成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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舞台裏

 

「ああ、知ってるよ」

 

「…っ、だったら」

 

「でも教えない」

 

「何で!?」

 

 

 自分達の気付かないところで、既に何度もセイレムでの日々を繰り返してきたというリンクならば、この特異点を作り上げた魔神柱の居所とその目的を既に突き止めているのではないか。

 堪えきれずに形にされた期待と願いは、叶うと同時に跳ね除けられた。

 いつもの立香ならば、リンクが敢え無く却下した理由も、それが悪手以外の何でもないこともすぐに気付けたのだろうけれど。

 何度か限界を超え、辛うじて持ち直したばかりの精神状態で、目の前にぶら下げられた安楽的な選択肢に、反射的に飛びついてしまいたくなるのは無理もないことで。

 いつまた、些細なきっかけで瞳孔を回しかねない立香の現状を考慮し、正面から真っ直ぐに向き合いながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「魔神柱が想定したシナリオから、大きく外れてはいけない……お前達が気付いていた大前提は、舞台から降りて『役割』から離れた身でさえも蔑ろには出来ない。

 この世界そのものが、その為だけに造られ、維持されているものなんだからな。

 その上で、無理なく答えて欲しいんだけど。

 誰が魔神柱、黒幕なのかを知った上で、当の本人を前にしながら、何食わぬ顔でいつも通りに過ごせるか?」

 

「…………」

 

「人間とは比べ物にならない視野と視点を備えた、ン千年を生きてきた魔神を相手に、気付いてなんかいませんよ~何も知りませんよ~という体で誤魔化し切れるか?」

 

「…………だいぶ自信ない、かな」

 

「正直で宜しい。

 魔神柱を追い詰められる機会があるのは最終日だけ、それ以前に余計なリスクを負う必要は無い。

 だから俺は、魔神柱の正体や目的に関しては、サンソンに対しても教えていないんだ」

 

「そうなの!?」

 

「ええ、まあ……真面目で誠実なのは僕の美徳ではあるけれど、機密を胸に秘めるのには向かないと言われてしまいまして」

 

「……まあ確かに。

 サンソンの場合、秘密があること自体は隠しきれなくて、無理して誤魔化そうとはしないで事情があるんですって素直に明言して、不審がられながらも構わずに貫き通しそうな気がする」

 

「……………………」

 

「……サンソン。

 もしかしてお前、『役割』から外れた時は実際にそんな感じだった?」

 

「マスター達が懸命に伸ばす手を振り払いながら、納得させるどころかろくな説明も出来ないまま、半ば自死のようにこの身を吊るすのが、僕には精一杯でした。

 ……あの時、あの状況にあったのがロビンフッドだったら、きっと上手くやった。

 マスター達に、あんな顔をさせたりはしなかったのでしょうね」

 

 

 何やら事情があるらしい仲間を救えず、何の力にもなれないまま、目の前で見す見す死なせてしまったという絶望を、この身は確かに味わったことがあるのだと。

 サンソンの痛ましげな表情を前に察した立香は、彼の為にも自分達の為にも、その事実が『無かったこと』になって良かったと心から思った。

 

 

「……ロビン、そうだロビンなら。

 俺達で無理でも、あいつなら絶対に、魔神柱相手でも気付いていることを覚らせたりしないで上手く立ち回れる。

 何とかあいつもこっち側に連れてきて、色々とサポートしてもらえれば」

 

 

 今思えば本当に必要なことで、リンク達だって出来る限りの配慮をしてくれていたことも分かるのだけれど。

 ここで死ぬのかと、信頼していたサーヴァントに裏切られて嵌められたのかと、本気で絶望したあの瞬間を仲間達にも味わわせてしまうことを、震える拳を握り締めながら一生懸命に覚悟しようとした立香の呟きは、それを敢えて遮るように口を開いたリンクによって妨げられた。

 

 

「頑張って考えているところ悪いんだけど、それは多分無理だよ」

 

「どうして!?」

 

