成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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薔薇の花嫁

 こうしてローマは、異境より訪れた魔術師達の活躍によって救われたのだ。

 

 ……分かっておる、これはあくまで余の夢物語。

 

 ローマを二分するような内乱が起こったことも、過去の偉大な皇帝達が蘇ったことも、伽話に登場するような怪物達と相まみえたことも。

 

 公的なものだけでなく、民が戯れに綴ったような細やかなものも含めたあらゆる記録や、当時のことを十分覚えている筈の者達の記憶に、そのような事実は欠片も存在していない。

 

 そしてそれは、夢の出来事を高らかに語る余自身にとっても同じこと。

 

 余が認識しているのはあくまで、そのような者達が現れ、そのようなことが起こったのだという大まかな流れだけで。

 

 明確に思い描くことが出来るのは、優しい笑みを浮かべながら余を見る、青と蒼、そして紫の瞳と、最後に交わした言葉のみ。

 

 恐らくだがそれらは、他の何を忘れたとしてもそれだけは覚えていたいと、その時の余が強く願ったものなのだろう。

 

 ……蒼い瞳の持ち主に関しては、何かもっと、特別枠で覚えていてもおかしくないような衝撃的な事実があった気もするのだが。

 

 まあ、思い出せないものは仕方がないな。

 

 ……ああそうだ、案ずることは何も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『約束する』

 

 

 

 

 

『ネロがネロとして、精一杯に生き抜いたその先で、必ずまた会えるから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度も挫けそうになった余を、その度に立ち上がらせてくれたあの声は、今もちゃんと聞こえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また陽が沈む。

 

 昼と夜が混ざり合った空……美しさと同時に、何故か恐ろしさや不安すらも感じさせる。

 

 この不思議な光景を、いつかどこかで、特別な感慨と共に見た覚えがある。

 

 …………そうだ、思い出した。

 

 夢の出来事なんて曖昧なもので、幾らでも好きなように変えることが出来て。

 

 そんなところで経験したことに、深く考える意味なんて無いのかもしれないけれど。

 

 それでもあの時、余らは確かに。

 

 同じ世界の、同じ空の下で、同じ星を共に見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 この音、は。

 

 馬の蹄……何者かが、近づいて。

 

 ……そうか、そういうことか。

 

 余はネロ・クラウディウス、誉れ高きローマの第五代皇帝。

 

 どんな形であろうと、精一杯の忠義を果たそうとした者に対して、たった一言の労いの言葉すらかけぬような不義理は、誇りにかけて許されぬ。

 

 …………だが、まあ、そうだな。

 

 随分と待たされてしまったのだ、ほんのちょっと文句を言うくらいは良いであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな。

 だが、大儀である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、美しい空だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス。

 歴史に詳しくなくても、多くの者がその名を知っているであろう稀代の暴君の最期は、自らの手で短剣を喉に突き刺しての自決。

 三日後、駆けつけた兵士達の一人が、たった独りで野ざらしとなってしまっている皇帝を悼み、その亡骸に恐る恐る外套をかけたその瞬間。

 死んだとばかり思われていた皇帝は、兵士への労いの言葉を口にして今度こそ息絶えたと、逸話では語られている。

 

 ネロ・クラウディウスを『暴君』と位置づける、数多の理由や逸話。

 その中には、自分が気持ちいいだけの下手な歌を聞かせるために、市民を劇場に閉じ込めて逃がさなかったというような面白いものから、ローマの町を焼き尽くす大火の中を人々が逃げ回る地獄絵図を前に、楽しげに嗤いながら楽器を演奏していたという恐ろしいものまでもが存在している。

 しかし、前者はともかく、後者の非道な振る舞いに関しては、後世における捏造の可能性が高いことが明らかになっている。

 くだんの大火において、実際のネロは市民達の避難や消火活動を懸命に指揮し、その後の復興にも力を尽くしていたという。

 

