「さあ野郎ども、乾杯だ!!
あたしらの航海と、新たなお宝に!!」
「「「「「かんぱ~~~~いっ!!」」」」」
「アンタらも飲みな、遠慮はいらないよ」
「は、はあ……」
「……では、いただきます」
木を削っただけの粗い器の中で波打つ液体に、恐る恐る唇を近づける。
懸念していたアルコールではなく普通に水だったそれは、緊張と暑さから来る喉の渇きの自覚を促し、器を一気に傾けさせた。
人心地ついてほうと息をつく姿に、器を勧めた当の本人である女海賊が豪快な笑い声を上げる。
「いい飲みっぷりじゃないか、気に入った!!」
宴の高揚感に乗って促しはしたものの、頭の中に残してある一部の冷静な部分では、手下の海賊達曰く『良いところの坊ちゃん嬢ちゃん』、自分の目から見てもその認識で間違いないような者達の喉が、この状況でものを飲み込めるとは思っていなかった。
宴の肴として追加するには十分な好ましい想定外に、女海賊の機嫌はますます良くなっていく。
水を飲んでいる途中で背中を叩かれたせいで豪快に咽ている、上質な炭のような艶のある黒髪と彫りの浅い顔立ちが珍しい異国の少年を右隣に。
ふとした拍子に零れてしまいそうな程に豊満な胸元へと抱き寄せられて、顔を赤くしながらあわあわと困り果てている可愛らしい少女騎士を左隣に。
あからさまな不満を気配として纏わせながらも、今のところは大人しくその場に腰を下ろしている鳥の美しい紅色の羽毛を背に、遠慮なく体重を預けて。
船長特権として、新たに手に入れた宝を独占しながら全力で愛でることを躊躇わない豪快な女海賊の名を、立香達は既に聞いていた。
《フランシス・ドレイク、生きたままの世界一周を世界で初めて成し遂げた大海賊……人という種の段階をひとつ上のレベルへと押し上げた、疑いようもない人類史の英雄だ。
『ゼルダの伝説』に登場する、伝説の海賊王女テトラの再来とまで謳われていたのだから、当時の人達からしてもよほど魅力的な人だったのだろうとは予想していた》
「……俺も、ハリウッドで映画化されたの見たことある。
アカデミー取ったようなベテランの女優さんが演じてて、すっごい綺麗だしカッコよかったのを覚えてる……けど」
内緒でやり取りを進めるべく、聞こえる対象を絞ったロマニの声に返しながらチラリと向けた横目に、恥ずかしがって暴れるマシュをやんちゃな猫のように扱っている女性の太陽を思わせる笑顔が映った。
撮影に備えて完璧に作り上げられたものとはまた違う、魂を源に内側から発するものによって自ら輝いているかのような何とも言い難い魅力の持ち主を前に、『本物』という言葉が持つ意味を否応もなく思い知る。
人の領域となり始めたばかりの頃の海で様々な偉業を成し、その名声を立香の時代に至るまで絶えることなく轟かせ続けた『海賊女王』の横顔を、立香は不思議な感動と共に見つめていた。
「サーヴァントじゃない……今この時を生きている本人、なんだよね」
《第二特異点におけるネロ陛下という前例があるから、驚きはすれどもあり得ないことじゃない。
……出発前にも話したように、この特異点は大海原と点在する僅かな小島によって構成されている特殊なもの。
海というものを知り尽くしている彼女の力を借りることが出来れば、この上なく頼もしいんだけど……》
語尾を濁したロマニに、立香も溜め息でしか返せなかった。
どのような形であれ状況が一旦落ち着き、冷静さを取り戻した今になって、これまでの旅路で得てきた経験がこの特異点においては通じないことを突きつけられている。
(第一特異点はフランス、第二特異点はローマ。
どちらとも確かな国とそこを故郷とする人達がいて、協力を募ること自体は簡単だし、そのための流れだって自然なものだった)
掛け替えのない故国、もしくは大勢の無辜の民の暮らしを守る……真っ当な倫理観を持つ者たちが集い、協力して戦うための理由としてはそれで充分。
しかしここは誰のものでもない大海原、そしてここに生きるのは自由と財宝を求めて水平線へと漕ぎ出した海賊達。
情や義に訴えるのではなく、利や力を示すことで対等かそれ以上の関係を築かなければならなかった相手に対して、自分達が初手から間違えたことに遅ればせながら気付いてしまって項垂れるしかない。
現に、カルデアと特異点のことを説明して何とか交渉を行なおうとしているマシュは、そういう意味では全く相手にされていなかった。
「ぷはあっ、やっぱりラム酒は一息で飲み干すに限るねえ!!
