成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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悪魔の問い

 

 広大な黄金劇場全体を、真白に染め上げた光。

 それが落ち着き、一同が視力を取り戻し終えた頃には、あの美しい劇場とその舞台を彩っていた楽団は既に消え去っていた。

 しかしそれは、先程まで起こっていたことがまるで夢だったかのように、何もかもが元通りという訳ではなく。

 劇場は消えても、押し寄せる木々に対して抗った痕跡はそのままの、見る影もない程に荒れ果てた玉座の間で。

 ネロとカルデア一同は、体の端から徐々に金の粒子と化しながら、満足そうな優しい笑みを浮かべるロムルスと対峙していた。

 

 

「愛しきネロ、そしてカルデアの者達よ。

 見事(ローマ)であった、もはや憂いは微塵も無い。

 永遠なりし、深紅と黄金の帝国(ローマ)

 その全てを……お前(ローマ)と、後に続く者達(ローマ)へと託す。

 富めるも滅ぶも好きにするがいい。

 ローマが歩む道行き(ローマ)全て(ローマ)を、私は認め、そして愛そう」

 

「神祖ロムルス……」

 

「胸を張るがいい、麗しき薔薇の皇帝(ローマ)よ。

 ……(ローマ)が見ているのだから」

 

「えっ?」

 

 

 ロムルスの言葉に思わずはっと顔を上げた、ネロや立香達の目に映ったものは。

 激闘の中でいつの間にかその存在をすっかり忘れていた、この場を映すふたつのモニターの向こうで、多くの人々が歓声を上げている姿だった。

 向こう側の声までは、こちらには届いていないのだけれど。

 ここまで率いてきた兵士達だけでなく、連合側の民までもが声を上げて讃える『皇帝』が誰なのかを、察することはたやすかった。

 一度は折ってしまった膝で再び立ち上がり、神祖を前に堂々と胸を張り、今のローマを担う者として戦い抜いた彼女の誇り高い姿を、最も近くで見守り続けたのだから。

 

 モニターに映らないところで、呆けてしまっていた表情を引き締め、目尻に滲んでいたものを拭い。

 準備万端に整えた笑顔で立ち上がり手を振れば、聞こえない筈の歓声すら聞こえてきそうな程に、向こう側の盛り上がりはより一層激しいものとなる。

 戦いの勝敗ではなく皇帝としての格と有り様で以って、『連合』側についた者達の心を、在るべきローマの形を見事取り戻してみせた。

 輝かしく、そして誇らしい後ろ姿に目を細めながら、ゆっくりと消えていくロムルス。

 ローマの偉大なる神祖が、最後の瞬間までその目に焼き付けていた光景を前に、立香達も感慨と余韻に浸っていた……のだけれど。

 

 

「……終わりましたね、ネロさんのおかげで」

 

《ああ、本当によく頑張ってくれた。

 ローマはもう大丈夫だ、後は僕達が聖杯を回収して特異点が消えさえすれば……えっ、あれ、そういえば聖杯はどこに?》

 

「レフ教授もです、すっかり忘れてました!!」

 

「……ねえ、レフと聖杯もそうなんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か、リンクがどこに行ったか知らない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このまま綺麗に締め括られると錯覚して、すっかり緩んでしまっていた空気と表情が、一瞬で引き締め直された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな、馬鹿げてる……ああ忌々しい、こんなことがあって堪るか!!

 藤丸立香、マシュ・キリエライト、そしてネロ・クラウディウス!!

 こいつらが有象無象のサーヴァントどもをかき集めてきただけならば、我が王から力を賜った上に聖杯を手にしている私の敵では無かった……なのに、ハイラルの勇者だと!?

