成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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デスジェイル・サマーエスケイプ 脱獄開始

 

 細切れとなって崩壊した橋の残骸に、レース参加者の姿を誰一人として確認することが出来なかった立香とマシュ、そしてイシュタルは、彼らが姿を消した谷底へと天船(マアンナ)を急がせた。

 全員がサーヴァントである以上、死んだり再起不能な怪我を負ったりという類の心配はしていなかったのだけれど。

 駆けつけた先に、各チームのメンバーとマシンの姿が無かったことと、代わりのように立っていた人物の存在が、別種の不安を否応も無く掻き立てた。

 

 

「あなた達見ない顔だけど、こんな谷底でハイキングなんて変わった趣味ね。

 だけど人の趣味はそれぞれだものね、健康的なのはいいことだわ。

 見たところ普通の人間みたいだけど、でも一応確認だけはしておきますか。

 あなた達が私の国民なら……まず何を言うべきか、分かってるわよね?」

 

 

 見知った白いコート姿ではないけれど、軍服を思わせる真っ赤な服を纏いながら鞭を持つ姿と、身の内から溢れる自信によって輝く笑顔は、疑いようもなく『彼女』のもので。

 一緒に来ていた筈のイシュタルの姿がいつの間にか見えなくなり、戦力に不安がある状態で含みを込めた笑みと共に投げかけられた問いに、立香は殆ど条件反射で答えていた。

 

 

「メイヴちゃん、サイコー!!」

 

 

 自身の国民であることを示す完璧な答えを受けて、満足そうに頷いた女王メイヴ。

 この地が自身の治めるコノートであり、カルデアが行なっていたレースによって国土を荒らされたと言って怒りを露わにする彼女だったのだが、次の瞬間には、その不届き者を一人残らず捕らえたと上機嫌に笑いながら去っていった。

 そんな彼女の向かう先には、外からの侵入を拒むのではなく、中からの脱出を拒むことを目的として形作られた建造物……メイヴ曰くの『大監獄』が、美しく残酷な女王の居城に相応しい風貌で聳えたっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、自身を参加チーム数分のぬいぐるみのようなデフォルメ体に分け、収容に合わせて潜り込むことに成功したイシュタルを介して、参加者達とのやり取りが可能となった。

 そうして、参加者全員が無事であることと同時に、監獄全体がメイヴの絶対権力者としての概念が具現化した結界によって覆われていて反乱も脱出も不可能であることと、イシュタルに実力行使を躊躇わせるような何者かが監獄内に存在している可能性が明らかとなり。

 現状を今すぐ打破することは不可能だと判断したイシュタル……これが本当にどうしようもなかったことならば、彼女もすぐに長期戦に備えて気持ちを切り替えていたのだろうけれど。

 ここまで酷いことになる前に、何かしらの対策が取れていたかもしれない。

 そんな『もしも』が無茶な願望ではなく、十分に在りえた筈だという事実を前に自身を抑えられるほど、イシュタルの性分は穏やかなものではなかった。

 

 

「ゼルダ、それにリンク、あなた達は一体何をしていたの。

 橋の崩壊に巻き込まれずに済んだあなた達なら、もっと他の立ち回りが出来たような気がするのだけれど?」

 

《そうじゃそうじゃ、もっと言ってやれ銭ゲバ女神!!

 あの『番犬』を無効化しておきながらなぜあそこで引きおった、折角のちゃんすであったろうに!!》

 

 

 いつものおちゃらけ半分ではなく、珍しく本気で腹を立てているらしい信長の、通信越しでさえ熱気を感じそうな怒号が響く。

 彼女のように表に出すことは無くとも、同じような不満と疑問を抱いていた者達の脳裏に、あの時の光景が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて魔都新宿にてカルデアを苦しめ、改めてカルデアのサーヴァントとなった今も、利害のみで繋がれた関係だというスタンスを崩そうとしない狼王と首無し騎士……その力と形を模して、メイヴの王国に仇なす者へと対処するために造られた治安維持システム。

 稼働出来る時間と動く目的をごく限られたものにすることで、サーヴァントの集団を相手に優勢を取るような凄まじい戦闘力を発揮したそれは、堪らず膝をつき始めた者達へと向けて、止めと言わんばかりに巨大な牙が並んだ口を開けた……その瞬間。