……えっと、何の話をしてたっけ?」
「何度も言わせないでください、世界の危機なのです!!
あなたほどの人ならば気づいている筈です、ここはあなた方が過ごしてきた海とは別のモノだということを!!」
「……そうだね、何となくおかしいとは思っていた。
で、あんたが言うには、この海の異常を正さなければ世界が丸ごと滅びちまうってんだね?」
「よ、ようやくここまで話が進みました……はい、そういうことなのです」
「なるほど、だとしたら急ぐ必要がありそうだ」
「では、ご協力いただけると」
「聞いたね野郎ども、食って飲んで騒げるのは今の内だ!!
酔いが醒めたら次のお宝を求めて出港するよ、時間が無いのにやることは山積みで全く忙しいったらありゃしない!!」
楽しみで仕方がないと言わんばかりに、豪快に笑いながら響いたドレイクの一声に、海賊達の野太い歓声と酒が入った器をぶつけ合う多重音が追従する。
真剣な話し合いが始まるどころか、より一層羽目を外して盛り上がり始めてしまった海賊達に、マシュの口と目は開きっぱなしになっていた。
「えっ……ちょ、ま、ええっ!!
お宝を求めてって……どうしてそうなるのですか、世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なのですよ!?」
「分かってないねえ、お嬢ちゃん。
明日無様に死ぬとしても、今この時楽しけりゃいい……それが海賊、アタシらが何よりも誇る自由な生きざまってもんさ。
近いうちに何もかも無くなっちまうってのが分かってんのなら尚のこと、最後まで楽しくやらなきゃ損じゃないか」
「そ、そんな……」
「もういいよマシュ、一旦引いて」
「マスター!?」
「ドレイクさんにとって価値があるもの、残り少ない時間を賭けるに値すると思えるようなものを示せないどころか、全く興味を感じない綺麗ごとを押し出すことしか出来ていないようじゃあ、どんな熱弁も意味は無いよ」
「……ふーん。
どうやらそっちは、まだいくらか冷静で話も分かるようだね。
馬鹿正直なお嬢ちゃんをからかうのも楽しかったが、アンタとだったらもうちょい詰めた話で盛り上がれそうだ」
「ば、馬鹿正直……」
完全に遊ばれていたことに気付いてショックを受けるマシュには悪かったが、何の裏も無しに真正面からぶつかってくれた彼女のおかげで、強烈な第一印象や海賊という存在への偏見に引きずられたものではない、ドレイクという個人の享楽主義と現実を見極める冷静さを併せ持った人となりを確認することが出来たし、それを考慮した作戦を考えた上での話し合いに臨める。
落ち込むマシュをロマニがフォローしてくれているのを横目で確認し、改めて気持ちを切り替えた立香は、音が聞こえてしまうのではと不安になってしまう程に暴れる心臓を押さえながら、名だたる大海賊と対等の交渉を始めるべく口を開いた。
「冒険をしませんか?
知恵で乗り越え、力で切り開き、勇気で立ち向かい、その末に世界を救う……そんな大冒険を」
「…………いいねえ、やるじゃないか。
世界を救うっていう目的自体はさっきのお嬢ちゃんと同じなのに、ちょっと言葉を捻るだけでこうも印象が変わるもんなんだねえ。
面白くなってきたよ……アンタはアタシに興味を持たせることに成功した、なら次だ。
アンタ達にはそれが出来る、賭けるだけの価値があるんだってことを、アタシに証明して見せな」
興味と期待で輝く瞳の奥には、どれだけ本気なのか、この状況から逃れたいがための口先だけのハッタリではないかといった辺りまでを含めて、現状の全てを正確に見定めようとする冷静な思考が存在しているのを感じる。
決して間違えられない状況で、あまりの緊張にゴクリと喉を鳴らす立香が指さしたのは、ドレイクの背もたれになりながらいつの間にか寝息を立てていた紅の鳥。
かの者の主……自身が持つ最も強力な手札を、ドレイクという大海賊への敬意の表れとして初手から切ろうとした立香の第一声を、完全に油断していたドレイクをすっ転ばせる勢いで突如立ち上がったロフトバードの挙動が妨げた。
「ぎゃっ!?」
「ちょっ、なになに、急にどうしたの!!」
「姐御、楽しく飲んでるところ申し訳ありやせん!!
