ローマの名残り
第二特異点の修復完了後、殆ど休む間もなく行われたサーヴァント召喚がもたらした衝撃の影響も、2~3日経てば落ち着いて。
ようやく日常が戻ってくるかと思われたカルデアの、広さを利用して多目的ルームを兼ねるようになっていた食堂に、第二特異点での日々を思い起こさせるような光景と賑わいが満ちていた。
「ヴラド、これ使える?」
「これは……良い布だ、普段使いとするには申し分ない。
かたじけない、おかげで助かった。
少ない材料を工夫して活かすのも個人的には面白いのだが、十分な仕事をこなすとなるとやはり限界があるからな」
「……あの有名なヴラド三世が、すっかり縫製部門に落ち着いてしまっている状況を、世間が知ったらどう思うんだろうなあ」
「まあまあドクター、人理が焼けている状態で考えても意味の無いことは置いといて。
ほら、これも買っておいたよ」
「種だ、しかもこんなに!!
ありがとうリンク君、これでようやく地下農園を本格的に稼働させられるよ!!
……都市の市場では扱ってなかったものだろうに。
あの忙しい状況で、郊外の農場にまでわざわざ足を運んでくれてたんだね」
「
「…………本当にいいのかな、
「気持ちは分かりますが切り替えて下さい、でないとこれから先持たないと思います」
「リンクー、何かドクターの気が紛れそうなものって無い?」
「ちょっと待って、確か果物を何種類か仕入れていたと……」
「あっ、それ興味があるな」
「私にも見せてくれ、新しいレシピを考えてみたい」
慣れた手つきでシーカーストーンの画面を動かすリンクと、新しい品を求めて集まる人々の周りでは、既に取り出された数多の品々がローマの市場を丸ごと持ってきたかのような光景を作り出している。
『外の世界』というものが一切消え失せている、本当の意味での閉鎖空間に突如現れた新鮮な賑やかさに、人間もサーヴァントも関係なく沸いていた。
「リンク、あんた……あれだけ毎日、戦いとその準備に追われていた状況で、よく買い物まで出来たわね」
「これから先も人員が増えていくことを考えると、シーカーストーンで精製する分だけで全部を賄うのは無理があるからな。
物資を仕入れられる機会があれば、多少無理してでも確保しておかないと」
「それは分かってるわよ、あんた一人で動き過ぎだって言ってるの」
「ジャンヌ・オルタの言う通りであるぞ。
多少ならば公私混同をしても許されるほどの成果を、あの頃のそなた達は間違いなく上げていたのだ。
適当な者を使いに出すなり、宮殿まで商人を呼ぶなり、そういった便宜を図るのも吝かでは無かったのに」
「発想が無かった」
「同じくです」
「……ど庶民のマスターと、箱入り娘のマシュはともかく。
あんたはどうなの、大国の重鎮として部下を指揮した経験もある勇者サマ?」
「……大変なスケジュールで働いていたネロに、カルデアのことまで負わせるわけにはいかないって思って」
「だ、か、らっ!!
