「紳士淑女諸君、ご清聴頂きたい!!
この私、ガイウス・ユリウス・カエサルは、カルデアに経済改革をもたらすことをここに宣言する!!」
臨時のローマ市場が開かれ、カルデアに数多の物資が供給されてから数日後。
食事時の食堂を利用した、何度目かの全体会議の場にて、ローマどころか世界の歴史に名を刻んだ男が一同の注目を集めていた。
『いきなり何を言い出すのだ』『訳が分からない』と言わんばかりの表情や眼差しを一身に浴びながらも、胸を張る彼の自信満々な表情には一点の曇りも無くて。
高々と掲げたその指先には、水晶のような青い結晶が輝いている。
一見すると宝石にも思えるそれが、人工的に作られた魔力の結晶であることに気付いた者は、魔術師やサーヴァントが大半を占めているカルデアにおいてはそれなりに存在していた。
「ダ・ヴィンチ氏を始めとした技術班が、これまでは蓄えるのみであった魔力リソースを一定の形に精製する手法を確立させた。
正式名称として『QUANTUM PIECE(クォンタムピース)』と名付けられてはいるのだが、少々長いので普段は『QP』という略称を使うとしよう。
そしてこれは、今後カルデア内で使用されていく独自の通貨単位ともなる。
これは魔力リソースの結晶であるが故に、勇者殿がシーカーストーンを用いて精製する物資の対価として、そのまま使用することが可能なのだ」
カエサルがそこまで話したタイミングで、彼を含めた上層部が、なぜ急に大々的な変革に踏み切ったのかを殆どの者が察した。
リンクの宝具シーカーストーンは、登録されている物資を魔力リソースと引き換えに精製することが出来るという規格外の代物で、カルデアという閉鎖空間において現状唯一の、安定した物資の供給源となっていた。
規模の小さい組織をまかなうだけならばさほど問題は無かったのだが、復旧活動が順調に進んだことで使える施設や区画が増え、サーヴァント召喚という名の求人募集も都度行なっていくことが決まっているからには、より多くの魔力リソースと物資が必要になってくる。
何かが起これば、条件反射的に自ら動いてしまうリンクの性分を既に熟知していたカルデアの一同が、そんな彼を抑えるためのことなのだろうと考えるのは自然なことだった。
始まった頃とは打って変わって、真剣に話を聞き始めた一同の前で、カエサルの舌は止まることなく動き続ける。
「私はカルデアに、需要と供給、更にはそれを繋ぐための流通という円環を作り出していく所存だ。
そのためには、止まることなく回り続けられるだけの潤沢な貨幣……この場合は、QPこと魔力リソースが必要となるのだが。
次は、それを如何に得るのかについての話をしよう。
メディア女史、そしてカーミラ女史!!
今現在において、カルデアを動かしている魔力リソースがどこからどのようにして得られるものなのかを、改めてご教授願いたい!!」
「……面倒だけど、仕組みの構築に関わった者としての、果たすべき責任の一環ね。
とは言っても、それ自体はとてもシンプルで分かりやすいものよ。
カルデアのシステムに存在していた戦闘シミュレーションの一角に、とある儀式の流れを組み込んだの。
『立ちはだかる番人を倒して隠された宝を手に入れる』という、この上なく分かりやすいものをね。
求めるものが何かしらの形を持った物資だったとしたら、もう少し複雑な手順や構築が必要だったでしょうけれど。
この場合は、生み出した魔力リソースをそのまま手に入れるだけだったから、登場するエネミーも必要な工程も至極単純なもので済んだのよ」
「そこから先は私が。
メディアが今話した、魔力リソースを生み出すための特別な儀式が組み込まれた戦闘シミュレーション。
私は主にここで働いているの、魔力吸収のスキルを活かして得られるリソースを少しでも増やすためというのが理由ね。
……正直言って、効率としてはそんなにいいものでは無いわ。
ランスロットやファントム、最近加わったスパルタクスや呂布といった、重い狂化スキル持ち……単純に暴れさせるのが一番使えるような連中を駆使しても、カルデアの通常業務を賄える分を確保するのが現状では精一杯なのに。
あなたが言うところの需要と供給を満たすとなれば、それなりに潤沢な魔力リソースが必要となる筈。
ローマが誇る大英雄様は、その辺りをどのように考えておいでなのかしら?」
「心配ご無用、その件に関しては既に解決済みだ。
ご紹介しよう、カルデアに大いなる祝福をもたらした女神ステンノを!!」
「え……ええ!?
お姉さま、いつの間にニートを脱されてあいたたたたっ!!」
「あなたって子は、どうしてそうも反射的に姉を辱める言葉が出るのかしら?
