成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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真なる皇帝

 

 緑衣を纏ったその姿を目の当たりにするのは、初めてではなかった。

 例え舞台衣装だとしても、多くの者が気後れするであろうそれをあっさりと着こなしてみせた姿が、驚きを通り越して納得すらしてしまった程に自然だったことも知っていた。

 そしてそれは、今目の前で起こっていることに対しても同様で。

 連合の宮廷魔術師の策によって、既に殆ど吹っ飛んでしまっていた思考に対して新たに与えられた衝撃は、荒れ狂っていた精神を逆に、振れ幅が大きすぎて壊れてしまったのではないかと心配させるほどの急転直下で落ち着かせた。

 

 

(ああ、余はなぜ気付けなかったのだろう)

 

 

 実際に目の当たりにした例が、生前を知っている実の叔父や、その活躍や偉業が今も身近なところで語られていて、尊敬すると同時に身内に対するような親しみを持っていた者達だったからこそ、『過去の時代を生きた英雄がこの世に蘇る』という異様な現象が持つ真の可能性に至れなかった。

 幼子としての記憶がある頃も、ローマの建国どころかその前身となる文明すらも生まれていない遥かいにしえの時代も、『過去』という意味では同じ……だとしたら。

 ローマの偉大な先人達が蘇ったように、彼らすらも憧れたであろう伝説の英雄が今一度この世に現れていたとしても、何らおかしなことでは無かったのに。

 

 宮廷魔術師への牽制か、聖剣の刀身を露わにしたままの勇者が、放心状態でへたり込んでしまっているこの身へと向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

 ……そうして、永遠にも思えるほどの時間を感じた先で伸ばされた手に、ネロは応えることが出来なかった。

 上手く思考が働かない、体が動かないというのも、大きな理由のうちだったけれど。

 今の自分に、果たしてその手を取っていいのかという躊躇いが、最も重く彼女の心身を縛り上げている。

 

 

「ネロさん」

 

「ネロ、大丈夫。

 一生懸命に頑張ってきたこと、ちゃんと傍で見てきたから。

 ネロは立派な皇帝だって、俺達は分かっているから」

 

 

 そんな彼女を、後ろから支える手と声があった。

 人目があるところでは、皇帝と家臣という立ち位置を崩さないように気を付けていたけれど。

 私的な場所や、自分達以外の誰にも悟られない心の中では、利害の一致を越えた関係を築いてきた者達の温かく優しい気配に、思わず目頭が熱くなる。

 そしてそれは、目の前に立つ人からも与えられた。

 

 

「ネロ陛下……俺は確かに『勇者』と呼ばれる存在で、それだけのことをやり遂げてきた自信だってあるけれど。

 何もかも上手くいったりはしなかったし、どんな時も自信満々ではいられなかった。

 失敗や後悔ばかりだったのを、色々な人に助けられたり支えたりしてもらった。

 『勇者』だってそうなのに、『皇帝』は完璧じゃなきゃいけないなんて、それこそおかしな話じゃないですか。

 少しだけ頑張って、どうか勇気を出してください。

 そうすれば俺達は、全力であなたを支えます」

 

 

 そう言いながら、幼い頃に本を読みながら憧れた英雄ではなく、国の危機に立ち向かうこの身を支え続けてくれた家臣及び友人として、既に見慣れた表情で笑った少年は、一度引いた手を再び差し出した。

 それは、ネロが応えられなかった一度目の時と変わらない位置……握り返すためには、自分自身の確かな意思で立ち上がり手を伸ばさなければならない程の、微妙に遠い場所だった。

 それが何を意味しているのかに気付いたネロは、それまで軽く開きっぱなしになってしまっていた唇をぎゅっと噛み締めて。

 次の瞬間、今の今まで震えていたそれは力強い弧を描き、力なくへたり込んでいた両足は踵が鳴る力強い音と共に床を踏み締めた。

 

 突然のことに驚き、反射的に引っ込めかけたリンクの手が、逆に掴まれて引き戻される。

 伸ばされた手を前にしながら、敢えて自分一人の力で立ち上がり、対等な目線からその手を取ってみせたネロの姿に、一瞬呆けてしまったリンクの顔に心からの笑みが浮かんだ。

 握った手の力は不自然に強張っているし、懸命に作った笑顔はまだちょっと不自然だし、足だってよく見なくても震えているけれど。

 数えきれない程のことを、同じような強がりで乗り越えてきたリンクからすれば、その姿に勇気の輝きを見出すのには十分だった。

 

 

「…………ありがとうリンク、立香とマシュも。

 優れた皇帝は過去にも未来にも数いれど、最も臣下に恵まれた者が余であるということは間違いないな」

 

 

 正直に言えば、庇護下にある者として神祖に縋ってしまいたいという本心は消えていないし、そんな気持ちでいる限りは、格比べで彼に敵う余地があるとは思えない。

 だけど、ロムルスを偉大な神祖として敬愛しながらも、今この世においては間違った存在であることを認め、自身こそが正当な皇帝であると胸を張って相対することを、ネロはもはや躊躇わなかった。