 そんなもの、想定しているわけが無いだろう!!」

 

 

 誰も聞いていない罵声を容赦なく吐き捨てながら、人気が無い宮殿内に早足で靴音を響かせているのは、最後の皇帝の消滅に伴って瓦解した連合ローマの元宮廷魔術師。

 今はただ、この場から一刻も早く離れることのみを考え、興奮と焦りのあまりに視野が極端に狭くなってしまっている彼は、背後に忍び寄る者の存在に気付かない。

 しかしそれは、仮に彼が十分に冷静であったとしても変わらなかっただろう。

 あらゆる英雄の祖であり、冒険譚の原典である彼の逸話には、最高ランクのアサシンクラスに値する程の潜入や隠密の実績までもがあるのだから。

 

 

「マスターでありながらサーヴァントを……名目だとしても宮廷魔術師でありながら皇帝を置いて、一人で戦いの場から逃げ出すなんて」

 

「っ!?」

 

「どこまでも裏切り者の半端者なんだな、お前は」

 

 

 心中で収めきれなくなった澱みを吐き捨てるように、ため息交じりで呟かれたそれはあくまで、誰に聞かせるつもりもない独り言だったであろうに。

 音も気配も無いまま、すぐ後ろから発せられたそれはレフの耳に確かに届き、背中から首筋にかけて怖気と共に鳥肌を走らせた。

 反射的に振り向いた視界の先には、何の変哲も無い宮殿の廊下が広がるのみ。

 極まった緊張からの落差による混乱から、頭と体の働きが強張った……その瞬間。

 先程までの正面、今現在の背後から伸ばされた手によって襟首を掴まれ、その事実を認識する間も無いまま、柔道の一本背負いでも食らったかのように高々と宙を舞い。

 時間的にも精神的にも、受け身を取れるような余裕など持ち合わせていない状況でぶん投げられたレフは、背中からもろに床へと叩きつけられた。

 

 

「がはっ…!?」

 

 

 あまりの痛みと衝撃に肺の機能が止まり、視界と思考が白一色と化す。

 何とかそれを落ち着かせ、辺りの状況を改めて認識することが出来るようになった頃には既に、喉元に突き付けられた切っ先によってレフの身の自由は奪われていた。

 既に変質したこの身にとっては、間近に存在するだけで怖気が走る聖剣の青白い刀身……その柄を握る手の更に先。

 捕らえた獲物をいかに捌くか、そんなことを算段しているかのような冷たい目でこちらを見下ろしてくる少年を、血が滲むような眼差しで懸命に睨み返した。

 

 丈夫で動きやすいだけの、何の変哲も神秘も無い旅装束を纏い、厚手の外套を頭から深くかぶって様相を隠した、十代の少年であるということを考慮しても小柄な外見からは、名のある英雄ならば持ち得ているような威厳や存在感といったものは窺えず。

 初心者マスターに相応しいどこぞの三流サーヴァントだと、顔(正体)を隠しているのも真名を知られることがデメリットにしかならないからだと、初見で判断した少年。

 それが今、伝説に語られる通りの緑衣を纏い、自身が従えたローマ皇帝達が畏怖してもおかしくないような風格と迫力をまといながら、金の髪で彩られた碧い瞳でこちらを見ていた

 

 形を得た『伝説』そのものと表すに相応しい、本の挿絵からそのまま飛び出してきたかのような有り様。

 それを前にレフは、視野が狭まるほどに荒れ狂っていた激情が、不思議と落ち着いていくのを感じていた。

 レフの身に起こった変化に、緑衣の少年……リンクも気付いたのだろう。

 少しでも怪しい素振りを見せれば、その瞬間に喉笛を貫くと言わんばかりに張りつめていた空気が、喋ることを許される程度には緩められた。

 

 

「話してもらおうか、レフ・ライノール。

 お前の背後にいる『我が王』とやらと、お前達が企む『人理焼却』の詳細について」

 

「……ああ、分かった。

 だが、その前に聞かせてほしいことがある。

 どうにもならない性分という奴でね……知らないこと、知りたいと思ったことを、そのままにはしてはおけないんだ。

 これをどうにかしない限り、気になってろくな話が出来やしない」

 

「…………分かった、少しだけなら」

 

 

