・ライノール!!」

 

「ああ、鬱陶しい……ロムルス、結局お前は、終ぞ私のことを『マスター』とは呼ばなかったな。

 まあ構わんがね、サーヴァントはマスターに逆らえないという事実に忠誠心の有無は関係ないのだから。

 ……では、我がサーヴァント・ロムルスよ、マスターとして命ずる。

 ネロ・クラウディウスに連合への帰属と忠誠を誓わせろ、弱った心につけ込むのは得意だろう?」

 

「…………(ローマ)の、子供ら(ローマ)に対する(ローマ)を、貴様はそのように称するか」

 

「黙れ黙れ、お前のその訳の分からない言い回しに困惑させられるのはいい加減うんざりだ。

 いいから早くしろ、そもそも私はそこまで間違ったことを言っているか?

 愚か者を父や祖父というだけで敬い、たまたま長く続いただけのことを歴史や伝統というラベルを貼ってまで守り続けようと苦心する。

 それが人間にとっての善き価値観であるならば、実力も器も己よりずっと上回っている先達……それも、最も古く偉大と称されていた者の庇護下に入って、その言葉と選択に従ってさえいれば自身には何の憂いも無いという状況は、最善と称するべきものではないのかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、一番古い奴の言葉を尊重するのが正しいのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったら、それは俺だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロムルスの威圧すら鼻で笑って流してみせたレフの笑みが、その一言で固まった。

 彼の胆力が優れていたのではなく、サーヴァントはマスターに歯向かえないという大前提に胡坐をかいていたからこその余裕だったのか。

 その要素は少なからずあるだろう、しかし立香達にはそれだけが理由だとは到底思えなかった。

 疑いようもない味方で、本来の彼がとても優しい人だということを知っていて。

 辺りの空気を一瞬で支配したそれが、自分達に対して向けられることは絶対に無いと信じているのに。

 余波の影響を受けただけで肺の動きが止まってしまったほどの、怒気と殺気の剣先に、レフ・ライノールはもろに貫かれたのだと。

 いつの間にやら緑衣を纏い、一度は収めた神剣の刃を再度露わにして……形だけならば笑みとも取れそうな、口の両端を吊り上げて牙を剥く壮絶な表情と共に激昂を露わにする少年の姿が、居合わせた者達に自然とそう思わせた。

 

 

「黙って大人しくしていろ、レフ・ライノール。

 次に余計な口や行動を挟んだら、その瞬間に問答無用で斬り捨てる」

 

 

 遥か数万年前の、文化や常識どころか、世界を構築する概念そのものからして異なった世界で生きていた。

 今に繋がる歴史の者であるというだけで既に及ばない、先史時代の英雄が発した言葉には、宮廷魔術師どころか皇帝にさえも有無を言わせないほどの迫力が込められていた。

 





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