そうして始まったサマーレースは、自己の責任と判断で休憩や整備を行ない、四つに分けたエリアごとに踏破したタイムを記録しながら数日をかけて特異点を横断するという、何ともスケールの大きなものだった。
乾いた草とサボテンが点在する荒野を、各チーム自慢のマシンが土煙を上げながら爆走する。
始まったばかりの今こそ、レースは正々堂々とした純粋な競い合いの体を為しているけれど、参加者は誰も彼もが一癖ある者達ばかりのサーヴァント。
一部の過激な思考回路を持った者達が、穏やかで安定した現状に対して早々に不満を抱き始めていた。
「むぅ、代わり映えのしない光景よな……余は何だか飽きてきたぞ、もっと刺激が欲しい!!
というわけで、どうする黒メイド。
そろそろ仕掛けてみる、というのは?」
「気に食わないが気が合うな、こちらも理性の抑えが効かなくなってきたところだ。
……だが、しかし」
「ん、どうした?」
「一波乱起こること自体は大歓迎だが、その口火を我々が切るのはハッキリ言って避けたいところだな。
あのチームに、最初の標的にされる可能性が非常に高い」
「……ああ、成る程」
「勇者リンクとゼルダ姫は紛うこと無き善人だ、疑いようは欠片も無い。
だがそれ以上に彼らは、数多の魔物が人々を脅かしていた上に、人間ですら完全な一枚岩とは言えなかったハイラルで、世界を救い民を守るためにあらゆる危険や理不尽に最前線で立ち向かい続けた方々なのだ」
「自ら無益かつ無用な争いを吹っ掛けるようなことはせぬが、喧嘩を売ってきた相手を返り討ちにすることに関しては欠片も躊躇わぬであろうな」
「そういうことだ、レースは始まったばかりだというのに早々にロックオンされては目も当てられん。
歯痒いのは確かだが、ここはもう少し様子見を……んっ、これは」
「どうした?」
「……私が最も嫌う
ほぼ横並びになりながら荒野を走っていた一行はいつの間にか、朽ちて倒壊した建物の痕跡が枯れた大地にぽつぽつと窺える、水気が失せて酷く荒廃した一帯へと差し掛かっていた。
直観力に優れていたアルトリア・オルタに少し遅れて、他の選手達も異常事態の接近に気づき始める。
レース参加者達のそれを掻き消しかねない程のエンジンの異様な爆音を轟かせながら、某世紀末覇者の世界ばりの荒廃っぷりを見せる周囲の状況に相応しいような、ある意味で惜しいもしくは凄まじく間違っているような、現代の言葉では『チンピラ』や『暴走族』と言い表せそうなバイク乗りの集団が、朦々とした土煙と共に一同の進行方向を塞ぎながら現れた。
「ヒャッハーッ!!」
「ここを通すわけにゃいかねぇなァ!!」
「そこで止まりな、カワイコちゃんたtぁああああああっ!?」
「うええええっ!?」
「ひぎゃああああっ!!」
状況を理解した一同が戦闘態勢を取るよりも、レースの状況を中継で見守っていたイシュタルがトラブルという名のイベント発生に嬉々としてマイクを構えるよりも、チンピラ達がお決まりの台詞を吐き切るよりも先に、荒野ではなくコンクリートジャングルの方が相応しそうなその体は、バイクを薙ぎ倒しながら突如発生したつむじ風に巻き込まれて宙高く吹っ飛んだ。
つむじ風は、まるで意志を持っているかのような異様な動きで頭から落下する寸前のチンピラ達を追いかけ、渦の中に捕まえていく。
意気揚々と戦闘を開始しようとした出鼻を挫かれ、呆気に取られる一同の前で、目を回したチンピラ達を一人残らず纏めて山積みにしたつむじ風……その発生源となっていたものは、大きく弧を描きながら持ち主の下へと戻っていき、掲げていたその手の中へと収まった。
自ら風を生み出しながら飛び、狙いをつけることでその軌道をある程度自在に操ることが出来るという不思議な力を秘めたブーメランの持ち主は、もちろん。
「……随分と間の抜けた強盗ですね。
あんな大きな音を立てながら近づくなんて、これから襲いますって宣言しているようなものなのに」
「多分だけど、実力行使に出るよりも先に、自分達の存在と恐ろしさをアピールして怖がらせて、言うことを聞かせようとするのがこいつらのやり方だったんじゃないかな」
「それこそ正しく、自分達は本当は弱いですって大声で主張しているようなものではないですか。
この程度の虚勢で恐れを抱いてしまうような、理不尽な脅しや暴力への対抗手段を持たないような弱者を相手にしか通じない手です」
「それで何とかなると思っているような連中に限って、『返り討ちにされるかも』なんてこれっぽっちも考えてないんだよなあ」
