成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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デッドヒート・サマーレース ゴール前

 

 レースを締めくくる最終エリアは、これまでのタイム差を考慮してスタートのタイミングをずらすだけの、他に特殊な要素は一切ない単純なコース。

 これで最後だと、ゴールを真っ先に通過することが出来ればマシンもこの身も壊れたって構わないと言わんばかりの、全てのチームが奥の手まで含めて全てを費やす最後の激走が始まった。

 

 

「リンク、私達も全力で行きますよ!!」

 

「了解」

 

 

 相棒の返事を認識すると同時に、元々は非常時の緊急脱出用として備え付けられていた、サイドカーの切り離しスイッチを押す。

 そもそもの話として、純粋に速く走るだけならば、マスターバイクにそのまま二人乗りをすれば良かった。

 それをわざわざサイドカーを取り付けたのは、サポート役であるリンクの居場所を確保し、自由かつ迅速な行動を妨げないためで。

 これ以降は完全なスピード勝負であるというならば、そこを考慮する必要は無くなった。

 猛スピードを保ったまま、離れていく別の車両から飛び移ってみせるという荒業を難なくこなしてみせたリンクが後ろ側で落ち着いたのを見計らい、アクセルを一気に全開にする。

 急激なパワーの上昇に一瞬車体が浮きかけたけれど、それを冷静に抑えてみせたゼルダに、自分が対応しようとしたリンクは苦笑しながら上げかけた腰を下ろした。

 

 

「好きにやれ」

 

「信じてます」

 

 

 たった一言ずつの簡潔なやり取りだけど、この二人の場合はこれで十分。

 古代の英知の粋を注ぎ込んだスペックを全開にさせた、曲がり切れずに吹っ飛ぶのも止む無しと言わんばかりの無茶苦茶な走りっぷりを、絶妙な体重移動や、時には爆弾やロープといった運転手以上の強引な力技で既定のコース上に収めていく。

 ……レースという非日常の中で、浮かれていたのはゼルダだけではなかった。

 その事実を……一歩離れたところから、ゼルダだけでなくレース全体の安全管理を行なうつもりだった筈の自分までもが、熱中して視野が狭まってしまっていたことをリンクが思い知ったのは、巨大な渓谷を跨ぐ大橋、ゴール前の最後の直線に、参加者一同で一斉に飛び込んでしまった後のこと。

 

 

「全員止まれっ!!!」

 

 

 そうやって咄嗟に放った警告を、リンクは次の瞬間には後悔していた。

 これが、歴史に名を刻んだ英雄たる彼ら彼女らにとって歯牙に欠けるまでもない、どこぞの誰かによって発せられたものだったなら。

 彼ら彼女らはそれを些末事だと一瞬で切り捨て、集中を乱す余地すら無かっただろう。

 しかし『勇者リンク』の警告は、聞き逃すわけにはいかないと、一考の余地があるものだと、歴戦の英雄達にさえも瞬間的にそう思わせるだけの価値があるものだった。

 だとしても、ゴール手前、最後のラストスパートの真っ只中で、状況と心理に真っ向から反することを言われたとしても、瞬時に理解して行動することは難しい。

 実際に、咄嗟に反応してブレーキをかけることが出来たのは、声の出処に一番近い上に、その判断に対して反射神経レベルで全幅の信頼を置いていたゼルダだけで。

 間違ってはいなかったとしても、それを発するタイミングが悪すぎた警告は、一同の集中を途切れさせた上に、判断力と思考力をほんの一瞬とはいえ奪ってしまった。

 リンクが咄嗟に反応した敵意と害意、遥か谷底から放たれたそれによって、巨大な橋が切り刻まれる。

 いきなり足場を奪われたマシン達は、体勢を整えたり、脱出したりする余裕が全く無かった搭乗者達を伴いながら、底が窺えないほどに深い谷底へと消えていった。

 その運命は、唯一回避行動を取ることが出来た筈の者達にまで迫っていて。

 

 

「くそっ、しくじった……ゼルダ、怪我は?」

 

「私は大丈夫です、だけど他の人達が」

 

「全員サーヴァントなんだし、死んだり再起不能の怪我を負ったりはしてないと思うけど……」

 

「この事態を起こした者達が、下で待ち受けているでしょうね」

 

「確実にな」

 

 

 落ち着いた様子で状況を判断し、冷静な考察を続ける二人だけれど。

 立香やマシュがこの場にいたら、もしくは中継用のドローンが生きていて現状が把握されていたら、盛大なツッコミを入れられていたことだろう。

 『そんなこと話してる場合!?』『まず安全確保してください!!』なんて感じで。

 細切れになって落ちてしまった橋の一角、欄干に辛うじて残りながら微妙に揺れている残骸のひとつに、カギ爪状の金具が引っかかっている。

 そこから伸びるロープの頼りなく揺れる先端……ほんの少し瓦礫のバランスが崩れるか、ロープを掴む腕が力尽きるかしてしまえば真っ逆さまになることは確実な、普通の人が取り残されれば絶望のあまりに発狂しそうな虚空に彼らの姿はあった。

 

 

「イシュタルさん、立香、マシュ、聞こえてる!?

 こちらの状況は把握してる!?」

 

「…………返事がありませんね」

 

「中継は丸ごと切れてると思って良さそうだな。

 でもまあ、ゴールは近かったからすぐに誰か様子を見に来ると」

 

「嫌です」

 

「まだ何も言ってないけど!?」

 

「言われなくても分かります。

 『俺は下の様子を見に行くから、君は先に避難しておいて』でしょう?」

 

「………………」

 

「それが今後の展開を良くするためにどうしても必要なことであるならば、あなたが冷静な思考でそう判断したのならば、私はそれを尊重します。

 だけど今は違う……あなたはただ単に、私を何が起こるか分からないところに連れて行くのを躊躇っただけ。

 私を危険に晒すのは嫌だという、あなた個人の我がままを、私自身の意見も聞かないままに押しつけようとしただけですよね」

 

 

 形こそはいつも通りの、伝説の姫と称される彼女らしい美しい笑みなのだけれど、そこに込められている圧の凄まじさにリンクの表情が引き攣った。

 彼女の地雷を踏んだこと……寄りにも寄ってこの身が刻んだトラウマを掠めてしまったことを、口に出してしまった後で思い知る。

 

 

(あーもう、さっきからミスばっかり……やばいな、ちょっと本気で気を引き締めないと)

 

「先に行ってますよ」

 

「先に……って、え、えええええっ!!?」

 

 

 自身の首元にかかっていた腕の感触と、そこを起点に感じていた重みがあっさりと消えた事実に、目を剥きながら絶叫するリンク。

 拗ねた表情で頬を膨らませながら、底が窺えない谷底へと落ちていく彼女を追って命綱の手を離すことに、欠片の躊躇いも無かった。

 現場で起きたことを確認するために、ゴールの瞬間を待って待機していた会場からイシュタルのマアンナに乗って駆けつけた立香とマシュが、惨劇の舞台となった橋と揺れるロープを目の当たりにするのは、このすぐ後のこと。

 






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