成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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封鎖終局四海
天文台よりの船出


 

 世界が滅びかけている瀬戸際だということは、誰もが勿論分かっている。

 だとしても、時に穏やかで時に賑やかな、日常と言ってもいい日々を送っていたカルデアが非常事態に移行してから、慌ただしい数時間があっという間に過ぎた頃。

 最後の準備と休養を終わらせた、実動部隊筆頭の三人が揃ったところで、第三の作戦は本格的に動き始めた。

 こういう状況に既に慣れ親しんでいるリンクはともかくとして、もはや素人とは言い難い、決して悪いものではない程よい緊張をまとっている立香やマシュの成長ぶりに、大人達は頼もしいような痛ましいような何とも言えないものを感じて目を細める。

 そんな、これからの作戦を万全に進行するためには不要な感傷を振り払ったロマニは、努めて真剣な表情を作りながら、これから挑むべき特異点についての詳細を語り始めた。

 

 

「単刀直入に言おう、今度の特異点は見渡す限りの大海原だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアの管制室でそんなやり取りが交わされたのが、既に遠い過去のこととすら思える。

 映画を始めとした様々な媒体によって描かれ、現代においては既に殆ど確立しているひな形……日に焼けた肌、潮風に晒されて傷んだ髪や服、銃やカトラスといった特徴的な武器を掲げる海の荒くれ達。

 人が海という領域へと踏み入っていった時代の象徴、その一角を担う『海賊』によって、特異点に降り立って早々の立香とマシュは取り囲まれてしまっていた。

 手に手に武器を構えている海賊達と、銃口や切っ先が向けられる先で大人しく手を上げる少年少女。

 この状況で分が悪いのはどちらかなどと、通常ならばわざわざ考えるまでもないことなのだろうけれど。

 今この場において、その当たり前は逆転していた。

 

 

「う……動くなよ、頼むから動かないで下さいよ!!」

 

「ひいいっ、こっち見た!!」

 

「おい、姉御はまだなのか!?」

 

「……どうしましょう。

 早急に人と接触できたことは喜ばしいのですが、もしかしなくても第一印象は最悪のようです。

 敵意が無いことを分かって頂きたいのですが、この状況ではどうにも説得力が……」

 

「だよなあ」

 

 

 ため息をついて肩を落としながら徐に上げた視界に、空の青や木々の緑を遮って鮮やかな紅が翻る。

 どうしたものかと途方に暮れている人間達をよそに、太く頑丈な嘴を苛立ちのままに打ち鳴らし、人の背丈よりも大きな翼を唸らせながら周囲への威嚇を繰り返す『鳥』の姿をどこか遠い眼差しで見つめる立香の脳裏には、レイシフト完了直後のトラブルが思い返されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマニの事前の言葉通り、光の渦を抜けた立香達を迎えたのは、どこまでも広がる海の青。

 世界を救うための歩みを進めんと、意気込んでやってきた者達の心を一時奪うに値する美しい光景……存在を確立させたのが雲と同じ高さの虚空で、一瞬の沈黙の後に重力に招かれるがままのフリーフォールを始めていなければ、それは現実のものとなっていたことだろう。

 

 

『ドクター説明を、この状況に納得できる弁明と現状の打破を求めます!!』

 

《何で、分かんない、どうしてだ、レイシフト先の座標の計算には念には念を入れていた筈なのに!!

 立香君、マシュ、リンク君、本当にごめん!!

 君達の気が済むまでいくらでも謝るし、僕に出来ることなら何でもするから、どうか何とかしてくれ!!》

 

 

 何の力も持たない、ただの懇願を口にすることしか出来ない無力感に血を吐くような思いを味わいながら、それでも必死になって叫んでいるロマニの声が、管制室の阿鼻叫喚をどこか遠い世界の出来事のようにも感じ、半ば死んだ目で無重力感を味わっていた立香の意識を揺り動かした。

 少しずつ鮮明さを取り戻していく思考の隅で、笛のような甲高い音色が青空に響き渡るのを聞いた彼は次の瞬間、巨大なマジックハンドのような硬く節くれ立った何かによって胴体を鷲掴みにされ、内臓を吐き出しかねない衝撃を味わったことによって、半端なところにあった精神を一気に覚醒させられた。