傘下に入りたいって連中がまた……って潰れちまったみたいっすね、出直させますか」
「あほ抜かせ、まだまだ行けるよ!!
あいたたた、思いっきり顔打った……クソ鳥め、焼いて食っちまおうか!!」
「冗談でもやめて下さい、ワシントン条約とかレッドリストとかいうレベルの存在じゃないんですから!!」
「……言ってることはよく分からんが。
アンタらの鳥だろ、食われたくないってんなら責任取ってちゃんと大人しくさせときな。
まずはあっちの件を片付ける、話の続きはその後でゆっくり聞いてやるよ」
飲んだくれから大海賊へと、纏う雰囲気と表情を一瞬で切り替えたドレイクは、広場を囲う木々の向こうから現れた見知らぬ一団を視界に入れる。
謎の海域に迷い込んで以降、最も強く、最も真っ当な航海を行なっているドレイクの元に、木っ端の海賊が少しでもマシな環境を求めてやってくることは珍しくなかった。
今回もそのようなものだろうと、既に慣れた様子で対応しようとしたドレイクの表情が、何とも言えない違和感を覚えたことによって強張る。
正しい海で航海を行なっていた頃からの、古参の船員が何となく察した程度の変化に、今この時初めてドレイクと相対した者達が気づける筈もない。
集団のリーダー格と思われる、大柄でいかにも荒事に慣れているといった風貌の男が、十人にも満たない集団の先頭に立ち、慣れない敬語を使いながら仲間入りを願っている。
その表情や体の動きは、大海賊を前にして緊張していると考えても、やはり過度なものだと思ってしまうほどに強張っていて。
盛大に舌を鳴らしたドレイクは、腹の底から込み上げた不快感を押さえることなく露わにしながら、引き金に指をかけた銃を突きつけた。
一歩進んだ位置で懸命な交渉を続けていた男でも、その後ろで息を呑みながら全身を強張らせていた船員達でもなく……全員の陰に隠れた一番後ろ、指示通りにただ付いていくことしか出来ない下っ端だと言わんばかりの位置に立っている、外套を頭から深くかぶった小柄な少年へと向けて。
「あ、姉御、いきなり何を!?」
「見くびるんじゃないよ、そんな小賢しい真似に引っかかるもんかい。
本物のアタマが引っ込んだ状態での交渉が上手くいくと……このアタシがその程度の存在だと、本気で思っているんだとしたら。
ガキだろうが関係ないね、その脳天に風穴開けて海のど真ん中に叩き落としてやる!!」
凄まじい覇気が込められたその一声は、射線上に居た者達の腰を一瞬で抜かせただけでなく、今の今まで宴会に興じていた者達の酔いと宴の場の高揚感を一瞬で吹っ飛ばした。
言葉を発するどころか、身じろぎすらも躊躇われるほどの重苦しい空気の中でただ一人、何事もなかったかのように平然と立ち続けている少年の姿が、異様なものとして一同の瞳に焼き付けられる。
喜んでいるかのように聞こえる、弾んだ鳥の鳴き声以外の音が一切失せた状況で、少年はゆっくりと、表情すら窺えないほどに深くかぶったフードへと手を伸ばした。
「フランシス・ドレイク船長、まずは謝罪を。
あなたを見くびっていた……作戦が始まったばかりの状況で少しでも消耗を押さえたいと、それで何とかなるだろうという侮りがあった。
あなたと、あなたが率いる海賊達に敬意を表し、予定を変更した方が良さそうだ。
内側に潜り込んでから工作するのではなく、真正面から堂々と力を示して……ドレイク船長、あなた達には
いつものドレイクならば、『ふざけるな』もしくは『やってみろ』とでもと瞬時に言い返し、同時に鉛玉の2~3発でも贈っていたところだろうに。
取り払われた布の下から現れた、今までに目にしてきたお宝の悉くをくすませてしまうような、恐ろしいほどに美しい蒼い瞳。
物理的な威力を伴っていたのではないかと思わせるほどの眼差しに射貫かれて、ほんの一瞬とは言え思考を吹っ飛ばしてしまった事実を前に慄きながらも、少年を捉える銃口だけは決してブレさせない。
ドレイクが懸命に振り絞った意地と矜持を前に、少年が浮かべた満足そうな笑みが、居合わせた者達には獲物を前にした悪魔のそれに見えていた。