 黄金に輝く正三角によって、サーヴァントを追い詰めることが可能なほどに頑強だった筈のその身は、身じろぎすらも叶わないレベルで完膚なきまでに囚われた。

 

 

『リンク、今です!!』

 

『はあああっ!!』

 

 

 落下の勢いを込めながら突き下ろされた刀身が獣の眉間に深々と減り込み、その身を魔力の残骸と化して四散させた。

 代々の『ゼルダ』達が負った使命であり、彼女という存在の代名詞とも言える『封印』の力をクラスが変わっても使えたことや、落下中に谷底の異変を察した二人が途中の岸壁に一旦その身を落ち着け、参戦するタイミングを見計らっていたことなどは、特におかしなものでは無かったのだけれど。

 番犬の思いがけない敗北に、国土を荒らされて只でさえ苛立っていたのも加わって激昂しながら現れたメイヴ……このまま続けて打倒するかと思われた女王に対して二人が取った行動は、参加者一同が予想もしないものだった。

 

 

『国土を荒らした罪人、ですか?』

 

『その通りよ!!

 ここは紛れも無い、私の国コノート!!

 戦車の女王である私に無断でレースを行なって、国民も大迷惑な連日の馬鹿騒ぎ!!

 国を統べる女王として、プライドを踏み躙られた個人として、対処するのは当然でしょう!!』

 

『それは……そうですね、その通りです。

 申し訳ありません、ご迷惑をおかけしてしまって』

 

『…………あ、あら、思いがけず殊勝なことで。

 偉いじゃない、ちゃんと罪を受け入れて反省するのは大事なことよ。

 無罪放免とまでは行かないけれど、ある程度の酌量の余地はあると認めて、模範囚として扱ってあげる』

 

『『『『『ええーーーーーーーっ!!?』』』』』

 

『あんた達は変わらず重罪人よ、反省する態度や言葉どころか自覚すら無いなんて!!

 特別プログラムでみっちりと更生させてあげるわ、覚悟なさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《すみません……ですが、メイヴさんに許可を取らずに勝手なレースを開催して迷惑をかけ、彼女の女王としての面子を潰してしまったことは、紛れも無い事実でしたから。

 あの状況で開き直ることは、私にはとても……》

 

《…………ああ、そうか。

 そう言えばそなたは、わしのように周辺国との戦を繰り返したり、ローマの皇帝やエジプトのファラオどものような、自国の権威と隆盛こそを最上とする価値観で統治を行なったのではなく。

 かつての同胞が犯した罪や過ちを詫びながら、実績を積み信頼を得ることによって友好関係を築き上げ……その後は、より発展させるためではなく、穏やかに終わらせるために尽力した者であったな。

 非は自らにあると認めた上で我を通すことは、個の性分としても君主の誇りとしても出来ぬか》

 

《ごめんなさい、私だけでなく皆さんの問題でもあったのに……》

 

《謝るでない、こちらこそ済まなかったの。

 そなたという存在の芯に関わる話であったのに、無粋なことを言ってしまった》

 

《うむ、そういうことであるな。

 そもそもの話として、あの状況で唯一選択肢があった者達が決めたことに、力尽き連行されるのみであった余らが異議を挟める筋合いは無いのだ》

 

《それでもまだ気に病むようなら、わしのニューアルバムを買って、ついでに宣伝してもらえると色々とありがたいのう》

 

《分かりました、後ほど購入させていただきますね》

 

《やっほう!!

 聞いたかヒロインXよ、ゼルダ姫の贔屓となればバカ売れ間違いなしじゃ!!》

 

《義理で買うと約束しただけでしょう、曲を気に入るかどうかは別問題でしょうに》

 

「こらこらこらこら!!

 そうじゃないでしょう、何をあっさりと許しちゃってるのよ!!

 個人的な心情が何であろうと、今現在サーヴァントとしてカルデアに所属している以上は、特異点の解消とそのためのレースは選択肢の最重要項目じゃないの!?」

 

《ええ、勿論です》

 

「なっ……そこで断言するくらいなら、どうして個人の考えを優先するようなことを」

 

《……イシュタルさんの発言を、ひとつ訂正させていただきたいのですけれど。

 大切なのは特異点を解消することで、レースを続けることではないですよね?》

 

「へっ!?