 盛大に咳き込みながら慌てて現状を確認した立香は、自身の胴体を掴まえているそれが、正しく巨大な鳥の脚であることに気付き。

 ハッと上げた瞳に、緑衣の少年と驚きのあまりに言葉も無い盾の少女を乗せ、太陽を背にしながら広がる紅の大翼……人がかつて空の民であった時代に、最も近しく掛け替えのない隣人であったロフトバードの雄大な姿を、否応もなく焼き付けた。

 ……しかし、助かったと一息つく余裕があったのはほんの数秒。

 途端にバランスを崩しながらも、懸命に羽ばたいて何とか体勢を立て直そうとする愛鳥の様子に、振り落とされかけて悲鳴を上げたマシュを支えながら不安定な背中にしがみ付いたリンクの舌が鳴った。

 

 

『やっぱり、三人は流石に厳しいか』

 

 

 元より彼らは、生涯に渡ってただ一人の主のみを乗せて飛ぶ存在であり、複数人を一度に纏めてというのはあらゆる面で想定していない。

 遠い昔、大空を共に飛んだ相方の誇り高さを知っている……純朴で優しい少女だとしても、主以外の誰かを乗せている状況を不満に思っていることだって。

 

 

『二人を頼む』

 

 

 その上で、リンクの判断は一瞬だった。

 いつものように、それが最善だと判断したのと……相方は応えてくれると、そう心から信じていたから。

 数秒の間を置いて返ってきた、『仕方ない』とでも言っているかのような力の抜けた鳴き声に、首のあたりを少し強めに叩くことで応える。

 お馴染みの感触にほんの少しだけ機嫌を直してくれたらしいことを察しながら、嫌な予感を覚えて顔を引き攣らせている立香達へと改めて向き直った。

 

 

『……あ、あの、リンクさん?』

 

『なるべく急いで合流する。

 それまで身の安全の確保と、余裕があれば情報収集に努めておいてくれ』

 

『ちょっ、おま』

 

『じゃあ、また後で』

 

『こらーーーーーーっ!!!』

 

 

 すぐ下に地面があるかのような気軽さで、紅色の羽毛に覆われた背中からあっさりと飛び降りてしまったリンクのその後を、確認出来るだけの猶予すらも無く。

 主に言われた仲間達の安全確保を最優先で果たすべく、世界最古の神鳥は全力でその場を飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンクさん、あの後どうなったんでしょうね……」

 

「あいつのことだから無事なのは間違いないし、俺達の安全確保を優先してくれたのもありがたかったけれど。

 ……俺達のことを託すだけじゃなくて、出来る範囲でなるべく言うことを聞くようにとか、一言かけていってくれたらありがたかったなあ。

 話をしたいから一旦落ち着けって、さっきから何度も頼んでるのに聞いてくれやしない」

 

 

 どうにか我慢してくれないか、折れてくれないかというアピールが込められた呟きと眼差しに返ってきたのは、いかにも不満そうな低めの鳴き声と、未だ収まらない苛立ちの表れか、大きく鋭い爪でガリガリと土を削る豪快な音。

 遠巻きにしている海賊達が、何度目か竦み上がった気配を感じながら、立香もまた何度目かのため息をついた。

 

 

「駄目だこりゃ……プライドが高いってのは勿論あるんだろうけど、それ以上に頭に血が昇ってるみたい」

 

「そもそもの話として、生涯に渡ってただ一人の主人のみを乗せて飛ぶ筈のロフトバードが、肝心の主人から離れてまで他者を優先しなければならなかった状況は、私達が思う以上にストレスだったと考えられます」

 

《只でさえ苛立っていたのに加えて、降りられる島を見つけてようやく人心地ついたと思った瞬間にアレじゃあ、プッチンとなるのも無理はないね。

 ……感情論で物事を言うのは、本当はあまり良くないことなんだろうけれど。

 僕も今回に関しては、彼もしくは彼女の怒りに賛同させてもらいたい。

 こちらを認識したのとほぼ同時に、話を試みる余地もなく、襲いかかってきたのは向こうじゃないか!!

 ロフトバードが即座に反応してくれなきゃどうなっていたことか、海賊達が受けたのは自業自得の返り討ちだったと保護者としては全力で主張する!!》

 

「ドクター、気持ちは嬉しいのですがどうか冷静になって下さい。

 私達はまず、この特異点について少しでも情報を得なければならないのです」

 

「そうだそうだ、もっと言ってやれ嬢ちゃん!!」

 

「襲ったのだって悪気は無かったんだよ!!