 刃を突き付けられ、他者に生死を握られた状況で、自分の立場が分かっているのかと問い質されてもおかしくはないレフの言葉に、リンクはため息交じりで応えてやることにした。

 それはリンクが仏心を出したからではなく、高揚しているらしく瞳孔が若干開いているレフの、詭弁としか思えないような言葉が事実であるということを察したから。

 現状で唯一の、黒幕へと繋がる手がかり……それを出来る限り慎重に辿ることにしたリンクの耳に、彼という存在の根底を問うような言葉が聞こえてきた。

 

 

「勇者リンク、お前はなぜここにいる。

 どんな理由で以ってお前は、カルデアの召喚に応え、人理を守るために戦うと決めたのだ?

 お前が守るべきハイラルは、既にどこにも無いというのに」

 

 

 言われた者がどう考えるか……そんなことを欠片も考慮していない、ただひたすらに自身の疑問(不快感)を解消することのみを考えて発せられた問いかけに、リンクはぱっと答えられなかった。

 あまりにも当たり前のこと過ぎて、今の今まで改めて考えたことが無かった疑問を前に、言葉を失って立ち尽くしてしまっていて。

 これでは満足しないだろうとは思いながらも、ふと頭に浮かんだ最も単純で分かりやすい答えを、とりあえず口にしてみることにした。

 

 

「助けを求める声が聞こえて、それに応えたいと思ったから。

 それではおかしいのか?」

 

「おかしくはないし、嘘でもないのだろうが、それだけと言うのはやはり不自然だ。

 サーヴァント召喚とは、何かしらの願いを抱いた英霊にそれを叶えるための機会と引き換えに持ち掛ける契約であり、そもそもの話として何の願いも無い者が呼びかけに応えることは無い。

 その事実を念頭に置いた上で、今一度問おう。

 故郷も無い、血筋も無い、義理も縁も無い。

 今の人理の何にも、何処にも関係の無い部外者であるお前が、わざわざ苦労して戦ってやる理由とは何だ」

 

「……………………」

 

「ここまで言われてまだ、『助けを求められたから』などといった、馬鹿げた答えしか返せないのだとしたら。

 女神にとってお前は、さぞかし都合のいい『機構』だったことであろうな」

 

 

 容赦の無い言葉を真正面から受けた少年の目が見開き、言葉が詰まり、体が強張った……その瞬間を逃さず、渾身の魔術を構築させる。

 最初こそ、変質したこの身が得た性分のようなもので本能的に未知への答えを求めたけれど、それによって思いがけず動揺し始めた勇者の姿に、状況を打破する方向へと方針を切り替えた。

 問いかけの内容も、それに対して抱いた印象も紛れもない本物であり、勇者自身もそれを察したのか、素振りではなく本気のショックを受けたように見受けられる。

 それを好機と思い、行動に出たレフだったのだが。

 

 

「ぐああああああっ!!?」

 

「甘く見られたもんだ……衝撃を受けたのは事実だけど、それでも、この程度の揺さぶりで決定的な油断なんてするもんか。

 それにしても、マスターソードの刃を受けてこの反応……どうやらその体、人のものじゃなくなってるみたいだな」

 

 

 普段の彼と比べてしまえば、それだけで心臓が止まる思いをしそうな程に冷たく淡々とした口調や振る舞いも、『王から賜った力』の一端を知られてしまった事実も、聖剣を突き立てられた肩口から蒸気を上げている今のレフに気にかけられる余裕は無い。

 逃亡の企みを、どんな効果を発揮するか分からない魔術の発動を確実に食い止めるためとは言え、いきなり剣を突き立てた容赦の無さには、レフの的外れな発言に対する怒りもあった。

 今更のことかもしれないけれど、それでもリンクは約束を守るため、先程の問いに答えるために口を開く。

 

 