「前にリッカさんが言ってましたよ、『撃っていいのは撃たれる覚悟がある者だけだ』って」
「……あいつ、争いの少ない平和な国で生まれ育ったという割には、たまに変なところで真理を突いてくるのは何なんだろう」
そんなやり取りを繰り広げ、何事も無かったかのように改めてエンジンを吹かし始めた二人の前に、泡を食って飛び出した者がいた。
「待て待て待て待て台詞くらい最後まで言わせろ、いくら何でも問答無用すぎるだろうが!!」
「あれ、アタランテさん?」
「カルデアのアタランテさんじゃないな、この特異点の人か」
「いいか、大人しく……本当に大人しく聞けお前達、この土地はなあっ!!」
あまりに切実なものが込められていた声に圧され、まずは黙って彼女の言い分を聞くことにしたリンクとゼルダであったが、徐々に力が入っていくその表情は、アタランテの話が終わっても緩む気配は見受けられなかった。
「……さて、どうするゼルダ。
今の俺は君のサポーターだから、君の判断に従うよ」
「では強行突破で。
もたもたしている間にまた変な人達に囲まれてしまったので、道を開けて下さい」
「了解」
「え゛っ!!?」
「逃げたきゃ逃げろ、爆発するぞー」
返事を待つことなくさっさと放り投げ、宙高く弧を描きながら飛んできた青い球から、その瞬間まで余裕綽々の笑みを浮かべていたチンピラ達が蜘蛛の子を散らすが如く逃げていく。
ぽっかりと開いた空間に落ちて弾んだ球は、『もしかして道を開けさせるためのハッタリだったのか』というふと過ぎった考えをあっさりと裏切り、轟音と共に土煙を巻き上げた。
それを割って飛び出したマスターバイクと、搭乗する二人の後ろで、悲痛な叫び声が響く。
「あ゛あ゛あああああっ!!
種籾リンゴが、我が子らの掛け替えのない明日がああああっ!!!」
「……アタランテさん半分泣いてるみたいだけど、いいの?」
「いいの、と言われましても。
エレナさんも指摘されていたように、リンゴはこのような荒れ地で育つようなものではありません。
知らなかったのならば早々に諦めさせた方がいいですし、知った上でのことならば、食糧問題に本気で取り組んでいると受け止めるのには無理があります。
アタランテさんの『我が子達』への愛情を疑う気はありませんが、ある程度の力仕事も十分に可能そうな身で、真っ当に働いてアタランテさんの想いに応えるのではなく、手っ取り早い強盗と略奪に走った彼らの性根に関しては、素直に信用する気にはなれません。
偏見を出来るだけ除いたとしても、答えとして思いつくのは、情と涙に訴えて躊躇った隙をついて襲うか」
「もしくは、大事なものを自分達の方が先に踏みにじられたという理由で、略奪の大義名分を作ろうとしているか。
……アタランテさんが思いつくようなことじゃないな。
もしかしたらあの人自身は、現状に無理があることを本当は分かっていながら、何らかの理由や事情で立場を貫かなきゃいけないだけなのかも」
「……だとしたら、悪いことをしてしまいましたね」
「今からでも止まる?」
「いいえ。
だって、
「…………アタランテさん、悪いことは言わない。
なるべく早く、まだダメージが少ないうちに諦めて」
「他の皆さんには悪いですが、今のうちにリードを広げますよ!!」
「はいはい、了解」
苦笑いを零し、悪意のない横暴っぷりを心の中でアタランテに詫びながらも、『ゼルダが楽しんでいる』という一点で全てを許容してしまうリンク。
そんな彼の耳には、どさくさに紛れて他の選手達の突破まで許してしまい、短い時間で急激に高まったストレスが爆発したらしいアタランテが、辺り構わず矢を乱射しまくっているらしい轟音が僅かに届いていた。
この後の展開は本編通りです。
リンク君が他の参加者達を差し置いて動いたのは、『現場で何か起こったら対応する』と予め約束していたからでもあったのですが。
彼の行動力を見誤っていたことを把握したイシュタルは、この後サポートスタッフの立香を通して『レースの見せ場が無くなりかねないからもう少し手加減して』と若干光の失せた目で頼み込むことになるのでした。
2017年の夏イベを把握していない方もいらっしゃると思いますので、参加チームとメンバーについて簡単に記載しておきます。
チーム名:タイラント・シューティングスター
マシン名:レッド・ヴィーナス(赤いスポーツカー)
メンバー:ネロ、アルトリア・オルタ