 自分でさえ信じれ切れなかったこの身を信じてくれた……ずっと見てきたから知っていると、立派な皇帝だと言ってくれた人達がいる。

 ならばもう、崩れそうな膝に鞭打ってでも、強がりながらやっとだとしても、実際に成るしかないではないか。

 神祖の愛すらも跳ね除けながら一人咲き誇る、世界で最も気高く美しい、皇帝ネロ・クラウディウスという名の至高の薔薇に。

 

 そうして歩み出たネロへとロムルスが向けた眼差しは、ただひたすら慈愛に満ちていた先程までのものとは一変していた。

 しかしネロは、圧し潰されそうな威圧感すらも感じるようなその姿からも、揺るぎようのない神祖の愛を感じた。

 庇護されるべき幼子ではなく、あくまで同じ皇帝として対等に向き合おうとしている自分を認め、受け止めようとしてくれている。

 ……立ち向かわなければならない理由が、またひとつ増えた。

 覚悟を新たにしたネロの上体が、偉大な祖への臣従の証ではなく敬意の表れとしてほんの少しだけ、それでも確かに傾いた。

 

 

「お初にお目にかかります、我らがローマの偉大なる神祖ロムルス。

 余はネロ・クラウディウス、ローマ帝国第五代皇帝を担う者。

 より良きローマのために、どのような選択を下すべきなのか。

 それを論じる場を用意して頂きましたこと、心より感謝致します」

 

「うむ、大義(ローマ)である。

 ……あまり時間が無い、早急に本題へと入るとしよう。

 我が子(ローマ)よ、聞かせておくれ。

 お前(ローマ)は一体何を以って、真の皇帝(ローマ)というものを語るのか」

 

「……申し訳ないのだが、どうか、余が語るよりも先に聞かせて頂きたい。

 神祖が、伯父上やカエサル公らと共に連合を築き、余の帝国を迎合せしめんとした真意は……より優れた皇帝によって治められることこそが、より良きローマの発展に繋がると考えたから。

 その認識で宜しいのだろうか?」

 

 

 ネロの問いかけに対してロムルスは、ゆっくりと頷くことで応えた。

 それを受けたネロは、骨の軋む音が聞こえそうな程の力で拳を握り、俯きながら唇を噛みしめて。

 大きく吸った息を元にした言葉を、顔を上げると同時に高々と張り上げた。

 

 

「神祖ロムルスよ……先んじて余が送った言伝の内容を、幾らか訂正させていただく。

 より優れた皇帝、ローマという偉大な国を統べるにあたって真に相応しい者は、果たしてどちらか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのような問答に意味など無い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで行なわれるものは、断じて格比べにあらず!!

 正しき皇帝である余が、偽りの皇帝達を悉く打ち倒すのみである!!」

 

「ね、ネロさん!?」

 

《ちょっとちょっと何言ってるの!!》

 

 

 今まで一生懸命に整えてきたもの、ここまでやって来た理由を根底からひっくり返してくるネロの暴論に、マシュとロマニが状況に合わない素っ頓狂な声を上げた。

 しかしどうした訳か、突拍子もないものだった筈のネロの言動に対して、あまり驚くことなく受け入れていた者達もいて。

 一瞬目を見開きはしたものの、すぐに何かしらを納得した様子の立香と、吹き出すのを堪えたリンクの前で、ネロは凛と声を上げ続けた。

 

 

「余が正しくて、あなたが間違っている……そう判断する理由に、難しいことは何も無い。

 ただ単に、余が今この時を生きている者で、あなた方が既に自身の命運を終えられた過去の者だから。

 本来あるべき摂理を乱してはいけない、ただそれだけの至極単純なことである。

 

 神祖ロムルスがどれだけ偉大だとしても……当代の皇帝が、ローマ史に燦然と輝くような稀代の暴君であったとしても。

 それを糾すため、今を良くするために努めるのは……苦労や責任を負うのは、今を生きる当人達であるべきなのです。

 

 ローマの国と民のためという気持ちに偽りが無くても、それを受け入れるだけで様々な恩恵があるのだとしても。

 ローマ帝国の正しき皇帝として……あなたを含めた父祖達から、ローマを託された身として。

 余は断じて、あなたの愛に甘んじる訳にはいかぬのです」

 

 

 無償の愛によって伸ばされた庇護の手を振り払い、ここから先を自らの力のみで歩んで見せると、それこそが正しき道だと豪語する。

 自身の存在と行ないを、真っ向から否定されたと表しても間違ってはいない程の言動を前に、ロムルスは優しく微笑んでいた。

 

 

「…………そうか。

 実に美しく……そして強いな、我が愛しき末の子(ローマ)は」

 

 

 大樹の幹のように太く立派な腕がゆっくりと動きだし、自身の背に負っていた長柄を掴む。

 状況の異様な変化を感じ取っていない筈がないのに、まっすぐ前を見据えたまま、逃げようとも構えようともしないネロへと向けて。

 両端に巨大な紅い房を備えた不思議な形状の槍が、真上から唸りを上げて振り下ろされた。

 





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