「お前の言う通りだよ、人は大義だけじゃ動けない。

 俺だって、『顔も名前も知らないどこかの誰かのため』なんて曖昧な理由では、命をかける気になんてなれない。

 俺は……『俺達』はいつだって、身近な誰かや何かのため、個人としての勝手な理由のために戦ってきた。

 世界が救われたのはあくまで、そのついでに過ぎないんだ」

 

「今の人理と俺は関係ない……そんなことはあり得ない。

 繋がりってのは無くても出来るし、時には作るものなんだから。

 ハイラルがもう無いのは事実だけど、今の俺にはちゃんと、『カルデア』っていう居場所とそこで出会った人達との繋がりがある。

 彼らが誇り、取り戻したいと願う、ハイラルとは違う新たな人の世を見てみたい。

 そんな個人的な願いを、世界を救うための理由にするのにはおかしいか?」

 

 

 胸を張ってそう言い切り、一仕事終えた気分で、大きく息をついたリンクだったのだけれど。

 数秒の間を置いて聞こえてきた、隠す気の無い嘲りが込められた掠れた笑い声に、今度は脱力感から来るため息と共に肩を落とした。

 こうなることを一応可能性として考えた上で、それでも出来る限りの誠意を以って、質問に対して正直かつ真剣に答えたというのに。

 

 

(いるんだよな……自分に理解出来ない価値観を持っている人を、『そういうのもあるんだな』と認めるんじゃなくて、『何て馬鹿なんだ』っていう括りでしか考えられない奴)

 

 

 受け流すつもりで心を無にしたリンクへと、勇者リンクと言う存在を完全に見極めた(気になった)レフは、口角が釣り上がって鋭い歯が覗く笑みを向けた。

 

 

「成る程、これが勇者か……女神も上手くやったものだ。

 幾万年もの長きに渡って、彼女の時代が保たれ続けたことも頷ける。

 世が厄災に見舞われるたびに、『自分で決めたことだから』などとのたまいながら戦う者が、勝手に現れてくれるのだからな」

 

「……女神(ハイリア)を悪く言うな。

 彼女には確かに、色々と振り回されたし、物申してやりたいことだって山のようにあるけれど。

 それでも、人を慈しみ、人の世を守りたいと心から願い、その為に力を尽くしていた優しい女神(ひと)だってことは確かなんだ。

 文句はあっても嫌いじゃないし……様々な形で導きや加護をくれたことには、間違いなく感謝している」

 

「強がりはよせ。

 人を慈しみ、守ることに尽力する善の女神……その『人』の括りに自分は含まれていなかったことに、気付いていない訳がないだろうに」

 

 

 不快な発言を聞き流そうと、心の構えを緩めていたのが仇となった。

 ほんの僅かだとしても、確かに目を見開いて息を呑んだリンクの姿に、レフは満足げに嗤いながら追い打ちをかける。

 

 

「都合よく使われ、人生を狂わされておきながら、一方的に押しつけた女神を恨むでもなく、自分自身で考えて決めたことだなどと世迷い事を抜かして。

 魂の髄までそのような存在として染まってしまったお前は、これからもずっと、お前という存在があり続ける限り、その狂った『運命』からは逃れられないのだろう。

 勇者リンク、お前という奴は本当に……」

 

「いい加減にしろ、その口を閉じ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、憐れな奴だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実力行使でレフの口を塞ぎかけたリンクは、力なくぽつりと呟かれた最後の言葉に、振りや見かけではなく本気で呆然としてしまった。

 レフが口にしたその言葉が、嘲り、貶めるためではなく、心からそう思ったが故のものだったから。

 立香やマシュといった仲間達が、リンクに課せられた運命の過酷さに心を痛めながらも、それを自分なりに受け止めながら前向きに歩んでいきたいという気持ちを尊重してもくれる人達だったから、このようなことは初めてだった。

 上から目線の憐れみを与えられたことに、呆けてしまった数秒の間を置いて気付き……かつてない屈辱から思わず爆発しかけた怒りは、瞬間的に鎮火した。

 