 髪も肌も服も小綺麗で、見るからに良いとこ出身のガキどm……坊ちゃん嬢ちゃんと、今までに立ち寄ったどこの島や港でも見た覚えのねえ珍しい鳥!!

 こんなお宝を前に、真っ当な海賊が黙っていられるわけがねえんだって!!」

 

「本能ってやつだ、仕方がない!!

 嬢ちゃんなら分かってくれるだろ、だからさっさとその鳥を大人しくさせろ!!」

 

「出血大サービスだ、真っ赤な羽根の10……20枚ほど貰えりゃあ、全部水に流して話だろうと何だろうとしてやるからよ!!」

 

「…………すみません、ドクター。

 あんなことを言った直後で何ですが、私も怒る側に回ってもよろしいですか?」

 

「落ち着いてマシュ、いや今のは俺もさすがにイラっと来たけど!!」

 

《どの口がってやつだね……》

 

 

 今この場にリンクがいれば……もしくは立香がもっと冷静であれば、更にはこの状況を見守っている管制室にこういった類の連中に対する造詣が深い誰かがいれば。

 こういう時はとにかく自分のペースと優位性を崩さないのが大事であると、気づきやアドバイスがあったかもしれない。

 幸か不幸か、第一、第二の特異点においてカルデアは、現地人ともサーヴァントとも、真っ当な倫理観や共有出来る価値観を持つ人達との接触と付き合いが主で。

 マシュやロマニはもちろん、創作を通じて様々な可能性や価値観への懐深さを備えている立香も、いわゆる『悪党』という存在に対する扱いや接し方の実際の経験が乏しかった。

 ロフトバードを恐れて最初こそ下手に出ていた海賊達は、立香とマシュが荒事に対して積極的ではなく、ロフトバードもギリギリのところで彼らの言葉と事情を尊重して威嚇に留めているのだということに気付き、徐々に高圧的な態度を見せ始めている。

 あまりにも調子と都合のいい様子に立香達の腹立たしさはより一層掻き立てられ、両者の間に漂う空気は、もはや一触即発と言っていいものと化してしまっていた。

 そんなところにやって来たのは、肩を落としてため息をつき、態度にも表情にもあからさまなやる気のなさを窺わせながら、泡を食った様子の海賊達に案内されて現れた一人の女性。

 説明されただけでは分からなかった異様な状況を自らの目で確かめた彼女は、眉尻を跳ね上げ、舌を鳴らし……人ごみのいずこかへと適当に向けた銃口から、ほんの一瞬の躊躇いすらも無く、轟音と共に鉛玉を撃ち出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何か見つかったか!?」

 

「それらしいものは特に何も……」

 

「おかしいなあ、確かに何かが落ちてきたのに」

 

 

 大海原のど真ん中、巨大帆船とは言わずともそれなりの大きさを持った船が、木の葉のようにぽつんと波間に揺れている。

 波や風によって動かされてしまわないように船を留め、手分けしながら水面を必死に見渡すのは、異常事態とお宝が存在する可能性をイコールで結び付けた海賊達だった。

 いつの間にか、どことも知れない謎の海域に迷い込んでしまい、僅かな噂や手掛かりを元に必死の航海を続けている真っ最中であった筈だというのに、海賊の本能とは生存を求めるそれをも上回るものなのだろうか。

 立香やロマニ辺りならばそんなことを呟きもしたのだろうが、生憎とここにいるのは命知らずの悪党や、必要とあればそちら側に足を踏み出してしまえるような者ばかり。

 何の異変も見受けられず、ため息をつきながら身を起こした一人の海賊……その胸倉が突如伸びてきた手によって掴まれ、水面を覗き込んでいた時よりもずっと深い、咄嗟に船縁を掴んでいなければそのまま落ちていたであろう位置にまで引っ張られた。

 声を出す間もなかった海賊の額に、自身の腰布にも挟まれているのとよく似たものが、怖気を誘発する硬質な感触と共にゼロ距離で押し付けられた。

 服や髪から潮水を滴らせ、まともな足場や手掛かりなど無い筈の船の胴体に身ひとつでしがみつきながら、本職である筈の自分よりもよほど悪い笑顔で銃口を向けてくる少年の姿がそこにある。

 

 

「この船をもらうよ、悪いけれど拒否権は無しな」

 

 

 あまりにも現実感が無さ過ぎる光景は、続けて発せられた言葉と共に、男の脳裏へと強引に刻み付けられた。

 






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