参加理由:レースの目玉になる高ランクサーヴァントを参加させようとしたイシュタルに、マスターを装って「君だけを応援するから一位になる姿を見せてくれ」と嘯かれて、ゴールテープを切った先で待っている『自分のためだけのマスターの特別な愛』というエサに釣り上げられた。
確実に勝利を収めて優勝賞品(愛)を手に入れるために、性格的には合わないけれど実力は確かだと認めている相手と組んだ二人は、お互いに同じ理由で参加していることを知らない。
チーム名:スチームエレクトリカルwithパパ
マシン名:バベッジ・ロコモーティブフォーム(機関車に特殊変形したバベッジさん)
メンバー:フラン、バベッジ、モリアーティ
参加理由:夏の暑さでオーバーヒート気味になっていたフランが、レースに参加すれば風を浴びて涼しくなれるのではないかと考えてバベッジに相談していたところ、何処からか話を聞きつけたモリアーティが横やりを入れてきた。
カルデア内に予め配布されていた対処法マニュアルを参考にしたフランが『パパ』と呼び掛けたところ、犯罪界のナポレオンの心臓はかつてない衝撃によって撃ち抜かれ、可愛い娘のために頑張らなければと一念発起。
『ちょっと興味があった』という理由で密かに変形機能を仕込んでいたという、過去の悪事を暴露したことによりマシンの準備が整い、レースの参加資格が満たされた。
チーム名:左馬権頭と三蔵法師
マシン名:京極&白竜(二人の愛馬、例えでも何でもなく普通に馬)
メンバー:源頼光、玄奘三蔵
参加理由:年若い娘が大胆に肌を晒す水着姿と、開放的な気持ちを促す夏という季節そのものによる風紀の乱れに嘆いていた頼光の我慢が限界に達し、バーサーカー(母)からランサー(風紀委員)に霊基チェンジ。
一番ヤバいのはあなたです!と突っ込みたくなるような大胆極まりないビキニとセーラー服で、この夏一番の風紀の乱れを正すべくレースに参加。
チームメイトの三蔵は、そんな頼光の行く末に興味を抱いて旅路の供となった。
チーム名:サティスファクションE・T・E
マシン名:クマラ・ホイール&サンダードーム(マハトマと直流と交流の合わせ技)
メンバー:エレナ、エジソン、テスラ
参加理由:生前からのトラウマを盛大に揺さぶられ、機嫌もテンションもダダ下がりになってしまったエレナを元気づけようと考えたエジソンとテスラが、常日頃の因縁を一旦横において協力関係を結び、気分転換を目的に彼女をレースに誘う。
勝てるのならばそれに越したことは無いけれど、一番大切なのはエレナがレースを楽しんでストレス発散出来ること。
チーム名:恐怖の第六天魔王X
マシン名:V6天魔王号(ヒロインXの宇宙船)
メンバー:織田信長、謎のヒロインX
参加理由:ある日突然ロックスターを目指すと言い出した信長が、中継を利用して宣伝とライブを行なうことを目論んで参加を決意。
その準備のためにぐだぐだ組の資金を私も公も含めて全て注ぎ込み、怒り心頭で叩き出されてしまったために他所でパートナーを見つけなければならなくなった彼女に声をかけたのが、謎のヒロインXだった。
個人としてマシンを所有していることと、それを操る確かな腕前を基に自身を売り込んだその目的は、『レース中の事故ということにすればセイバー(観客席含む)をぶっ殺し放題』とのこと。
『目的のためなら手段を選ばない』というところで気が合った二人による、史上最悪のチームが結成された。
チーム名:デザート・ビューティ
マシン名:ザ・ファラオレジェンド(砂漠の太陽神スカラベをイメージしたマシン)
メンバー:ニトクリス、シェヘラザード
参加理由:常日頃からファラオとしての理想と責任感ばかりが高いニトクリスが、成功体験から自信をつけさせてやろうとしたオジマンディアスの命でレースに参加することに。
オジマンディアスの真意を察せられずに、勝てなければファラオ失格、オジマンディアス様の期待を裏切ってしまうと、またしても余計なプレッシャーを感じながらサポーター探しに奔走し、レースが終わった暁には死の脅威から逃れるためのとっておきの護符を用意するからという約束でシェヘラザードを勧誘。
シェヘラザードは護符が欲しいことに加えて、自身とは別の影法師が亜種特異点で散々にやらかし、マスター達に多大な迷惑をかけていたことを知って、何とか償いたいという気持ちもあってレース参加を了承した。
以上、イシュタルカップ参加の6チームでした。
フランちゃんとモリアーティ教授、ノッブとヒロインX、ニトクリスとシェヘラさんなど、このレースの縁をきっかけにその後も絡むようになった人達は結構います。