 レフの目の奥に見つけてしまった不気味な意思の光、己が正しいと信じて疑わない狂った信仰心。

 死にかけた小動物を見つけ、無駄に苦しむのは可哀想だと思って止めを刺してやる……治してはやれないか、他に何か選択肢は無いかなどを確かめもせず。

 それが出来る上に、許されもする立場に自分はいるのだと、こいつは心から思っている。

 そうして、憐れな弱者を救ってやったという達成感と、自身が強者であることの万能感に、何の疑問も躊躇いも無く酔い耽るのだ。

 ふと抱いた発想から、そんなところにまで考察を発展させてしまったリンクの背筋に、氷の塊を放り込まれたような寒気が走った。

 

 生理的な嫌悪感に苛まれながらも、黒幕に続く手がかりを一時の勢いに呑まれて失ってしまう訳にはいかないと、レフの肩口に突き立てている剣に思いっきり力を込めてしまいたい衝動と戦うリンク。

 彼を探して宮殿内を駆けまわっていた立香達が、ついにこの場に辿り着いたのは、そんな最悪のタイミングでのことだった。

 

 

「リンク!!」

 

「リンクさん!!」

 

「お前、また勝手に一人で動いて!!」

 

「げっ、しまった……」

 

 

 何も言わずに別行動に出たのは、逃げ出したレフを一刻も早く追わねばならなかったのと、尋問に実力行使を用いることになる可能性を考慮して、色々な意味で立香達に見せたくないと思ったからだった。

 実際に、今現在リンクが作り出している光景は、レフ・ライノールを背中から床に転がし、その肩口を刀身によって床に縫い付けているといった中々に衝撃的なもので。

 負い目から生まれた動揺は、それまで積み重なっていたものと合わさって、明らかな隙を作り出してしまった。

 

 

「う……ぐおおおおおおっ!!」

 

「なっ!?」

 

「きゃあああっ!!」

 

 

 立香とネロが息を呑んだ音と、マシュが上げた悲鳴が、男の野太い絶叫によって掻き消される。

 広範囲に広がった血だまりと、その上に転がった腕一本と引き換えに、勇者リンクに捕まるという窮地から抜け出してみせたレフの口から、激痛を掻き消すほどの興奮によって引っくり返った笑い声が迸った。

 

 

「癪だが認めてやろう、貴様らは第一特異点(フランス)だけでなく第二特異点(ローマ)の修復をも成し遂げたと。

 だが勘違いするな、それはあくまで『勇者リンク』の存在を計算に入れ損ねていたというだけのこと!!

 これまでに成し遂げてきたことの全ては、貴様らの実力などではなく、ただひたすらに運が良かったからだということを忘れるな!!

 ここから先は、そう簡単には進ませない……それ以前に、このまま何事もなく第二特異点の修正を成し遂げさせて堪るものか!!」

 

《皆気を付けて、特大の魔力反応を確認!!

 これは……このパターンは、もしや》

 

「聖杯です、目視で確認しました!!」

 

 

 レフが残された腕で取り出した黄金の盃に、辺りの緊張感は一気に高まった。

 聖杯には既に、何らかの現象を引き起こすための意図(ねがい)が込められていて、途中で妙な暴走を引き起こしてしまう危険性を考えると下手に手が出せない。

 

 

《何をするつもりだ、レフ・ライノール!!》

 

「皇帝どもが悉くしくじった場合は、私の手で全ての帳尻を合わせる必要がある。

 その為に用意しておいた切り札だよ、まさかこんな状況で使う羽目になるとは思わなかったがね」

 

《なっ、切り札だって!?

 ローマの建国者であるロムルスを召喚しておきながら、この上で一体何を喚ぶと言うんだ!!》

 

「古代ローマそのものを生贄として、私はとあるサーヴァントの召喚に成功している。

 奴ならば勇者リンクとも渡り合える、そんな確信を抱ける程の大英雄だ」

 

「なっ!?」

 

「穏やかな滅びなど生ぬるい、圧倒的な力で以って七つの定礎のひとつを完全に破壊してやろう!!