言っておくけれど、この私が人間のように汗水垂らして働くなんてことは人理が消滅しても起きなくてよ」
「では、『祝福』というのは一体……」
「くだんの戦闘シミュレーションが、関わりのある者達の間で『宝物庫』という通称が用いられていたことを利用した。
女神ステンノには、その宝物庫が自身のものであること、中には本物の神の宝が収められていること、試練を越えた者は女神の祝福が込められた宝が得られるのだということを、正式に認めて頂いたのだよ」
「それだけではちょっと弱いから、宝物庫に入る者を出迎える役目を担うこととなったわ。
訪れる者に女神らしい態度でちょっと声をかけて、あとは座ってお茶でも飲んでいるだけでいいのだから、まあ悪い気はしないわね」
「そ、そんなっ…!!」
人の身では到底及ばないような意味と価値が、存在しているだけで生じるのが『神』であり、中でもステンノはそれに極振りしていると言っても過言では無い女神である。
そんな彼女を活かす場として、正しく『そこに居るだけ』で構わない状況を構築したカエサルの手腕は、自身もかつて女神であったメドゥーサからしても申し分のないものだったのだけれど。
「宝物庫でのシフトには私も加わっているんですよ、その度にお姉さまと顔を合わせなければならないなんて絶対意地悪され痛い痛い痛いですごめんなさいお姉さま!!」
「……まあ、というわけで。
女神の祝福を得たことで、宝物庫の効率は以前とは比べものにならなくなっている。
これからは、より潤沢な魔力リソースがカルデアを潤していくことを保証しよう。
だがしかし、それはカルデア全体にもたらされる利潤のほんの一部。
ここからは肝心な、需要と供給の話を始めるとしよう。
私はカルデアに、副業の概念というものを作り出したいと考えている。
例えば、エミヤ君。
君は食堂で普段の食事を提供する以外にも、出張サービス的なものをたまに請け負っているらしいのだが、その際に報酬のようなものは貰っているかね?」
「いや、それも務めの一環だと思っていたのだが……まあ、そうだな。
別枠で食材を仕入れる必要があることや、その間食堂を空けねばならぬことを考えれば、最低限の経費くらいは貰っておくべきだったのかもしれない」
「それにプラスして十分な利益も必要だ、培った技術と費やした時間の安売りは認められんよ。
もっとも、最高の料理を提供するということが君にとって楽しみであり、個人としても十分に充実していると言うのならば、野暮な無理強いはしないがね」
「カエサル公、宜しいかな」
「何だろうか、シュヴァリエ・デオン」
「エミヤ殿には、妃殿下のお茶会に必要なものをその都度用意して頂いている上に、時には給仕の役割も担って下さっていました。
今後ともお願いしたいと思っていて、対価が必要とあらば支払う所存ではあるのですが……その、今まで必要では無かったので、私も妃殿下も少々持ち合わせというものが」
「問題ない、それに関しても考えてある。
マリー・アントワネット妃殿下のお茶会というのは、仕事に根を詰めすぎな者を休ませたり、スタッフやサーヴァント同士の交流を促してカルデア全体の円滑な運用を支えるものとされているな。
ならばそれは立派な公務であり、菓子代や給仕の出張費用はカルデアの方で負担すべき必要経費だ。
どれだけ使ったのかを纏めて申請すればいい、宝物庫の強化はそれが出来るだけのリソースを確保するために行なわれたのだから」
「な、成る程……分かりました、ありがとうございます」
「おいこら、ちょっと待て」
「どうぞ、クー・フーリン殿」
「そこの赤い弓兵のように、金を稼げる技術や手段がある奴はともかく。
そういったことが出来ねえ、もしくは向かねえような奴は、素寒貧のまま質素に過ごせってのか?」
「もちろん、そんなことはあり得ないとも。
先程話した宝物庫……今までは、明確に決められたスケジュールのもとでのみ稼働されていたそれを、申請に応じて開放することと相成った。
クー・フーリン殿が仰っていたように、純粋に稼ぐ手腕が無い者や、戦うことの方が得意だという者は、是非ともこれに挑んでくれたまえ。
個人でも、誰かと協力しても、代理を立てても。
最終的に魔力リソースが確保出来るのならば、どのような形でも一向に構わない。
シミュレーターを動かすための必要経費、及びカルデアという組織に対する貢献の一環として、生み出したリソースの半分を提供してもらうことになるがね」
「半分もかよ、暴利貪り過ぎだろ!!
