一瞬で見る影も無くなってしまった宮殿……その残骸を退けながら、幾つかの人影が立ち上がる。
何とか無事だったことに胸を撫で下ろしながら、一息つきたいところなのだけれど。
黒い刀身の堕ちた聖剣を手に、変わらない冷たい眼差しでこちらを見据えるサーヴァントの存在が、もう大丈夫と気を抜くことを許してくれない。
《……皆が無事だったのは、本当に喜ばしいことだけど。
反転の騎士王……召喚されて以来、ずっと姿を現すことの無かった彼女が、どうして今になって》
立香とマシュが、マスターとデミ・サーヴァントとして最初に、否応も無く挑むこととなった冬木の特異点。
その最後の強敵として、越えるべき最初の難関として立ちはだかり、彼らに人理修復に挑むための覚悟を問うた者こそが、堕ちた騎士王ことアルトリア・オルタだった。
記録を持っているだけの別個体ではなく、特異点においての記憶と認識を明確に受け継いでいる状態の彼女が召喚されてしまった際の混乱は、未だ強烈な印象として当時居合わせた一同の脳裏に焼き付いている。
だとしても、『人理を守るために協力してもらいたい』という要請を基準として行われている、カルデア独自の召喚システムに応えてくれたからには仲間として共に頑張ろうと、何とか気持ちを切り替えようと努めたのだけれど。
最低限のやり取りのみで契約を結んだ後は、一度は敵対した身で召喚に応えたことへの理由付けや弁明すらもエミヤに丸投げし、そのまま行方を晦ましてしまった彼女に対する疑心や懸念は、未だ消え去ってはいなかった。
第一特異点の修正完了以降は、ジャンヌ・オルタや彼女の配下だったサーヴァント達といった、敵対していたけれど今は明確に仲間として尽力してくれている者達の存在が、アルトリア・オルタの異質さをより一層際立たせていて。
そんな彼女が、何の前触れも無くいきなり、立香達の危機に駆けつけるという形で現れたという事実に対する、意味と思惑を考えざるを得ない。
味方しかいない筈なのに、戦いがまだ続いているかのようにガチガチに強張ってしまっていた空気。
それを壊したのは、自分が為すべき役割を最も正確に、そして彼女が取った行動の意味を最も素直に受け止めた者だった。
「……アルトリア、でいいのかな。
声をかけてくれてありがとう、本当に助かった。
俺もまだまだだなあ……さっきアマデウスに来てもらったばかりだったせいか、またサーヴァントを呼ぶって発想がすっぽ抜けてたよ」
「………………」
「や、やっぱり、最初から名前呼びは嫌だった?」
「いや、それは別に構わないのだが。
……やはりお前は変な奴だな。
組織内の不安要素として疑心を抱くには十分な程に、疑わしく思えるような態度を取ってきた。
そんな私の急な心変わりに対して、管制室にいる連中のように警戒することの方が、反応としては妥当なものなのだが」
「警戒すること自体は大事だと思うし、ドクター達がそうしてくれるのは頼もしい。
だけどそれはマスターがやることじゃない、俺の役目は
ドクターに聞いたことがある、カルデアの召喚システムは『人理修復に協力する』ことを了承してくれたサーヴァントしか喚ばないって。
だから、君に何かしらの理由があって姿を見せないんだとしても、それがカルデアの邪魔をすることだとは思ってなかった。
……それに、急な心変わりなんかじゃない。
ずっと見守っていて、何かあったら駆けつけられるように気を張っていてくれたから、急な展開に対応しきれずにいる俺をサポートすることが出来たんだ」
そうだろ?……と言いながら笑う立香に、呆気に取られた様子で口を半開きにするアルトリア・オルタ。
彼女が次の瞬間に浮かべた表情は、変わらない冷たさを保ちながらどこか温かさをも感じる、溶け始めた春先の雪のようだった。
「間に合わせのマスターと、指揮系統や戦力の大半を失った組織を、少し時間をかけて見極めようとした判断自体に後悔は無いが。