 我らが王の、尊き御言葉のままに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たれ、破壊の大英雄アルテラよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を開けることが叶わない程の、眩い魔力の光と共に、黄金の盃が持ち主の願いに応える。

 その輝きが収まり、一同が視界を取り戻した頃には。

 白い髪と白い衣装、褐色の肌に赤い瞳の少女が、今の今まで誰もいなかった筈の場所に立っていた。

 そこに居るだけで気圧されそうになる程の、凄まじい魔力と存在感を、折れそうな程に華奢な体躯から容赦なく迸らせながら。

 




 以下は、ある程度書いたところでそれ以上進まなくなり、お蔵入りとなった別展開バージョンです。
 結構な量を書いたし、本採用となった展開では入れられなかった要素も入っているので、このスペースを利用して入れておきます。










 戦いの喧騒が過ぎ去り、事態は穏やかな終結を迎える……僅かな違和感を無意識のうちにスルーして、そんなことを考えかけてしまってもおかしくない程にあからさまだった『めでたしめでたし』の空気をぶち壊しながら、お呼びでない者の怒号が突如轟いた。


「何だ、一体何がどうなっているというのだ、この状況は!!」

《ああっ、レフ・ライノール!!》

「すっかり忘れてました……」

「それどころじゃなかったからな」

サーヴァント(ロムルス)マスター(わたし)が劣ると言うのか、魔術師としてもマスターとしても成り立ての三流風情が!!」

「……確かに俺は素人同然のへっぽこ魔術師だ、その辺りは事実として認める。
 だけど少なくとも『マスター』としては、サーヴァントとの信頼関係すら築けなかった上に、一番大事な最終決戦の場からサーヴァントだけ残して逃げ出したどっかの誰かよりはマシだと思うな」

「貴様如きが私よりも優秀だと!?」

「あんたがそうだなんて言ってないんだけど……自覚はあったんだ、ふ~ん」


 怒りと苛立ちにただでさえ引きつっていたレフの顔がより一層歪み、むやみに挑発するような発言を慌てて咎めるロマニの声も聞こえてくるけれど、後悔もやめるつもりも立香には無かった。
 英霊達を単なる強力な使い魔ではなく、尊敬すべき先達であり、頼りになる仲間であると思っている立香にしてみれば、ほんの僅かな時間だけで十分すぎる程に垣間見えた、サーヴァントの人間性を考えずに使い潰そうとするレフのやり方は認められなかったし。
 カルデアに来たばかり、人理修復の旅を始めたばかりの頃ならばいざしらず、幾つもの修羅場を括り抜けてきた今の立香にとって、レフ・ライノールは『あの状況やあの人に比べれば何てことないな』と思えてしまえるような存在になっていた。

 優位に立つための強がりではなく、本気で侮られていることを察したレフの頭の中で緒が切れる音が響き……ロマニの悲鳴じみた声をBGMに、なりふり構わず害してやろうとした試みが、両者の間を遮った剣と盾によって阻まれる。
 何を指示されずとも、迫る危機から自然とマスターを守ったサーヴァント達。
 両者の関係性を考慮すれば至極当然である筈の光景を前に、レフの舌が盛大な音を鳴らした。


「糞餓鬼が、サーヴァントがついているからと調子に乗りやがって……思い上がるんじゃないぞ、そういうみっともない姿を指して『虎の威を借る狐』というんだ」

「……あなたの認識は間違っています、レフ・ライノール。
 強大な力を持った英霊の主として、彼らが誇るに値する者として堂々と胸を張る。
 そう努めることは、マスターとしての責務なのではないですか?」

「自分には出来なかったからって、的外れな駄目出しをするな。
 ただ単に調子に乗っているのか、英雄を率いるに相応しい存在になろうと努めているのかなんてものは、ちょっと付き合えばすぐにわかる。
 少なくとも俺は、マスターとサーヴァントとしての主従関係なんかが無くても……俺自身の意思で、立香のサーヴァントなんだって胸を張りながら、立香の力となって戦いたいって思うよ」

