「……レイシフト、完了を確認しました。
目視での危険は見受けられませんが……ドクター、念のため周囲の観測をお願いします」
《もうやっているよ、こっちでも特に変なものは見受けられない。
今居る場所はとりあえず安全だと思って良さそうだ、このまま状況確認に移ろう》
「了解しました。
えっと、ここは確か……十五世紀のフランス、第一特異点に近しい場所と時代ですね」
《その通りだよ、第一特異点を修復した際の余波によって発生した微小特異点と推測されている》
「……と言うことは、フランスの時のように、竜とか骸骨兵とかが出てくる?」
《くるかもしれないし、こないかもしれない。
この特異点はあくまで、人理に決定的な楔が打ち込まれたことと、それを取り除いたことによる余波なんだ。
人理という名の穏やかな水面に、特異点という名の石が投げ込まれたことで生じた波紋の部分に該当する、と言えば分かりやすいかな。
ただ単に広がるだけでなく、何かしらの障害物にぶつかって形や流れが変わることも十分に在りえる》
「なるほど、風が吹けば桶屋が儲かるってやつか」
「……センパイ、風が吹くこととオケヤが繁盛することに何か関係性があるのですか?」
「あー……日本に昔からある例え話のひとつでね。
ちょっとしたことが巡り巡って思いもよらない影響を及ぼすとか、何が原因でどんなことが起こるか分からないとか、そういう意味なんだよ。
細かい説明をするとちょっと長くなるから、興味があったらまた後で」
「分かりました、では後ほどお願いします」
《ふふっ……とにかく、この特異点の原因が何であり、修復するにはどうすればいいのかを、現状で判断することは出来ない。
まずは情報収集だね、誰か話を聞ける人が近くにいればいいんだけど》
「ちょっと探してくるよ。
立香とマシュは、安全を確保しながら待っていてくれ」
二人が頷くのを確認したリンクは、Uの字の形をした陶器製の笛を取り出して咥え、高音から低音へと下がっていく素朴な音色の旋律を繰り返した。
そうして、自身を呼ぶ音色に応えて現れた愛馬に一息で跨り、仲間達に見送られながら周辺の探索へと向かってから、僅か数時間後。
それなりの規模の村を見つけ、仲間達をきちんとそこまで案内したいつも通りの手際を悔やむ羽目になることを、リンクは知る由も無かった。
特異点の原因らしき『異変』に関する情報は、運よくすぐに手に入れることが出来て、その足で現場へと向かったまでは良かったのだけれど。
飼料や糞、更にはそれそのものが発する獣臭までもが混じる独特の臭いに、二十年にも満たない今までの人生で接する機会が無かった立香とマシュは、顰め面で鼻を押さえながら立ち尽くしてしまっていた。
後ろからは、この場所、そして彼らの主である女性の、肝っ玉母ちゃんと称するに相応しいような豪快な笑い声が聞こえてくる。
情けない有りさまを馬鹿にするのではなく、全てを許容してくれる大らかさに満ちていたその声は、立香達の体の強張りを少なからず和らげてくれた。
「すいません、入れてほしいって無理を言ったのは俺達なのに……」
「そんなこと気にすんなって、あたしだって常日頃から臭い臭いって思ってんだ。
そこで踏ん張ってるだけ大したもんだよ、うちの子達なんか『手伝え』ってガツンと言ってやらないかぎり近づきやしないってのに。
……そんなことよりあんた達、本当に任せていいんだね?」
「勿論です」
「お任せください、家畜泥棒は絶対に防いでみせます」
マシュがふんっと気合いを入れながら口にした『家畜泥棒』。
それこそが、この村を脅かす、特異点の原因と推測される異変だった。
第一特異点の原因であった、竜の群れやそれを従える魔女の登場と言ったものと比べると、非常にささやかで大したことの無いものに思えてしまうのだけれど。
聞き込みの中で得た情報を纏めてみれば、そこから推測されたのは、これはまだ大変な事態の始まりに過ぎないのではないかという懸念であった。
《最初はほんの僅か、居なくなっていることがすぐには気付けない程度の数がいつの間にか消えていた。
それが少しずつ頻度が上がって、小屋ひとつを一度で空っぽにしてしまうような大胆な行動にも出るようになって……最近では、ついに目撃までされたという。
ほんの一瞬目の当たりにしただけでは、その全容を把握することが出来なかったほどの巨体を。
間違いない、そいつは成長している。
今までの被害が家畜で済んでいたのは、恐らくはそいつが元はただの動物で、人間に対して当然の恐怖や警戒心を抱いていたからだ。
だけどそいつは今、自分が人間を恐れる必要が無いほどに大きく、強くなっているのを自覚し始めている。
『人間』を獲物とみなすのに、そう時間はかからないと思っていいだろう》
「間に合ったって、思っていいのかな」
《ああ、もちろん。
家畜泥棒……特異点発生の余波を受けた動物が変質したと思われる魔物を退治すれば、微小特異点を消滅させられる筈。
加えて今回は報酬だって貰えるんだからね、気合い入れていこう!》
「……よしっ。
なあリンク、お前何か気付いたこt……って、え?」
「リンクさーん、そんなところで何をしているのですか!?」
ロマニの言葉を受けて、頬を叩きながら込めた立香の気合いは、振り返った先に当然居ると思っていた人物の姿が、予想よりもずっと離れたところにあったという謎の現実によって霧散した。