 ちょっ、な……何を言ってるのよ、特異点を解消するためにこそレースが重要なわけで」

 

《今回のレースは、戦闘とそれに付属する行為が大部分を占める特異点の攻略を、たまには変わり種の方法で楽しく行なってみてもいいのではないかと、イシュタルさんが企画されたことが発端です。

 つまりレースは、この特異点を解消させるために必要な絶対の条件ではなく、あくまで余裕があったからこそ出来たものなのです。

 スムーズな進行が不可能となった状況においては、いつも通りの……特異点発生の原因と考えられる異変を解決するという本来のやり方に切り替えるというのは、至極妥当な選択ではないかと思うのですが》

 

《なっ……ゼルダ姫、つまりあなたは》

 

《私は確かに、メイヴさんの国を荒らして彼女の矜持を踏み躙った罪を認め、大人しく刑に服すことを誓いました。

 だけどそれは、私だけなんですよね》

 

《俺は何も認めていないし、誓ってもいない。

 ついでに言えば、一城の主を狙う際の最初の難関は、いかに消耗を抑え、かつ騒がれないようにしながら、標的の領域まで潜入するかってこと。

 それを一部すっ飛ばして、一番厳重な警戒網の内側まで招き入れてくれるって言うんだから、これはもうお言葉に甘えるしか無いだろう》

 

 

 ゼルダから引き継ぐ形で発せられたリンクの言葉に、一部の者は言葉を失い、それ以外の者は感心の息を零した。

 メイヴがゼルダを疑わなかったのは、知らなかったとはいえコノートの地を荒らしてしまったことへの反省の気持ちと言葉が、紛れも無い本物だったから。

 その上でリンクは自分が果たすべき役割を察し、ゼルダもまたそれを託した。

 お互いの考えを共有するようなやり取りは一切しないまま、思いがけず発生した選択肢への対応を完璧にやり遂げてみせた。

 『伝説』の時代においても彼らは、固く結ばれた信頼関係とお互いへの理解力によって、様々な困難を同じように乗り越えてみせたのだろう。

 そんな浪漫を否応も無く感じさせる光景を前に、一同の考えは少しずつ変わり始めていた。

 レースを無理に強行することから、模範囚であるゼルダの相方として同じく警戒が薄れているであろうリンクを軸に、特異点発生の元凶と思われるメイヴの打倒を目指すこと……イシュタルが望まぬ方向へと向けて。

 

 

「だ、だめ……絶対にだめよ、レースを続けなきゃ!!」

 

「イシュタルさん?」

 

「マスター、皆もお願い、どうかレースを続けて!!」

 

「し、しかし、イシュタルさん。

 ゼルダさんも仰られていたように、現状では方針を切り替えた方が、特異点の修正が確実に行われると」

 

「特異点はもう関係ないの、私がレースを続けたいの!!

 だって頑張ったのよ、一生懸命に企画して……皆で準備を進めて、やっとの思いで形にしたレースなのに!!

 ゴールテープが切られる瞬間を、大勢の人達が楽しみにしていたのに!!

 それが、こんな形で終わってしまうなんて絶対にいや!!」

 

「……イシュタルさん」

 

「お願い、マスター……」

 

 

 細分化したことで、ぬいぐるみようになったイシュタルの瞳から大粒の涙が零れる。

 その源となったものが、胸の奥から込み上げる本物の悔しさや哀しさであることに、立香は気付いた。

 

 

「……なあリンク、ゼルダ姫。

 二人が考えていたやり方は、選択肢のひとつとして当然残しておくとして。

 とりあえず、どうしようもなくなるまでは、レースの再開を諦めない方針で進めてもいいかな」

 

《……仕方ないですね、私としてもレースを中止にしたかった訳ではありませんし》

 

《その代わり、判断はシビアなものにしてくれよ》

 

「ありがとう二人とも!!」

 

「良かったですね、イシュタルさん!!」

 

「ありがとうマスター、皆も!!