 ネロという人物がなぜ、そのような逸話を作られてしまう、そんなことを行なってもおかしくはないと思われてしまう程に、恐ろしい暴君として扱われたか。

 それに関しては、ネロがその治世においてキリスト教徒を迫害していたからだという説が大きい。

 ネロの方針によって処刑されたキリスト教徒達の中には、イエス・キリストその人の直々の教えを受けた弟子までもが含まれている。

 しかしそれは、当時の時世を考慮すると無理もないことでもある。

 後の世でこそ、王の選定を左右するほどの影響力を得ることとなるキリスト教も、その頃はまだ、人々をむやみに結集させて厄介ごとの火種を作る胡散臭い新興宗教だった。

 唯一無二の神を頂き、皇帝の権威というものを失墜させかねない上に、爆発的に信徒を増やして日ごとに影響力を増していたキリスト教は、その頃のローマからすれば酷い脅威に思えたことだろう。

 今現在のローマを脅かす要素に対して、普通に対応した……ただそれだけだった筈のネロの行ないは、キリスト教が絶対的な力を持った後世において、許されざる悪逆となった。

 

 もちろん、これはあくまで一説であり、ネロが実際に暴君であったということも普通にあり得る話である。

 自身を皇帝とするために策略を練った上に、一挙一動を支配しようとした母に逆らって親殺しの大罪を負ったことや、芸術活動に興じて民を散々に振り回したことなどは、確かな事実なのだから。

 しかし、事実を根拠として語るのならば、忘れてはいけないことがある。

 当時の民が遺した記録や作成した美術品には、ネロ・クラウディウスを賛美するものが多数発見されていること。

 ネロの死後、かの人の墓には市民からの花や供え物が絶えず、上層部もそれを咎めたりはしなかったこと。

 ネロ・クラウディウスという人は、ローマの国や人々に、間違いなく愛されていたということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注入された魔力と専用の詠唱によって眩い輝きを放つ、サーヴァント召喚の魔法陣。

 第二特異点という新たな山場を越え、今後に備えて新たな人員を招くために調整されたこの場に、つい先日帰ってきたばかりで激闘の疲れも癒えていないであろう三人は神妙な面持ちで臨んでいた。

 彼らが期待しているものが何なのかを、『約束』が交わされるその瞬間を見守っていたスタッフ達は察している。

 それが、奇跡を願うようなことであることも……当の本人達が、そのことをちゃんと分かっていながら、それでもと希望を抱き続けていることも。

 儀式がこのまま何事もなく進んでほしいような、現実を突きつけられてしまうのが恐ろしいような。

 一同が抱く複雑な心境をよそに、魔力と輝きを順調に増していった魔法陣の中に、小柄な人影が現れた。

 

 色は白だけれど、造りや質感は現代のライダースーツを思わせるような衣装に覆われた体は、華奢ながらも肉感的で、女性の魅力というものに溢れていて。

 自分達がよく知る『彼女』とはかけ離れた色合いを前に、思わず肩を落とした一同は、次の瞬間に目を剥いた。

 造りこそ戦闘を意識したような動きやすさを重視しながらも、色や装飾はまるで、花嫁が纏う純白のドレスのよう。

 気高い薔薇を髣髴とさせる深紅とはまた違う形で、その身の美しさを最大限に生かしながら、静かに瞼を閉じた姿で現れた彼女は……正しく。

 

 

「ネロ…っ!」

 

 

 思わず声を上げた立香は、その次の瞬間に、自らの手でその口を塞いでいた。

 約束をしたし、叶うことを心から願ってはいたけれど。

 サーヴァントではなく生者だった彼女の、何もかもが無かったこととなった特異点で得た記憶や思い出が残るわけが無いと、冷静な思考ではちゃんと分かっていたから。

 初対面の女性、しかも気高い皇帝に対して、いきなり名前を呼び捨てしてしまうなんて。

 第一印象を悪くするには十分すぎるミスをしてしまったと、自身の失態を内心で責めた……のだけれど。

 ゆっくりと瞼を開けた彼女が、こちらの存在に気付いた瞬間に浮かべた表情に、そんな焦燥は吹っ飛んだ。

 