「……ハイラルの勇者。
 世界の危機を幾度となく救った、『英雄』の祖と謳われる貴様がか?」

「悪かったな、どこの誰とも知れない木っ端英霊でなくて」


 魔術師としてもマスターとしても、所持するサーヴァントの質でも優位であると疑っていなかった自分が、考えるままに口にしてしまった発言をそっくりそのまま返され、怒りと苛立ちではなく後悔と羞恥によって顔が引きつる。
 成り行きで世界を救うことになってしまった数合わせのマスター、自身に力を貸している英霊の名も知らない中途半端なデミ・サーヴァント、か弱い人の身で無駄な足掻きを続ける少女皇帝。
 その三人が合わさり、有象無象のサーヴァントをかき集めて対抗してきただけならば、『王』から力を授けられ、聖杯を手中に収めているレフにとっては大した脅威では無い筈だった。
 狂化していてもなお抗ったカリギュラや、割り切ったように見せて本心では躊躇っていたカエサルらといった半端な皇帝達には本当の意味での期待はしていなかったし、最後の壁であるロムルスまでもがローマ可愛さにしくじったとしても、自分が持つ力さえあれば最終的に全てを覆せると思っていた。
 今の世とは比べものに出来ない程の神秘に満ちていた先史時代の大英雄、『勇者リンク』などという反則レベルの想定外さえ無ければ。


(怖気が走った訳だ、もしかしなくてもあれは『伝説』に語られる退魔の剣……女神によって邪神への対抗手段として作り出され、勇者自身が試練を越えて鍛え上げた最古の神剣。
 『我が王』から賜った力とはあまりにも相性が悪すぎる、何の策も無いまま正面からまともにやり合うのは無謀だ。
 だがしかし、私にはまだ別の手段が……いいや駄目だ、安易に聖杯を使うのもまずい!!
 奴が伝説に語られたとおりの存在であるならば、持っていても不思議ではない!!
 あらゆる無茶ぶりを実現し得るほどの、膨大な魔力の塊を称しただけのものとは違う……神の奇跡によって作り出された、真の願望器を!!)


 抜き身の聖剣を突き付けてくる少年へと意識と警戒の大部分を割きながら、何とか確保していた僅かな思考力が、魔術によって作られたふたつの窓へと向けられる。
 ロムルスと相対したことで心が折れたネロの醜態を彼女の民へと見せつけ、皇帝としての権威を失墜させるための策の一環として、ロムルスにも教えることなく密かに繋げた通信用の魔術。
 勇者リンクの登場という想定外の事態によって当初の目的が果たせるかどうか分からなくなり、始まってしまった戦闘の余波から逃げる際にきちんと消していった筈のそれが、今も確かに機能している。
 自身の魔術に対して干渉するどころか、何の障害も無しに乗っ取ってしまうような荒業が、立香やマシュに出来る筈が無い。
 カルデアからの干渉は観測や助言が精々であろうし、キャスタークラスのサーヴァントの存在も確認出来ない……ということは。


「まさか貴様、使ったのか?
 聖なる盃に象徴される万能の願望器、その原初たる聖三角を……」

「用意した当人が捨てていったものを再利用しただけだ、もう要らないんだったら文句は無いだろ?」


 使い込んだ手袋で覆われた、今は何の変哲も無い左手の甲を軽く掲げながらのリンクの言葉に、激情をギリギリのところで辛うじて抑え込んでいたレフは堪らず爆発した。


「ふざけるな、そんな馬鹿げたことがあってたまるか!! 
 全く以って理解出来ない……藤丸立香、マシュ・キリエライト、ロマニ・アーキマン!!
 勇者リンクと黄金の聖三角……これほどの切り札を揃えておきながら、なぜ!!」