決断が遅すぎたという点においては、詫びておいた方がいいのかもしれないな」
「遅くなんかない、ちゃんと間に合ったよ」
「……そうか。
既に多くのサーヴァントが集い、カルデアの再編が為されかけている現状では、今更なのかもしれないが。
それでも構わないのならば、改めて、今度は心からこの言葉を口にしよう。
クラスはセイバー、真名はアルトリア・オルタ。
問おう、貴様が私のマスターか?」
『従ってやる』と言わんばかりの威厳と迫力に満ちた、ちょっと異質な従者の誓い。
それに対して、満面の笑みと共に伸ばされた手の甲には、主従ではなく信頼を示す繋がりとしての令呪が刻まれていた。
「あの騎士王を認めさせるなんて……凄いぞ、流石は立香君だ!!」
「それにしても、何を考えているのかと思えばガチでこちらを見定めに来ていたとはね。
合格基準がどの程度のものだったのかは想像するしか無いけれど、お眼鏡に叶ったようで何よりだ。
果たせなかった場合はどうなっていたか……なんて、もはや意味が無い上に怖いことを考えるのはやめておこう」
カルデア内部における、現状で最大の懸念事項が解決したと同時に、強大な戦力がまたひとつ加わったという事実が、安堵から来る軽口を交えながら共有される……のだけれど。
「………………………………」
そんな中でただ一人、赤い外套のアーチャーこと、カルデアにおいては食堂の主と称した方が馴染みのある存在であるエミヤだけが、誰と心情を共有するでもなく無言で立ち尽くしていた。
斜め上の虚空を通して、どことなく遠くを見ているような眼差しは、半分死んでいると称しても間違っていないのではと思わせる程に力の抜けたもので。
『ほわんほわんほわんえみえみ~~』という謎の擬音語と共に、彼の脳裏にとある過去の場景が蘇った。
『んくっ、んくっ…………ぷはあっ。
けぷっ……おい弓兵、盃が空だぞ!!
急いで持ってこい、摘まみも忘れるな!!』
『承知した、コーラとポテトのお代わりだな。
だがこれで最後にしてくれ、いくらサーヴァントでもジャンクフードのドカ食いは健康に悪い』
『何を言うか、まだ十回だぞ!!』
『もう十回、だ。
普段節制した上でのたまの楽しみならばいざ知らず、毎晩のようにこんな。
掃除と仕込みに集中したいとは人払いの口実ではあったものの、時間があれば実際に済ませてしまいたいことなのだが……』
『やかましい、貴様の都合など知ったことか!!
いいからさっさと持ってこい、呑まずにはやっておれんのだ!!
……人理焼却の黒幕によって打ち込まれた、特異点という名の七つの楔。
その修正をひとつでも成し遂げることが出来れば、人理修復を進めるために必要な最低限の基準はクリアしていると認め、姿を現すつもりでいた。
第一特異点から帰還する際には出迎えて、改めて契約の口上を述べてやる筈だった……なのにっ!!』
『……勇者リンク』
『予想できるかそんなもの!!
どんな顔と態度で出ていけと言うのだ、そんなビッグネームの登場に沸き立ってる場なんかに!!
二番煎じの型落ちもいいところだろうが、例え反転した身だろうと守らなければならない威厳やプライドというものがあるのだ!!』
『そうして、もたもたしている間に仲間入りのタイミングを完全に逃してしまった鬱憤と遣る瀬無さを、夜ごとの自棄ジャンクで発散するさまに、威厳もプライドも無いと思うのだが……』
『やかましい!!
よもや貴様、自分もこの事態の原因の一端を担っていることを忘れてはいないだろうな!!
私がどのような心づもりでいるのかを唯一把握しておきながら、私の存在を完全に忘れて歓迎の宴など開きおって!!
出ていけなかった理由のダメ押しはお前のアレだぞ!?』
『…………特製バーガーはいるかね?』
『誤魔化すな、だが貰う!!』
『……真面目な話になるが、これから一体どうするつもりだ?