「……じゃあ聞くけど。

 諜報活動に特化し、仲間の分まで疑うことを自分の役目と考えている、ロビンフッドやマタ・ハリさん。

 立ちはだかる困難を、前提として策ではなく物理で突破しようとする、生粋の武人気質な哪吒。

 魔女の性分として、元々信じるよりも先に疑う人で、下手なことをしようものなら築き始めたばかりの信頼関係が一瞬で瓦解しかねないキルケーさん。

 ……この面子に、あなた達は魔神柱が造った舞台上で『役割』に囚われていますと、そこから抜け出すには一度公の場で大々的に死ぬ必要がありますときちんと説明したとして、素直に受け入れてくれると思うか?」

 

「…………うん、無理だね」

 

「俺がそう言うのなら、それが必要なことならばって。

 すぐに信じて受け入れてくれたサンソンの方が、人として正しい危機感や判断力を持っていたかと言われると、ちょっと疑わしくなるんだよな。

 ……まあ、おかげで色々と動きやすくなったし、助けられもしたわけだけど」

 

「他の皆にはちょっと通じそうにないな。

 それが本当だって知っていても、字面だけだと性質の悪い狂信者の戯言にしか見えない」

 

 

 立香やサンソンの誠実な人柄が裏目に出たと、騙されるなり操られるなりしてしまったと勘繰り、完全な善意もしくは正しい判断力で以って、自分達を嵌めようとする悪意の出処を探ろうとするだろう。

 そんなものは何処にも無いのだと知らぬまま、もしくは信じぬままに。

 

 

「更に言えば、キルケーさんの存在は別の意味でも厄介だ。

 あの人の仮死薬がある以上は、裁判で死刑判決が出るように工作するだけじゃ目標の達成が出来ない。

 周りだけでなく、自分も含めて『死んだ』って思わせなきゃいけないんだからな。

 それを防ぐには、どうにかして仮死薬の服用を妨げるか」

 

「マスターの時のように、僕が直接首を断つかでしょう。

 ……しかし、あれが上手くいったのは、あの状況で抵抗する手段や能力がマスターに無かったから。

 マスターが僕を信じて、黙ってその首を委ねてくれたからで」

 

「納得出来ないまま、どうにかして逃げる気満々のままであの状況になったのが、立香ではなくサーヴァントの誰かだったら。

 普通の人間を装うことを即座にやめて、サンソンの一刀目を何とか防ぐかかわすか耐えるかして、助けに入るのが間に合った他の皆と合流して、その場から逃げ切っていただろうな」

 

 

 これらの事実は、責めるようなことでは無い。

 あらゆる危険や可能性を考慮してサポートに回ってくれることも、強力な魔法薬を惜しみなく提供してくれることも、頼もしくはあれど困るなんてことは断じて無い。

 正常が異常と化し、異常が正常と化してしまう、このセイレムの現状こそが間違っているのだ。

 

 

「デミ・サーヴァントとしての戦闘力を失っているマシュなら、お前と同じ手が通じるかもしれないけれど」

 

「却下だ」

 

「わかってるよ、だからそんな目で見るなってば。

 ……人理修復の旅路を越えて、色々と強かな面を見せるようになった今でも、あいつの性根は純粋すぎる。

 自身の死を望む市民からの狂気を一身にぶつけられ、更には信じていた仲間に裏切られて殺されるっていう絶望が、いつまでも残る深い傷になりかねない。

 そして、必要なことだったと受け入れて許した筈なのに、実際にはいつまでも恐れ続けてしまっている自分こそを誰よりも責めるんだ」

 

「……そんなことはさせない、絶対に」

 

「うん、俺もそう思う。

 だからもう、『役割』から逃れた仲間を増やそうとはしない。

 全体的な判断の最終決定権を持っているお前がちゃんとこちら側にいるんだから、方針や選択を不自然じゃない形で誘導していくことは、決して難しくは無い。

 だからこのまま、セイレムの狂気を今回で終わらせるつもりで、本格的に動いていきたいと思っている」

 

