成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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デッドヒート・サマーレース 水辺エリア

 

 ガチで命の危険を潜り抜ける羽目になった、灼熱の火山エリアを抜けた先に待っていたのは、過酷なレースの只中での一時の潤いを思わせる涼やかな水のエリアだった。

 平原エリアでのアタランテ、火山エリアでのブーディカのようにその地で一行の前に現れたのは、『美しい』という言葉に対するトラウマで悉く過剰反応をする、アマゾネスの女王ペンテシレイア。

 曰く、『美しさによって速さに補正がかかる』というレースを盛り上げるための特別ルールが適応されていて、多くの者が自身の美しさをアピールするであろうこの場に居れば、この身の美しさをも紛れてしまうだろうと見越したそうで。

 ある意味で自意識に溢れた発言に周囲を呆れさせながらも、これまでの二人のように積極的に妨害を行なうつもりは無いと言うペンテシレイアは、『美しさ』という曖昧な基準を明確にするための二人の審査員を伴っていたのだけれど、その人選に場の空気が一時停止した。

 派手な仮面で一応顔を隠しながら「君達への気遣いだよ、審査員が最も美しいなんて判定される側からすれば酷な話だしね」とのたまう自称『マスカレイド伯爵』は、他のスタッフに業務を丸投げしていつの間にか姿を消していた万能の天才だったし。

 エジソン製の戦闘用外殻を思わせる見た目をした、本人曰く『判定員に相応しい能力を持った人物の人格をインストールした機械』こと『ミスターK』の、誰を基にしたのかが一発で分かる発言の気持ち悪さが、レース参加者の大部分を構成している女性陣の精神と背筋に怖気を走らせた。

 ……中には、そんな彼女達とは別のところで困惑している強者もいたのだけれど。

 

 

「ミスターKさん……って、黒髭さんですよね?

 何というか、あの、人格とかではなく普通に中身が……」

 

「そこまでだよゼルダ、立香曰くこういうのは『お約束』なんだってさ。

 どんなに正体がバレバレでも、当人が隠そうとしている、もしくは仮の名前や姿で乗り切ろうとしている時は、周りもそれに乗るものなんだって」

 

「そうなのですか……わかりました、ダ・ヴィンチさんと黒髭さんではなくマスカレイド伯爵とミスターKさんですね」

 

「そうそう、その調子。

 ……で、肝心のアピールだけど、出来る?」

 

「あまり自信はありませんが、やるだけやってみます」

 

 

 リンクが口に出しかけた『俺がやろうか?』という言葉を遮りながら、浮かべられた満面の笑顔は、身内の贔屓目を抜きにしても十分に輝かしく美しいものに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光を受けて煌めく水面に照らされながら、各チームのアピールが順調に進んでいく。

 マシン部門審査の担当だったマスカレイド伯爵が、レースの都合ではなく芸術家としての矜持を優先して自身が良いものだと思った全てのマシンに満点をつけたので、レースとしての優劣は実質的にドライバーを対象とした審査一択に委ねられていた。

 ミスターKの審査は、個人の美意識に委ねられているだけに基準が偏っていて、その上かなりの辛口仕様だった(しかし審査内容と基準に関しては成る程と思わせる部分も多かったので、心中でこっそり感心していた者は少なからずいた)。

 的確な助言を出せる者がチームメイトにいて、審査員の琴線に触れるアピールを行なうことが出来たフランとエレナのチームだけが上手い具合にスピードに乗ることが出来て、気に入られるような工夫など考えもせずに自身の感性のみを押し出したそれ以外の者達が敢え無く失速していく。

 対応策を考えるために様子見をしていた結果、順番が一番最後になってしまったリンク達は、このエリアで先頭争いを行なうことを半ば諦めていた。

 

 

「あ、あの……先程は、やるだけやってみるとは言いましたけど。

 黒ひ、いえ、ミスターKさんが喜ばれていたようなものは、やはり私にはちょっと……」

 

「うん、分かってる。

 やろうとしたら止めてるし、無理にやらせようとする奴がいたら殴るから」

 

 

 そう言われて、安心した様子で笑ったゼルダは、当初の予定の通りマスターバイクのサドルに横座りになった。

 城のバルコニーから城下に向けて、もしくは道行く馬の背の上から道路脇に集った人々に対して。

 手を振りながら歓声に応えた機会はよくあったので、こういう振る舞いには慣れている。

 自身のように国を統べる者であったネロやアルトリア・オルタの笑顔が、『想定の範囲内で意外性も面白みも無い』と軽く流されてしまったからには、これもその括りに入ってしまうのだろうけれど。

 しかしゼルダは、だからと言って腐ることなく、王国の誰からも愛された微笑みをその顔に浮かべながら、慣れた様子で優雅に手を振った。

 

 

「ミスターKさーん、お疲れさまでーs」

 

 

「ハイ正義ーーーーーーーっ!!!!」

 

 

「きゃああああああっ!?」

 

「うわーーーっ!!」

 

 

 機械の身で行なわれた流れるような五体投地は、目撃した三蔵が思わず感心してしまう程で。

 突然の絶叫がスイッチだったかのように、特級の美しさ判定による急加速を得た二人の姿が、思わず心配になってしまう程の勢いで瞬く間に小さくなっていく。

 今まで行なわれてきた、基準こそ偏ってはいたものの進行自体は真っ当なものだった審査をひっくり返すような突然の奇行に、現地でもモニター越しの観客席でも、訳が分からずに混乱する者は多かったのだけれど。

 慣れた様子、と言うより分かり切った様子で、屋台の軽食を肴にラム酒のラッパ飲みを平然と続ける海賊コンビの姿が、観客席の一角に見受けられていた。

 

 

「分かりますわ~、その気持ち……わたくし達のような海の荒くれの間でも、『ゼルダの伝説』は一等好まれておりましたけど」

 

「アネゴの……海賊王女テトラの人気は、全体の中で頭ひとつどころか、ふたつみっつ余裕で飛び越してたからね。

 本人という訳では無いとしても、存在として限りなく近い上に姿までアネゴみたいになった人から、名指しで微笑まれた上に手を振られたなんて……」

 

「寄ってたかって殺されたとしても文句は言えませんわね。

 ……あの髭、どうしてくれましょうかしら」

 

「ボクは刻む」

 

「ではわたくしはハチの巣で」

 

 

 表情と口調は朗らかな笑顔で、発言と空気には重苦しい殺気を滲ませながらきゃっきゃうふふと絡み合う美女達から、周囲の者達は少しずつ距離を開けていく。

 レースの状況を報せるモニターの中では、美しさ判定を貰えずにプライドを木っ端微塵にされた女性陣によって装甲を剥がされた、中の人こと黒髭がボコボコにされる様子が大写しにされていた。

 『我が生涯に一片の悔いなし』と言わんばかりの表情で、親指を立てながら水面に沈んでいくさまは気持ち悪いを通り越して逆に清々しいほどだったと、目撃者達は語っていたという。

 






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