 

「……………………ああ、駄目だ。

 サーヴァントとして喚ばれたからには、高らかに口上を述べるべきなのに。

 あの頃とは違う特別な装いで魅せるに相応しい、余の新たな美しさを、もっと見てもらいたいのに。

 また会えたら、まずどんな言葉をかけようか……そんなことを、何度も何度も考えて、シミュレーションは完璧だった筈なのに」

 

「…………ネロ」

 

「ああ、そうだ。

 そんな顔で、そんな声であったな。

 ずっと、ずっと……会いたかったぞ、我がマスター」

 

 

 胸の奥から込み上げる熱いもので声は震えて、零れる涙に邪魔されながらも懸命に作った表情はぐちゃぐちゃで。

 皇帝ネロ・クラウディウスの、苦しくなる程に美しい姿を前に、立香は堪らず駆けだしていた。

 衝動のままに飛び出した立香とは逆に、その場に釘付けになったまま、声も出せずに大粒の涙を零すマシュ。

 そんな彼女を傍で支えながら、肩の力を抜いて安堵の息を零すリンクと、呆然と立ち尽くしながら見守ることしか出来ないスタッフ一同の目には。

 魔法陣の光を受けて輝く純白の衣装を纏ったネロと、その華奢な体を広げた腕と胸の中に収めた立香の、男女の艶っぽさなど欠片も感じられない子供のような泣き声を重ね合う姿が、天上から注ぐ光の存在を思わせる程に、美しく神聖なものに見えていた。

 その認識は間違っていない。

 『奇跡』と称するに相応しいものを、彼らは目の当たりにしたのだから。

 




 長かった……マテリアルを見て実際の流れに沿いながら、自分なりに書きたいシーンや展開を足していった結果、とんでもない長さになってしまいました。
 ちょっと反省して、次からはもっと簡潔に収められるよう頑張りたいです。
 でも何より、書きたいものをちゃんと、区切りがつくまで書き切れたことにホッとしました
 お付き合いいただき、ありがとうございました。

 これはあくまで個人的な考えであり、原典の彼女とは違う解釈かもしれませんが。
 私はネロ・クラウディウスという人を、色々なことを実際にはちゃんと分かっていながら、『薔薇の皇帝』というキャラ付けをした上で、敢えて突拍子もない振る舞いをしている人なのではないかなと思っています。
 本編の中でもちょっと書いたように……演じてるんですね、自分自身が思い描く理想の自分というものを。
 自分で決めたこと、自分で望んだことであり、貫き通すと決めたことを後悔してはいないけれど、それでもやっぱり辛くなる時はあって。
 立香達にはそんな彼女の理解者になってもらいたい、「辛いならやめてもいいよ」と誑かすのではなく「君なら出来る、頑張れ」と背中を押す存在として。
 そんなことを考えながら書いた、第二特異点の物語でした。
 
 カルデアに召喚されたネロを、敢えてブライドにした理由ですが。
 原作者の奈須きのこさん曰く、赤い衣装の通常バージョンのネロはEXTRAを経てその影響を受けていて、ブライドはそれが無いまっさらなネロなんだそうです。
 なので、通常のネロともEXTRAを経たネロとも違う、特異点で起こったことをばっちり覚えていて、マスターとの絆と思い入れも既にガン積みな当作の特別なネロを表現するために、真白から染めるという意味を込めてブライドにしました。
 これから先の展開にどう生かすか、どう工夫するかというところはまだ全然考えていませんが、何とか上手く使ってみます。

 第一特異点の後のように、いくつかの日常編を加えた後で、第三特異点に突入します。
 詳細はまだ考えていませんが、次も書き切れるように頑張るのでよろしくお願いします。
 ……しかし、今はその前に。
 レジェンドアルセウスを堪能するのが先ですね、発売前に何とか区切りをつけられるように頑張りました。
 それではまた、次の作品でお会いしましょう。
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