……と、言いたいところではあるが。
カルデアの運営や、基本的な生活に必要な部分に関しては経費のうちだとすれば、そう無茶な話でもねえのか?」
「その通り、貴殿らの手元に来たQPは全て貴殿らのもの。
欲しいものを手に入れるなり、魔力リソースとして消費するなり、好きに使えば良い。
しかし私はここで敢えて、余った利益の効率的な使い方についての提案をしよう。
すなわち投資……いや待て待て諸君、まだ立たないでくれ、本当におかしな話では無いのだ。
使い慣れた言葉がつい出てきてしまったが、これはどちらかと言うと、カルデアという組織への『納税』に近い。
貴殿らが追加で納めたQPの量に対して、カルデア側は公共サービスの充実という形で応えよう。
それがどんな形で、どのような優先度で行なわれるかは、貢献度の割合によって要望を伺うこととなる」
「……つまり、多くの魔力リソースを納めれば、個人の希望をカルデアが叶えてくれると?」
「あくまで公共サービスの一環としてだ、それが個人ではなく組織全体に恩恵をもたらすものであることが大前提となる」
「成る程、承知した」
「他に質問のある者は……大丈夫そうだな。
今決めたことだけで、全てが問題なく回るようになるとは思っていない。
実際に行なう中で不備や改善点を見つけ、都度調整を加えながら、カルデアを維持するための大事な仕組みを徐々に完成させてゆく所存だ。
今回は以上、貴殿らの貴重な時間を頂けたことに感謝する」
万雷と言う程では無いけれど、自分へと向けて確かに発せられた拍手の雨に、胸を張って応えるカエサル。
こうして、今後の日々を大きく変えるであろう重大な発表の場となった全体会議は、とりあえず平穏に幕を下ろしたのであった。
そうして、新たな制度がカルデアに施行されてから数日後。
ごく僅かな人理の揺らぎが発生した報せを受けた立香達は、唯一の対応策であるレイシフトを行なうべく管制室へと集まった。
それ自体は元々予想されていたもので、観測された規模も小さく、落ち着いて取り組みさえすれば特に難しいことでは無いのだけれど。
立香達を戸惑わせたのは、当然果たすべきそれに追加された、とあるサブ任務の存在だった。
「それって、カエサルやエミヤ達がこの場にいることに何か関係があるの?」
「ああ、その通りだ」
「いやはや、全く……あの時、少々前のめりな様子を見せていたものだから、何かしら望みがあるのだろうとは思っていたのだが。
まさか、こんな短い間に果たしてしまうとは思わなんだ」
「ここしばらくは、食堂の業務をブーディカさんやキャットに代わってもらいながら作った時間で、宝物庫に通いっぱなしだったからな。
女神ステンノの出迎えも、途中から殆どおざなりなものになっていたよ」
「それってもしかして、この間の会議でカエサルが話してた……」
「そう、追加の魔力リソースをカルデアに収めることで要望に応えるって約束してたアレさ。
エミヤったら、そのために必要な条件をもう達成しちゃったんだよ」
「エミヤさん、凄いですっ…!!」
「……こう言っちゃなんだけど。
エミヤって、料理を作ったり家事が出来たりするだけじゃなくて、サーヴァントとしてちゃんと戦えたんだ」
「ふふっ……どうやらマスター、君が私に対して抱いている認識には多大なる齟齬があるようだ。
近いうちに、それを払拭させる機会を作りたいのだが……今この場でする話では無いな、本題に入ろう」
「何か、頼みたいことがあるんだよね。
このタイミングでその話をするということは、これからレイシフトを行なうことに関係があるの?」
「ああ、その通りだ。
本来こなすべき任務の合間、もしくは終わった後で構わないのだが、とある食材を探してきてもらいたい。
私が望む形で上手く持ち帰ることが出来れば、カルデアの食料事情に更なる一石を投じることが出来るだろう」
「その、望まれている食材とは?」
「卵だよ。
人の手による飼育や育成が容易な家鶏、その有精卵をどうにかして手に入れてもらいたい」
「…っ!」
「そ、そうかっ……まだ育ち始めていない卵なら、シーカーストーンに入れて持って帰れるかも!!
上手く孵して、育てて、増やすことが出来れば、卵や鶏肉がこれから先ずっと確保出来るようになる!!」
「かも、しれない。
確信は無いが、試してみる価値はあるのではないかね」
「そうだね、やろう!!
上手くいったら俺、久々に卵かけご飯が食べたい!!」
「せ、センパイがご所望の料理……私も興味があります、頑張ります!!」
「実働部隊の君達がやる気満々でいてくれるのは助かるよ、ありがとう。
エミヤが納めてくれた魔力リソースを使って、孵卵器と飼育スペースの準備を進めておく。
微小特異点の修正に関してはさっさと終わらせて、鶏探しに専念しようじゃないか」
「いつも通りだ、頑張ろうな」
「頼りにしてますからね、リンクさん」
積み重ねてきた実績と信頼を元に、いつものようにリンクのことを頼りに思う一同は、気付くことが出来なかった。
彼の顔色がかつてない程に青ざめ、表情は硬く引き攣っていたことに。