 本当にありがとう!!」

 

 

 主に聞こえるのは、立香とマシュがイシュタルと共に喜びあう声だったけれど。

 様々な思惑で参加したレースが続くことを喜ぶ雰囲気もまた、各チームの方から感じられる。

 今の段階でこれ以上影響を与えることを断念した二人は、自分達の下へと配置された分身イシュタルの認識の範囲外で、こっそりと目線を交わし合った。

 

 

(随分としぶといな)

 

(何を考えているのかはまだ分かりませんが、ここまで粘るからには相当のことなのでしょうね)

 

(とりあえず今は様子を見よう、油断したタイミングで粗を出すかもしれないし)

 

 

 声には出さずに行われたそんなやり取りに、危ういところで計画が繋がったことに心底胸を撫で下ろしていたイシュタル(分身)が気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、映画か何かのワンシーンを思い出したらしい立香の意見を参考に、参加者各自で自分達の独房を調べてみたところ、脱出に役立てられそうな穴をそれぞれが発見することが出来た。

 

 

「結界とやらを信用し切っているせいで、物理的な部分へのメンテナンスが手抜きだったようね。

 これは……次は地面を掘る、ということになるかしら」

 

 

 参加者一同は昼間のうちに他の受刑者と接触し、この監獄に関する多少の情報を集めていた。

 それを考慮した上で考えられた、この状況を打破するための作戦が、監獄結界の隙間を何とか探し出してそこから抜け出すこと。

 そして、独房から抜け出せる穴を作り出すことに成功したこの時、『地下』という単語が最も重要かつ確実な選択肢として一同の脳裏に浮かび上がった。

 

 

「そうだわ、思いついた!!

 脱出してマシンを取り戻すのを待つ必要は無いわ、ここからレースを再開しましょう!!

 イシュタルカップの第二幕、脱獄レースの始まりよ!!」

 

《あの~、すみません》

 

「……ゼルダ、今度は何なの?」

 

《その脱獄レースなのですが、私達は棄権させて下さい》

 

「ええっ!?」

 

「な、何でよ!!

 まさか、自分達だけ脱獄しないでメイヴを狙うなんて言うんじゃないでしょうね!!」

 

《まさか、決まった以上は全体の方針に従います。

 ただ、その……マシンに乗って、純粋な速さやそれに伴う駆け引きを競うのならばともかく。

 閉ざされた監獄から、限られた要素を駆使して身ひとつで脱出というような話になると。

 もはや私達……と言うよりは、『彼』の独壇場になるのではないかと思いまして》

 

「あっ……」

 

「成る程、確かに」

 

 

 立香とマシュだけでなく、イシュタル通信を介してサーヴァント達からも、ゼルダの言葉に納得する脱力した声が聞こえてきた。

 『勇者』の逸話は強大な魔物を打ち破る武勇伝だけでなく、知恵と工夫を駆使して難解なダンジョンを突破して宝を手に入れたり、敵の巣窟から単独で脱出を果たしたりというような冒険譚まで多岐に渡る。

 素人同士横並びでと言うのならばともかく、単独で突き抜けたプロを相手にしなければならないような状況は、レース参加者達も流石に御免被りたかった。

 

 

《……すみません、実は。

 リンクったら、『穴を掘る』という話が出た時点でもう始めてしまったんです》

 

「何でよ、レースにするって言ったのに!!」

 

《そういうことになる前です。

 急いで呼び戻そうとしたのですが、もう声が届かないみたいで》

 

「どんだけ掘ってるの!?」

 

《『モグマグローブ』を装備して行きましたから……下手をすると既に、結界付近にまで辿り着いている可能性も》

 

「分身の私……って、もう穴に入って追いかけてるみたいね。

 早く止めて、レースがめちゃくちゃになるーーっ!!」

 

「残念ですがイシュタルさん、もうなってます」

 

「あいつに悪気は無い……どころか、レースを再開させたいなら急いだ方がいいだろうって、最大限に気を使ったんだろうけど」

 

「どうしてこうも噛み合わないのでしょうね……」

 

「…………あいつ、参加させない方が良かったかしら」

 

 

 心労が積み重なっているらしいイシュタルの弱々しい声が、周囲の者まで巻き込むような脱力感を伴いながら響く。

 モグマグローブの爪では掘り進めない岩石地帯にぶち当たり、ここからどうしたものかと考えていたリンクを呼び戻すことに成功するのは、この少し後。

 そこをひとつの山場に出来た筈なのに……と悔しみに拳を震わせながらも、問題を解消する手段を探すべく努めて気持ちを切り替えるイシュタルの、健気な姿がそこにあった。

 






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