何食わぬ顔で出ていって、そのまま自然に受け入れられるような段階は、既に通り越してしまっているのだが』
『分かっている、私とてただ無為に自棄食いをしているわけでは無い。
次の機会は、近々始まるであろう第二特異点の攻略……今度は、座して帰りを待つなんて悠長なことはしない。
見ていろ、マスターや勇者達を危機から救う絶好のタイミングで駆けつけてやるからな!!』
(機を窺いすぎて、またもや逃してしまったのかと思っていたが……間に合ったようで何よりだ)
予定外の強敵の登場なんて望むようなことでは無いのは分かっているのだが、彼女の立場と精神、及び食堂の安寧を考えると、密かに安堵せずにはいられない。
特異点の様子を見ることが出来る管制室のモニターには、見た目こそいつも通りの冷たさと余裕を保っているものの、内心は自分以上の安堵に満ちているであろうアルトリア・オルタが、立香だけでなくリンクやマシュとも話している様子が映し出されていた。
立香と同じく命の危機を味わわされたマシュも、直接の顔合わせはこれが初めてな上に好意的な話を一切聞いていなかったであろうリンクも、そんなことを感じさせない笑顔でアルトリア・オルタと接しながら感謝の言葉を口にしている。
立香と並んで、実働部隊の筆頭としても、精神的な支柱としてもカルデアという組織を支えているあの二人が受け入れてくれたのならば、もう彼女は大丈夫だろう。
そう思い、本当の意味で安心することが出来たエミヤは、胸の辺りでつかえてしまっていた息を吐きながら踵を返した。
そんな彼の様子に気付いたクー・フーリンが、首だけで軽く振り返りながら声をかける。
「どこへ行くんだ、まだ終わってねえぞ」
「わかっている、だからこそ今のうちに始めておきたい」
「何をだ」
「打ち上げの準備さ、ものによっては仕込みに時間がかかるんでね」
不敵に笑いながらのエミヤの言葉に、一瞬呆然としてから吹き出したクー・フーリン。
彼を含めた何人かがメニューのリクエストを出してきて、苦笑と共に頷いた。
事態はまだ終わっていないし、最後の壁は呆れるほどに困難で、それなりに苦労はするだろうけれど。
全部乗り越えて、最後にはちゃんと帰ってくるのだということを、この場に居る誰もが信じている。
管制室を後にする間際、最後にふと振り返ったモニターには、城ひとつが吹っ飛んだ惨状の現場に慌てて駆けつけてきたらしいブーディカと荊軻の姿が加わっていた。
少し前の感想で、『アルトリア・オルタが姿を見せないのってもしかして…』という内容のものを頂いていたのですが。
すみません、こんな理由でした(笑)。
これは、モードレッドのネタを書くずっと前から温めていたものなので、どうしようかとちょっと思ってしまいました……。
晩年のアルトリアは、完璧な王であろうとするあまりに自分の中のものを色々と殺し過ぎて、槍を持ち続けていたわけでもないのに半ば獅子王モードに入り込んでしまっていましたが。
モードレッドの最期の献身や、聖杯戦争で経験したあれこれのおかげで色々と吹っ切れているので、今はちゃんと心身ともに立派な騎士王だった頃の自分を取り戻しています。
アーサー王の晩年は、確かに全体的な評価を下げる要因となってしまいましたが、それで全てが台無しにはなりません。
むしろ後世の人からすれば、当時の人達がアーサー王に裏切られたと思った理由が、『決して間違えない、人ならざる完璧な王様だと思っていたら、好き嫌いで物事を判断するただの人間だった』だということを知れば、『そんなの当たり前だろう、むしろアーサー王のことを何だと思ってたんだ……』と呆れたりもするでしょうし。
『長年に渡って、そんな無茶な偶像扱いを強いられていたのだとしたら、晩年になってぶち切れるのも無理ないな……』と考察して、評価を見直す人達だって出てきた筈です。
当時の暴君が、冷静かつ客観的な判断が出来るようになった現代で再評価される、なんてことはよくあるので。
歴史系ユーチューバーが『名君か暴君か、アーサー王の真実』なんてタイトルをつけて、1時間くらいの動画でじっくりと語る対象とかになっているのではないでしょうか。