「………お前の言いたいことは分かった、そうした方がいいって納得も出来た。

 だけどやっぱり、何か他に、もっと出来ることは……」

 

「お前、何をそんなに………ああ、そっか。

 今のお前にとっては、『前回』のあれが正史なんだな。

 あれはお前を……こう言っちゃ何だけど嵌める為、何とか絞首台まで誘導する為に仕組んだ結果のことだから。

 ……そもそも、俺が時を戻したせいで無かったことになっていただけで、変な横やりさえ入らなければ、お前達は毎回ちゃんと魔神柱の正体にまで辿り着けていたんだ」

 

「マジで!?」

 

「ああ……だから焦らないで、いつものように、目の前で起こることのひとつひとつに真摯に、真剣に対応していけばそれでいい。

 ……それで大丈夫だから」

 

 

 『前回』あんな最後になったのは、立香達の対応や行動に問題があったからではない。

 一生懸命にそう伝えてくるリンクの様子に、自身の体と表情が強張っていること、あの瞬間の恐怖と絶望を未だ引き摺りまくっていることを自覚した立香は、努めて肩の力を抜きながら大きく息を吐き出した。

 

 

「ありがとうなリンク、もう大丈夫。

 ……ある程度話は出来たし、皆いい加減に心配しそうだし、朝食もまだ食べてないし。

 流石に、そろそろ帰らなきゃとは思うんだけど」

 

「まだ何か気になる事でも?」

 

「……ちょっとまだ、あの町に戻れるだけの勇気と、何事もないかのように振る舞える自信が湧いてこない。

 『役割』のフィルターが外れて、いわゆる『モブ』や『その他大勢』的な町の人達が皆、元のグールの姿で見えるようになっちゃってるから」

 

「そういえばそうだったな。

 はい、じゃあこれ」

 

「ぶっほぁ!?

 ゲホッ、ゲホッ……何この煙!!」

 

 

 リンクが徐に取り出し、指で弾いた小さな宝石のようなものが、立香の鼻先で破裂した。

 途端に噴き出た煙が、突然のことに驚いて大きく吸ってしまった空気と共に、立香の全身に巡り渡っていく。

 咽ながらも何とか言葉にした疑問に返ってきた答えは、またしても想定外のものだった。

 

 

「『役割』からは外れたままフィルターだけをかけ直す魔術、シバさんが特別に調整してくれたやつ。

 本質を知っていたとしても、見た目を誤魔化せれば心境的には随分と変わるだろ」

 

「……もしかして、ティテュバさんのこと?

 あの人、やっぱりサーヴァントだったんだ……」

 

「キルケーさんとは別の方向で、優秀なキャスターだよ。

 ……俺からあの人に関することを話すのは、とりあえずはこの辺りにしておく。

 例え何度目になろうとも、マスターとの『初めまして』はちゃんとやりたいって言ってたからな」

 

「……そっか、分かった」

 

 

 彼女の中には、マスターとサーヴァントとしての関係や共に戦った記憶が確かにあるのに、今の自分にとっての彼女はまだ、召使のティテュバでしかない。

 自身に従う大勢のサーヴァント達の誰をも誇りに思い、真摯に向き合うことを努めている立香にとって、そのどうしようもない事実はあまりにも歯痒いものだった。

 ……のだけれど。

 

 

「あの人に関しては、そんなに気にしなくていい……むしろ、すぐに割り切って切り替えた方がいいと思うぞ」

 

「彼女の前で下手に気に病む素振りを見せようものなら、例えマスターであろうとも容赦なく慰謝料を請求してくるでしょうからね」

 

「……あの人、そういう人なの?」

 

「リンクさん……勇者様を相手に、遠慮なく全力でやってのけたという前例があります」

 

「うわあ」

 

 

 何やら疲れた様子で項垂れるリンクと、深く深く頷いたサンソンを前に、本当に思わず零してしまった一言には、何とも表現し難い様々なものが込められていたのであった。

 






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