働き過ぎなのはあんたも一緒でしょうが、余計なものや他人に任せていいものまで背負いこんでるあたりよっぽど性質が悪いわよ!!」
「まあまあ、落ち着いて。
君の言うことはもっともだけど、ずっとやってきたことをいきなり変えるのはとても難しいんだ。
……とは言っても、積極的に改めていくべき悪癖であることに変わりはない。
ひとつ確認させてもらうよ、リンク君。
今ここに出しているのは君自身がローマの市場で仕入れた現物で、見たところそれなりに量もあるみたいだけど、消耗品である以上いつかは尽きる。
そうなった時、君はどのような形で対応しようと思っているんだい?」
「……特異点はまだ、一番大きくて致命的な穴を塞いだだけの状態で、治し切れていない細かい傷が原因で生じた不具合に対処するために、小規模なレイシフトを今後行なっていくらしいから。
その時についでに素材集めをして、精製用のリソースにしようかと」
「はいアウトー☆」
「痛だっ!?」
人類史上最高傑作の美貌を煌めかせる満面の笑顔と、青筋が浮かんだ指先で容赦なく放たれたデコピンが、リンクの額で軽快な音を立てた。
赤く染まったそこを涙目で押さえながら、不満を露わに辺りを見回したのだけれど、目に入ったのは責めるようなジト目や呆れた溜め息ばかりで。
肩を落としながら項垂れるリンクへと、ダ・ヴィンチの優しい叱責が続く。
「リンク君……君がカルデアの一員として力を尽くしてくれること自体はありがたいし、実際にもの凄く助かっている。
だけど、シーカーストーンによる物資の変換と精製は本来ならば、カルデアではなく君個人の活動をサポートするためのものだ。
物資不足に喘いでいた当初こそ頼ってしまったけれど、人員が増えて施設の復旧も進み、組織としての盤石な体制を築くための基盤が整ってきたからには、カルデアは君への依存から脱却しなくてはならない。
物資の供給源としては、今後とも君に頼ることになるだろうけれど……そのために必要なリソースの用意くらいは、皆の力でやらせておくれ。
レイシフトで素材集めを行なうこと自体は構わない、だがそれは全て君自身のために使ってほしい。
『勇者リンク』が万全の状態でいてくれることは、それだけで十分にありがたくて心強いものだからさ。
……本当だったらその準備でさえ、カルデアの全面的な支援によって賄われるべきなんだ。
それを君自身の自助努力に頼らなければならない現状が、本当に歯痒いよ」
「……ダ・ヴィンチちゃん」
「まあ、というわけだから。
しばらくはゆっくりしてくれたまえ、意地と見栄を張りたがる大人げない大人の邪魔をするのは良くないよ?」
そう言って渾身の笑みを浮かべたダ・ヴィンチだったけれど、リンクの表情は浮かないままで。
それが、カルデアの物資を賄えるだけの膨大なリソースを用意するための、具体的な代替案をこの身が提示できずにいたからであることを、ダ・ヴィンチは誤ることなく察していた。
自分が動きさえすれば何とかなると思えば、リンクはそれを実行に移すことを躊躇わないし、むしろそれが出来ないと負い目に感じてしまう節が見受けられる。
彼の生い立ちや歩んだ人生を考えると無理もないことだけれど、大切な人達や世界のために自らの全てを燃やし尽くした勇者の性分は、彼と言う存在の深くにまで沁み込んでしまっているようだ。
この頑固者をその上で納得させるためには、彼が考える以上の『最善』を用意する必要があるだろう。
(さて、どうしたものか……発明や芸術に関しては万能の天才な私なのだけれど、如何にして効率よく利益を生み出すかを考えるのはちょっと分野違いなんだよね)
金を稼いだ経験と言えば、自身が作り出した芸術や発明を売却するか、天才が生み出すものに期待する支援者を募るかの二択のみ。
どちらも、前提として活発な経済活動が行なわれていることが必要となるもので、この閉鎖空間においてはあまり役には立たない。
(ギルガメッシュ王なら、スポンサーとして期待出来るかもだけど……現状ではちょっと難しいかな。
彼は一見派手な浪費家に見えるけれど、それは独自の判断基準や個人的な好みのままに動くさまがそう見えるだけで、実際には何らかの見込みがない限り決して財布の紐を緩めない堅実な投資家だ。
リンク君という個人ではなく、カルデアという組織に対する支援を求めるとなると、投資するに見合うだけの将来性があることをきちんと証明してみせる必要がある。
……何らかのプランを練ることはやっぱり必要だね、やるしかないか)
零しそうになったため息を噛み殺しながら、小柄なリンクと合わせていた目線を上げたダ・ヴィンチ。
その美しい瞳に、少し離れたところでエミヤと共に食の楽しさについて花を咲かせている、つい先日召喚されたばかりの膨よかな終身独裁官の姿が映った。