「なぜそれを、今の今まで使わなかった!!」





「最前線に勇者を逐次投入していれば、黄金の聖三角に連合側の兵力を減らせだの重要拠点を探し出せだのといった願いを叶えさせていれば、もっと早くに戦況は動いていただろうに!!
 あからさまに手を抜きおって、貴様らは私を馬鹿にしているのか!!」


 カルデア側の戦力を計り損ね、実際に侮ってしまったせいで最後の最後にひっくり返された苛立ちをそのままぶつけたレフは、噴火じみていた怒りに思いがけず水をかけられて立ち尽くす羽目になった。
 『上手くいった』『まんまと引っかかりやがって』と言わんばかりのしたり顔でこちらを見ていた筈の立香やマシュが、目と口をぱっかりと開いた間抜け顔で呆けていたのだから。


「……どうしてリンクを使わなかったんだ、なんて。
 まさか言われるとは思わなかった、だって」

「リンクさんはどんな時も、どんな状況でも、誰よりも頑張って下さっていました。
 むしろ私達は、どうすればリンクさんが安心してくれるかと、ちゃんと休んでもらえるようになるにはどうしたらいいかと、そんなことをずっと考えていたのに」

《情けないし申し訳ないことだけど、『勇者リンク』の出し惜しみが出来るような余裕なんて、今のカルデアにはこれっぽっちも無いからね……》

「……連合の宮廷魔術師よ。
 神祖ロムルスに勝ると豪語する割に、貴様は何も分かっておらぬのだな」


 何の意図も裏も無しに、本当に思わずポロリと零してしまっただけの立香達の本音に対して、本気で言葉を失ってしまっていたレフの様子に思うところがあったのか、『カルデア側の事情』という認識の範囲外にいたネロまでもが堪らず割って入ってくる。
 隠す気のない呆れと苛立ちが込められていたその声に、レフは一瞬で怒りを込み上げさせたのだけれど。


「なっ……小娘が、粋がるんじゃない!!
 どうせ貴様だって、勇者の存在を伏せて無駄に争いを長引かせたカルデアに内心では不満を」

「感謝しておる。
 余とローマのことを慮った、正しく冷静な判断に、心から」

「………………なん、だと?」


 それもまた、自身が露わにした激情に対して欠片も引きずられる様子を見せなかったネロの、落ち着いた振る舞いと発言によって押さえ込まれた。


「『勇者リンク』であると、最初に告げられていれば……ローマを守らねばならぬという重責に追われ、なりふり構わず救いの手を求めていたあの状況で、縋らずに堪えられたと言い切れる自信は無い。
 もしそうなってしまっていたら……勇者の情けに縋っただけだと、為すべきことを何も為せなかったという無力感に苛まれ続け、皇帝としての誇りを胸に立つことは二度と出来なかった。
 カエサル公や神祖ロムルスも、余を当代と認めて、ローマの未来を託してはくれなかったであろう。
 それでは意味がない……『ローマ』という国と時代の形がほんの一時保たれようとも、そこから先へは繋がらない。
 貴様の目には無駄な遠回りに見えた道のりが、土台から崩れかけてしまっていたローマが再び立ち直り、真の誇りを取り戻す為には必要だったのだ」


 諭すようなネロの言葉を、レフは言葉なく立ち尽くしたまま聞いていた。
 ショックを受けているらしいその様子を前にした立香達は、自身を信じていた者達を裏切り、人理焼却を企てるような者だとしても、流石に何かしら感じ入るものがあったのかと思ったのだけれど。
 ほんの僅かな期待が混じっていたその予想は、すぐさま覆されることとなる。
 レフが驚いていたのは何かを感じたからではなく、どうしようもない弱さや苦悩を越えて、皇帝として立派に在り続けてみせたネロの姿と言葉を前にしてもなお、何ひとつ感じるものが無かったからなのだと。









 ここまで書いたところで、ここから先の展開へと繋げることが出来ずに、別バージョンを一から書き直しました。
 更新に間が開いてしまってすみません、次はもっと早く上げられるよう頑張ります。

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