四方八方から響く甲高い鳴き声に掻き消されないよう、一生懸命に声を上げるマシュに向こうも応えようとしているらしいのが仕草で分かるのだけれど、騒音の発生源に囲まれている立香達の耳にその声は微妙に届かない。
「一体どうしたんでしょうか……」
「さっきから、何か様子がおかしいよね」
「聞き込みの結果を纏めたところ、音も気配も無いままいつの間にかやられてるってのが、例の家畜泥棒の特徴だ」
「それと、行動パターンとして、一度襲ったところはその後何度か連続で襲われているのが分かりました。
小屋が荒れたり、生き残った動物達が騒いだりしなかったために発覚が遅れて、被害が拡大してしまっているそうです」
《恐らくその魔物は、アサシンクラスのサーヴァントが持つ気配遮断スキルのような能力を得ているのだろう。
忍び込み、襲い、食べてしまうまでを、人間どころか居合わせた他の動物達にすら悟らせていないんだから》
「か、完全にパニックホラー映画の怪物……」
「そんなのが人を襲いだしたら大変ですよ!!」
「……狩りの最中でさえ存在を覚らせないような奴を、こちらから出向いて探しに行くってのは現実的な手じゃないな。
同じところを何度か襲うっていうのがそいつの狩りのパターンなら、直近に襲われたところで待ち伏せするのがいいと思う」
「って、言い出したのはお前だろ?」
「あの臭いなので、小屋の中に入って一緒に、というのが厳しいのは分かりますが。
せめてもう少し近くにいないと、いざという時に咄嗟に対処するのは難しいかと思われます」
「それはそうだし、分かってるんだけど。
……襲われてた家畜が、まさかアレだなんて思わなかったから」
「リンクさん、今何と?」
「い、いや…………あのさあ、ちょっと提案なんだけど。
二人は予定通りここで待ち伏せして、その間俺は直接そいつを探しに……って駄目だ駄目だ、最初に言った通り相手の特性を考えると非効率すぎる!!」
「リ、リンクさん?」
「最終的に見つけられる自信はあるけど手間はかかる、その間にこっちが襲われる可能性は高い!!
マシュや立香じゃ能力で気配を消した奴に気付くのはまだ難しいし、俺も含めて全員で待ち伏せに徹するのが最善!!
分かってるんだけど……でも、だけど……やっぱり…………」
「リンク、お前本当にどうした、大丈夫か?」
周りにいる者達をよそに、頭を抱えて自問自答しながら悶え始めてしまったリンクに、恐る恐る声をかける立香。
視界の端から近づいてくる、両腕で抱えられる程度の大きさの生き物の存在には気付いていたのだけれど、自分達が今いる場所を考慮すれば特におかしなものでは無いし、この状況でわざわざ対応するようなものだとも思えなくて。
意図してスルーしたその選択の結果を、立香は直後目の当たりにした。
「ココッ」
『それ』を目にした立香が、まず最初に思い出したのは、驚いた猫が全身の毛を膨らませながら高々と跳び上がる面白動画の一幕だった。
声なき声を上げながら、何を考えているか分からない顔でこくりと首を傾げる小動物から一足飛びに距離を取った様子、血の気の失せた顔色や瞳孔が開いて引き攣った表情などを鑑みれば……それを見せたのが只の一般人だったならば、『なーんだそうだったのか』『早く言ってくれれば良かったのに』などといったありふれた許容の言葉を、笑いながら口にするのは容易かっただろうに。
それが『その人』であったというだけの事実が、本来ならばとても簡単なことである筈の、ありとあらゆることを躊躇わせる。
思いがけず生み出されてしまった、何とも言えない沈黙を破ったのは、先程も耳にした豪快な笑い声だった。
「あははははっ!!
あんた、一人だけ遠くで何をしてるのかと思ったら、そいつらが苦手だったのかい!!」
「…………」
「さっさと言えばよかったのに、別に恥ずかしいことじゃないよ。
生まれた時からそいつらと付き合ってるうちのチビ達だってねえ、鳴き声とか羽の音とか、嘴とか爪とか、あらゆるものを怖がってビービー泣くんだから」
「………………」
「一番上のは、最近になって何とか普通に世話が出来るようにはなってきたけど、怖いのは相変わらずみたいで我慢しているのが見え見えなんだ。
今思えば、一生懸命平気な振りをしようとしている様子がさっきまでのあんたにそっくりだったよ。
気付いてやれなくて悪かったねえ」
「……………………」
「すいません、もうやめたげて頂いても宜しいですか!?」
悪気は全く無いが故に、伝説の勇者にその場で四肢をつかせるほどの壮絶な威力を伴なってしまった言葉の刃を少しでも遮るべく、懸命に声を上げる
更新の間が開いてしまってすみません、エルデンリングやってました。
あまりにも評判が良かったもので、フロムソフト系のゲームに初めて手を出してみたのですが……面白いですね、慎重を通り越したビビりのスタイルが故に亀の歩みですが頑張って冒険しています。
ある意味でのハイラル最強の生物について匂わせたところ、多数の反応を頂きました。
やはり皆さん、アレはトラウマのようですね(笑)。
FGOの夏イベでも定番の存在で、出てくるたびに毎年、「今年の夏もリンク君の平穏が消えた」と密かに思ったりしています。